冬王と鞠姫

チゲン

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第一話 冬王と鞠姫

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 深更しんこうの鎌倉を、小袖こそでを着た少女が、神妙しんみょう面持おももちで歩いていた。
 闇に包まれた大路には余人の姿もなく、春先の肌寒い風が土埃つちぼこりを巻き上げていく。それが辻々の篝火かがりびに飛び込み、ジジジとまるで虫の断末魔のように鳴くのだった。
 そんなかすかな物音にさえ、少女は過敏に身をすくませていた。
 わずかに顔を上げ、心細げに周囲の様子を窺う。そして誰の姿もないと判ると、安堵あんどとも落胆ともつかないような溜め息をこぼすのである。
「!」
 通りの向こうから足音が聞こえてきた。
 少女は慌てて、その細っこい体を民家の軒下のきしたに寄せた。
 足音の正体はすぐに知れた。酒に酔った二人の武士だった。
「違った……」
 少女は肩の力を抜いた。やはりそこには安堵と落胆が入り交じっている。
「なあ、やっぱり適当な宿で一泊した方が良かったんじゃないか?」
 並んで歩く武士の、背の低い方が恨みがましげな声をあげた。
「もしアレが出たら……」
「おぬし、それでも坂東武者ばんどうむしゃか」
 もう一人のいかつい顔をした髭面ひげづらの武士が、直垂ひたたれの袖をひるがえしながら、がなり立てた。こちらは体格もよく、腕っ節も強そうだった。
「そんなもの、我が刀のさびにしてくれるわ」
 威勢のいい台詞を吐き、ガハハと上機嫌に笑う。だいぶ出来上がっているようだ。
 背の低い武士があきれ気味に溜め息を吐く。その拍子に、軒先に隠れるようにただずんでいた少女と目が合った。
「ひっ」
 武士が小さな悲鳴をあげた。
「あん?」
 髭面の武士もようやく少女の存在に気付く。
 少女は慌てて背を向けた。
「ただの娘っ子じゃねえか。それくらいで、いちいちビビってんじゃねえよ」
 今度は髭面の方が、呆れ気味に溜め息を吐く番だった。
「おい娘、こんな夜更けに何してやがる」
 髭面の武士がいかつい顔で少女に近付いた。
 息が何とも酒臭い。
「お…お心遣いなきよう」
 できるだけ目を合わさないようにして、少女はそそくさとその場を立ち去ろうとした。
 だがその腕を髭面の武士がつかんだ。
「あっ」
「怪しい奴だ。もしや京方の密偵みっていではないか」
「お放し下さい」
「来い、番兵に突きだしてやる。わしの手柄だ」
「放っておけよ。どうせ、ただのしょうだろう。それより早く帰るぞ」
 背の低い武士が相方をかす。
「ほほう、娼とな。ならば本当かどうか、儂が直々じきじき吟味ぎんみしてやろう」
 髭面の武士が、少女を舐め回すように観察する。しかし深酒のせいか、相手がまだ年端としはもいかない娘子であることに気付いていない。
「あの、どうかお許し下さい。わたくしと関わると……」
「いいから来い。銭なら、たんと払ってやる。儂は天下の御内みうちだぞ」
「あっ」
 抵抗むなしく、少女が路地裏に連れ込まれていく。
「先に帰るからな。アレが出ても知らんぞ」
「勝手にしろ」
 背の低い武士は、これ幸いとばかりに夜道を急いだ。お荷物がなくなったおかげで、早く帰れそうだ。
「まったく付きあいきれん」
 辻に差しかかる。
 篝火が揺れる。
 ずい、とその身を影が覆った。
「え……?」
 武士はゆっくり顔を上げ、
「!?」
 その場で硬直した。
 黒い影が立っていた。
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