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第一話 冬王と鞠姫
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冬王は飛び起きた。
またあの夢だ。
「くそ」
拳で床を叩く。
そのとき気付いた。ここがなづると暮らしている家ではないことに。
「ここは……?」
粗末な筵を敷いてあるだけの薄暗い牢だった。
昨夜の記憶が蘇る。
「そうか、捕まっちまったんだっけ」
このところ幕府の兵による巡回が強化されていたことは知っていた。今までは何とかくぐり抜けていたのだが。
「鞠……」
共にいた少女のことを思いだす。もちろんここに彼女の姿はない。同じように牢に閉じ込められているとしたら、あの細っこい体が耐えられるだろうか。
それもこれも、全てあいつのせいだ。
あの冷たい目をした武士。油断していたとはいえ、冬王の背後をいとも容易く取った青年。そのいけ好かない顔を思い浮かべ、再び拳で床を叩く。
「今度会ったら、ブッ飛ばしてやる」
「思ったより元気そうだな」
突然、牢の外から声が掛けられた。
「!」
冬王は思わず立ち上がって身構えた。
そこにいたのは、今まさに復讐を誓ったばかりの、昨夜の青年だった。
「おまえ!」
噛みつかんばかりの形相で、冬王はその憎き相手……長崎高重を睨みつける。
「名を冬王と言ったか。闘犬……いや野良犬のような小童だな」
高重が不快げに眉をしかめた。
「誰が野良犬だ。いいからさっさと出せよ!」
冬王が唸る。
「開けろ」
高重の指示で、牢番が牢の錠を下ろし戸を開けた。
「えっ?」
「出ろ」
まさかあっさり釈放されるとは思わなかったので、冬王は少々面食らってしまった。
「さっさとしろ。それともここが気に入ったのか?」
「な……」
不遜な物言いにカチンときたが、もたもたしていると本当に戸を閉められてしまいそうだ。冬王は渋面を浮かべつつ牢を出た。
「おとなしくついてこい」
そう言って高重が歩きだす。
「偉そうに」
冬王はこっそり悪態を吐くと、渋々その後に続いた。
背後から高重の様子を窺う。隙あらばいつでも襲って逃げられるように。
「逃げようなどと考えるなよ」
「!」
冬王の心中を見透かしたかのように、高重が釘を刺してきた。
「黙って従っていれば、悪いようにはせん」
「……フン」
どうやら今すぐ断罪という流れではなさそうだ。もちろん信用はできないが。
「ただし、昨夜はおまえが一人で異形を倒したことにしてもらうぞ」
「はっ?」
一瞬、何を言われているか判らなかった。
高重は構わずに続ける。
「できれば異形のことも、おまえのことも伏せておきたかったのだが……どこからか半端に情報が漏れたらしい。ならばいっそ、余計な探りを入れられる前に、おまえ一人の仕業ということにして事を収めたい。判るな?」
判るなと言われても、やはり話が見えてこない。
「何言ってるか全然判らねえ」
「まったく……」
高重は呆れ気味に溜め息を吐いた。小馬鹿にされているようで腹が立つ。
「もう一度だけ言う。昨夜の異形はおまえが一人で倒した。異形はその場で死んだ。そしてあの場には他に誰もいなかった。いいな?」
「何でだよ。夕べは……」
「死にたいのか」
「う……」
高重が例の冷たい眼差しを向けてきた。
冬王は言葉を飲み込まざるを得なかった。
「とにかく私に口裏を合わせろ。余計なことは言うな。そして詮索するな。昨夜、おまえは我ら以外とは誰とも会っていないし、何も見ていない」
「……」
さすがの冬王も、高重が何を言いたいのか判ってきた。
「鞠のことは黙ってろってことか」
「その名を口にするな」
「あいつは無事なのか?」
「おまえが案ずる必要はない」
「あいつ何者なんだよ」
「詮索もするなと言ったはずだ。何を聞いていた、野良犬」
「だから野良犬じゃねえって言ってんだろ!」
「なら黙って私の言葉に従え。生きて家に戻りたければな」
「ちッ」
何か言い返してやりたかったが、ここはぐっと我慢した。甚だ不本意だが。
「俺の刀は?」
「それも後で返してやる。だからおとなしくしていろ」
「……お優しいことで」
いちいち物言いが癇に触る。こいつとはどんなに譲歩しても友人になれそうにないな、と冬王は確信した。
そうこうしているうちに表に出た。
眩しさに目が眩む。すでに日は高かった。
「行くぞ。もたもたするな」
高重が有無を言わさぬ口調で歩きだす。
「どこに連れてく気なんだ?」
「いいから黙ってついてこい」
「……ほんとに偉そうな奴だな」
陽光差し込むなか、奇妙な二人連れは黙々と歩いていく。
通りは閑静で人も少なく、左右には大きな屋敷がいくつも並んでいる。鎌倉に来て日が浅いせいもあるが、冬王が見知っている区域ではなかった。
「どこだよ、ここ」
やがて、ひと際大きな屋敷の門前で高重は足を止めた。脇に二人の兵が立っていたが、高重の姿を見るや、すぐに門を開けた。
「いいか。くれぐれも私が許可するまで口を開くなよ」
高重が改めて警告する。
「いつになったら帰してくれるんだよ」
「そういう口を利くなと言っている。先刻の話も忘れるな。ここから先は何かあっても庇い立てできんからな」
まるで今までは庇っていたかのような口振りだ。そう皮肉を言おうとしたが、高重の表情があまりに固かったのでさすがに控えた。
「俺をどうしようってんだよ」
得も言われぬ不安に掻き立てられる。だが今は考えている暇も選択肢もないようだ。
高重の後に続いて門をくぐる。
次の瞬間、視界に広大な景色が飛び込んできた。
またあの夢だ。
「くそ」
拳で床を叩く。
そのとき気付いた。ここがなづると暮らしている家ではないことに。
「ここは……?」
粗末な筵を敷いてあるだけの薄暗い牢だった。
昨夜の記憶が蘇る。
「そうか、捕まっちまったんだっけ」
このところ幕府の兵による巡回が強化されていたことは知っていた。今までは何とかくぐり抜けていたのだが。
「鞠……」
共にいた少女のことを思いだす。もちろんここに彼女の姿はない。同じように牢に閉じ込められているとしたら、あの細っこい体が耐えられるだろうか。
それもこれも、全てあいつのせいだ。
あの冷たい目をした武士。油断していたとはいえ、冬王の背後をいとも容易く取った青年。そのいけ好かない顔を思い浮かべ、再び拳で床を叩く。
「今度会ったら、ブッ飛ばしてやる」
「思ったより元気そうだな」
突然、牢の外から声が掛けられた。
「!」
冬王は思わず立ち上がって身構えた。
そこにいたのは、今まさに復讐を誓ったばかりの、昨夜の青年だった。
「おまえ!」
噛みつかんばかりの形相で、冬王はその憎き相手……長崎高重を睨みつける。
「名を冬王と言ったか。闘犬……いや野良犬のような小童だな」
高重が不快げに眉をしかめた。
「誰が野良犬だ。いいからさっさと出せよ!」
冬王が唸る。
「開けろ」
高重の指示で、牢番が牢の錠を下ろし戸を開けた。
「えっ?」
「出ろ」
まさかあっさり釈放されるとは思わなかったので、冬王は少々面食らってしまった。
「さっさとしろ。それともここが気に入ったのか?」
「な……」
不遜な物言いにカチンときたが、もたもたしていると本当に戸を閉められてしまいそうだ。冬王は渋面を浮かべつつ牢を出た。
「おとなしくついてこい」
そう言って高重が歩きだす。
「偉そうに」
冬王はこっそり悪態を吐くと、渋々その後に続いた。
背後から高重の様子を窺う。隙あらばいつでも襲って逃げられるように。
「逃げようなどと考えるなよ」
「!」
冬王の心中を見透かしたかのように、高重が釘を刺してきた。
「黙って従っていれば、悪いようにはせん」
「……フン」
どうやら今すぐ断罪という流れではなさそうだ。もちろん信用はできないが。
「ただし、昨夜はおまえが一人で異形を倒したことにしてもらうぞ」
「はっ?」
一瞬、何を言われているか判らなかった。
高重は構わずに続ける。
「できれば異形のことも、おまえのことも伏せておきたかったのだが……どこからか半端に情報が漏れたらしい。ならばいっそ、余計な探りを入れられる前に、おまえ一人の仕業ということにして事を収めたい。判るな?」
判るなと言われても、やはり話が見えてこない。
「何言ってるか全然判らねえ」
「まったく……」
高重は呆れ気味に溜め息を吐いた。小馬鹿にされているようで腹が立つ。
「もう一度だけ言う。昨夜の異形はおまえが一人で倒した。異形はその場で死んだ。そしてあの場には他に誰もいなかった。いいな?」
「何でだよ。夕べは……」
「死にたいのか」
「う……」
高重が例の冷たい眼差しを向けてきた。
冬王は言葉を飲み込まざるを得なかった。
「とにかく私に口裏を合わせろ。余計なことは言うな。そして詮索するな。昨夜、おまえは我ら以外とは誰とも会っていないし、何も見ていない」
「……」
さすがの冬王も、高重が何を言いたいのか判ってきた。
「鞠のことは黙ってろってことか」
「その名を口にするな」
「あいつは無事なのか?」
「おまえが案ずる必要はない」
「あいつ何者なんだよ」
「詮索もするなと言ったはずだ。何を聞いていた、野良犬」
「だから野良犬じゃねえって言ってんだろ!」
「なら黙って私の言葉に従え。生きて家に戻りたければな」
「ちッ」
何か言い返してやりたかったが、ここはぐっと我慢した。甚だ不本意だが。
「俺の刀は?」
「それも後で返してやる。だからおとなしくしていろ」
「……お優しいことで」
いちいち物言いが癇に触る。こいつとはどんなに譲歩しても友人になれそうにないな、と冬王は確信した。
そうこうしているうちに表に出た。
眩しさに目が眩む。すでに日は高かった。
「行くぞ。もたもたするな」
高重が有無を言わさぬ口調で歩きだす。
「どこに連れてく気なんだ?」
「いいから黙ってついてこい」
「……ほんとに偉そうな奴だな」
陽光差し込むなか、奇妙な二人連れは黙々と歩いていく。
通りは閑静で人も少なく、左右には大きな屋敷がいくつも並んでいる。鎌倉に来て日が浅いせいもあるが、冬王が見知っている区域ではなかった。
「どこだよ、ここ」
やがて、ひと際大きな屋敷の門前で高重は足を止めた。脇に二人の兵が立っていたが、高重の姿を見るや、すぐに門を開けた。
「いいか。くれぐれも私が許可するまで口を開くなよ」
高重が改めて警告する。
「いつになったら帰してくれるんだよ」
「そういう口を利くなと言っている。先刻の話も忘れるな。ここから先は何かあっても庇い立てできんからな」
まるで今までは庇っていたかのような口振りだ。そう皮肉を言おうとしたが、高重の表情があまりに固かったのでさすがに控えた。
「俺をどうしようってんだよ」
得も言われぬ不安に掻き立てられる。だが今は考えている暇も選択肢もないようだ。
高重の後に続いて門をくぐる。
次の瞬間、視界に広大な景色が飛び込んできた。
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