虚構の群青

笹森賢二

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#06 幻燈

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   ──夢。


 彼女は何時も同じ場所、白い壁の前に立つ。長い黒髪を後ろで縛って居る。優しげな切れ長のやや垂れた目に泣き黒子。口元の微笑は儚げにも悲しげにも見える。背は、女性にしては高いか。毎回違う柄の着物姿だが、決まって袷は逆になっている。
「今晩は。」
 静かで玲瓏な声は、儚げなに聞こえる。
「よぉ、今晩は。ナツメ。」
 毎夜現れるその女性に俺が名前を付けた。
「冷茶で良かったか?」
 小さなテーブルに座布団とグラスが二つずつ。
「ええ、頂きます。」
 ナツメは僅かに足を崩して座った。今夜は殆ど真っ白な着物だったが、袷と帯の縁は赤だった。
「今夜は? 怪談話か?」
「ええ。」
 訪れる度に様々な話をして呉れる。内容は多岐に渡るが、着物の色合いで想像がつく。尤も、派手な着物でいきなりおどろおどろしい話を始められたりもするが。
 ナツメは冷茶を半分程飲み、蝋燭に火を灯した。俺は部屋の灯りを消した。扇風機と換気扇が作り出す風の流れに小さな灯りはゆらゆらと揺れる。壁に映る影もゆらゆらと動くが、ナツメの背後には影が無い。
「さて、其れでは。」
 静かに語り出す。水辺、柳の木、恋人を失った男、短い会話と、舞う蛍と青い炎。
「良い話だな。」
 ナツメはそっと口元を隠した。
「そうでしょうか?」
 僅かに寂しげな眼をして居た。
「喪失は喪失です。記憶は彼を苦しめるでしょう。忘却は、そうですね、例えば貴方なら、忘却される事を赦せますか?」
 人間は事実を都合良く解釈し、咀嚼し、捻じ曲げる。ナツメの言う通りか。美しいと思えるだけで触れる事もできない記憶を抱いて生きるより、来世や天の国なんて何の根拠も無い物で誤魔化そうとする。
「少し意地悪が過ぎましたね。そんな顔なさらないで下さい。」
 灯りを点けて蝋燭を吹き消した。
「ナツメは?」
 一瞬だけ間があった。
「そうですね、貴方と話し足りない、位しか考えて居ませんよ。」
 何やら誤魔化された気もするが、まぁ、良いだろう。夜は未だ続き、其れが過ぎてもまた次の夜がやって来る。
 
 


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