どん、どどん

チゲン

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 男の名はパッセ。
 グロッセトを根城にしているデバリアファミリー……いわゆるマフィアの幹部の一人である。
 拳銃の腕と仕事ぶりは、ファミリーでも随一ずいいつだ。
 しかしその凄腕すごうでパッセが、生まれて始めて、へまをやらかした。
 三日後に控えた大きな取引で扱うヘロインを、部下のノーキンにそっくり奪われてしまったのだ。
 生涯最初のミスが、よりによって致命的なものになってしまった。
 部下が裏切ったから、で許してくれるほど、ファミリーは甘くない。十一歳の頃からボスの世話になっているのだ。そんなことは身に染みている。
 裏切り者のノーキンは殺した。殺してしまった。
 しかし肝心のヘロインの行方は知れない。
 ノーキンとそんなに話したことはなかったが、簡単にファミリーを裏切るような、思慮の浅い男には見えなかった。
「俺の見る目がなかったってことか」
 こんな醜態しゅうたいを、ボスは許さないだろう。何が何でも、取引までにヘロインを見つけださなければならない。
 しかし、血眼ちまなこになって周辺を捜索そうさくしたが、ヘロインのヘの字も出てこなかった。
 翌朝。
 パッセは一睡もしないまま、下町にあるノーキンのアパートの部屋を訪ねた。
 部下のチンピラが二人と、そして床に女が転がっている。
 ネグリジェは裂かれ、体じゅうに暴行を受けたあざがあった。顔もひどくれ上がり、唇の端には血の跡がこびりついている。
 ひと晩じゅう、女はパッセの部下たちから激しい拷問ごうもんを受けていたのだ。それは、彼女がノーキンの情婦じょうふだからに他ならない。
 もはや泣き疲れて声も出ないのか、情婦はうつろな目を宙に迷わせている。
 パッセは情婦の顔を覗き込んだ。
「本当に、ヘロインがどこにあるか知らないのか」
 情婦はゆっくりと、かぶりを振った。
 街のクラブで働いていた女だ。パッセも知らない顔ではない。
「チッ」
 ここは下町だ。あまり派手に騒いでいると、警察もやってくる。
 スーツのふところで携帯電話が鳴った。部下からの連絡だった。
『ノーキンのダチとか当たってみたんですが、手掛かりはありませんねえ』
「奴の家族はどうだ」
『母親が田舎にいるみてえで』
「どこだ」
『サジです』
「判った。おまえは捜索を続けろ」
 電話を切ると、パッセは情婦の顔をもう一度覗き込んだ。
「ノーキンから昔の話を聞いたことは?」
 情婦は、今度は弱々しくうなずいた。
「故郷に母親がいるって。あたしは会ったことないけど、ちょくちょく電話してるみたいで……」
「やつの故郷はサジか」
 情婦は再び頷いた。
「母親の話はよくしてたのか?」
「酔っ払うと、決まって話してた……」
 パッセは立ち上がると、情婦に背中を向けた。
「ほっといていいんですかい」
「これ以上は時間の無駄だ」
 どうやら解放されるらしいと知って、情婦の口から嗚咽おえつが漏れた。
「ノーキン……あんなに夏至祭の花火を楽しみにしてたのに……」
 うわ言のように恋人の名を連呼れんこする情婦を残して、パッセはベンツの助手席に乗り込んだ。
 共は、運転手のチンピラ一人だけだ。
「今からサジに行けば、何時に着く」
「十二時には」
「出せ」
 低いエンジン音を響かせながら、パッセを乗せたベンツは猛スピードで下町を走り去っていった。
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