38 / 48
第37幕
しおりを挟む
城の二階にある大広間では、盛大な舞踏会が催されていた。
ご馳走の数々と、腕利きの楽士による珠玉の演奏。そして艶やかな衣装に身を包み、思い思いの相手と踊り明かす貴族たち。
優雅な彩りに満ちた、まさに天上の宴と呼ぶにふさわしい饗宴だった。
その風景を遠目に見ながら、シンシアは舌打ちせずにいられない。彼女は、庭の大木の枝にその身を潜ませていた。
手には小型の弩。ドレスの下に隠して持ち込んだ物だ。
弦が伸びるのを防ぐため、まだ矢は番えていない。本来なら飛び道具はデイジアの役目なのだが、彼女は今頃、あのバカ王子を始末している頃だろう。
「いっそのこと、全員まとめて掃除してやりたい気分だわ」
世が世なら、あそこで優雅に踊っているのは自分だったかもしれないのだ。
ちやほやされて、貴族の男どもに囲まれ……るのは御免だが、姫として何不自由ない生活を送っていただろうに。
「何不自由ない生活ね」
呟いてから、シンシアは自嘲気味に笑った。
「こうなったのも、全部レラのせい。あんな奴、生まれてこなきゃ良かったのに」
母の人生も、自分の人生も狂わせた女。なのにその罪を忘れ、のうのうと生きている。
「……今は集中しないと。デイジアに笑われちゃうわね」
シンシアは負の思考を振り払った。
機を見て、リヨネッタが二階のテラスに王を誘いだす手筈になっている。そこをシンシアが、この弩で仕留めるのだ。
もうすぐだ。もうすぐ母と私の人生の仇が討てる。
そのはずなのだが。
先程から、場内の警備が慌ただしくなっていた。衛兵たちが、さりげなく客たちの行動に目を光らせている。
王の周囲にも、使用人の振りをした警護が増えていた。そのため、リヨネッタも迂闊に近付けないようだ。
「まさか、勘付かれたとか?」
嫌な予感がする。気のせいだと良いのだが。
「もしかして、デイジアが何かヘマしたんじゃないでしょうね」
「その通りです、シンシア姉様」
「!?」
シンシアは反射的に、ひとつ上の枝に跳躍した。
枝が揺れ、葉が落ちる。
視線の先に、悠然とレラが立っていた。
「レラ、なんでここに……って、あんた!?」
灰色に染まった髪を見て、シンシアは思わず息を呑んだ。
髪の色だけではない。もちろん分不相応なドレスでもない。
その目だ。髪と同じく、灰色に輝く双眸。今までのような陰気な死魚の如き目ではなく、意志を宿し感情に揺らめく灰の炎。
最後に別れたときとは、まるで別人だ。
「あんた、まさか……」
レラは静かに頷いた。その仕草が雄弁に語っていた。
「とうとう母様の魔術が解けたのね」
シンシアは声のトーンを落とし、末妹の顔を睨みつけた。
「やっぱり母様の言いつけを破ってでも、さっさと殺しておけば良かったわ」
強く唇を噛む。
そして、はたと気付く。
「……デイジアはどうしたの?」
「私が殺しました」
「なんですって!?」
きっぱりと、レラは告げた。
「殺した……デイジアを? あんたが?」
「はい。それと母様やシンシア姉様が潜入してることも、もう知られてます」
それが衛兵たちの動向に変化があった理由か。
「……つまり、母様を裏切るってこと?」
「はい」
「恩を仇で返すってこと? デイジアを殺してまで?」
「……そういうことです」
シンシアの弩を持つ手が震える。
すぐにでも、リヨネッタに報せないといけない。頭ではそう判っていても、込み上げてくる怒りに、彼女は抗えなかった。
「デイジア……」
決して出来のいい妹ではなかった。しょっちゅう喧嘩もしたし、鬱陶しく思うときもあった。だがそれでも、目的を同じくする数少ない同志だった。
「許さないわよ、レラ」
シンシアは弩を投げ捨てると、スカートの下に忍ばせていた短剣を抜き払った。
「私を裏切り者と罵る資格は、シンシア姉様にはないはずです」
レラもまた灰色の瞳を光らせる。
「……言ってくれるわね」
「お覚悟を」
「デイジアだけじゃ飽き足らず、私まで殺すつもりなんだ」
「そうです」
「随分はっきり言うわね。散々苛めてきたから、その仕返しってことかしら?」
「いいえ」
「?」
自覚があっただけに、シンシアはその返答に首を傾げた。
そんなシンシアに、レラは罪人に罰を告げるように厳かに言った。
「あなたが、私のお母さんを殺したからです」
ご馳走の数々と、腕利きの楽士による珠玉の演奏。そして艶やかな衣装に身を包み、思い思いの相手と踊り明かす貴族たち。
優雅な彩りに満ちた、まさに天上の宴と呼ぶにふさわしい饗宴だった。
その風景を遠目に見ながら、シンシアは舌打ちせずにいられない。彼女は、庭の大木の枝にその身を潜ませていた。
手には小型の弩。ドレスの下に隠して持ち込んだ物だ。
弦が伸びるのを防ぐため、まだ矢は番えていない。本来なら飛び道具はデイジアの役目なのだが、彼女は今頃、あのバカ王子を始末している頃だろう。
「いっそのこと、全員まとめて掃除してやりたい気分だわ」
世が世なら、あそこで優雅に踊っているのは自分だったかもしれないのだ。
ちやほやされて、貴族の男どもに囲まれ……るのは御免だが、姫として何不自由ない生活を送っていただろうに。
「何不自由ない生活ね」
呟いてから、シンシアは自嘲気味に笑った。
「こうなったのも、全部レラのせい。あんな奴、生まれてこなきゃ良かったのに」
母の人生も、自分の人生も狂わせた女。なのにその罪を忘れ、のうのうと生きている。
「……今は集中しないと。デイジアに笑われちゃうわね」
シンシアは負の思考を振り払った。
機を見て、リヨネッタが二階のテラスに王を誘いだす手筈になっている。そこをシンシアが、この弩で仕留めるのだ。
もうすぐだ。もうすぐ母と私の人生の仇が討てる。
そのはずなのだが。
先程から、場内の警備が慌ただしくなっていた。衛兵たちが、さりげなく客たちの行動に目を光らせている。
王の周囲にも、使用人の振りをした警護が増えていた。そのため、リヨネッタも迂闊に近付けないようだ。
「まさか、勘付かれたとか?」
嫌な予感がする。気のせいだと良いのだが。
「もしかして、デイジアが何かヘマしたんじゃないでしょうね」
「その通りです、シンシア姉様」
「!?」
シンシアは反射的に、ひとつ上の枝に跳躍した。
枝が揺れ、葉が落ちる。
視線の先に、悠然とレラが立っていた。
「レラ、なんでここに……って、あんた!?」
灰色に染まった髪を見て、シンシアは思わず息を呑んだ。
髪の色だけではない。もちろん分不相応なドレスでもない。
その目だ。髪と同じく、灰色に輝く双眸。今までのような陰気な死魚の如き目ではなく、意志を宿し感情に揺らめく灰の炎。
最後に別れたときとは、まるで別人だ。
「あんた、まさか……」
レラは静かに頷いた。その仕草が雄弁に語っていた。
「とうとう母様の魔術が解けたのね」
シンシアは声のトーンを落とし、末妹の顔を睨みつけた。
「やっぱり母様の言いつけを破ってでも、さっさと殺しておけば良かったわ」
強く唇を噛む。
そして、はたと気付く。
「……デイジアはどうしたの?」
「私が殺しました」
「なんですって!?」
きっぱりと、レラは告げた。
「殺した……デイジアを? あんたが?」
「はい。それと母様やシンシア姉様が潜入してることも、もう知られてます」
それが衛兵たちの動向に変化があった理由か。
「……つまり、母様を裏切るってこと?」
「はい」
「恩を仇で返すってこと? デイジアを殺してまで?」
「……そういうことです」
シンシアの弩を持つ手が震える。
すぐにでも、リヨネッタに報せないといけない。頭ではそう判っていても、込み上げてくる怒りに、彼女は抗えなかった。
「デイジア……」
決して出来のいい妹ではなかった。しょっちゅう喧嘩もしたし、鬱陶しく思うときもあった。だがそれでも、目的を同じくする数少ない同志だった。
「許さないわよ、レラ」
シンシアは弩を投げ捨てると、スカートの下に忍ばせていた短剣を抜き払った。
「私を裏切り者と罵る資格は、シンシア姉様にはないはずです」
レラもまた灰色の瞳を光らせる。
「……言ってくれるわね」
「お覚悟を」
「デイジアだけじゃ飽き足らず、私まで殺すつもりなんだ」
「そうです」
「随分はっきり言うわね。散々苛めてきたから、その仕返しってことかしら?」
「いいえ」
「?」
自覚があっただけに、シンシアはその返答に首を傾げた。
そんなシンシアに、レラは罪人に罰を告げるように厳かに言った。
「あなたが、私のお母さんを殺したからです」
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる