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45 蓄積

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 ちょっとした特別感が欲しいから、とあえて僕が先に出て喫茶店で時間を潰し、駅前で待ち合わせた。現れた蒼士は初めて見る変な柄の青い半袖シャツを着ていた。

「何それ……」
「サメ! 今日のために買った!」

 服装は絶望的だがこんなのが僕の好きな人なのである。社会人になってもこれということは一生好みも変わらないだろうし諦めることにした。
 入ってすぐの大水槽に僕は子供と混じってへばりついた。

「うわぁ……めっちゃいっぱいおる……」

 魚の名前なんてろくに知らないので説明書きを見て確かめた。エイが寄ってきてぱくぱくと口を開け閉めしてくるのでそれが面白くて追った。

「美月、ちっちゃい子みたいやな……」
「悪いか。ほとんど来たことないねん」

 いきなりたっぷりと時間を使ってしまった。イルカショーが始まってしまうというので早足で会場まで行き、前の方の席に座った。

「美月ぃ、多分濡れるで」
「濡れたい」
「ほんま子供やな」

 軽快な音楽がかかりショーが始まった。三頭のイルカたちが水面から出てきてご挨拶。ちゃんと名前もついているとのことだった。
 生き物が人間の言うことをここまでキッチリ聞くものなのだなぁとそんなことに感心した。高いところに吊り上げられたボールにタッチしたイルカがざぱりと着水して期待通りびしょ濡れになった。

「あはっ、蒼士髪ぺったんこー」
「美月もTシャツ透けとうで」

 タオルなんて持ってきていないのでせめて日光で乾かすか、と屋外の展示を見に行った。ヒトデに触れる小さなプールがあったので僕はすかさず寄っていき手の上に乗せた。

「見て見て蒼士ぃ、思ったより硬い」
「よう触れるなぁ……俺はパス」

 触ったら手を洗わなければならなかったので余計に濡れた。僕はぶんぶん手を振って水気を切った。

「カメおるで蒼士ぃ」
「うわぁ……こんだけおると迫力あるなぁ……」
「僕飼うんやったらカメがええな、可愛いし」
「可愛いかねぇ……」

 室内に入り、通りすぎてしまった展示を見た。蒼士が一番気に入ったのはクラゲで、何枚も写真を撮っていた。蒼士は言った。

「身体のほとんどが水やねんで」
「そうなん? それでよう生きとうなぁ」

 クラゲは色鮮やかなライトに照らされていたが、暗がりだし、とそっと蒼士の手に触れた。

「……この甘えん坊」
「えへへー」

 日本の川や熱帯の珊瑚礁など、地域ごとのコーナーもあり、長々と見ていたらもう昼過ぎだった。

「美月ぃ、そろそろ何か食わへん?」
「何か簡単なものでええよ」

 僕たちはホットドッグを食べた。食後は喫煙したくなるのがヤニカスなのだがぐっと我慢した。
 まだ見ていなかったのがペンギンで、色んな種類がごちゃ混ぜに広い部屋に居るのをガラスにはりついて眺めた。

「足短ぁ……」

 僕が漏らすと蒼士が説明してくれた。

「ほんまは長いねんで。羽毛で隠れとうだけ」
「蒼士って色んなことよう知っとうな」
「ガキの頃好きやったからな。図鑑とか読んでた」

 これで全て見た。駅前の喫煙所まで戻ってきてようやくヤニ解放だ。

「はぁ……生き返るぅ……」

 この後の予定は知らなかった。蒼士に任せっぱなしだった。

「どないすんの?」
「鉄板焼食いに行こう。予約しとう」

 電車に乗って移動した。時間があったので喫煙できる喫茶店で暇潰しして、いかにも高級そうな外観の店に連れてこられた。こんなチンピラみたいな服装で大丈夫だろうかと尻込みしたが蒼士は構わず入っていき、たっぷりの肉を平らげた。

「はぁ……食った食った」
「美月が食うと思って肉多めのんにしといて正解やったわ」

 帰宅すると蒼士は包みを手渡してきた。

「今年のはっと……おっ、キーケース?」
「うん。美月、鍵そのまま財布に突っ込んどうやろ? これにつけとき」

 二人で入浴してそのまま風呂場で突入した。

「んっ、んっ」
「可愛い、美月……」

 一緒に暮らしてから欠かすことなくしていたが全く飽きていなかった。二人ともまだまだ旺盛なのだ。この先まであるかもしれない。

「やらしいなぁ、美月は……」

 ベッドでもねっとりと交じりあって固く指を組み合わせた。蒼士の骨ばった大きな手は強くも優しくもあって、これが僕を掴んで離さないのだと思うと幸せでいっぱいだった。

「俺を好きになってくれてありがとうなぁ、美月……」

 蒼士の腕の中でそう囁かれた。

「始まりがあんなんやったし……信じてもらえるまで時間はかかるやろうなって思ってた」
「せやな……」
「今は俺のことどう思ってるん?」
「信じとうで。何があっても蒼士は僕と一緒におってくれると思っとう」

 このままいけば、蒼士だって社内の地位を得られるだろうし、父親に意見もいえるようになるだろう。僕はただ、自分にできることをするだけだ。
 しかし、意外なところで転機が訪れた。十二月になり今年のクリスマスプレゼントはどうしようか悩んでいた頃、理沙からお兄ちゃんには内緒で会いたいという連絡がきたのである。
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