落葉

天野

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人々と交わり、人を嫌い、人に嫌われる。当たり前の出来事が
自分には苦痛で苦痛で、胸が張り裂けそうになるのです。

手のひらの忍耐という文字が消えるころには、すっかり心は傷つき、また新しい忍耐という文字を書き続ける毎日でした。
いつかは報われる。そう思い、今まで生きて参りました。

しかし、鎧を脱いだ今の自分にはわかるのです、母上。

現実という、世にこれほど残酷なものがあるのでしょうか。
この世界で、生きていくには現実を直視しなければなりません、ですが、母上、現実を直視するのが恐ろしいのです。

現実を直視し、打ち克って、生きていくだけの気力が、もう自分にはないのです。

嘘に塗れた、偽った自分をもうこれ以上続けるのは、到底、出来そうにありません。






自分には彼女がとても眩しく見えました。
後ろから後光が差すかのように、彼女は眩しかったのです。
うす暗い地下鉄を明るく照らす、地上に降りてきた天使のように彼女は神々しい存在でした。

酒臭い天使とでも言いましょうか。


母上、この前一緒にテレビのニュースを見たことを覚えていらっしゃいますか?
その時自分は、持っていたスプーンを思わず落としてしまっていましたね。
それには、ちゃんと理由があるのです。
テレビを見て母上は、

「あらま、なぜこんなことするのかしらね、死ぬなら一人で死ねばいいのに」

とおっしゃっていましたね。
そうなんです。
繁華街で、無差別殺人を起こした彼女こそが
自分が助けた彼女なのです。
初めは、自分も目を疑いました。彼女に似ている誰かなのだと自分に言い聞かせ、
もう一度よく見てみました。






それは紛れもない彼女でした。




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