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23 傷痕
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レジで迎えた新年、僕は廃棄のシュークリームを抜いて退勤した。蒼士は今ごろ何をしているのか、そればかり気になって、僕の日常に彼がすっかり侵食してしまったことにびっくりした。
二日にそっち行くから、とは言われていて、それだけ我慢すればいいはずなのに、僕の身体はうずいた。そっと下着の中に手を突っ込んだ。一人で吐き出すのは虚しかった。
こたつに入ってシュークリームを食べてタバコを吸った。疲れているはずなのに眠気はなかった。狭いはずのボロアパートがだだっ広く思えてきて、しんと静まり返った朝、僕はやっぱり一人ぼっちなのだと思った。
蒼士が何を考えて僕を自分のものにしたのか、あれだけ言葉を尽くされていても理解できなかった。僕はただのヤニカスでクソビッチで、貧乏だから贈り物一つできないのだ。
でも蒼士は違う。家族がいるし金も持っている。詳しく聞いたことはないけれど、それなりにいいところの坊っちゃんなのだろう、そんな彼が僕に構うなんて、やはり釣り合いが取れていない気がしてきた。
ペット扱いでもされていたら納得はいったかもしれない。しかし僕は人間として接してもらっていた。僕の尊厳は保たれており、それがかえって不気味だった。
どうせいつか捨てられる。それが僕の学んできたことだった。じゃあ今度は自分から捨てればいいじゃないか、なんて思うけれど、蒼士には何の非も見つからなかった。
ふと、カッターが目に入った。この前段ボールを切るために出してそのままにしておいたやつだった。それを握った。
キリ、キリリ。
小さな刃が顔を出した。
僕は左腕の袖をめくってスパリと切った。それからは止まらなかった。赤い線がいくつも浮かび、血の玉が浮き出ていた。
「痛ぇ……」
水道で流した。ジンジンとした痛みはしばらく引くことがなく、それに集中していたらこたつに入って眠りこけていた。
起きると腹が減っていたが動くことの方が面倒で、紛らわすためにタバコを吸った。灰皿はこんもりとしてしまい、吸い殻を押し付ける隙を見つけようとして灰を散らしてしまった。
本当に何もせぬまま一日が過ぎた。トイレだけは我慢できなかったので行った。浅い眠りを何度も繰り返していたら、インターホンが鳴った。
「美月ぃ、あけおめー!」
僕は扉を開けなかった。
「……帰れ」
「えー? どないしたん? 今年の美月の顔見せてぇや」
「見せたくない……」
「美月、ほんまに大丈夫か?」
僕はインターホン越しに叫んだ。
「僕なんか……僕なんか蒼士にふさわしくない!」
「落ち着きや、美月。とりあえず開けてぇな」
扉の前で僕は立ち尽くした。このまま門前払いをすれば蒼士は僕のことを忘れてくれるだろうか。
「美月ぃ、寒い……入れて……」
ガタガタとドアノブを回してきたので、仕方なく開けた。
「なんや、顔色悪いなぁ……」
「別に……」
蒼士は目に痛い蛍光イエローのダウンジャケットを脱ぐとこたつに入った。僕も向かい側に座った。
「んー、ぬくいなぁ。美月んちのこたつが一番や」
「そう……」
「それで、美月。どないしたんや」
僕は蒼士の顔を見ずに言った。
「別れよう……」
「あれか、自信なくしたんか」
蒼士は僕の頭をさすった。
「美月はなぁ……自分に自信なさすぎるんや。ふさわしくない? そんなことあらへん」
「顔と身体だけしかええとこないやん」
「俺、美月の性格も好きやで。真面目やし、流されへんし、気取ってもない。一緒におって楽しいもん」
こたつから抜け出した蒼士は後ろから僕を抱き締めてきた。
「言葉だけやったら足りんか? ほなしようなぁ……」
そう言って服の中に手を入れてきたので僕ははたいた。
「上は脱がさんといて」
「……美月、何か隠してるやろ」
「何もないって」
抵抗したが蒼士のバカ力には勝てなかった。左腕を見られてしまった。
「美月……自分でやったんか……?」
「ごめん……」
じわじわと涙があふれてきた。目をぎゅっと瞑った。蒼士は傷跡に触れてきた。
「痛かったやろ……可哀想になぁ……」
「怒らへんの……?」
「怒らへんよ。やってもたんは仕方ないやろ。せっかく綺麗な肌やったけど……いくら傷いっても美月は美月やろ。俺の大事な人や」
僕はキスをせがんだ。もつれ合い、ベッドに行って、二人とも裸になった。
「蒼士、ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝らんといて。何でしてしもたんや」
「わからへん……」
挿入はしなかった。蒼士は僕の身体中を慈しんだ。触れていない箇所など一つもないくらいに。きちんと寝ていなかったせいだろう、蒼士の胸に頭を預け、気絶するように落ちてしまった。
目覚めると夕方だった。ゆっくり目を開けると、蒼士はじっと僕の顔を覗き込んでいた。
「蒼士……」
「俺を信じて……美月。すぐやなくてええ。俺さ、美月がなんで身体売るようになったんかとか……そんなん知りたいんや。ちょっとずつでええから教えて」
「うん……」
僕は僕自身に向き合う時が来たのだろう。蒼士なら受け止めてくれる。バカみたいにお人好しでバカみたいに懐が大きいこの男なら。しかしまだ、僕には時間が必要だった。
二日にそっち行くから、とは言われていて、それだけ我慢すればいいはずなのに、僕の身体はうずいた。そっと下着の中に手を突っ込んだ。一人で吐き出すのは虚しかった。
こたつに入ってシュークリームを食べてタバコを吸った。疲れているはずなのに眠気はなかった。狭いはずのボロアパートがだだっ広く思えてきて、しんと静まり返った朝、僕はやっぱり一人ぼっちなのだと思った。
蒼士が何を考えて僕を自分のものにしたのか、あれだけ言葉を尽くされていても理解できなかった。僕はただのヤニカスでクソビッチで、貧乏だから贈り物一つできないのだ。
でも蒼士は違う。家族がいるし金も持っている。詳しく聞いたことはないけれど、それなりにいいところの坊っちゃんなのだろう、そんな彼が僕に構うなんて、やはり釣り合いが取れていない気がしてきた。
ペット扱いでもされていたら納得はいったかもしれない。しかし僕は人間として接してもらっていた。僕の尊厳は保たれており、それがかえって不気味だった。
どうせいつか捨てられる。それが僕の学んできたことだった。じゃあ今度は自分から捨てればいいじゃないか、なんて思うけれど、蒼士には何の非も見つからなかった。
ふと、カッターが目に入った。この前段ボールを切るために出してそのままにしておいたやつだった。それを握った。
キリ、キリリ。
小さな刃が顔を出した。
僕は左腕の袖をめくってスパリと切った。それからは止まらなかった。赤い線がいくつも浮かび、血の玉が浮き出ていた。
「痛ぇ……」
水道で流した。ジンジンとした痛みはしばらく引くことがなく、それに集中していたらこたつに入って眠りこけていた。
起きると腹が減っていたが動くことの方が面倒で、紛らわすためにタバコを吸った。灰皿はこんもりとしてしまい、吸い殻を押し付ける隙を見つけようとして灰を散らしてしまった。
本当に何もせぬまま一日が過ぎた。トイレだけは我慢できなかったので行った。浅い眠りを何度も繰り返していたら、インターホンが鳴った。
「美月ぃ、あけおめー!」
僕は扉を開けなかった。
「……帰れ」
「えー? どないしたん? 今年の美月の顔見せてぇや」
「見せたくない……」
「美月、ほんまに大丈夫か?」
僕はインターホン越しに叫んだ。
「僕なんか……僕なんか蒼士にふさわしくない!」
「落ち着きや、美月。とりあえず開けてぇな」
扉の前で僕は立ち尽くした。このまま門前払いをすれば蒼士は僕のことを忘れてくれるだろうか。
「美月ぃ、寒い……入れて……」
ガタガタとドアノブを回してきたので、仕方なく開けた。
「なんや、顔色悪いなぁ……」
「別に……」
蒼士は目に痛い蛍光イエローのダウンジャケットを脱ぐとこたつに入った。僕も向かい側に座った。
「んー、ぬくいなぁ。美月んちのこたつが一番や」
「そう……」
「それで、美月。どないしたんや」
僕は蒼士の顔を見ずに言った。
「別れよう……」
「あれか、自信なくしたんか」
蒼士は僕の頭をさすった。
「美月はなぁ……自分に自信なさすぎるんや。ふさわしくない? そんなことあらへん」
「顔と身体だけしかええとこないやん」
「俺、美月の性格も好きやで。真面目やし、流されへんし、気取ってもない。一緒におって楽しいもん」
こたつから抜け出した蒼士は後ろから僕を抱き締めてきた。
「言葉だけやったら足りんか? ほなしようなぁ……」
そう言って服の中に手を入れてきたので僕ははたいた。
「上は脱がさんといて」
「……美月、何か隠してるやろ」
「何もないって」
抵抗したが蒼士のバカ力には勝てなかった。左腕を見られてしまった。
「美月……自分でやったんか……?」
「ごめん……」
じわじわと涙があふれてきた。目をぎゅっと瞑った。蒼士は傷跡に触れてきた。
「痛かったやろ……可哀想になぁ……」
「怒らへんの……?」
「怒らへんよ。やってもたんは仕方ないやろ。せっかく綺麗な肌やったけど……いくら傷いっても美月は美月やろ。俺の大事な人や」
僕はキスをせがんだ。もつれ合い、ベッドに行って、二人とも裸になった。
「蒼士、ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝らんといて。何でしてしもたんや」
「わからへん……」
挿入はしなかった。蒼士は僕の身体中を慈しんだ。触れていない箇所など一つもないくらいに。きちんと寝ていなかったせいだろう、蒼士の胸に頭を預け、気絶するように落ちてしまった。
目覚めると夕方だった。ゆっくり目を開けると、蒼士はじっと僕の顔を覗き込んでいた。
「蒼士……」
「俺を信じて……美月。すぐやなくてええ。俺さ、美月がなんで身体売るようになったんかとか……そんなん知りたいんや。ちょっとずつでええから教えて」
「うん……」
僕は僕自身に向き合う時が来たのだろう。蒼士なら受け止めてくれる。バカみたいにお人好しでバカみたいに懐が大きいこの男なら。しかしまだ、僕には時間が必要だった。
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