灰の瞳のレラ

チゲン

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第37幕

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 城の二階にある大広間では、盛大な舞踏会がもよおされていた。
 ご馳走の数々と、腕利きの楽士による珠玉しゅぎょくの演奏。そしてあでやかな衣装に身を包み、思い思いの相手と踊り明かす貴族たち。
 優雅ないろどりに満ちた、まさに天上の宴と呼ぶにふさわしい饗宴きょうえんだった。
 その風景を遠目に見ながら、シンシアは舌打ちせずにいられない。彼女は、庭の大木の枝にその身を潜ませていた。
 手には小型のいしゆみ。ドレスの下に隠して持ち込んだ物だ。
 つるが伸びるのを防ぐため、まだ矢はつがえていない。本来なら飛び道具はデイジアの役目なのだが、彼女は今頃、あのバカ王子を始末している頃だろう。
「いっそのこと、全員まとめて掃除してやりたい気分だわ」
 世が世なら、あそこで優雅に踊っているのは自分だったかもしれないのだ。
 ちやほやされて、貴族の男どもに囲まれ……るのは御免だが、姫として何不自由ない生活を送っていただろうに。
「何不自由ない生活ね」
 呟いてから、シンシアは自嘲気味に笑った。
「こうなったのも、全部レラのせい。あんな奴、生まれてこなきゃ良かったのに」
 母の人生も、自分の人生も狂わせた女。なのにその罪を忘れ、のうのうと生きている。
「……今は集中しないと。デイジアに笑われちゃうわね」
 シンシアは負の思考を振り払った。
 機を見て、リヨネッタが二階のテラスに王を誘いだす手筈てはずになっている。そこをシンシアが、この弩で仕留めるのだ。
 もうすぐだ。もうすぐ母と私の人生の仇が討てる。
 そのはずなのだが。
 先程から、場内の警備が慌ただしくなっていた。衛兵たちが、さりげなく客たちの行動に目を光らせている。
 王の周囲にも、使用人の振りをした警護が増えていた。そのため、リヨネッタも迂闊に近付けないようだ。
「まさか、勘付かれたとか?」
 嫌な予感がする。気のせいだと良いのだが。
「もしかして、デイジアが何かヘマしたんじゃないでしょうね」
「その通りです、シンシア姉様」
「!?」
 シンシアは反射的に、ひとつ上の枝に跳躍した。
 枝が揺れ、葉が落ちる。
 視線の先に、悠然ゆうぜんとレラが立っていた。
「レラ、なんでここに……って、あんた!?」
 灰色に染まった髪を見て、シンシアは思わず息を呑んだ。
 髪の色だけではない。もちろん分不相応ぶんふそうおうなドレスでもない。
 その目だ。髪と同じく、灰色に輝く双眸そうぼう。今までのような陰気な死魚の如き目ではなく、意志を宿し感情に揺らめく灰の炎。
 最後に別れたときとは、まるで別人だ。
「あんた、まさか……」
 レラは静かに頷いた。その仕草が雄弁に語っていた。
「とうとう母様の魔術が解けたのね」
 シンシアは声のトーンを落とし、末妹の顔を睨みつけた。
「やっぱり母様の言いつけを破ってでも、さっさと殺しておけば良かったわ」
 強く唇を噛む。
 そして、はたと気付く。
「……デイジアはどうしたの?」
「私が殺しました」
「なんですって!?」
 きっぱりと、レラは告げた。
「殺した……デイジアを? あんたが?」
「はい。それと母様やシンシア姉様が潜入してることも、もう知られてます」
 それが衛兵たちの動向に変化があった理由か。
「……つまり、母様を裏切るってこと?」
「はい」
「恩を仇で返すってこと? デイジアを殺してまで?」
「……そういうことです」
 シンシアの弩を持つ手が震える。
 すぐにでも、リヨネッタに報せないといけない。頭ではそう判っていても、込み上げてくる怒りに、彼女はあらがえなかった。
「デイジア……」
 決して出来のいい妹ではなかった。しょっちゅう喧嘩けんかもしたし、鬱陶うっとうしく思うときもあった。だがそれでも、目的を同じくする数少ない同志だった。
「許さないわよ、レラ」
 シンシアは弩を投げ捨てると、スカートの下に忍ばせていた短剣を抜き払った。
「私を裏切り者とののしる資格は、シンシア姉様にはないはずです」
 レラもまた灰色の瞳を光らせる。
「……言ってくれるわね」
「お覚悟を」
「デイジアだけじゃ飽き足らず、私まで殺すつもりなんだ」
「そうです」
「随分はっきり言うわね。散々苛めてきたから、その仕返しってことかしら?」
「いいえ」
「?」
 自覚があっただけに、シンシアはその返答に首を傾げた。
 そんなシンシアに、レラは罪人に罰を告げるように厳かに言った。
「あなたが、私のお母さんを殺したからです」
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