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#08 七色の洞窟
しおりを挟む──星の声を聴きながら。
鉱石には種類がある。生活に使われるもの、飾りに使われるもの、会話するもの、物言わぬもの。僕は主に生活に使われる鉱石の採集と再設置を生業にしている。例えば、暖房や調理ずみの食品の保温に使われる熱鉱石は早いもので数日、長くても一ヶ月で熱を失う。僕はすっかり冷めてしまった熱鉱石を預かり、リュックに詰めて洞窟に潜る。誰にでもできるただの力仕事に見えるが、実はそうではない。事実祖父は名人と呼ばれたが、体格も器用さも優れていた筈の父はこの仕事を継ぐ事ができなかった。いつも同じ場所に置けば言い訳ではないのだ。鍵になるは物言わぬ鉱石達。生活に使う鉱石にエネルギーを供給するのは彼らで、その流れは複雑に変化し続ける。その声なき声を聴き、設置場所と時間を決める。闇雲に置いてしまうと、一日ともたない不良品か全く違う性質のものになってしまう。もう一つ頼りになるのは鉱石に張り付いている水晶達だ。彼らはかなり遠くの地下の事まで知っているし、おしゃべりが好きでよく話しかけてくる。祖父は物言わぬ鉱石の声を完璧に理解していたらしいが、感覚的にしか理解できない僕は水晶の力を借りる事が多い。父にはそれすらできなかったらしい。
今日も水晶達の声と光に導かれて進む。もう直ぐここは崩れるから違う場所に移して欲しいと言われればそうする。そうすれば次に来た人も安全に道を進める。暫く進むと良い場所があった。これから三日ぐらいは熱が通り続ける窪み。これなら一ヶ月分の熱が溜められるだろう。そこに冷めた熱鉱石を積み上げる。初めてこの作業をした時、余りの不器用さに同行してくれた祖父と水晶達に大笑いされたが、最近はすっかり慣れた。設置を終えると今度は受注品の採集にかかる。リュックの中に防水シートを張って、数日前に設置してすっかり水を溜めこんだ鉱石を詰める。
「もっと詰めて行きなよ、まだ余裕でしょ?」
水晶が囁くけれど、首を横に振る。必要な分だけあれば良いし、まだ暫く水の流れは変わりそうにないから、他に必要な人が持って行くだろう。欲張っても良い事はないし、枯渇してしまっては意味が無い。鉱石が水を溜め切れなくなればまた別の場所へ水は流れて行って、違う石に宿る。
「レミーは欲が無いね。」
欲の皮がどこまでも厚くなるならそうする。けれど、そうはならない。厚くなり過ぎた皮は小さな裂け目から一気に破ける。
「レミーは現実的なだけだよ。」
「お人好しって利用され易いんじゃないの?」
そんな水晶達の会話を聴きながら進む。
「あ、そうだ、レミー、次の道は左に曲がって。」
出口とは逆だけど、新しい道でもできたのだろうか。洞窟は日々姿を変える。頻度は高くないけれど、鉱石達が姿を変えるように洞窟も姿を変える。
「何かあるの?」
水晶達はくすくす笑うばかりで何も言わなかった。代わりに淡い光で僕を導く。狭い灰色の壁の道を抜けて行く。
「もう少しだよ。」
一段と狭い隙間を抜けると、虹が見えた。地上はまだずっと上の筈だ。目を凝らすと、どうやら大きな空洞のようだった。水と熱の流れが混ざり合い霧を作り、光の流れがその中に七色の虹を描いている。空に弧を描く虹ではない。複雑に走る光がそこら中に七色をばらまいているようだった。
「どう?」
足元で水晶が笑った。
「凄い、と、しか。」
時折風が霧のスクリーンと七色を揺らす。
「でも、急にどうして?」
「ほらね、やっぱり忘れてた。」
多分、洞窟の入り口から底まで一瞬だけ音が止まった。
「レミー、お誕生日おめでとう!」
洞窟中から聴こえる声と、鮮やかな虹と、僕は感情の整理ができないまま泣いてしまった。
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