赫濁(カクダク)

惣山沙樹

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第二章 鮮やかな日々

赫濁 10 彼らとの約束

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赫濁 10 彼らとの約束



01 雨音

 タケルについての思い出話は尽きませんが、一旦このくらいにしておきます。
なにせ、伯父と、それに父の話をしないとね。
 ここからも、引き続き「僕」が語ります。第三者視点の方が、彼らも助かるでしょうから。
 あの「ナオさんへの手紙」ですら、仮名を使わないと恥ずかしくて書けなかったんです。でも僕ならどしどし書きますよ? 二人ともいいね?
 それと、あの約束のことは、必ず伝えないといけないし、それからのあれも、タケルに教えちゃうからね? 僕にこのテキストを書かせるということは、そういうことだよ。



 琥雅が大学一年生の十月四日のことです。
 伯父の誕生日、その一日を彼自身はどう過ごしたいのか。それは本人が一方的に決めることでした。それまではずっと、父と過ごすことを彼は選びました。
 その年も、当然のように伯父は父を指名しましたが……。どうしても外せない用事が、父にできてしまったのです。おそらく仕事でした。

「仕方ねーからお前んち行くわ」 

 当日の朝になって、そんなことを言われてしまいました。僕たちは慌てました。ユウキはその日の講義をどうしようと悩み、コウガはそんなもん休めよと怒鳴りましたが、授業を受けるのが大学生の仕事です。すべきことです。

「今日の講義は外せないので、夜からならいいですよ」

 そうメールを送ると、むしろ後から「ちゃんと授業優先するなんて偉いな」って褒められたじゃないですか、良かったですね。
 大学を出るなり、まっすぐスーパーに向かい、作る時間の余裕は無かったので、とりあえず伯父が好きそうな出来合いの食べ物を買い込みました。あと、一応シャンパンも。他のお酒は大体冷蔵庫に詰まっていました。
 ケーキは……どうせ伯父はホールなんて食べられないので。家の近くのお店で、カットされたチョコレートケーキを二つ。
 伯父が来る時間ギリギリまで、必死に部屋の掃除をしました。人格が分かれていると、困ったことに物が多くなるんです。コウガとユウキ、それからついでに僕の趣味もありますからね?
 特に紙の本が多くて。こっそり僕も買うことがありました。本棚に収まりきらずに、机の上や下はもちろん、トイレにまで溢れていましたからね。まだ一人暮らしを始めて半年なのに、まるで同じ場所に十年間くらい住んでいるかのような有様だったんです。

「うわっ、お前んちきたねーな?」

 タケルのときとは違い、とうとう片付けが間に合わなかったので、まずはそんなことを言われてしまいました。
 ユウキはしょげながら、とにかく二人分が座れるスペースを確保したダイニングテーブルに伯父を座らせました。
 僕たちが慌てて準備した「ディナー」を、伯父はとても喜んでくれました。いつかのスティックパンと同じく、ケーキはそれぞれ食べさせ合いました。時折、彼の口についたクリームを舐めとりたかったけれど、そこまではできませんでした。
 それから浴びるほど酒を飲んだ伯父は、やはり機嫌が悪かったみたいでしたね。父が約束を破ったんです。まあ、当然ですか。琥雅の身体は酒に強いので、ユウキが一緒のペースで飲んでもまるで酔えませんでした。

「優貴、お前大学でもそんなに飲んでるの?」
「ううん。っていうか、ぼく、未成年なんだけど?」
「ああ、忘れてたわ……。今日くらいはいいだろう。どうせハルトの目もないことだし」

 父の名前を出した後、また彼は「馴れ初め」を話し始めました。ユウキは辛抱強いので、それを黙って聞いていました。
 そして……ベッドの上も、きちんと空けていましたから。ユウキは当然のように、コウガに身体を明け渡しました。
 乱暴にキスをされ、ベッドの上になだれ込み、むさぼるように互いの身体を求めました。
 伯父は行為中、余り喋らない方でした。というか、ほとんど口を塞がれているものだから、二人とも話せない。僕たちだって、実はそういうのが好きでした。

「伯父さん、気持ちいい?」
「うん、気持ちいい。俺、ずっとこうしてたい。いきたくない」

 伯父はギリギリのところで腰を止めて休むのを繰り返し、必死に遅らせていました。あれだけ酔っていたのにね。それでもついに終わらせてしまうと、頭を撫でて慈しんでくれました。
 シャワーを浴びて、伯父はすぐに眠ってしまいました。コウガは時折トイレに行ったり、水を飲んだりして、ずっと寝ていたわけではありませんでした。
二人分の汗で湿ったシーツは、お世辞にも寝心地がいいとは言えませんでした。それに、シングルベッドでしたから、ほとんど伯父に占領されていました。
 明け方に、雨の降る音が聞こえてきました。
 日付が変わっていて良かったな、なんて、そんなことを思いました。大好きな人の誕生日でしたから、晴れていて欲しかったんです。たとえ伯父の心がどうであったとしても、その日はこの僕が相手をできたのだから。
 そして、彼は果たして傘を持ってきていたのだろうか、とも考えました。スマホで予報を見ると、昼前には止むそうで、僕の傘を貸す必要は無さそうでした。
 雨音を聞きながら、どうにもやるせなく、感傷的な気分になってしまいました。
 僕はベッドのわきに一人佇んで、何か飲み物を飲むわけでも、散らばっている本の一つでも取るわけでもなく、ただただ彼の安らかに横たわった細い身体を眺めていました。

「死んだ後は、こっちが一人占めできるよね。そんなこと考えちゃダメなのに、そうしたくなっちゃった……」

 誰かが伯父の背中越しにそう言いました。呻き声のような返事がありました。彼がその内容を理解していたかどうかはどちらでも良かったんでしょう。もしかしたらそんなことを言ったのは、僕だったのか。
 なぜ、誕生日を自分と共に過ごすことを彼は選んだのだろう? 父が無理だったから、に決まっていますが。それでも良いと、彼にしがみつくことを決めたのは自分自身。加納琥雅の選択でした。
 身体の相性がいい。答えの一つはそれなんでしょう、どうせ。調教されていますから、いくらでも望みを聞けますしね?
 目覚めてから、もう一度セックスをしました。今度はすぐに達してしまいそうになるらしく、とても可愛かったです。調子に乗ってコウガがいじめていると、強引に転がされてしまいました。
 強く突き動かしながら、伯父は口を右耳につけ、荒い息を吐きながら言いました。

「ハルトが先に死んだらどうする?」

 突然の質問に、コウガはすぐ反応できませんでした。

「もちろんお前のこと身代わりにするよ?」
「別にいいよ。ハルトって呼べばいい」
「まずはその髪切り落とすぞ? あいつにあってお前に無い傷痕、焼いたり削ったりしてつけるからな?」
「たくさんあるから大変かもね。父さん、顔はキレイだけど身体は傷だらけだから……」

 コウガの答えに、伯父は喜んでいるように見えました。

「全部、正確に刻んでやるから」

 そうして、伯父は醜くて赤黒い欲望をコウガに注ぎ込みました。
 結局僕たちは、彼にのめり込んでいったんです。甘美だけど、何一つ易のない麻薬。それが彼でした。早く止めるに越したことはない。そういう類いのものでした。



02 夕の海

 伯父とは外出することもたまにありました。そういうときは、コウガだったのかユウキだったのか。もしかしたら、僕だったのかもしれません。ハッキリと、誰が出ていたのかは判らない、そういうこともよくありました。
 大学一年生の、七月のことでした。その日は伯父がレンタカーを借り、二人でドライブにでも行こうということになりました。
 伯父は、子供も居ないし、都会じゃもう必要無いからと、車を手放していましたが、運転自体はけっこう好きだったんです。
 そういうときは、大体伯父の好きに任せ、琥雅は助手席でぼんやりしているだけでした。
 オーディオプレイヤーからは、いつもビートルズが流れていました。伯父は別に世代でも無いはずなのにな、と思ったことを覚えています。今考えると、それは僕たちの祖父母の趣味だったのかもしれません。
 時刻は午後三時過ぎ。夕飯を食べに行くにはまだまだ早い頃でした。珍しく、伯父が行き先の希望を聞いてきました。

「海に行きたい。砂浜まで行こうよ」

 そう口に出したのは誰だったのか。今でも結論は出ていないけど、出す必要もないでしょう。伯父は頭の中でしばし逡巡したようです。

「夕の海なんか見たいの? やけに感傷的だなお前」
「感傷的って……。伯父さんのイメージでしょ、それ?」

 図星を突かれて悔しかったのでしょう。伯父は渋々でしたが、甥っ子の希望を叶えてやることにしました。
 伯父が選んだのは、小さな海浜公園でした。琥雅は、街歩き用のキレイめなサンダルで、砂浜を歩きました。砂がジャリジャリして気持ち悪かったので、途中から裸足になりました。
 既に日は傾きかけており、柔らかでしっとりとした風が、琥雅の長髪を通り抜けていきました。さざ波の音は心地よく、そこまでは爽快な気分を味わえました。
 ところが、波打ち際まで行くと、泥臭い海水が見えたので、琥雅はげんなりしました。潮の香りも、想像していたものとは違いましたしね。

「伯父さん、ここ、すっげー汚い」
「まあな。海なんて、遠くから見るだけの方が良かったろ?」

 このとき琥雅は、伯父は自分自身に例えてそう言ったのかと思ったのです。優しく頼れる伯父さんではない、浅ましい本性を知られてしまった。それについての自嘲ではないか、とね。

「うーん。複雑な気分。完全にはそうでもないよ?」

 あくまで海についての話をされていましたから。琥雅は無難な答えを返しました。
 それから、伯父は田舎の海が懐かしいと言いました。彼は前職が全国転勤の仕事だったため、中国地方に住んでいたことがあったらしいのです。連れて行ってと言うと、次にできた彼氏と行けばいいと返されてしまいました。
 琥雅はそれに拗ね、踵を返して、伯父に詰め寄りました。真正面に立ち、彼を見下しながら吐き捨てました。

「彼氏なんか、一生作らないから!」
「そのうち気も変わる。あまり、自分のこと縛るなよ、琥雅」

 人はまばらでした。伯父と甥がそんな会話をしていたことなど、誰にも聞かれなかったことでしょう。
 琥雅の足が海水と砂で汚れていたので、まずはそれを公園の洗い場で流しました。それから、適当なチェーン店に入り、男二人で安上がりな夕食を取りました。
 そしてレンタカーを返却した後、伯父の家に戻り、ゆっくりと二人でお風呂に入りました。琥雅は多少、日に焼けてしまったのか、腕がヒリヒリとしていました。
 寝室のベッドに座って、琥雅が髪を拭いていると、伯父もその隣に腰を下ろし、琥雅の太ももにくたりと頭を乗せてきました。その小さな頭を撫でながら、まるで野良猫みたいだと琥雅は思いました。彼の癖のある髪はやわらかくて、触り心地がよかったんですよね?
 もう何回目の夜でしょう。二人でこうしていることにすっかり慣れ、彼が高校生の頃から一緒にいたかのような感覚でした。
 琥雅は、自分と伯父の二人分、水分を拭き取る羽目になりました。伯父がそのまま眠ってしまったのです。表情や口ぶりには出ていませんでしたが、かなり疲れていたようです。
 一度、伯父を抱き上げてベッドにまっすぐ寝かせ、その横に滑り込むと、伯父は琥雅の指を固く握りました。そんなことをされては中々寝付けなくて、彼の寝顔を見ながら、いかに自分が彼を愛しているのかを心の中で呟き続けました。
 琥雅のこれからの道は、様々なように見えて、実は二種類しかありませんでした。彼から離れるか、彼だけを生涯愛するか。
 もう、約束していましたから。浮気はしない、一途でいる、伯父が死んだ後もずっとって。だから、冗談でも彼氏がどう、だなんて口走って欲しく無かった。あの約束を守りたかった。
 タケルの顔がよぎりました。すぐに、奥歯を噛んで打ち消しました。
 さすがにずっと手を握っているわけにもいかず、琥雅は水分を取るために、一旦ベッドを離れました。そうすると、彼はうつ伏せになりました。この体制が最も落ち着くのだと琥雅は知っていました。
 冷蔵庫にあった、伯父の飲みかけのジンジャエールを一口飲み、ベッドに戻りました。そしてようやく、琥雅も意識を手放すことができたのです。



03 いつか終わる日々

 海へ行ってから、一週間ほど経ったころ。タケルの存在が、とうとう伯父にバレました。
毎朝運動をしている、ということからスルスルとね。タケルとの出会いから何まで、全て言うように脅されてしまったんです。
 けれども、それは伯父にとっては喜ばしいことだったのかな。甥っ子に、同じ世代の男友達ができたんです。ハルトとノアのようにね。
 伯父は幼子をあやすような手つきで頭を撫でてきました。それはきっと、琥雅が赤子の頃に初めて触れ合ったときから変わらないであろう、優しいリズムで。
そうして労わっておいてから、彼は指を組み合わせ、身体を押さえ付けてきました。

「やめて、痛いよ……」
「うるせー。終わるまで黙ってろ」

 琥雅は快感と苦しみで悶えました。タケルのことを知られたという罪悪感もありました。指を解こうとすれば、さらに強く握り合わされ、身をよじらせるので精一杯でした。
 ねえ、愛してる。愛してるよ?
 彼にしがみつきながら、心の中だけでそう叫びました。何度も、何度も。黙ってろと言われたのでね? コウガは言いつけを守るんです。
 いつまでこうしていられるだろう。伯父はいつまで自分を求めてくれるのだろう。彼が終わらせてしまってから、そんな不安が、口をついて出てしまいました。

「伯父さん、まだ飽きてない?」

 彼はその言葉をそのまま突き返してきました。

「お前は飽きたの?」

 愛しい嗜虐的な笑み。

「オレはまだ、大丈夫」

 こちらが強がっていることなど、伯父は全て見透かしているのでしょう、どうせね。

「いつかポイするかもよ?」
「それでもいい。伯父さんが飽きるまでは一緒に居させて……」

 顔をしかめられるほど、ぼくは懇願しました。約束守るから。ユウキも良い子だから。そう泣きながら訴えました。

「こんなこと、いつか必ず終わるんだよ」

 それは、そうです。例え僕たちが伯父との約束を守ったとしても、死別というものがあります。
 父とは「子供が先に死なない」とも約束していましたから、それは、つまり……。

「一生一途でいます。彼は、ただの友達。例えこれからどんなことがあっても」

 伯父は、寂しそうに笑いました。



04 二十歳のバースデー

 大学二年生の夏。加納琥雅は二十歳になりました。八月三日、その当日の夜、本当は伯父と二人きりで過ごしたいところ……なぜだか父と三人で、ショットバーにいましたね。そんな流れになってしまっていました。
 ユウキは嬉しかったみたいだけど、コウガは終始拗ねていましたね? 人格が分かれていると色々面倒ですね。

「琥雅、誕生日おめでとう!」

 バーカウンターに座るなり、先に父に言われてしまいました。よせばいいのに、その時はコウガの方が出ていました。

「あっハイどうも。伯父さーん早くオレにおめでとうって言ってよー」
「まずは酒注文しない?」

 ごもっとも。伯父は三人分のシャンパンを頼みました。

「誕生日おめでとう、甥っ子」

 名前を呼んでもらえないのは不服でしたが、伯父がわざとそうしたことは明らかでしたし、父もほくそ笑んでいましたから、何も気付かないフリで礼を言いました。

「ありがとう。さて、これで堂々とタバコ吸えるよね?」

 コウガは伯父と同じ銘柄のタバコを取り出しました。

「ああ、じゃあ僕からもプレゼントです」

 なんと、父がまた別のタバコを取り出しました。それは、見覚えのない箱でしたが……。側面に小さく書かれた文字を読んで、僕たちは一瞬絶句しました。それから、父を控えめに罵りました。

「父さんってどこまで性格悪いの?」

 それは、例のトラウマでした。父があの日コンビニで買った銘柄は無くなり、別の物に変わってはいましたが、その系譜を継いだものを準備していたのです。

「じゃあ、そっちから吸えよ?」

 伯父も何かを把握していました。コウガは渋々、父に渡された箱の封を切りました。ほら、父の子ですから……。贈り物はきちんと頂かないと。

「おい、お前まで噛むの?」
「えっ?」

 僕はタバコのフィルターを噛んでしまっていました。無意識です。カプセルが入ったメンソールは吸わないので、そんなことをしてはおかしいのです。

「やっぱり僕の息子ですね?」
「そんなところまで似なくていいから。ほら、さっさと酒飲め酒」

 シャンパンが揃っていました。バーテンダーは初老の男性で、アルバイトらしい若い女の子もいましたっけ。その店にはそれ以降行っていませんが、父と伯父に挟まれて、ガヤガヤと誕生祝いをされているクソガキのことを、きっと覚えているでしょうね。

 たくさんの、話をしましたから。

「僕が死んだら何が欲しいですか?」

 一時間ほどして、話の流れで父がそんなことを言い出しました。

「カネ」
「もう、それは最低限準備してありますから、心配しなくてもいいですよ!」

 可愛くない息子ですよね? そして、しっかりしている父です。

「物っていっても、父さん何かあったっけ? 何でもいいよ、遺したい物ならちゃんと受け取ってやるから」
「じゃあ、指輪ですかね。つけてはいないけれど、僕の父から継いだものがありまして」
「えっと、それはお祖父ちゃんのってこと?」
「はい。シルバーですから、手入れはきちんとしてくださいね。ああ、琥雅も指が細いから、多分はめられない……」

 実はこのとき、楽しみになってしまいました。その指輪を見せてもらったことは、今まで一度も無かったですしね。
 そして今度は、伯父に聞きました。

「伯父さんは何くれるの?」
「カネは無いぞ」
「知ってる」

 軽く頭を小突かれました。しかし、物もそんなに持っていないことを知っています。何かは絶対に欲しいけど、何をねだればいいのか。その時、伯父の右腕に目が留まりました。彼は右利きなのに、そっちに腕時計をつける癖がありました。

「その時計、ちょーだい」
「えー? これ、当時は高かったけど、ボロボロだし、お前の世代だと多分オッサンくさいぞ?」
「そういうのがいいの!」

 一度伯父はその腕時計を外し、僕の右腕につけてくれました。

「きつい」
「だろうな」

 彼の腕はガリガリでしたから。当然、ステンレススティールのブレスレットは、琥雅の肌に食い込みました。

「もし琥雅がつけるときは、調整するより別のベルトとかに変えた方がいいかもな?」
「父さんが買っておいてあげますね!」
「ちょっと、二人で話進めないでよ!」
「いいじゃないですか、僕とノアは親友なんですから」

 親友同士に挟まれた若造は、もうどうすることもできません。彼らの打合せを、ぷかぷかタバコを吸いながら黙って聞いていました。

「琥雅も大きくなったよな。産まれたときなんか、あんなちっちぇーリストバンドはめてたのに」

 それは、産院で赤子につけられる、母の名前と琥雅の誕生年月日が書かれたアレのことでした。伯父がそれを持っていると知っている、だなんてここでは言いませんでした。寝室をあさったとバレますからね。

「あれはノアが持っているんですよね?」
「そう。絵理子に頼んだらくれた」
「へえ、そうなんだ」

 知らないということで、話を合わせます。

「あれさ、俺が死んだら棺に入れてよ」

 伯父はそう言いました。

「いいですよ。それくらい」

 父が承諾してくれたので、じゃあ、とこちらから追加の提案もしました。

「手紙も入れていい?」
「え? あのきったねー字の?」
「いいじゃんか!」

 もちろんそれは、伯父に宛てた最初のラブレターです。汚い字ですが想いはぎゅうぎゅうに詰まっています。それを、持って行って欲しかった。

「わかったよ。それじゃ、三人で約束しようか?」
「はい。できない約束は、この三人は最初からしませんよね?」
「ああもう、いいって。父さんが守るんだよ、その約束は」
「もちろんです。ノアが死んだら、リストバンドと手紙を棺に入れ、この時計をあなたに渡します」
「ハルト、頼むよ?」
「破ったら許さないからね?」
「絶対に約束します」
 
 これは、最初で最後にして、最大の、「三人での約束」でした。



05 再監禁

 そんな誕生日から、一か月ほど経った頃です。父と伯父と三人で、こんなこともあったんです。
 コウガはその日、監禁部屋でひんむかれ、手足を拘束され、口も塞がれ、ベッドの上に転がされていました。伯父からは、とにかく待っとけと言い捨てられただけでした。
 玄関が開く音がして、僕たちは戦慄しました。

「あー、ハルト、こっち入ってて」

 父が来たのです。

「あっハイ。わかりました……」
「んー!」

 口を塞がれているので無駄ですが、こっちに来ないでくれと必死に訴えました。
 父はドアを開けて息子の姿を確認した途端、ぱたりと動きを止め、表情を固くしました。

「……え?」
「とっとと入れって!」

 伯父が父を部屋の中に突き飛ばしました。続いてドアを乱暴に閉めました。
 そうです。父子で伯父に監禁されてしまいました。

「いたっ! ノア!? 開けて! 開けて下さい! カギ閉めましたね!?」
「あー、ハルトもちょっと静かにしようか」
「なんなんですかこの状況!? 息子とやるまで出れない部屋でもやりたいんですか!?」
「んー!?」

 父の発想は相変わらず最悪ですが、今に始まった話ではありませんよね。関係各位、キッパリと諦めてくださいね。まあこっちは全裸でしたしね。

「あーもう! やりたくないしやらなくてもいいから!」

 伯父はマジでやらないでほしかったみたいです。やってたらどうなってたんだろう……。当然、本当にそんなつもりは父にもありませんから、彼はうるさくわめき始めました。

「お願いです早く開けて下さい! この子はともかく僕は監禁される覚えありませんよ!?」
「んんんー!?」

 いえいえ、こっちだって無いんです。

「お前も口塞げばよかったわ……」

 伯父がへなへなとその場にうずくまる様子が想像できるかのようでした。うちの父は本当に人の話を聞きません。そのくせ、自分からはああだこうだと言ってきます。

「一体何なのか説明してください!」
「しようとしてるけどお前がうるさくてできないの!」

 ようやく父も、伯父が困っていることに気付いたようです。

「そうですよねすみません……」
「あー、ちなみにモニターで室内の様子は見えてるからな?」
「はい……」

 父は僕に背を向け、ドアに向かって立ったままうなだれていました。

「お前らに話があるんだけどさ。こうでもしないと三人で話せねぇだろ?」
「琥雅が居ると聞いていたら確実に来ませんでした」
「んー!」

 僕たち全員もそうですよ? こんな酷い発想しかできない父親と、二人きりになんかされたくはありません。

「えーとだな。まず、お前らだけが悪かったとは言わない。俺も、悪かった。それは謝る。どっちが先だったか忘れたけど、お前ら俺を通して喧嘩し出しただろ? 最初はさー、面白かったからさー、俺も悪乗りしちゃって、いちいちハルトがこう言ってたーとか琥雅がこう言い返してたーとか伝えてたけどさ、そろそろ飽きたし疲れたしやめてくれる?」
「身に覚えしかありません」
「ん……」

 当然僕たちにも覚えがありました。

「それにさ、最近はもはや喧嘩ですらないんだよ。ハルトはこの前、琥雅がちゃんと飯食ってるかとか、友達とはいかなくても会話できる奴できたかとか、俺に聞いてきたじゃん」
「そうでしたっけ」

 父はとぼけました。バカですね。そんなのすぐバレるのに。

「そんで、息子の方もさ、自分が家出てから男がハルト一人になって肩身狭くないのか、よく喋る女三人に囲まれてしんどくないのか、そんなん聞いてきて」
「……はあ」

 コウガはとぼける以前に喋れませんが、うなり声すらやめました。恥ずかしくて。

「そんなやりとり、直接してくれる? お前らがいがみあってるから、俺もやってて楽しいんであって、一人暮らしの息子と実家に残ってる父親の微笑ましいやりとり、別に聞きたくないんだけど?」
「すみませんでした……」

 こちらも心の中で、平身低頭伯父に詫びました。

「ハルト、コウガのやつ取ってやって」

 拘束を解け、ということです。父は嫌々こちらを振り向いて、渋々寄ってきました。父親が息子にする態度ではありませんが、そういう間柄になってしまったのは息子のせい……ん? 元はといえば父と伯父?
 なんかもう、これを読んでいる方々にはどーでもいいですね?全員おかしいんですから。

「手足は拘束したままでいいですよね?」
「好きにしろ」

 伯父がそう言うので、父はとりあえず口だけを外しました。

「……ぷはっ」
「ノア、取りました」
「あのさー、せめて手も取ってくれない?」

 コウガがそう言うと、父はあからさまに顔を歪めました。別に殴ったり襲ったりするつもりなんてないのに。

「父さんがヨダレ拭いてくれるんならいいけどさ」
「取りますね」
「ちょっとは考えてから返事してくれない?」

 結局、手足も全て外してくれました。

「じゃ、俺三十分くらい出かけてくるから。その間に積もる話終わらせとけよ」

 すると父はドアに駆け戻り、ガンガンとドアを叩いてすがり付きました。懐かしい光景です。

「ノア!? 嫌です! 行かないでください! せめて家の中に居てくださいよ!」
「父さん、往生際悪いよ」

 玄関が開き、鍵がかけられる音がしました。コウガにとってはお馴染みですが、父はそうではありません。

「あ……本当に行っちゃいました……」
「キッチリ三十分で帰ってくるって意味だからね」
「さすがコウガは慣れていますね」
「父さんが言うと嫌味にしか聞こえないよ? とりあえずそっち座れば?」
「はい……」

 父と息子は、ベッドの上に隣り合って座りました。大型犬が一匹、回転しながら寝転べるくらいの距離はありましたが……。ともかくこれで、伯父の言いつけは実行できそうでした。



06 父子と伯父の会話

 どうせこの父親からは口火を切らないと分かっているので、コウガから話を始めました。

「……あのさ、けっこうしっかりした飯食ってるし、そういうの気にしなくていいから。喋れる奴もいるし」
「そうなんですか?」
「大体、学食で食ってるから、知ってる奴いたら声かけて、何人かで一緒に食ったりもしてるし」

 本当の事です。さすがにこんな状況で嘘も冗談も言いません。それは父も同じようでした。

「それは良かったです。父さん、最近は夕飯一人のこと多いですから」
「帰るの遅いの?」
「まあ、どうしても。母さんも、父さんが夕飯には間に合わない前提で準備する方が楽でいいと言っていましたし」

 ちょっと哀れになってきたので、ここでコウガからユウキに変わりました。

「父さんさ、母さんに連絡するとき、今会社出たとかじゃなくて、何時に着くって送った方がいいよ」
「それはこの前も言われました」
「家事は母さん任せなんだから連絡くらいちゃんとしてよ」
「すみません」

 ユウキは引っ込みました。さすがの彼も、面倒くさくなったみたいです。

「オレに謝っても意味ないから」
「はい」
「……なんか、オレに聞いときたいことないの?」
「えっと、一人暮らしで困ったこと、ないですか」
「困ったら伯父さんに聞いてる」
「ですよね」

 情けないなあ、まったくもう。父が壊滅的に家事ができないのは、今さらどうしようもないので、先に母が死んだらどうしようかと、そういう方向に息子たちは考えを巡らせてしまいました。

「多分家事ならオレの方が父さんよりはマシだよ?」
「最近は本当に台所に立たせてもらえませんしね」

 パエリア事件をきっかけに、母は一切父に料理をさせなくなりました。 

「そういや伯父さんからカレーの話聞いたよ」
「あの話聞いたんですか!?」
「もう八回くらい聞いた。母さんがオレに野菜の皮むき練習させてた理由がよくわかった」

 幼児の頃にはすでに、調理の手伝いをさせられていました。今ではとても、母に感謝しています。

「料理はできた方が良いですよ……」
「父さんみたいにはなりたくないしね」
「なんかノアに似てきましたね?」
「父さんに似てるのは顔だけでいいよ」
「ほら、そういう言い方するところとか」

 あまり話が進んだ気はしませんが、三十分が経ったみたいです。

「あ、伯父さん帰って来た」
「お前らちゃんと話できたかー」

 伯父が監禁部屋のドア越しに、呑気な声をかけてくれました。父はまた、ドアに張り付きました。

「ノアー! お帰りなさい! 話したので早くここ開けて下さい!」
「お前ら、ちゃんと話した?」
「大体オレが話してた」

 コウガはベッドに腰かけたまま言いました。

「どうせそうだろうな」
「すみません、すみません、でも話はしましたってば!」

 父が謝ると、伯父はドアの鍵を開け、左手に提げたビニール袋を見せながらドアを開きました。

「アイス買ってきたからリビングで食うぞ」
「あ、マジで? やったー」

 ユウキも嬉しかったんですね? みんなアイスが好きですから。なので、ベッドから降りて、そそくさとリビングに向かうことにしました。
 それを見た父が、呆れたような声を出しました。

「切り替え早いですね」
「誰かのせいで慣れてるからね」
「また喧嘩はじめたら二人とも捨てるぞ?」

 それはちょっと。

「やだなぁ伯父さんったら。父さんとはすっかり仲直りしたよ?」
「ノア、捨てるならこいつだけにしてくださいね」
「ハルトさー、俺の言うこといつになったらちゃんと聞いてくれるの?」
「ごめんなさいごめんなさい」

 はい、このときはもう、父の完敗です。
 琥雅はリビングに置かれていた自分の服を着て、ダイニングテーブルに座り、三人でおやつタイムを始めました。

「ほい、コウガはキャラメルでいいよな」
「うん」
「ハルトはこっちな」

 伯父は全員の好みをきちんと把握しているので、それでいいはずだったんですけど。

「ノアのは何ですか?」
「チョコミントだけど」
「じゃあこっちでいいです」
「バニラじゃ不服か!?」
「この時期はフルーツ系のシャーベットとかが良かったです。アイス買いに行くなら言ってくれたらよかったのに」

 買ってきてもらっておいて、この言い様です。確かに二人は高校時代からの友人ですから、ズケズケ本音を言ってもいいのかもしれませんが……。息子としては、こんな子供みたいなことを言う父親が恥ずかしくなりました。

「父さんっていつもこんなに図々しいの? 家じゃもっと大人しいけど?」
「残念だな、いつもこんな感じだ」
「どうせ僕は残念ですよ」

 仕方ないからこっちで我慢します、とでも態度に表したかったんでしょうね? 父は少し溶けたバニラアイスを、スプーンでぐにぐにと、もてあそび始めました。はしたない……。

「ねえ伯父さん、この人のどこが良かったの?」
「ちょっとわかんなくなってきた」

 父を敬愛しているはずの、ユウキや僕までもが、彼の良さがわかんなくなってきました。

「ねえ伯父さん、そろそろ乗り換えの時期じゃない?」
「スマホみたいに言わないでください!」

 コウガの冗談に、父はきちんと着いてきてくれました。

「まあ電源入る内は使うわ」

 もちろん伯父もです。

「そんな言い方しないでください! 新しい機種だからって使いやすいとは限りませんよ!」
「はぁ!? 古い機種なんてすぐバッテリー落ちるじゃん!」

 スマホに例えたことをコウガは後悔しましたが、負けてはいられませんでした。あ、こっちだって二十歳越えてるけどガキですからね?

「お前らもっぺん閉じ込めて二人まとめて調教するぞ!?」

 伯父は、父とコウガの頭を、それぞれ一気にがしっと掴みました。指がこめかみに食い込んで凄く痛かったです。
 けれども、勢い付いた二人は止まりませんでした。頭を捕まれたまま、ヘラヘラとこう口走りました。

「伯父さん無理しないで、もう歳なんだから、二人まとめてなんて伯父さんの体力持たないよ?」
「そうですよ。僕は変わらず禁煙できていますが、ノアは吸いまくってるじゃないですか。健康診断ちゃんと受けてます?」

 バカ二人から手を離し、伯父は大きな大きなため息をつきました。

「なんか、お前らありがとう。なんか泣けてきた、色々情けなくて。まあ、仲直りできて良かったな……」

 チョコミントって、皆さん好きですか? あれって好みが分かれますよね。タケルはどう? 食べてるの見たことないけど。
 ともかく伯父はそれが好物でしたから、それからもネチネチ言ってる義理の弟と甥っ子を放置して、それを黙々と口に運びだしました。
僕たちも、アイスが溶けては勿体ないので、ほどほどにして食べ始めました。

「オレも堂々と酒飲めるようになったし、アイスじゃなくてビールが良かったなー」

そんなことを言うと、あらかた自分のを食べ終えていた伯父が冗談を言いました。

「おーい、俺に酒飲ませたら二人一緒に抱くぞ?」
「はぁ!? オレ、伯父さんが例外なだけで血縁にには抵抗あるよ!?」
「僕も若い時の自分を犯す趣味は無いですからね!?」
「あー、冗談だってば、ケンカすんなって」

 ふと、よこしまな考えが頭によぎりました。

「でも、確かにあっちだったらいいかもね、それ」
「ええ、確かにそうするならアリですよ」
「いいよね?」
「解りました?」
「当然じゃん、父さんの子供なんだから」

 父と息子は解り合っていました。

「あなたは拘束されておいてくださいね」
「わかってるって。伯父さん、よろしくね!」
「俺、まだ何も言ってないんだけど? もしかしてお前ら……」
「せっかくのいい機会じゃないですか。コウガの調教結果もこの目で確認できますし、一石二鳥ですね」
「それにさー、伯父さんがオレたちのこと騙して呼び出して監禁したんじゃない。アイスくらいで償えないよ?」

 伯父は観念したようです。このバカ二人が何を企んでいるのか、ちゃんと理解してくれたんです。

「あーもう……わかったよ……」
「さすがコウガ、相手の非を的確に突きますね」
「まーやっぱり、オレって、元々は父さん似なんだろうねそっちも」
「さっさとやるぞ……」
「じゃ、よろしく、伯父さん」



07 三人の戯れ

 タケルだけでなく、関係者の皆様もこれを読むことは承知の上で、やらしーこと書きますね?
 彼らはドア越しではなく、きちんと目の前で、本番生中継をしてくれることになったんです。

「あー、面倒だし縛ったりは無し。お前が、自分で、自制しろ。何も拘束されていない状態で、我慢するんだぞ? お前が喋ったり、目ぇ反らしたり、耳塞いだり、自分の身体いじり始めたら、その時点で終了だ」
「僕も最後までしたいので、ちゃんと我慢してくださいね?」
「わかった」

 そういう約束をさせられました。
 監禁部屋のドアの内側で、コウガは三角すわりをしました。そこからなら、ベッドの様子がそこそこよく見えます。それから伯父の言いつけ通り、きちんと目を見開きました。誰かが定期的に目薬をさしてくれれば、まばたきすら我慢できていたでしょうね?

「長い」
 
 伯父はまず、ねちっこいキスの文句を言いました。

「わざとです」
「だろうな」

 計ってなかったけど、どれくらいそうしていたんですかね。さすがにコウガも飽きていましたよ。

「何ですか、もう、あの子の方ばかりチラチラ気にして。そんなに可愛いんですか?」
「そりゃー可愛いよ。お前と違って、ネチネチしてねーし、素直に好き好き言ってくれるんだもん。陰気さが無いんだよ、あいつ。さっぱりしてていい性格してるよ」
「どうせ僕は陰気ですよ」
「ごめんってー」
「素直に好きと言われたいんですよね? じゃあ、僕も言います」

 耳も塞いではいけませんでしたから、全てしっかりと聞いていましたよ? 聞きたくなかったのは伯父の方でしたでしょう。

「ハルト……もうその辺で……」

 笑うな、とは言われませんでしたから、コウガはゲラゲラと下品に声を上げました。喋ってないからギリギリセーフです。
 それからも、僕たちはしっかりと約束を守りました。長いこと床に座っていたので、お尻が痛かったです。あ、伯父も痛かったと思います。

「……あの子、しっかりできましたよ。褒めてあげないんですか?」
「お前がメチャクチャやるから動けねーよ。お前、父親だろ。お前が褒めろよ。あいつのこと、もう触っても平気なんだし」
「あっ……そうか……そうでした」
「もう終わりだ。行ってやれ」

 僕たちはそのまま座り込み、父が来てくれるのを待ちました。そして、抱きしめてもらいました。

「よく頑張りましたね」
「うん……」

 いつぶりでしょうか……。息子として、父にそうされたのは。妙な気持ちには全くなりません。それは父も同じだったでしょう。父子はようやく、本当の意味で解り合えたのです。
 それはそれとして。コウガは元気な若者でしたから、ベッドに上がって、ぴょんぴょん跳ねながら長髪を揺らし、まだぐったりしている伯父に素直な気持ちをぶつけました。

「伯父さん、挿れてよー」

 今度は父がゲラゲラ笑っています。彼もさすがに満足したのでしょう、服を着始めていました。

「むりむり勃たない。自分でやって」
「僕も見てあげますから」

 そういうことを言われてしまって。

「え、そりゃ伯父さんはいいけど、父さんの前では、ちょっと」
「父さんはノアを見せましたよ? ねえ、父さんにも見せてくださいよ」
「うっ……」

 伯父はベッドを降り、散らばった服を拾い始めました。ああ、この時コウガはまだ服を着ていましたが、こうなると一人だけ脱がなければならないということくらい、解っています。父と伯父はクローゼットを開け、色んな物を投げてよこしてきます。酷い。なんて酷い父と伯父だ。
 泣く泣くコウガは脱ぎました。彼らはドアの前に並んで座り、イチャイチャニヤニヤしています。鑑賞会の始まりでした。

「懐かしいなー。お前に、やり方見せてやったこと、あったろ」
「思えばあれがきっかけですね」

 二人は知らない話を始めました。こっちに集中したいところでしたが、そっちにも集中したくなりますよ、そんなこと言われたら。可哀そうなコウガ……。

「俺もハルトも、今じゃこんなことになるなんて思ってなかったな」
「なに、それ……?」

 気になりすぎて仕方がありません。流されてはたまらないので、もう聞いてしまうことにしました。

「ああ。僕、過去のことがあったせいか、自分ですることができなくて。それでノアに相談したんですよ」
「こいつ、自分の見るのさえ嫌悪感あったんだよ」
「コウガは全く無いようで安心しました」
「むしろさー、父親と伯父に見られて、あいつ相当やべーことなってるぞ?」
「そんなに嬉しいんですね。可哀想に、曲げたのは僕たちですけど」
「そーだよ。だから、きちんと見てやらなくちゃな?」

 そこは、調教結果の披露の場でもありましたから。
 僕たちはしっかり、役割を果たしました。
 あと……その年の伯父の誕生日は、父に奪われました。というか、去年がイレギュラーです、色んな意味での埋め合わせありがとうございますとかなんとか父に言われて、またケンカに……いえ、もうやめておきましょうか。



08 その日の逢瀬

 時はどんどん移ろっていきました。僕はとうとう、大学四年生になりました。
 その頃にはタケルも、自分の進路を決めていたよね。
 僕はというと……実は、単位が全く足りていなかったんです。
 これも、人格を分けてしまったことの弊害でしょうか? スケジュール管理が上手くできず、大事なテストやレポートをすっぽかすことが多かったんです。
 それに、大学三年生くらいから、切り替えができないこともありました。突然、講義中にコウガになってしまい、自分が取っているノートの意味が途中から分からなくなることもあったんです。
 寝ることも多かったですしね。とても不真面目な大学生と化していました。
 しかし、伯父との約束は忘れなかったし、むしろ貪欲に彼と会うことを望みました。それは父への対抗心もありました。彼は全く諦めるどころか、まるで嘲笑するかのように、伯父の身体も心もギシギシと縛り付けていきましたからね。
 その頃には伯父もまた、おかしくなっていたのかもしれません。父が作った、ちょっとした指の切り傷を真似しましたから。もう誰も咎める気など起こりませんでした。この癖はもう治らないものと、僕や父だって諦めていたのでしょう。もちろん本人も。



 その日は秋にしてはひどく冷え込んだ日でした。僕は伯父の家に行き、あの監禁部屋で痛めつけられることを望みましたが、伯父はただ僕の全身をゆっくりと撫でるだけでした。

「もっとしてよ、ねえ……」
「なー、あんまり激しくすんなって。汗、かきたくないんだよ」

 伯父が汗をかくのを嫌がるのは知っていましたが、ただでさえ気温は低く、空調だって調整できるのにな、と不思議に思いました。

「盛ってるんだから、仕方ないじゃん」

 そう言って、僕は伯父の服を脱がせ始めました。とうとう彼も観念した様子でしたが、いつもに比べて、とてもゆっくりとした動きでした。それが僕、というかコウガは気に入らなくて、余計にグチャグチャにして、そしてされたかったんですよね? 彼も初めは抵抗する素振りを見せましたが、結局コウガの欲望を叶えてくれました。

「このクソガキめ」

 終わった後、タバコを吸いながら、伯父は睨みつけてきました。コウガはひるみませんでした。

「その呼び方やめてよー。ねえ、伯父さんのこと、まだ名前で呼んじゃダメ?そろそろ、いいじゃん」
「ダメ。まあ、伯父さん、っていうのも、実はあまり好きじゃないんだけどな」

 コウガは、自分では貧相だと思っている想像力を、精一杯働かせました。

「じゃあ、何がいい? ハニー?」
「バカか」
「ピーナッツ?」
「気持ち悪いわ!」

 伯父は自分のタバコの煙でむせました。やりすぎたようです。

「じゃあ何がいいのー」
「……父さん、は変か」
「はぁ!? なんでそうなるわけ? 父さんとやってるみたいになるじゃん。どういうプレイなの? それ」
「だよなー」

 その時の僕たちは、何もわかっていなかったんです。
 伯父の家には、夕方頃まで居て、そして玄関で別れました。



09 別れの言葉

 ここはちょっと、オレに書かせて。コウガだよ。
 あの人って、別れの言葉にうるさいんだ。
 もう一度会う気があれば、「さよなら」なんて言わない。「またな」って言う。
 その日も言われたんだよ、「またな」って。
 だから明日も会えるって信じてたし、本人だってそう思ってたはずなんだ。
 この辺、ユウキは語りたがらない。優しすぎるからな、あいつ。
 でも、オレがペラペラ喋るから、別にいいだろ?
 またなって言ったのに、その翌日に伯父は死んだんだよ。



10 ラブレターの真実

 ええ、そういうわけだったんです。
 元々コウガとユウキは、「父と伯父が二人とも死んでしまった」とき、「その哀しみに耐える」ために、「ナオさんへの手紙」を書いていた。
 口調はコウガだけど、ユウキが言ったり思ったりしたことも入っている。つまり、二人の合作ラブレターだね。
 彼らはね……きっと、耐えられないって予測していた。
 親が子を見送るのは自然の摂理、なんて言葉があるじゃない? つまりさ、表向きはカッコつけたかった。

「ハルトの長男であり、ノアの甥である」

 これは、彼らにとって、とても誇り高いことだったんだ。
 その誇りを守るため、「ミオさん」に手紙を書いておくことにした。
 もし、澪さんが最初に亡くなれば、また別のパターンを二人で考える、ということだったみたい。

 ところが……現実では、まあ、色々と二人の「想定外」のことが起こってね。
 この「僕」は、「三人の約束の内容を知っているが、約束をしたわけではない」という、彼らにとっては「神の視点」たる存在だから、この先もまだまだ、「色々なこと」をお話しできるんです。



【第三章・鮮やかな日々・終了】


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