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29 理沙

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 バイトに行くと仲のいいパートのおばちゃんに首の痕がバッチリとバレてしまった。正直に彼氏だと言うと驚かれたが、二人で食べなとバウムクーヘンを買ってもらった。
 それを持って帰宅すると、こたつに入った蒼士の向かい側に女子高生が座っていた。

「お帰り美月ぃ」
「え……その子……」
「初めましてぇ、妹の理沙ですぅ」

 確かに紹介したいとは言っていたが昨日の今日か。気が早いなおい。バウムクーヘンは六個入りだったのでちょうど三人で分けられた。

「お兄ちゃんに彼氏できたっていうのは知ってたんよ。もう、全然帰ってこうへんから、心配したんよ?」
「ごめんて。親父怒っとう?」
「まあまあ怒っとう。今日は帰りや」

 いつか写真で見た通りのショートヘアー。瞳の色は青くないんだなと思った。

「美月さんめっちゃ可愛いって聞いとったから、楽しみやったんよ。ほんま可愛いなぁ、理沙の彼氏になってほしいぐらい」
「夕飯のおかずはやるけど美月はやらへんで」
「お兄ちゃんのケチ」

 理沙は見た目だけでなく中身も蒼士に似ていた。すっと内側に入ってきた。僕も蒼士の妹ならばと一気に警戒を弱めた。僕は尋ねた。

「理沙は……次で高二になるんやっけ? 彼氏は?」
「そんなんおらへんよ。女子校やし出会いないねん」
「やって、蒼士」
「安心してええんか、どうなんか……」

 長谷川兄妹はスーパーで買い出しをしてくれていた。今夜のメニューはビーフシチューだった。皿が三人分ないので蒼士は味噌汁用の茶碗を出してきた。

「理沙、また美月さんの家来たい」
「ええ……このヤニカスアパートに?」
「タバコやったらお父さん吸うもん、平気やで。理沙も二十歳になったら吸おうかな」
「やめとき、やめとき」
「お兄ちゃんは吸うくせに」

 僕と蒼士は遠慮なくタバコを取り出して女子高生に受動喫煙をさせた。理沙に引きずられて蒼士も帰っていったので、僕は久々に広いベッドに寝転がった。
 思えばまともに女の子と話すのは中学生以来じゃなかっただろうか。蒼士伝いに理沙の連絡先が送られてきて長文の褒め言葉を頂いた。
 そして僕はあることに気付いた。もうすぐ四月二日、蒼士の誕生日だ。食べ物の好き嫌いはわかったものの、何を贈ればいいか全くわからなかった。そもそも他人に物をあげたことが一度もないのだ。これは妹に聞くしかないと理沙に相談した。

「美月さん、早いなぁ」
「理沙こそ。十五分前やで」

 理沙と駅前で待ち合わせた。彼女は健康的なショートパンツに派手な柄のTシャツ姿だった。服装のセンスも兄妹一緒らしい。まずは二人でカフェに行った。タバコが吸えないところだったが我慢した。

「理沙もお兄ちゃんに毎年プレゼントしとうよ。お花にしてる」
「ほな花は無しか……」
「何がええかなぁ。あんまり高いもんあかんやろ。美月さん貧乏やねんし」
「うっ」

 こちらから持ちかけてきた相談だったし相手は女子高生だし、本当は奢るべきだったのだろうが、理沙の飲むカフェラテは自分で払ってもらったものだった。

「お兄ちゃんの部屋、マンガ借りるからよう入るんやけど……わけわからんもん置いてるなぁ。民族楽器とか。石ころにペイントしたやつとか。透明の頭蓋骨とか」
「ますます何やったらええかわからんくなったわ」

 とりあえずぶらつくか、と雑貨屋を見て回った。どれもこれも見た目より高くて尻込みした。こういう店自体に来たのが初めてだったのである。
 唯一これだと思ったのがマグカップだった。今は百円均一の店で買った適当なやつを蒼士専用にしていたが、新しく買ってもいいかという気がしたのである。

「これどうやろ」
「ええんちゃう? お兄ちゃん、ネコ好きやし」

 持ち手の所がネコの尻尾になっているデザインで、大きさもコーヒーを入れるのにちょうど良さそうだった。値段は千二百円。セブンスターが二箱買えた。こういう時にいちいちタバコ換算してしまうのがヤニカスだと思った。
 ラッピングもしてもらい、それで済まそうと思ったのだが、理沙がこんな提案をしてきた。

「カードにメッセージ書いたら? お兄ちゃんそういうの喜ぶかも」
「メッセージかぁ……」

 文房具屋に行って桜の柄のカードを買った。長々と書くことなんて思い付かないから小さいやつだった。帰宅してスマホのメモに下書きしてみては消し、頭をかきむしった。

「あーもう……これでええわ」

 誕生日おめでとう、これからもよろしく。それだけである。僕は字が汚い。どれだけ時間をかけても一緒なのでパパッとボールペンを滑らせた。
 当日、部屋に来た蒼士に包みを渡した。

「これ……」
「おおっ! ありがとう!」

 すぐさま包みを開けた蒼士はニタァと笑った。

「めっちゃ可愛いやん! 俺、大事にするなぁ」
「まあ……洗い物するのは蒼士やから。割らんといてよ」

 カードの内容も読んでさらに気色悪い笑みを浮かべた。その夜はいつになく激しくて、僕が弱音を吐くまで蒼士は腰を振り続けた。

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