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第44幕
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リヨネッタの体から溢れた魔力が、離宮の庭に染み渡っていく。
ボコリ。
土の塊が隆起し、人の形を模し始めた。
「な……」
次々と土が盛り上がり、人型を成していく。顔ができ、体ができ、衣類や武具まで形成されていく。
あるモノは、剣と鎧を装備した血まみれの衛兵。あるモノは、服を裂かれ喉を掻き切られたメイド。またあるモノは、体を膾のように切り刻まれた貴族。
「ゴーレムか……いや」
土くれとは思えないほど精巧で、生々しい姿をしたモノたち。
「母様、まさか、死者を喚びだしたのですか」
「そうです」
欠損だらけの胴体に、生気を失った表情。
死者たちの怨念が、土人形に宿っているのだ。
「彼らは、あの日、ここで命を奪われた者たち。ですが、体は朽ち果てようとも思念は残っています」
十年前、この城で無残な死を遂げた兵士や使用人たちの、それは変わり果てた姿だった。
虚ろな目をした土人形たちが、血と怨嗟の声を垂れ流しながらじりじりと迫ってくる。
「なんという禍々しさだ……」
王が汚いものを見るように顔をしかめた。
「よく言えたものですね。これこそ、あなたが背負うべき業なのですよ」
青白い顔で、リヨネッタは王に告げた。
「母様、あなたは死者まで誑かすというのですか」
「いいえ、これは彼らの意志です。彼らがわたくしを喚んだのです。わたくしは、彼らの贄となったに過ぎません」
呻きをあげ、土人形たちが一斉に飛びかかってきた。
レラは衛兵の一撃をひらりと躱すと、その背に短剣を突き立てた。衛兵は掠れた声を漏らしながら、土の塊に戻り、崩れ落ちた。
そこにメイドが掴みかかってくるが、レラはすかさずその腹部に左拳を叩きこんだ。メイドの体が内側から破裂し、こちらも土となって崩れた。
幸い、右肩もあらかた回復しているようだ。
次々と襲いかかってくる土人形たちを、レラは躱し、受け、斬り払った。
「さすがですね、レラ」
「母様、こんなことをしても、もう意味はありません!」
「あちらは、そうでもないようですよ」
「!」
ユコニスと王が、土人形たちに囲まれていた。
「この……!」
ユコニスが短剣を振りかざし、土人形の一体を切り捨てる。だが斬られた箇所がすぐに再生して、再びユコニスに襲いかかる。
「キリがない!」
ユコニスが思わず悲鳴をあげる。
何しろ魔術で造られた怪物だ。魔力を持つ者か、それこそ剣聖クラスでもなければ破壊できないだろう。
「ユコニス!」
レラが自身の短剣を投げつけた。ユコニスに襲いかかろうとした土人形の背に、見事に突き刺さる。土人形は土となって崩れ去った。
「使って。これならイケるわ」
「でも君は?」
「これで充分よ」
レラが土人形に拳を叩きつける。その胴に穴が穿たれた。
「……この戦いが終わったら、国じゅうの辞書の魔女の項目を書き直す必要があるね」
ユコニスは苦笑しつつ、レラの短剣を拾い上げた。
柄を通して彼女の温もりを感じる。比喩ではなく、実際に彼女の魔力が流れ込んでいるのだとユコニスは実感できた。
「これなら」
土人形の斬撃を自分の短剣で受けつつ、その胸にレラの短剣を突き入れる。断末魔の声をあげ、土人形が崩れ落ちる。
動作が緩慢なので、有効な武器さえ手に入れば、王族のたしなみ程度の剣技でも対処は可能だった。
「ユコニス、おぬし……」
その側では、王が呆気に取られたように、息子の戦う姿を見つめていた。
昨日まで、いや今朝の今朝まで、息子は頼りない王子だった。王が半ば本気で国の将来を憂うほどに。
だが今の彼はどうか。王の危機を救い、敢然と敵に立ち向かっている。
むしろ情けないのは自分の方だ。
「こんなに多くの者が、犠牲になっていたのか」
報告では、兄王と奸臣以外の死傷者は僅かだと聞かされていた。
だが実際は、こんなにも多くの血が流されていた。報告を鵜呑みにして、何も知らないまま、自分は彼らの死屍の上に胡座をかいていたのだ。
「いや、違う。私は目を背けていたのだ。気付かないふりをして、知ろうとさえしていなかったのだ」
泣き叫び、向かってくる土人形たち。その目から流れる血の涙。絶望の声。彼らをこんな姿にしたのは、他ならぬ王自身なのだ。
「これが私の罰だというなら、甘んじて受けなければならぬ……」
「父上、しっかりなさいませ!」
「!」
ユコニスの叱咤が飛び、王は我に返った。
「今あなたを失えば、この国はどうなります」
「それは……」
「国のために、民のために、父上はまだ王でなくてはなりません。例えどれほど彼らに恨まれようとも」
「だが私は、兄上や、ここにいる者たちを死に追いやってしまった。そんな者に王を名乗る資格があるのか」
「それでも立たねばならないのです。それが王家の義務でしょう!」
向かってくる土人形を切り裂きながら、ユコニスはきっぱりと言い放った。
それはいつも、王が息子に対して言っていることだった。
「王家の義務……」
そのとき、二人の前にひと際大きな影が立ちはだかった。
王は目を見開いた。
「あに…うえ……」
『ウオォォォ!』
雄叫びをあげる。その声に押し潰されそうになる。
ユコニスが大地を踏みしめ、自分の、王家の紋が施された短剣を突きつけた。その大きな影に。この国を覆い尽くさんとする怨讐に。
「父上の罪は、僕が半分引き受けます。だから、王家の名においてあなたを浄化します……伯父上!」
『ウオォォォッ!』
最後の亡霊が、城を揺るがすほどの咆哮をあげた。
ボコリ。
土の塊が隆起し、人の形を模し始めた。
「な……」
次々と土が盛り上がり、人型を成していく。顔ができ、体ができ、衣類や武具まで形成されていく。
あるモノは、剣と鎧を装備した血まみれの衛兵。あるモノは、服を裂かれ喉を掻き切られたメイド。またあるモノは、体を膾のように切り刻まれた貴族。
「ゴーレムか……いや」
土くれとは思えないほど精巧で、生々しい姿をしたモノたち。
「母様、まさか、死者を喚びだしたのですか」
「そうです」
欠損だらけの胴体に、生気を失った表情。
死者たちの怨念が、土人形に宿っているのだ。
「彼らは、あの日、ここで命を奪われた者たち。ですが、体は朽ち果てようとも思念は残っています」
十年前、この城で無残な死を遂げた兵士や使用人たちの、それは変わり果てた姿だった。
虚ろな目をした土人形たちが、血と怨嗟の声を垂れ流しながらじりじりと迫ってくる。
「なんという禍々しさだ……」
王が汚いものを見るように顔をしかめた。
「よく言えたものですね。これこそ、あなたが背負うべき業なのですよ」
青白い顔で、リヨネッタは王に告げた。
「母様、あなたは死者まで誑かすというのですか」
「いいえ、これは彼らの意志です。彼らがわたくしを喚んだのです。わたくしは、彼らの贄となったに過ぎません」
呻きをあげ、土人形たちが一斉に飛びかかってきた。
レラは衛兵の一撃をひらりと躱すと、その背に短剣を突き立てた。衛兵は掠れた声を漏らしながら、土の塊に戻り、崩れ落ちた。
そこにメイドが掴みかかってくるが、レラはすかさずその腹部に左拳を叩きこんだ。メイドの体が内側から破裂し、こちらも土となって崩れた。
幸い、右肩もあらかた回復しているようだ。
次々と襲いかかってくる土人形たちを、レラは躱し、受け、斬り払った。
「さすがですね、レラ」
「母様、こんなことをしても、もう意味はありません!」
「あちらは、そうでもないようですよ」
「!」
ユコニスと王が、土人形たちに囲まれていた。
「この……!」
ユコニスが短剣を振りかざし、土人形の一体を切り捨てる。だが斬られた箇所がすぐに再生して、再びユコニスに襲いかかる。
「キリがない!」
ユコニスが思わず悲鳴をあげる。
何しろ魔術で造られた怪物だ。魔力を持つ者か、それこそ剣聖クラスでもなければ破壊できないだろう。
「ユコニス!」
レラが自身の短剣を投げつけた。ユコニスに襲いかかろうとした土人形の背に、見事に突き刺さる。土人形は土となって崩れ去った。
「使って。これならイケるわ」
「でも君は?」
「これで充分よ」
レラが土人形に拳を叩きつける。その胴に穴が穿たれた。
「……この戦いが終わったら、国じゅうの辞書の魔女の項目を書き直す必要があるね」
ユコニスは苦笑しつつ、レラの短剣を拾い上げた。
柄を通して彼女の温もりを感じる。比喩ではなく、実際に彼女の魔力が流れ込んでいるのだとユコニスは実感できた。
「これなら」
土人形の斬撃を自分の短剣で受けつつ、その胸にレラの短剣を突き入れる。断末魔の声をあげ、土人形が崩れ落ちる。
動作が緩慢なので、有効な武器さえ手に入れば、王族のたしなみ程度の剣技でも対処は可能だった。
「ユコニス、おぬし……」
その側では、王が呆気に取られたように、息子の戦う姿を見つめていた。
昨日まで、いや今朝の今朝まで、息子は頼りない王子だった。王が半ば本気で国の将来を憂うほどに。
だが今の彼はどうか。王の危機を救い、敢然と敵に立ち向かっている。
むしろ情けないのは自分の方だ。
「こんなに多くの者が、犠牲になっていたのか」
報告では、兄王と奸臣以外の死傷者は僅かだと聞かされていた。
だが実際は、こんなにも多くの血が流されていた。報告を鵜呑みにして、何も知らないまま、自分は彼らの死屍の上に胡座をかいていたのだ。
「いや、違う。私は目を背けていたのだ。気付かないふりをして、知ろうとさえしていなかったのだ」
泣き叫び、向かってくる土人形たち。その目から流れる血の涙。絶望の声。彼らをこんな姿にしたのは、他ならぬ王自身なのだ。
「これが私の罰だというなら、甘んじて受けなければならぬ……」
「父上、しっかりなさいませ!」
「!」
ユコニスの叱咤が飛び、王は我に返った。
「今あなたを失えば、この国はどうなります」
「それは……」
「国のために、民のために、父上はまだ王でなくてはなりません。例えどれほど彼らに恨まれようとも」
「だが私は、兄上や、ここにいる者たちを死に追いやってしまった。そんな者に王を名乗る資格があるのか」
「それでも立たねばならないのです。それが王家の義務でしょう!」
向かってくる土人形を切り裂きながら、ユコニスはきっぱりと言い放った。
それはいつも、王が息子に対して言っていることだった。
「王家の義務……」
そのとき、二人の前にひと際大きな影が立ちはだかった。
王は目を見開いた。
「あに…うえ……」
『ウオォォォ!』
雄叫びをあげる。その声に押し潰されそうになる。
ユコニスが大地を踏みしめ、自分の、王家の紋が施された短剣を突きつけた。その大きな影に。この国を覆い尽くさんとする怨讐に。
「父上の罪は、僕が半分引き受けます。だから、王家の名においてあなたを浄化します……伯父上!」
『ウオォォォッ!』
最後の亡霊が、城を揺るがすほどの咆哮をあげた。
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