43 / 48
第42幕
しおりを挟む
夜も更け、宴もたけなわである。
衛兵たちが、抜かりない目で周囲を監視しているが、酔客たちは気にも留めていないようだった。豪華な料理に、妙なる調べ。そしてダンスの相手がいればそれでいい。
皆の輪の中心にいるのは、何と言っても我らがミューキプン王その人。
兄王の『病死』という悲劇を乗り越え、財政難に喘いでいたこの国を立て直した、いわば中興の祖である。
先程からひっきりなしに客の相手をしており、些か疲れが溜まっているご様子だ。しかも今宵は、招かれざる客まで訪ねてきているとか。
もっとも、息子の心配は過剰だと言わざるを得ない。その程度でうろたえていては、招待した諸国の要人に恥を晒してしまうだけだ。
そんな折り、その息子である王子ユコニスが大広間に姿を現した。
公の場が苦手で、いつも所在なげにしていた息子が、今は客たちを前に堂々と振る舞っている。
「これはまた、どういう風の吹き回しだ」
王は驚き、そして素直に喜んだ。それでいい。あいつもやっと、王族としての自覚を持ってくれたかと。
ユコニスは貴婦人の手にキスなどしながら、軽やかな笑顔と足取りで、父王の前にやってきた。
嬉しさのあまりか、息子の様子があまりに違い過ぎることや、脇に見慣れぬ女が控えていることに、王は気付けなかった。
そしてさすがの衛兵たちも、王子まで警戒することはできなかった。
「父上」
どこか芝居じみた調子で、ユコニスが近付いてくる。その張り付くような笑みに、王はようやく違和感を覚えた。
「父上、お疲れなのではありませんか?」
「それは問題ないが。おまえこそ、何かあったのではないか」
「ご冗談を、父上。少々お酒が過ぎているんじゃないですか。お休みになられた方が良いかと」
違う。これはユコニスではない。こんな不自然な笑顔……虚ろな目をして笑う息子ではない。
「おまえ……本当にユコニスか?」
「さあ、お休みになられませ。永遠に」
ユコニスが腰から短剣を抜き、王の懐に潜り込んできた。
「!」
白刃の照り返しが、王の目を射抜く。
「ユコニス!」
そのとき大広間に娘の声が響き渡った。
直後、銀糸に彩られた靴が真っ直ぐ飛んできて、ユコニスの手に命中した。
「うっ!」
衝撃で、ユコニスが短剣を床に落とす。
脇にいた女が小さく舌打ちして、短剣を拾おうと手を伸ばす。するとそこにも、銀の靴が飛んできた。
「!」
靴が命中し、短剣が壁際まで弾き飛ばされた。
「なんだ……?」
「どうかしたのか」
客たちが、ざわめき始める。不穏な空気が漂う。
その客たちの一部が、道を開けるように左右に割れた。
奥から、悠然と一人の娘が歩いてくる。ボロボロのドレスを着た、素足の娘が。
客たちが困惑と驚嘆の声をあげた。
困惑は、舞踏会に似つかわしくない出で立ちに対して。そして驚嘆は、この世のものとは思えないほど美しい灰色の髪と瞳に対して。
衆人環視のなか、灰色の娘は立ち止まり、王を……正しくは王の近くにいる妖しげな女を睨みつけた。
「先程から、シンシアとデイジアの気配が消えた気がしていましたが……そういうことでしたか」
リヨネッタは、ひと目で全てを悟ったようだった。
「母様……」
「ですが、わたくしの邪魔はさせませんよ」
リヨネッタの鋭い声が飛ぶ。
「王子、今すぐにあの娘を片付けなさい。この舞踏会にはふさわしくない、不敬の輩です」
「……はい」
ユコニスは頷くと、虚ろな目をレラに向けた。
客たちはいよいよ静まり返り、事態の推移を見守っている。傍らの王も衛兵たちも、予想外の展開についていけないようだった。
「ユコニス、あなた、まんまと母様にやられたわね」
溜め息を吐きながら、レラが言った。
「…………」
だがユコニスは答えない。近くにいた衛兵の剣を強引に奪い取ると、レラに向かって一直線に駆けだした。
レラは近くのテーブルにあった三叉の燭台を左手に取ると、その叉の部分を使って巧みにユコニスの剣を受け止めた。
客たちが悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げだす。
だが、そのとき。
「さあ皆様。これより我らが麗しの王子と卑しき魔女の娘による、世にも珍しい剣の舞いを御覧入れましょう」
リヨネッタの声が朗々と響き渡った。
「剣の舞い……?」
「するとこれは、王子の余興か」
「それはまた、粋な計らいですな」
たちまち場の雰囲気が一転し、拍手と喝采に満ちた。
あまりに不自然な流れだったが、客や衛兵たちは、まるで熱に浮かされたかのように興奮している。
「まさか、これも母様の魔術……?」
ユコニスの剣を押し返しながら、レラはちらりと、リヨネッタの様子を窺った。
だがそこに、もう彼女の姿はなかった。そして王の姿も。
「どこへ……」
周囲に目を走らせるが、肌が総毛立ち、反射的に身を屈めた。その上を、唸りをあげてユコニスの剣が走った。
「邪魔しないで」
だがユコニスは虚ろな目で笑いながら、続けざまに剣を振るってくる。
それを燭台で器用に受けるのだが、その度に火が揺れ、蝋が飛び、レラの体に降りかかった。
「あつっ」
熱さに気を乱されてしまう。
さらに何度目かの打ちあいで、燭台がぐにゃりと曲がってしまった。
「ああ、もう!」
レラは、たまたまテーブルにあった鳥の丸焼きを両手で掴み上げた。
ユコニスの一撃を、その丸焼きで受け止める。刃が肉に食いこみ、さらにどこかの骨にガチリとハマる音がした。
おおッ、と観客が沸いた。もはや完全に余興と信じて疑っていないようだ。
ユコニスが力任せに剣を押しつけてくる。刃が鳥の丸焼きに食い込んでいく。
「うう……」
レラの額に脂汗が浮かぶ。右肩がじりじりと痛むのだ。
このままでは押し負けてしまう。だがユコニス相手に、血にまみれた短剣を抜くのは嫌だった。かといって制御がまだ不安定な状態の魔力に頼れば、彼を傷付けるどころか、最悪死に至らしめてしまうかもしれない。
「……お行儀が悪いんじゃありませんか、王子」
わざと右手の力を抜いて、身を捻った。
バランスを崩したユコニスが、鳥の丸焼きごと床に突っ伏した。
客たちの笑い声。
その隙に距離を取り、レラは改めて周囲の状況を観察した。
やはり広間に、リヨネッタと王の姿はない。
どうやら刃が抜けないらしく、ユコニスが剣を諦めて、テーブルの上にあった肉切りナイフを手に取った。
「お食事の作法から勉強した方が良さそうね」
レラもまた、手近なテーブルにあったフォークを左手に取った。
ユコニスがナイフを突きだす。それをレラが、自身のフォークで受け流す。無作法な音が鳴って、周囲の客たちがさらに爆笑した。
「……これだから貴族は」
思わず舌打ちするレラだが、ユコニスの執拗な攻撃は続く。
だが激しい動作のたびに右肩が疼き、どうしても防戦一方になってしまう。
キィン。
「あっ!」
フォークが弾かれた。弾かれたフォークはクルクルと宙を舞い、とある貴婦人のネックレスの糸を断ち切り、多数の水晶が床に散らばった。
貴婦人が嘆きの声をあげ、さらなる爆笑が起こる。
レラは上体を反らし、身を捻り、皿を盾にしてユコニスのナイフを凌ぐ。
歓声に継ぐ歓声。囃し立てる声。客たちは、すっかり二人の舞いの虜になっていた。
その声が、レラの集中力を掻き乱す。自分が広間のなかをどう動いているのか、しだいに頭がこんがらがってくる。
とにかく武器が欲しいと、レラは咄嗟にテーブルに手を伸ばした。しかしその瞬間、素足で固い石のような物を踏みつけてしまい、痛みでバランスを崩した。
先程、どこぞの貴婦人がバラ撒いた水晶だった。
「しまった!」
気付いたときには、ユコニスが目前まで迫っていた。虚ろな目のまま、ナイフをレラの心臓目がけて突きだす。
二つの影が交差した。
オオッ。観客たちのどよめき。
「…………」
「…………」
沈黙。
誰かが固唾を飲む。
ユコニスが刺さったナイフを抜こうとするが、肉に食い込んだのか、うまく抜けない。
いや、肉ではない。
ナイフはレラの胸ではなく、彼女が手に持っていた小さなカボチャに突き刺さっていた。飾り用にテーブルに置かれていたものだ。
オオオッ!
大広間が歓声で揺れた。
「またカボチャに助けられたわね」
ユコニスが、ナイフを抜こうとなおもあがく。
不意にレラが、カボチャを手離した。
勢い余ったユコニスが、背後に仰け反る。
レラが身を乗りだし、ユコニスの背に手を回して支えた。男女こそ逆だが、さながら情熱的なダンスのように。
そして顔を近付け、唇を重ねた。
「!」
ユコニスが目を見開いた。
おおっ。
観客が、今日一番色めいた。
二人の唇が微かに光っていたことには、誰も気付かなかった。レラが、ユコニスの内部から、リヨネッタの魔力を吸い上げたのだ。
ユコニスの瞳に生気が戻った。
「レラ、僕は……」
「お目覚めかしら、王子」
「あの、その……」
ユコニスは顔を真っ赤にしながら、レラの瞳と唇を交互に見比べる。
「立てる?」
「あ、ああ」
二人が並んで立ち上がると、周囲がたちまち拍手に包まれた。
「ええと、その……」
「悪いけど、ここはよろしくね」
「えっ、ちょっとレラ……」
レラが風のように去っていく。後を追おうとしたユコニスだが、たちまち観客に囲まれてしまった。
彼女の頬が、赤く染まっていたような気がしたのに。
「お見事でした、王子」
「情熱的なダンスでしたわ」
「あの美しい娘はどちらのご令嬢で?」
「妬けてしまいましたわ。王子にあんないい人がいらっしゃったなんて」
「水晶の上で踊るところなんて、まるでガラスの舞台で踊っているようでしたわ」
「あ、ありがとうございます……」
喝采と賞賛の嵐に囲まれ、ユコニスは苦笑を浮かべるしかなかった。
「レラ……」
底知れない不安に駆り立てられるように、レラが去っていった方向に目をやった。
衛兵たちが、抜かりない目で周囲を監視しているが、酔客たちは気にも留めていないようだった。豪華な料理に、妙なる調べ。そしてダンスの相手がいればそれでいい。
皆の輪の中心にいるのは、何と言っても我らがミューキプン王その人。
兄王の『病死』という悲劇を乗り越え、財政難に喘いでいたこの国を立て直した、いわば中興の祖である。
先程からひっきりなしに客の相手をしており、些か疲れが溜まっているご様子だ。しかも今宵は、招かれざる客まで訪ねてきているとか。
もっとも、息子の心配は過剰だと言わざるを得ない。その程度でうろたえていては、招待した諸国の要人に恥を晒してしまうだけだ。
そんな折り、その息子である王子ユコニスが大広間に姿を現した。
公の場が苦手で、いつも所在なげにしていた息子が、今は客たちを前に堂々と振る舞っている。
「これはまた、どういう風の吹き回しだ」
王は驚き、そして素直に喜んだ。それでいい。あいつもやっと、王族としての自覚を持ってくれたかと。
ユコニスは貴婦人の手にキスなどしながら、軽やかな笑顔と足取りで、父王の前にやってきた。
嬉しさのあまりか、息子の様子があまりに違い過ぎることや、脇に見慣れぬ女が控えていることに、王は気付けなかった。
そしてさすがの衛兵たちも、王子まで警戒することはできなかった。
「父上」
どこか芝居じみた調子で、ユコニスが近付いてくる。その張り付くような笑みに、王はようやく違和感を覚えた。
「父上、お疲れなのではありませんか?」
「それは問題ないが。おまえこそ、何かあったのではないか」
「ご冗談を、父上。少々お酒が過ぎているんじゃないですか。お休みになられた方が良いかと」
違う。これはユコニスではない。こんな不自然な笑顔……虚ろな目をして笑う息子ではない。
「おまえ……本当にユコニスか?」
「さあ、お休みになられませ。永遠に」
ユコニスが腰から短剣を抜き、王の懐に潜り込んできた。
「!」
白刃の照り返しが、王の目を射抜く。
「ユコニス!」
そのとき大広間に娘の声が響き渡った。
直後、銀糸に彩られた靴が真っ直ぐ飛んできて、ユコニスの手に命中した。
「うっ!」
衝撃で、ユコニスが短剣を床に落とす。
脇にいた女が小さく舌打ちして、短剣を拾おうと手を伸ばす。するとそこにも、銀の靴が飛んできた。
「!」
靴が命中し、短剣が壁際まで弾き飛ばされた。
「なんだ……?」
「どうかしたのか」
客たちが、ざわめき始める。不穏な空気が漂う。
その客たちの一部が、道を開けるように左右に割れた。
奥から、悠然と一人の娘が歩いてくる。ボロボロのドレスを着た、素足の娘が。
客たちが困惑と驚嘆の声をあげた。
困惑は、舞踏会に似つかわしくない出で立ちに対して。そして驚嘆は、この世のものとは思えないほど美しい灰色の髪と瞳に対して。
衆人環視のなか、灰色の娘は立ち止まり、王を……正しくは王の近くにいる妖しげな女を睨みつけた。
「先程から、シンシアとデイジアの気配が消えた気がしていましたが……そういうことでしたか」
リヨネッタは、ひと目で全てを悟ったようだった。
「母様……」
「ですが、わたくしの邪魔はさせませんよ」
リヨネッタの鋭い声が飛ぶ。
「王子、今すぐにあの娘を片付けなさい。この舞踏会にはふさわしくない、不敬の輩です」
「……はい」
ユコニスは頷くと、虚ろな目をレラに向けた。
客たちはいよいよ静まり返り、事態の推移を見守っている。傍らの王も衛兵たちも、予想外の展開についていけないようだった。
「ユコニス、あなた、まんまと母様にやられたわね」
溜め息を吐きながら、レラが言った。
「…………」
だがユコニスは答えない。近くにいた衛兵の剣を強引に奪い取ると、レラに向かって一直線に駆けだした。
レラは近くのテーブルにあった三叉の燭台を左手に取ると、その叉の部分を使って巧みにユコニスの剣を受け止めた。
客たちが悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げだす。
だが、そのとき。
「さあ皆様。これより我らが麗しの王子と卑しき魔女の娘による、世にも珍しい剣の舞いを御覧入れましょう」
リヨネッタの声が朗々と響き渡った。
「剣の舞い……?」
「するとこれは、王子の余興か」
「それはまた、粋な計らいですな」
たちまち場の雰囲気が一転し、拍手と喝采に満ちた。
あまりに不自然な流れだったが、客や衛兵たちは、まるで熱に浮かされたかのように興奮している。
「まさか、これも母様の魔術……?」
ユコニスの剣を押し返しながら、レラはちらりと、リヨネッタの様子を窺った。
だがそこに、もう彼女の姿はなかった。そして王の姿も。
「どこへ……」
周囲に目を走らせるが、肌が総毛立ち、反射的に身を屈めた。その上を、唸りをあげてユコニスの剣が走った。
「邪魔しないで」
だがユコニスは虚ろな目で笑いながら、続けざまに剣を振るってくる。
それを燭台で器用に受けるのだが、その度に火が揺れ、蝋が飛び、レラの体に降りかかった。
「あつっ」
熱さに気を乱されてしまう。
さらに何度目かの打ちあいで、燭台がぐにゃりと曲がってしまった。
「ああ、もう!」
レラは、たまたまテーブルにあった鳥の丸焼きを両手で掴み上げた。
ユコニスの一撃を、その丸焼きで受け止める。刃が肉に食いこみ、さらにどこかの骨にガチリとハマる音がした。
おおッ、と観客が沸いた。もはや完全に余興と信じて疑っていないようだ。
ユコニスが力任せに剣を押しつけてくる。刃が鳥の丸焼きに食い込んでいく。
「うう……」
レラの額に脂汗が浮かぶ。右肩がじりじりと痛むのだ。
このままでは押し負けてしまう。だがユコニス相手に、血にまみれた短剣を抜くのは嫌だった。かといって制御がまだ不安定な状態の魔力に頼れば、彼を傷付けるどころか、最悪死に至らしめてしまうかもしれない。
「……お行儀が悪いんじゃありませんか、王子」
わざと右手の力を抜いて、身を捻った。
バランスを崩したユコニスが、鳥の丸焼きごと床に突っ伏した。
客たちの笑い声。
その隙に距離を取り、レラは改めて周囲の状況を観察した。
やはり広間に、リヨネッタと王の姿はない。
どうやら刃が抜けないらしく、ユコニスが剣を諦めて、テーブルの上にあった肉切りナイフを手に取った。
「お食事の作法から勉強した方が良さそうね」
レラもまた、手近なテーブルにあったフォークを左手に取った。
ユコニスがナイフを突きだす。それをレラが、自身のフォークで受け流す。無作法な音が鳴って、周囲の客たちがさらに爆笑した。
「……これだから貴族は」
思わず舌打ちするレラだが、ユコニスの執拗な攻撃は続く。
だが激しい動作のたびに右肩が疼き、どうしても防戦一方になってしまう。
キィン。
「あっ!」
フォークが弾かれた。弾かれたフォークはクルクルと宙を舞い、とある貴婦人のネックレスの糸を断ち切り、多数の水晶が床に散らばった。
貴婦人が嘆きの声をあげ、さらなる爆笑が起こる。
レラは上体を反らし、身を捻り、皿を盾にしてユコニスのナイフを凌ぐ。
歓声に継ぐ歓声。囃し立てる声。客たちは、すっかり二人の舞いの虜になっていた。
その声が、レラの集中力を掻き乱す。自分が広間のなかをどう動いているのか、しだいに頭がこんがらがってくる。
とにかく武器が欲しいと、レラは咄嗟にテーブルに手を伸ばした。しかしその瞬間、素足で固い石のような物を踏みつけてしまい、痛みでバランスを崩した。
先程、どこぞの貴婦人がバラ撒いた水晶だった。
「しまった!」
気付いたときには、ユコニスが目前まで迫っていた。虚ろな目のまま、ナイフをレラの心臓目がけて突きだす。
二つの影が交差した。
オオッ。観客たちのどよめき。
「…………」
「…………」
沈黙。
誰かが固唾を飲む。
ユコニスが刺さったナイフを抜こうとするが、肉に食い込んだのか、うまく抜けない。
いや、肉ではない。
ナイフはレラの胸ではなく、彼女が手に持っていた小さなカボチャに突き刺さっていた。飾り用にテーブルに置かれていたものだ。
オオオッ!
大広間が歓声で揺れた。
「またカボチャに助けられたわね」
ユコニスが、ナイフを抜こうとなおもあがく。
不意にレラが、カボチャを手離した。
勢い余ったユコニスが、背後に仰け反る。
レラが身を乗りだし、ユコニスの背に手を回して支えた。男女こそ逆だが、さながら情熱的なダンスのように。
そして顔を近付け、唇を重ねた。
「!」
ユコニスが目を見開いた。
おおっ。
観客が、今日一番色めいた。
二人の唇が微かに光っていたことには、誰も気付かなかった。レラが、ユコニスの内部から、リヨネッタの魔力を吸い上げたのだ。
ユコニスの瞳に生気が戻った。
「レラ、僕は……」
「お目覚めかしら、王子」
「あの、その……」
ユコニスは顔を真っ赤にしながら、レラの瞳と唇を交互に見比べる。
「立てる?」
「あ、ああ」
二人が並んで立ち上がると、周囲がたちまち拍手に包まれた。
「ええと、その……」
「悪いけど、ここはよろしくね」
「えっ、ちょっとレラ……」
レラが風のように去っていく。後を追おうとしたユコニスだが、たちまち観客に囲まれてしまった。
彼女の頬が、赤く染まっていたような気がしたのに。
「お見事でした、王子」
「情熱的なダンスでしたわ」
「あの美しい娘はどちらのご令嬢で?」
「妬けてしまいましたわ。王子にあんないい人がいらっしゃったなんて」
「水晶の上で踊るところなんて、まるでガラスの舞台で踊っているようでしたわ」
「あ、ありがとうございます……」
喝采と賞賛の嵐に囲まれ、ユコニスは苦笑を浮かべるしかなかった。
「レラ……」
底知れない不安に駆り立てられるように、レラが去っていった方向に目をやった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる