落葉

天野

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その日は、大学に行く途中、利根駅でいつも通り、本を読んでおりました。
すると、どうやらザワザワと周りが騒がしく、人々が集まっておるのです。
どうしたことやらと思い行ってみると、そこには女性が線路の上で寝ておりました。


安らかにスヤスヤと寝ておりました。


今思えば、必死に寝ているフリをしていただけかもしれません。
自分は正義感に燃え、その女性を助けようと決心いたしました。
線路に入り、もうすぐ入ってくるであろう電車より早く彼女を運びだし、
周りの協力も経て何とか助けることが出来ました。

彼女は、とても美しい女性でした。

長くて艶やかな髪に、可愛らしい顔、細すぎない体には、なぜか色気さえも感じられました。
彼女はどうやら自殺をしようとしていたらしく
こんなに美しい人が、なぜ自殺をしようとするのか自分には理解できませんでした。
頭のテッペンからつま先まで麗しい人は、
毎日、人生を謳歌する特権があると勝手に思い込んでいたので大変、衝撃を受けました。

名前も知らない彼女は、

「あなたに、私の死を止める権利がありますか?」

と唐突に言い、涙混じりの目で、少し自分を睨んできました。
すると、横にいた中年のおじいさんが

「死ぬのは、勝手だがここで死ぬと大勢の人が迷惑するんだ。一人で勝手に死ぬことだな」

と冷たく言い、まるで助けた人たちに感謝しろといわんばかりの態度で彼女に言うのでした。
自分は頭が真っ白になり、ただ茫然とそこに立ち尽くすことしか出来ませんでした。
怒りや悲しみといった感情で、動けなくなったわけではございません。

ただ問いに対する答えがいくら考えても出てこないのです。
確かに、彼女がそこで死んでしまったら、大勢の人が迷惑するでしょう、
だけどそれと同じくらい、いや、それ以上に自分は
彼女に迷惑をかけたのかもしれないと思ってしまったからなのです。


ありふれた正義感に燃え一人の女性を助けてしまいました。
ありふれた道徳観で、
足りない自尊心を満たすだけのエゴが作り出した、ある意味、これは悲劇なのです。
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