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第3章 ケットシー編

48 ジュリアの決心と伝わらない恋心

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 すんでのところで、はぁ?と言いそうになったのを堪えた。
 しん、とその場が静かになる。
 ジュリアがそれに気づいて、顔を赤らめた。

「……分かってると思うけど、俺これからミグ村を出るんだぞ?」

「分かってる」

 (分かってるって……。本当に意味分かって言ってるよな?)

「ジュリア、お前はいずれ族長になるんだろ? 俺の傍にいたいってことは、旅に出るってことだ。
 今まで頑張ってきたことを無駄にするつもりなのか?」

「……そんな言い方、ズルい」

「ズルいって言われても、本当のことだろ。
 ちゃんとよく考えろ。旅に出たら、バーナードさんにもフィーナさんにもマシューにだって、簡単には会えなくなるんだぞ。途中で寂しいって言われても、送り返してやれないかもしれない。

 それに、俺と一緒にいれば、危険な目に遭うかもしれない。——子どもを連れてはいけない」

「子どもなんかじゃない!」

 マナトの余計な一言が、ジュリアに火をつけてしまったようだ。

「私、ちゃんと考えた。それでも、マナトと一緒に旅したいって思ったの。
 族長のことは簡単には諦められないけど……、マナトと一緒に行けるんなら、それ以上の価値があると思う。

 みんなと会えなくても、自分で望んだことだから後悔しない。どんな危険なことがあっても死んだりしない。
 だからお願い……私を連れていって」

 (なんで震えてるんだよ、反則だろ)

 自分の正直な気持ちを伝えながらも、断られたらどうしようという不安と戦っているのが、言われなくても分かる。
 ジュリアの中では、マナトと一緒に旅をする決心がついてしまっているようだ。

 マナトの心に温かいものが溢れる。

 (そんな風に思ってくれて、嬉しくないはずがない。ジュリアと旅ができたら楽しいだろうし)

 だが、はいそうですかと言える立場ではない。
 ここには彼女の両親もいるのだ。
 ジュリアが前もって両親に話を通していないことは、二人の驚きの表情で一目瞭然だった。

「と、ジュリアは言ってるんですけど、連れて行っては駄目でしょうか?」

 駄目と言われたら、それを理由に断る気でいた。
 次期族長——しかも、未成年の可愛い一人娘だ。
 事前に許可を得ているならともかく、当日にどこの馬の骨とも分からない旅人に預けるはずがないだろう。
 と、思ったのだが。

「ええどうぞ、マナトさまの思う通りにして下さい。
 我が娘はお転婆でやんちゃですけど誇りでもありますわ。神に仕えられるなら大したもの——頑張りなさい」

 最後の一言は、ジュリアに向けて言ったもの。なんのことかと首を傾げたが、ジュリアには通じたらしく、はいと返事をしていた。

 またフィーナのぶっ飛んだ一面が現れて、苦笑するしかない。見れば、バーナードも同じように笑っていた。
 目が合うと、バーナードは頭を下げてきた。

「押しつけるような形になって申し訳ないが娘を頼む。——傷物にしたら、許さんからな」

 マナトにだけ聞こえるように、ドスの効いた声で言われた。

「はい…………」

 (怖っ……。でもまあ、これが親としての正しい反応だよな)

 マナトはジュリアに向き直ると、なんだか嬉しくなってきて笑った。

「この前とは反対になっちまったな。嫌だって言ってもついてくるんだろ?」

「うん、もちろん!」

「じゃあ、『ついてきて欲しい』。これでいいか?」

 あのときのジュリアの真似をして言うと、返事の代わりに抱きついてきた。

「うわっ、やめろ! 恥ずかしい!」

「キャハハハッ!」

 バーナードさんに殺されると内心焦るマナトに、無邪気に笑うジュリア。
 結局、ジュリアも旅に出ることに決まり、仲間との別れや旅の支度のためにしばらく時間をとることになった。

「マナトさん」

「ん? なんだ?」

 時間を持て余して、門の近くの石に腰かけていたマナトに、泣き止んだマシューが目を赤くしながら声をかけてきた。
 その声は固かった。

「僕、負けませんから」

「? それどういう意味だ?」

 何を指して、負けないと言われているのか分からない。マナトが首を傾げると、うっと言葉を詰まらせてマシューは焦った。

 (そっちから言ってきたのに、なんで焦んの?)

「や、ややっぱり僕も一緒に——」

「お待たせ、マナト。さあ行こう!」

 マシューが言いかけたとき、タイミング悪く戻って来たジュリアの声に掻き消された。
 マナトはマシューに再度聞こうとして、

「うん? ジュリア、服変えたのか?」

 ジュリアの服装が変わっていることに気を取られた。

「——えっ? 分かる?」

 ハントマンスパイダーを倒しに行ったときの装備と変わらなかったが、服が少し変わっていた。
 上の革ジャンはそのままに、下がショートパンツから灰色のプリーツのミニスカートになっていたのだ。

 ジュリアが嬉しそうにその場でくるりと回ると、スカートの裾がふわりと舞う。
 脚の際どいところが見えそうで、マナトは老婆心ながら忠告をした。

「それ、戦闘になっても大丈夫なのか?」

「むーっ、キャロットだから大丈夫なの!」

 見えるぞ、と直截的な言い方をしなかっただけ偉いと思うのだが、ジュリアはお気に召さなかったようだ。
 年頃の女の子は難しいと思いながら、猫耳ごと頭を撫でる。

「似合ってる」

「——えへへっ」

 褒めるとたちまち機嫌を直したようだ。照れながらも嬉しそうに笑う。

 (ちょろいな。こんなので本当に旅なんてできるのか?
 簡単に騙されそうだ)

「あれ、マシューどうしたんだ?」

 笑いを収めたジュリアは、マナトの隣にいるマシューの存在に気がついた。

 (今さら?)

 こんなに近くにいて、どうして今まで気づかないのか不思議なくらいだ。ハントマンスパイダーのときには、あんなに気配に敏感だったのに。
 そういえば、とマナトはマシューに続きを促した。

「すまん、さっきなんて言おうとしたんだ? 僕も一緒に、何?」

「——うううううっ。なんでもないです、忘れてください!」

「そ、そうか?」

 何やら恨みがこもっているような気迫のある声で言われたら、そう答えざるを得ない。
 マシューははぁと大きなため息を吐くと、ジュリアに向き合った。

「僕、ジュリアンがいなくても、弓の練習するよ。それで、誰にも負けない弓の名手になる。
 だから早く帰ってこないと、僕が族長になるからね」

「なんだよ、マシューのくせに生意気だな。
 僕がちょっと村を離れるからって、鍛錬を怠ると思うのか? 帰ってきたら、その実力差を見せつけてやるから覚悟しとけよ。
 族長の座は僕の物だ」

「うん、楽しみに待ってる。
 でも、辛くなったらいつでも戻って来ていいんだからね。
 他の誰がなんて言っても、僕だけはジュリアンの味方だし——友達……なんだから。
 道中、気をつけて」

「?」

 マシューの言い方に違和感を感じたのか、ジュリアが首を傾げる。
 だけど、具体化する前に、マシューが急かす。

「ほら、早く行かないと、日が暮れちゃうよ」

「ほんとだ!
 ありがと。じゃあ行ってくる!」

「今までありがとうな」

「行ってらっしゃい! マナトさん、ジュリアンをよろしくお願いします!」

 そう言って、マシューは手を振ってくれる。
 マナトとジュリアは同じように軽く手を振り返して、今度こそミグ村を出る。

 二人の姿が見えなくなるまで、マシューの手が下されることはなかった。
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