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草原都市ヴィスタニア篇
第二十二話 心を殺す
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朝か夜かも分からない黒い町に剣撃の音が響く。俺が剣を振り、シャドウメイカーが往なし、チトセさんが剣を振る。休みなく続く剣を往なす理由は魔笛を吹かせない為だ。先程も説明されたが、シャドウ達は指示された場所を見張り続けるが、指示がなければ動かない。だから吹かせなければ、一方的に攻撃し続けることが出来れば完封出来てしまうのだ。特にダンジョンボスの魔笛なんてダンジョン中のシャドウが集まる可能性もあるから必死だった。
しかし必死なのはダンジョンボスであるシャドウメイカーも必死だった。俺達という賊から町を守る為、彼はただ1人で戦い続けている。
「くぅ! 一兵卒の分際で……!」
彼の描くシナリオでは、俺達は町の関門を突破し、部隊を秘密裡に処理する敵国の兵ということになっている。なるほど、こうして部隊が減り続ければ町の危機だ。何が何でもこの場で殺さなければならないだろう。必死になるのも良く分かる。
彼が必死になればなるほど、俺達は精神的にダメージを負った。彼はモンスターで、俺達は冒険者で。ただダンジョンを攻略しに来ただけの人間だ。今回は少し理由が違ってくるが、やっていることは普段の作業と一緒だ。
これまではモンスターは人語なんて話さなかったし、ただ戦って傷付け、傷付けられながらも俺達が勝って……つまり殺して終わりだった。勿論、抵抗もされた。
「くっそぉ……!!」
だが言葉というものがあるだけでこうも感情が揺さ振られるとは思わなかった。
「チトセさん……ッ」
「心を殺せ、ウォルター!」
シャドウメイカーを挟み撃ちにしている為、奴を挟んだ反対側に居るチトセさんに助けを求めること自体が間違っているとは分かっていても、縋りたくなった。今までダンジョンやフィールドで殺してきたモンスターも、こうして叫んでいたのかもしれない。モンスターにも家族や友人が……。
「考えるな!!」
「……ッ!」
俺の心の内を見透かしたようにチトセさんが吠える。その僅かな隙を狙ったシャドウメイカーの剣が、俺の剣を弾き飛ばした。
「死ねぇえ!!」
「ハッ!?」
てっきり魔笛を吹くと思ったが、シャドウメイカーは剣とは違う武器を取り出した。変わった形の武器だった。筒状の先端が俺の方へと向く。何が出てくるのか分からず、俺は目を瞑ってしまった。
連続する閃光と爆発音。それと同じだけの金属音。
そっと目を開けるといつの間にか《斬空》を逆手に持ったチトセさんが俺とシャドウメイカーの間に割り込んでいた。
「ハァッ、ハァッ!」
「ち、チトセさん……」
「立って! 魔笛を!」
見ればシャドウメイカーは首から下げた魔笛に手を伸ばしていた。俺は『身体力上昇』の指輪に全力で魔力を込めながら虚空の指輪から魔剣(仮)を取り出す。どの魔剣(仮)か確認はしてない。そんな暇はない。
「ッヅァァア!!」
吠えながら剣を横薙ぎに振るう。剣はシャドウメイカーの右脇から入り、胴を通り、左肩へと抜けていく。その過程で魔笛の紐も千切れる。
上半身を切り飛ばされたシャドウメイカーは黒い血を噴き上げながら、残った下半身がその場に膝を突いた。急いで魔笛を拾い上げた俺はそのまま虚空の指輪に仕舞ってしまおうと試みる。
「……出来た! チトセさん、奪えました!」
「よし! あとは此奴を……」
殺すだけだ。だがあの武器が厄介だ。全然分からなかった。チトセさんが居なければどうなっていたのか……いやどうなるかも分からないんだが。
「何なんですか、あの武器」
「魔銃っていう武器。簡単に言うと弾丸を矢よりも早い速度で撃ち出す武器だね」
「想像もつかないんですけど……当たったらどうなるんですか?」
「体中が穴だらけになる」
「わかりました。全力で逃げます」
あの武器の仕組みは分からないが、厄介なことは理解出来た。何だ、あれは。駄目だろ、あれは。
再び魔銃を構えるシャドウメイカー。だがチトセさんは撃ち出される弾丸を《斬空》で全て切り落とした。さっきもそうやって防いだのだろう。『身体力上昇』と『斬撃特化』の効果が凄まじい。弾丸を切る腕が速すぎて見えないくらいだ。あれ俺もやりたい……!
魔銃はずっと撃ち続けられる訳でもないらしく、撃ち尽くした後は少し魔力を込めているのが見えた。その隙をチトセさんが見逃すはずもなく、懐へと踏み込み、切る瞬間だけ赫炎を灯した幻陽で魔銃を溶断した。
「チィッ……!」
魔笛、魔銃と奥の手を悉く奪われたシャドウメイカーが悔し気に舌打ちをして剣を構える。
こうなってしまえばもう後は純粋な白兵戦しかない。覚悟を決めたシャドウメイカーが何をしてくるか分からない。俺達は油断なく剣を構えた。
「どうして……」
「は?」
「どうして貴様達はこの町を襲う!? 我々が何をしたって言うんだ!」
その問いに答えはない。俺達はただダンジョンを攻略しに来ただけだ。しかも目的はダンジョンボスを排除してからが本番だ。シャドウメイカーはただただ、邪魔なだけである。
それからは一方的な戦闘となった。魔獣の乱射はチトセさんが防ぎ、シャドウメイカーには俺がダメージを与えていた。
だが2つ問題があった。1つは決定的なダメージが与えられないこと。これは攻撃した傍から回復してしまうので致命傷が与えられないから此方の拾うが溜まってしまうのが問題だった。
そしてもう1つはこれだ。
「ぐぁあああ! く、そぉ……!」
悲鳴だ。このシャドウメイカーの悲鳴が俺の鼓膜を劈く度に心が死んでいった。
相手はモンスターだ。人語を喋っているだけのモンスター。そう思い込もうと努めてみても聞きなれた言語が俺を現実に引き戻してくる。それが耐えられなかった。自分が酷く最低な人間に堕ちてしまったかのような感覚に脳が冷えていった。
シャドウメイカーが叫ぶ言葉は俺達への悪態と悲鳴だ。自分は町を守る兵隊の長で、俺達は町を襲う敵国の工作員という設定で言葉を投げかけてくる。時には貶すように、時には諭すように。
勿論、俺は敵国の工作員でもないし、町を襲ってもいない。だが剣が肉を斬る度に叫ばれては認識と意識が摩耗してくるのだ。
それでも俺は努めて、心を揺らす波を鎮める。シャドウメイカーが俺を敵国の工作員だと思い込ませようとするのであれば、逆も出来るはずだ。
自分は何も感じない人間だと思い込めば良い。今だけは、そういう人間になれば良い。
「スゥ……ハァ」
足を断つように剣を横薙ぎに振るう。
「ぐぅぅぅ……! 何故、こんなことを……!」
武器を持つ腕へ剣を振り下ろす。
「ぐわぁ! くっ……うぅぅぅ……」
心臓に剣を突き刺す。
「や、やめ……がはっ! ぐ、がが……ッ」
なるほど、此奴は無意識に体を再生してしまうらしい。こんなに痛がってるのに死ねないなんて、難儀な体だな。
ならば、目を穿つ。
「ひぎゃああ!!」
ならば、腹を裂く。
「なん、で……ぇ」
ならば、首を落とす。
「ころ……して……」
………………。
「チトセさん……っ、いつになったら……此奴はぁ!!」
「もう少し、もう少しだから!!」
悪趣味極まりないダンジョンだ……! 本当に、本当に悪趣味だ!
心を守る為の役作りを試してみたが、心は傷付くばっかりだ。
俺の心はずっとずっと死に続けていた。
もう、うんざりする。どうして俺は泣いているモンスター相手に泣きながら剣を振り下ろさなければならない?
目の前のモンスターは身を守るように両手で頭をガードしながら実を縮こまらせている。
こんな無抵抗の相手に剣を振り下ろさなければならないなんて、どうかしていた。
それでも戦わなければならないなんて、どうかしている。
だが隙を見せれば、途端に形成が逆転して負けるのは俺達になってしまう。死なない為に、俺は剣を振り続けるしかなかった。
「こんな、こんなことはもう……やめて……!」
「煩い……煩い煩い煩い! 頼むから、喋らないでくれ……!」
精神が壊れそうだった。そんな俺をチトセさんが突き飛ばす。
「あたしが悪かった! 最初からこうしていれば……!!」
チトセさんは《幻陽》に赫炎を灯し、うずくまるシャドウメイカーの背中に刀を突き立てた。
「ひぎゃあああああああああああ!!!」
地面に転がった俺はシャドウメイカーが燃え上がる様子をただただ見ていた。赫炎の燃焼は再生が追いつかない程に体を燃やし尽くしていく。
「最初からこうしていれば良かった。力を温存しなきゃって思ったあたしが馬鹿だった」
「俺は……いや、でも」
「ごめんね、ウォルター」
もうシャドウメイカーは声も出せなくなっていた。じわじわと再生はしているようだが、それでも赫炎の力の方が上だったようで、数分で塵となって消えていった。
皮肉にもその後に出現した魂石は俺の膝くらいまであるサイズの立派な物だった。それに触れて収納した俺は、そのまま込み上げてきた物をその場に吐き散らした。
「うえぇっ、げほっ……!」
「全部出して、ウォルター」
「すみま……っ、げほっ!」
背中をさすってくれるチトセさんに礼も碌に言えないまま、今朝食べた物を全部出してしまった。まったく、情けない。
「すみません、本当に」
「いいよ。無理もない。本当に此処は悪趣味が過ぎる……」
今までで最もきついダンジョンだったかもしれない。
「あたしも判断を間違えてしまったよ……本当にごめんね」
「チトセさんが謝ることじゃないですよ。……そろそろ、移動しましょう」
移動中に聞いた話だが、シャドウメイカーを倒すと配下のシャドウ達も同時に死ぬらしい。だから『メイカー』なのだとか。
確かに道中、所々に魂石が転がっていた。あの鬼畜な戦闘を制した褒美なのだと考えれば、まぁ割には合うのかもしれない。
魂石を拾いつつ移動した先は一軒の民家だ。此処の2階のベランダには梯子があって屋根へ登ることが出来る。何故梯子があるのかというと、屋根の修繕の為だそうだ。
「其処、壊れかけてるから気を付けてね」
「はい……」
戦闘が終わってから数分が経つがまだ気持ちは悪かった。屋根の上に座ってみても風も吹かないこの町は本当に居心地が悪かった。
屋根からは先程の噴水広場がよく見える。屋根伝いに行けばすぐに駆けつけることも可能で、尚且つ広場からは見つかりにくい場所だ。此処からならヴィンセントを視認出来るし、奇襲も出来そうだった。
「見張りはあたしがやるから、君は暫く休んでて」
「申し訳ないですけど、そうさせてもらいます」
とにかく今は休みたかった俺はチトセさんの言葉に甘えて屋根の上に座る。まだ少し震えている手を見る。確かに激しい戦闘ではなかった。だが、それ以上に精神が摩耗する戦闘だった……。
少しでも心の整理をしてヴィンセントとの戦闘に勝ち、子供達を救う為に、全力で休むことにした。
しかし必死なのはダンジョンボスであるシャドウメイカーも必死だった。俺達という賊から町を守る為、彼はただ1人で戦い続けている。
「くぅ! 一兵卒の分際で……!」
彼の描くシナリオでは、俺達は町の関門を突破し、部隊を秘密裡に処理する敵国の兵ということになっている。なるほど、こうして部隊が減り続ければ町の危機だ。何が何でもこの場で殺さなければならないだろう。必死になるのも良く分かる。
彼が必死になればなるほど、俺達は精神的にダメージを負った。彼はモンスターで、俺達は冒険者で。ただダンジョンを攻略しに来ただけの人間だ。今回は少し理由が違ってくるが、やっていることは普段の作業と一緒だ。
これまではモンスターは人語なんて話さなかったし、ただ戦って傷付け、傷付けられながらも俺達が勝って……つまり殺して終わりだった。勿論、抵抗もされた。
「くっそぉ……!!」
だが言葉というものがあるだけでこうも感情が揺さ振られるとは思わなかった。
「チトセさん……ッ」
「心を殺せ、ウォルター!」
シャドウメイカーを挟み撃ちにしている為、奴を挟んだ反対側に居るチトセさんに助けを求めること自体が間違っているとは分かっていても、縋りたくなった。今までダンジョンやフィールドで殺してきたモンスターも、こうして叫んでいたのかもしれない。モンスターにも家族や友人が……。
「考えるな!!」
「……ッ!」
俺の心の内を見透かしたようにチトセさんが吠える。その僅かな隙を狙ったシャドウメイカーの剣が、俺の剣を弾き飛ばした。
「死ねぇえ!!」
「ハッ!?」
てっきり魔笛を吹くと思ったが、シャドウメイカーは剣とは違う武器を取り出した。変わった形の武器だった。筒状の先端が俺の方へと向く。何が出てくるのか分からず、俺は目を瞑ってしまった。
連続する閃光と爆発音。それと同じだけの金属音。
そっと目を開けるといつの間にか《斬空》を逆手に持ったチトセさんが俺とシャドウメイカーの間に割り込んでいた。
「ハァッ、ハァッ!」
「ち、チトセさん……」
「立って! 魔笛を!」
見ればシャドウメイカーは首から下げた魔笛に手を伸ばしていた。俺は『身体力上昇』の指輪に全力で魔力を込めながら虚空の指輪から魔剣(仮)を取り出す。どの魔剣(仮)か確認はしてない。そんな暇はない。
「ッヅァァア!!」
吠えながら剣を横薙ぎに振るう。剣はシャドウメイカーの右脇から入り、胴を通り、左肩へと抜けていく。その過程で魔笛の紐も千切れる。
上半身を切り飛ばされたシャドウメイカーは黒い血を噴き上げながら、残った下半身がその場に膝を突いた。急いで魔笛を拾い上げた俺はそのまま虚空の指輪に仕舞ってしまおうと試みる。
「……出来た! チトセさん、奪えました!」
「よし! あとは此奴を……」
殺すだけだ。だがあの武器が厄介だ。全然分からなかった。チトセさんが居なければどうなっていたのか……いやどうなるかも分からないんだが。
「何なんですか、あの武器」
「魔銃っていう武器。簡単に言うと弾丸を矢よりも早い速度で撃ち出す武器だね」
「想像もつかないんですけど……当たったらどうなるんですか?」
「体中が穴だらけになる」
「わかりました。全力で逃げます」
あの武器の仕組みは分からないが、厄介なことは理解出来た。何だ、あれは。駄目だろ、あれは。
再び魔銃を構えるシャドウメイカー。だがチトセさんは撃ち出される弾丸を《斬空》で全て切り落とした。さっきもそうやって防いだのだろう。『身体力上昇』と『斬撃特化』の効果が凄まじい。弾丸を切る腕が速すぎて見えないくらいだ。あれ俺もやりたい……!
魔銃はずっと撃ち続けられる訳でもないらしく、撃ち尽くした後は少し魔力を込めているのが見えた。その隙をチトセさんが見逃すはずもなく、懐へと踏み込み、切る瞬間だけ赫炎を灯した幻陽で魔銃を溶断した。
「チィッ……!」
魔笛、魔銃と奥の手を悉く奪われたシャドウメイカーが悔し気に舌打ちをして剣を構える。
こうなってしまえばもう後は純粋な白兵戦しかない。覚悟を決めたシャドウメイカーが何をしてくるか分からない。俺達は油断なく剣を構えた。
「どうして……」
「は?」
「どうして貴様達はこの町を襲う!? 我々が何をしたって言うんだ!」
その問いに答えはない。俺達はただダンジョンを攻略しに来ただけだ。しかも目的はダンジョンボスを排除してからが本番だ。シャドウメイカーはただただ、邪魔なだけである。
それからは一方的な戦闘となった。魔獣の乱射はチトセさんが防ぎ、シャドウメイカーには俺がダメージを与えていた。
だが2つ問題があった。1つは決定的なダメージが与えられないこと。これは攻撃した傍から回復してしまうので致命傷が与えられないから此方の拾うが溜まってしまうのが問題だった。
そしてもう1つはこれだ。
「ぐぁあああ! く、そぉ……!」
悲鳴だ。このシャドウメイカーの悲鳴が俺の鼓膜を劈く度に心が死んでいった。
相手はモンスターだ。人語を喋っているだけのモンスター。そう思い込もうと努めてみても聞きなれた言語が俺を現実に引き戻してくる。それが耐えられなかった。自分が酷く最低な人間に堕ちてしまったかのような感覚に脳が冷えていった。
シャドウメイカーが叫ぶ言葉は俺達への悪態と悲鳴だ。自分は町を守る兵隊の長で、俺達は町を襲う敵国の工作員という設定で言葉を投げかけてくる。時には貶すように、時には諭すように。
勿論、俺は敵国の工作員でもないし、町を襲ってもいない。だが剣が肉を斬る度に叫ばれては認識と意識が摩耗してくるのだ。
それでも俺は努めて、心を揺らす波を鎮める。シャドウメイカーが俺を敵国の工作員だと思い込ませようとするのであれば、逆も出来るはずだ。
自分は何も感じない人間だと思い込めば良い。今だけは、そういう人間になれば良い。
「スゥ……ハァ」
足を断つように剣を横薙ぎに振るう。
「ぐぅぅぅ……! 何故、こんなことを……!」
武器を持つ腕へ剣を振り下ろす。
「ぐわぁ! くっ……うぅぅぅ……」
心臓に剣を突き刺す。
「や、やめ……がはっ! ぐ、がが……ッ」
なるほど、此奴は無意識に体を再生してしまうらしい。こんなに痛がってるのに死ねないなんて、難儀な体だな。
ならば、目を穿つ。
「ひぎゃああ!!」
ならば、腹を裂く。
「なん、で……ぇ」
ならば、首を落とす。
「ころ……して……」
………………。
「チトセさん……っ、いつになったら……此奴はぁ!!」
「もう少し、もう少しだから!!」
悪趣味極まりないダンジョンだ……! 本当に、本当に悪趣味だ!
心を守る為の役作りを試してみたが、心は傷付くばっかりだ。
俺の心はずっとずっと死に続けていた。
もう、うんざりする。どうして俺は泣いているモンスター相手に泣きながら剣を振り下ろさなければならない?
目の前のモンスターは身を守るように両手で頭をガードしながら実を縮こまらせている。
こんな無抵抗の相手に剣を振り下ろさなければならないなんて、どうかしていた。
それでも戦わなければならないなんて、どうかしている。
だが隙を見せれば、途端に形成が逆転して負けるのは俺達になってしまう。死なない為に、俺は剣を振り続けるしかなかった。
「こんな、こんなことはもう……やめて……!」
「煩い……煩い煩い煩い! 頼むから、喋らないでくれ……!」
精神が壊れそうだった。そんな俺をチトセさんが突き飛ばす。
「あたしが悪かった! 最初からこうしていれば……!!」
チトセさんは《幻陽》に赫炎を灯し、うずくまるシャドウメイカーの背中に刀を突き立てた。
「ひぎゃあああああああああああ!!!」
地面に転がった俺はシャドウメイカーが燃え上がる様子をただただ見ていた。赫炎の燃焼は再生が追いつかない程に体を燃やし尽くしていく。
「最初からこうしていれば良かった。力を温存しなきゃって思ったあたしが馬鹿だった」
「俺は……いや、でも」
「ごめんね、ウォルター」
もうシャドウメイカーは声も出せなくなっていた。じわじわと再生はしているようだが、それでも赫炎の力の方が上だったようで、数分で塵となって消えていった。
皮肉にもその後に出現した魂石は俺の膝くらいまであるサイズの立派な物だった。それに触れて収納した俺は、そのまま込み上げてきた物をその場に吐き散らした。
「うえぇっ、げほっ……!」
「全部出して、ウォルター」
「すみま……っ、げほっ!」
背中をさすってくれるチトセさんに礼も碌に言えないまま、今朝食べた物を全部出してしまった。まったく、情けない。
「すみません、本当に」
「いいよ。無理もない。本当に此処は悪趣味が過ぎる……」
今までで最もきついダンジョンだったかもしれない。
「あたしも判断を間違えてしまったよ……本当にごめんね」
「チトセさんが謝ることじゃないですよ。……そろそろ、移動しましょう」
移動中に聞いた話だが、シャドウメイカーを倒すと配下のシャドウ達も同時に死ぬらしい。だから『メイカー』なのだとか。
確かに道中、所々に魂石が転がっていた。あの鬼畜な戦闘を制した褒美なのだと考えれば、まぁ割には合うのかもしれない。
魂石を拾いつつ移動した先は一軒の民家だ。此処の2階のベランダには梯子があって屋根へ登ることが出来る。何故梯子があるのかというと、屋根の修繕の為だそうだ。
「其処、壊れかけてるから気を付けてね」
「はい……」
戦闘が終わってから数分が経つがまだ気持ちは悪かった。屋根の上に座ってみても風も吹かないこの町は本当に居心地が悪かった。
屋根からは先程の噴水広場がよく見える。屋根伝いに行けばすぐに駆けつけることも可能で、尚且つ広場からは見つかりにくい場所だ。此処からならヴィンセントを視認出来るし、奇襲も出来そうだった。
「見張りはあたしがやるから、君は暫く休んでて」
「申し訳ないですけど、そうさせてもらいます」
とにかく今は休みたかった俺はチトセさんの言葉に甘えて屋根の上に座る。まだ少し震えている手を見る。確かに激しい戦闘ではなかった。だが、それ以上に精神が摩耗する戦闘だった……。
少しでも心の整理をしてヴィンセントとの戦闘に勝ち、子供達を救う為に、全力で休むことにした。
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