どん、どどん

チゲン

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 サジは長閑のどかで、人の少ない田舎の村だった。
 時折、山から強い風が降り、パッセの髪を乱した。
 一件の素朴そぼくな家の前に止まった黒塗りのベンツは、文字通り異彩を放っている。そこだけ白黒映画のワンシーンのように。
 家の庭先では、一人の老婆が洗濯物を干している。
「婆さん、ちょっと聞きたいことがある」
 不意に現れたパッセと手下のチンピラに、老婆は不審ふしんげな眼差しを向けた。
「なんだい、あんたら」
「ノーキンが何か荷物を置いていかなかったか?」
「は? なんだって?」
「あんたの息子が、何か残していったものはないかと聞いてるんだ」
「息子が?」
「とぼけてんじゃねえぞ」
 横からチンピラが、すごみを効かせる。
 老婆が怯えて洗濯物を落とした。
「やめろ」
 パッセが洗濯物を拾って、老婆に渡した。
「たぶんバッグか何かあるはずだ。知らないんなら、家のなかを調べさせてもらう」
 口調こそ穏やかだが、有無を言わさぬ様子で、パッセは老婆の脇を通り抜けていこうとした。
 驚いた老婆が、止めようとしてパッセの背に手を伸ばす。
「……!」
 危うく懐の拳銃を抜きかけた。
「邪魔しないでくれ」
「勝手にあがられちゃ、あたしが息子に叱られちまうよ」
「時間がないんだ。悪いな」
「あっ、ちょっと……」
 パッセは老婆の制止を振り払って、家のなかへ上がり込んだ。
 部下のチンピラが、その辺りの物を乱暴にひっくり返しながら家探やさがしを始めた。
「せめて息子が帰るまで、待っててくれんかね」
 老婆が、震えながらパッセたちにうったえかけた。
 下手に逆らうと何をされるか判らない。ようやく、そういう筋の男たちだと認識したようだ。
「婆さん、あんたいくつだ」
「七十だけんど……」
「息子のことを愛してるか?」
「そりゃ、あたしが産んだ子だから……」
 パッセは家探しの手を止め、老婆を見つめる。
「悪いが、あんたの息子はもう……」
 言ってしまっていいものか、パッセは逡巡しゅんじゅんした。
 この老婆は、恐らく何も知らないのだろう。息子が街で何をしていたか。
「うん?」
 不意に、先程の老婆の言葉が気になった。
「婆さん。さっき息子が帰ってくるまで、と言わなかったか?」
「言ったさ。もうすぐ昼飯を食いに帰ってくる頃だ」
「どういうことだ」
「うちの畑は、すぐ近くにあるからね」
 そのとき、首にタオルを巻いた、いかにも農夫といった風体ふうていの男が入ってきた。
「おい、おめえら、何やってんだ」
 男はパッセたちを見て、驚いて汗を拭く手を止めた。
 汗と土の匂いが部屋のなかに流れてきた。
 見たことのない男だ。
「ロブ、何とかしておくれよ。あんたの知りあいなんだろ」
 老婆が、ロブと呼んだ男に助けを求めてすがりついた。
「ここはノーキンの家じゃなかったのか」
 パッセは冷たい目を、手下のチンピラに向けた。
 チンピラが青ざめた顔で、そんなはずはないと弁明する。
 パッセは老婆と息子に尋ねた。
「ここにノーキンという男の母親がいると聞いたが」
「ノーキンのおっ母さんなら、ちょっと前にグロッセトに越してったよ」
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