虚構の砂塵

笹森賢二

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#04 鬼火

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   ──仄かに揺らめく。



 夕刻を過ぎ、永く残って居た陽の光は夜の帳の奥へと隠れた。燐寸を擦り、蠟燭に火を移す。僅か枝葉の揺れる音を聞いた。目の前に在る大きな墓石に然して興味が在る訳では無いが、素通りと言う訳にも行かないだろう。手持ちの半分程の線香に火を移し、供え、手を合わせる。思う事は無い。適当に切り上げて隣の小さな墓石に残りの線香を供え、青い花を添えた。場面には合わないだろう。其の人も好いて居る訳では無いかも知れない。手を合わせ、想う。眼を閉じる直前に微か、揺らめく青い炎を見た気がした。
(序)


 錆び付いたタライに適当に丸めた新聞紙を放り、その上にため込んでいた使い捨ての割り箸を並べる。破いた新聞紙にライターで火を点け、タライの中に移す。ゆらり、空を見上げた火は新聞紙を灰に変えながら割り箸にも移り、大きな炎に変わる。揺らめきながら空へ伸びる炎を眺めながら思う。
 遠い昔の日、集まった親類、近所の子、爆ぜる花火に、今はもう亡い影。
 少し笑って、煙草に火を点けた。今はもう昔の話だ。この辺りで迎え火などする輩はいない。そもそも、死者を祀る事さえ。
 ふと、足音が聞こえた。こんな時間に火を焚いていたから注意でもされるのか、と思い顔を上げると懐かしい顔があった。手を後ろで組んで、やや体を前に傾けて炎越しに俺を見つめる。見慣れた仕草。煙草ばかり吸っている俺をいさめるような表情。今はもう亡い影。仕方なく炎の中に吸いかけの煙草を放った。その人は満足そうに微笑んで炎の横を、俺の隣を通り過ぎて玄関へ向かった。一応、祭壇は用意してある。問題はないだろう。俺はまた煙草に火を点けた。
(了・失われた影)


 ロウソクの火が狭い部屋を照らす。白い壁、カーテン、本棚に詰め込まれた本の背表紙を淡く照らす。私はロウソクから煙草へ火を移す。微か、ゆらめいた火が陰影を変える。貴方は唯一の後悔だと言っていた。私に煙草を教えた事。お酒は? と訊いたら苦笑いを浮かべていた。薄い灯りの中で仄かに赤く色付いた煙が上る。また、貴方の皮肉だろうか。最期に見た貴方の口元に残った跡は紫色だった。私の最期は同じ色にはしてくれない。ぼうっと、煙の向こうに貴方が浮かぶ。最期の姿のまま。目を開いてはくれない。ただ、ほんの少しだけ笑ってくれている。煙草が灰に変わっていく。貴方と同じように。フィルターだけを残して燃え尽きた煙草を二人で使っていたガラスの皿に置いた。ロウソクの火を吹き消す。月は出ていないらしい。真っ暗になった部屋に、それでも貴方は仄白く、一筋の紫を口元に残して立っていた。唇が動く。音にならなくても分かる。それ位の時間は一緒に過ごして来た。私は一度だけ頷いてから立ち上がった。手を伸ばす必要は、ないだろう。もうすぐ会える。少しだけ暗闇に慣れてきた視界を頼りに、椅子に足を掛ける。迷いはなかった。私は貴方に見守れながら目の前の輪に首を通し、椅子を蹴った。
(了・ロウソクと幻)


 祭りの賑わいはすぐそこなのに、辿り着ける気はしなかった。馬鹿な友人の思いつきで始まった肝試し。本堂の正面では祭りが催されている。その後ろに広がる墓地を一周して戻って来るだけの十分もかからないルートなのだが、本堂の影になっている上にぐるりと木々に囲まれているせいで灯りは握り締めている懐中電灯しかない。順番決めのじゃんけんで負けた事を今夜程悔んだ事はない。準備をした馬鹿な友人を恨んだ。歩いて数分、丁度何の光もなくなった頃に電池が切れた。こんな時に限って月も出ていない。近くに整然と並ぶ真っ黒な墓石だけが見える。まるで取り囲まれている気分だった。呼吸が荒くなる。落ち付け、少しすれば目が慣れて、歩くぐらいはできるはずだ。下は悪くない。平らな石畳を辿って行けばすぐに祭りの明かりが見えて来る。無事戻ったら野郎を一発ぶん殴ってやる。それで良い。そう思った瞬間、後ろから肩を掴まれた。思わず情けない声を上げてしまった。
「こんな所で、何をしている?」
 低くしわがれた声だった。誰かが肝試しなどしている俺をとがめに来たのだろう。
「いや、少し、」
 適当に誤魔化してしまおうと思い、振り返ると、そこに立っていたのは、恐らく人間ではなかった。ぼうっと浮かび上がるその顔には精気どころか眼球も鼻もなかった。ただ、その場所に黒い穴が開いているだけ。
「そうか、お前もこっちに来たいのか。」
「ち、ちが、」
 声が出ない。体が宙に浮いている。急速に薄れて行く意識の中で、俺の首へと伸びる真っ白な両腕の骨を見た。
(了・代償)


 眼を開く。青い炎が一つ、小さな墓石の上に浮かんで居た。苦笑した。解って居るよ。話をして呉れた礼を寄越せと言うのだろう。少し惜しい気もするが、自分が教えたのだから仕方が無い。日本酒の封を切り、小さな墓石に掛けてやる。其れだけで酔ったのか、青い炎はふらふらと辺りを周り始めた。立ち上がり見上げれば雲間の月。視線を降ろせば青い炎、赤い炎、紫の炎。温く湿った風が線香の煙を抱き込みながら流れて行く。
(了)
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