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第21幕
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待ちに待った収穫祭の日がやってきた。
通りは楽しい音楽で溢れ、広場ではダンスに大道芸が賑々しく披露され、色とりどりの屋台からは肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
酒場の店先では日の高いうちから杯が交わり、酔っ払いや女たちの嬌声がかまびすしい。
パレードに参加する子供たちが、鮮やかなコスチュームに身を包んで可愛らしくはしゃいでいる。
舞踏会に招待された貴人たちの豪華な馬車が、しゃなりしゃなりと優雅に通っていき、人々の羨望の眼差しを一身に浴びている。
ミューキプンの町は、一年分の喜びに満ちていた。
そんな祝祭の空気のなかで、レラは孤独だった。
通りを行く人々は、皆、笑顔が溢れていた。この幸せな一日の恩恵を、太陽の光のように誰もが受けていた。
自分だけが、この世界から取り残されているようだった。
今までしてきたことは何だったのだろう。
養母の言葉に従い、ひたすら人を殺めてきた。正しいかどうかなど考えたこともないし、考える必要もなかった。
彼らが死んでも町はいつも通りだし、今もこうして祭りを楽しんでいる。
「でも……」
自分はどこにも属していない。祭りにも、町にも、そして家族にも。
半ば呆然としながら、レラはおつかいの荷を抱えて家に戻った。
「遅い。どこをほっつき歩いてたの!」
戸をくぐるなり、固いパンが飛んできた。ぼうっとしていたレラの額に、それが勢いよくぶつかった。
「ごめんなさい、シンシアお姉様」
「グズ!」
シンシアは烈火のごとく怒り、さらにもうひとつパンを投げてきた。今度は避けようと思えばできたが、そうしてはいけない気になり甘んじて額に受けた。
「お姉ちゃん、もったいないからやめてよ」
デイジアがいかにも彼女らしい文句を言う。
「まあ、ピリピリすんのも判るけどさー」
「ピリピリなんてしてないわ」
「その反応が……判ったわよ、判ったから睨まないでよ」
降参とばかりに両手を上げるデイジア。
「それよりレラ、ちゃんと買ってきてくれた?」
「はい、デイジア姉様」
レラは籠のなかから、デイジアに頼まれて買ってきた小袋を取りだした。
「やった。これこれ、これがないとねー」
ご要望の品が入った小袋を摘み上げ、にんまりと笑うデイジア。
「何なの、それ」
「へっへーん」
不審げな目を向けるシンシアに、デイジアは袋の口を開けて得意げに中身を見せびらかした。干し果実をひと口大に切って、蜜で固めた砂糖菓子だった。
「あんた、またそんな無駄遣いを……」
「無駄遣いじゃないよ。糖分は乙女の活力なんだから」
そう嘯くと、さっそく袋からひとつ取りだして、口に運んだ。
「んー、あまーい」
「……好きにしなさい」
心底呆れた視線を送るシンシア。
「それより、私が頼んでおいた物は?」
「はい、シンシア姉様」
「言われる前に出しなさいよ!」
「ごめんなさい……」
レラがしゅんとしながら、籠から幾つかの小瓶を取りだした。
シンシアがひとつひとつの蓋を開けて、香りを丹念に確認する。
「一応、言われた通り買ってきたみたいね」
「それなに?」
今度はデイジアが、怪訝な顔をする番だった。
「香水よ」
「こうすい?」
「女のたしなみよ。あんたも、ちょっとはこういうことに気を遣いなさい」
「甘いやつある?」
「……ある訳ないでしょ」
姉妹のやりとりを聞きながら、レラは胸に小さな痼りを感じていた。
こんな会話を二人と交わしたことは一度もなかった。ついこの前までは、それが当たり前だと思っていたのに。
「二人とも何をしているのです」
いつの間にか、リヨネッタが階上から顔を覗かせていた。
「そろそろ支度をなさい。舞踏会に間に合わなくなってしまいますよ」
「は、はい、母様」
「ふぁーい」
慌てて支度に取りかかるシンシアとデイジア。
「…………」
レラは、ふとリヨネッタの視線に気付いて顔を上げた。だが目が合う直前に、リヨネッタは自室に戻ってしまった。
「ちょっとレラ、手伝ってよ」
「何をぼんやりしてるの。さっさとしなさい、グズ!」
「はい」
義姉たちに怒鳴られつつ、二人のドレスの着付けを手伝う。
美しいドレスだった。とても下町の住人が気軽に買えるような代物ではない。リヨネッタが二人の娘のために……この日のために奮発したのだろう。
ドレスを着たら髪を上げ、ティアラを載せ、ネックレスを着け、香水を振る。
するとそこには、絵画から抜けだしてきたかと思わせるほどの美しい姉妹が立っていた。まさに令嬢と呼ぶに相応しい、華やかな出で立ちだった。
事実、彼女たちは十年前まで姫として生きていたのだ。そのことを暗に証明しているようで、レラはまた胸に痼りを感じた。
「ちょっと動きにくいなー」
デイジアが不平を漏らす。口を開けば、いつもの彼女だ。
「仕方ないでしょう。舞踏会に潜入するためなんだから」
シンシアがそう窘めつつ、舞踏会の招待状を何度も確認する。もちろん、名も身分も出鱈目な偽造品である。
二人の支度が整う頃に、リヨネッタが降りてきた。彼女も、いずこの貴婦人かと見紛うほど艶やかなドレスに身を包んでいた。
これが彼女たちの本来の姿なのだ。例え懐にナイフを忍ばせていたとしても。
折りよく家の前に、頼んでおいた送迎用の馬車が到着した。
「では参りましょうか」
リヨネッタを先頭に、瀟洒な馬車に乗りこんでいく姉妹たち。
「留守の間、あなたは決して外に出てはなりません。いいですね」
馬車の小窓から、リヨネッタが言下に命じた。
「はい、母様」
「ついでに家の掃除でもしておきなさい。怠けたら許さないわよ」
「はい、シンシア姉様」
「何か食べる物用意しといてね」
「はい、デイジア姉様」
三者三様に指示を出すと、馬車はゆっくりと動きだした。
「…………」
やがて馬車が見えなくなると、レラは路地裏に向かって声をかけた。
「覗き見は感心しないわね」
「あら」
レラの視線の先に、一人の青年が姿を現した。メイガスである。
「いやー、みんなすごい綺麗だったね」
白々しく頭など掻きながら、レラにある物を渡してくる。
「はいこれ、頼まれてたもの」
それは白いドレスだった。リヨネッタたちの豪華なそれとは比ぶるべくもないが、滑らかで美しいドレスである。銀糸に彩られた靴もセットになっていた。
「こんな綺麗なもの……渡したお金じゃ足りなかったんじゃない?」
素朴な疑問を、レラはメイガスにぶつけた。
「心配しなくても、ちょいちょいっと魔術を使ってね」
「そう」
「えー……」
メイガスの渾身の冗談も、あっさり流されてしまった。
「ほんとに行くの?」
不安げな面持ちになって、メイガスがレラに問う。
「ええ。母様には来るなって言われたけど、私にも何かできることがあるかもしれないし。それに……」
「それに?」
「行かなきゃいけないって気がするのよ」
「……そうか」
メイガスは小さく嘆息した。
「まあ、エセ魔術師のおいらと致しましても、かわいそうな姫のお役に立てるのは光栄でありますが」
「姫はやめてって言ってるでしょ。それに、かわいそうって? 何のこと?」
「あー、ごめん。忘れてくれ」
「ひょっとして冗談だったの?」
「……君はもう少し、諧謔を勉強するべきだね」
「それ、ゴミ掃除の役に立つのかしら」
「おいらが悪かったよ」
嘆くメイガスを尻目に、レラは馬車が去った方角に目をやった。
その先にあるはずの、ミューキプン城の美しい佇まいに。
通りは楽しい音楽で溢れ、広場ではダンスに大道芸が賑々しく披露され、色とりどりの屋台からは肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
酒場の店先では日の高いうちから杯が交わり、酔っ払いや女たちの嬌声がかまびすしい。
パレードに参加する子供たちが、鮮やかなコスチュームに身を包んで可愛らしくはしゃいでいる。
舞踏会に招待された貴人たちの豪華な馬車が、しゃなりしゃなりと優雅に通っていき、人々の羨望の眼差しを一身に浴びている。
ミューキプンの町は、一年分の喜びに満ちていた。
そんな祝祭の空気のなかで、レラは孤独だった。
通りを行く人々は、皆、笑顔が溢れていた。この幸せな一日の恩恵を、太陽の光のように誰もが受けていた。
自分だけが、この世界から取り残されているようだった。
今までしてきたことは何だったのだろう。
養母の言葉に従い、ひたすら人を殺めてきた。正しいかどうかなど考えたこともないし、考える必要もなかった。
彼らが死んでも町はいつも通りだし、今もこうして祭りを楽しんでいる。
「でも……」
自分はどこにも属していない。祭りにも、町にも、そして家族にも。
半ば呆然としながら、レラはおつかいの荷を抱えて家に戻った。
「遅い。どこをほっつき歩いてたの!」
戸をくぐるなり、固いパンが飛んできた。ぼうっとしていたレラの額に、それが勢いよくぶつかった。
「ごめんなさい、シンシアお姉様」
「グズ!」
シンシアは烈火のごとく怒り、さらにもうひとつパンを投げてきた。今度は避けようと思えばできたが、そうしてはいけない気になり甘んじて額に受けた。
「お姉ちゃん、もったいないからやめてよ」
デイジアがいかにも彼女らしい文句を言う。
「まあ、ピリピリすんのも判るけどさー」
「ピリピリなんてしてないわ」
「その反応が……判ったわよ、判ったから睨まないでよ」
降参とばかりに両手を上げるデイジア。
「それよりレラ、ちゃんと買ってきてくれた?」
「はい、デイジア姉様」
レラは籠のなかから、デイジアに頼まれて買ってきた小袋を取りだした。
「やった。これこれ、これがないとねー」
ご要望の品が入った小袋を摘み上げ、にんまりと笑うデイジア。
「何なの、それ」
「へっへーん」
不審げな目を向けるシンシアに、デイジアは袋の口を開けて得意げに中身を見せびらかした。干し果実をひと口大に切って、蜜で固めた砂糖菓子だった。
「あんた、またそんな無駄遣いを……」
「無駄遣いじゃないよ。糖分は乙女の活力なんだから」
そう嘯くと、さっそく袋からひとつ取りだして、口に運んだ。
「んー、あまーい」
「……好きにしなさい」
心底呆れた視線を送るシンシア。
「それより、私が頼んでおいた物は?」
「はい、シンシア姉様」
「言われる前に出しなさいよ!」
「ごめんなさい……」
レラがしゅんとしながら、籠から幾つかの小瓶を取りだした。
シンシアがひとつひとつの蓋を開けて、香りを丹念に確認する。
「一応、言われた通り買ってきたみたいね」
「それなに?」
今度はデイジアが、怪訝な顔をする番だった。
「香水よ」
「こうすい?」
「女のたしなみよ。あんたも、ちょっとはこういうことに気を遣いなさい」
「甘いやつある?」
「……ある訳ないでしょ」
姉妹のやりとりを聞きながら、レラは胸に小さな痼りを感じていた。
こんな会話を二人と交わしたことは一度もなかった。ついこの前までは、それが当たり前だと思っていたのに。
「二人とも何をしているのです」
いつの間にか、リヨネッタが階上から顔を覗かせていた。
「そろそろ支度をなさい。舞踏会に間に合わなくなってしまいますよ」
「は、はい、母様」
「ふぁーい」
慌てて支度に取りかかるシンシアとデイジア。
「…………」
レラは、ふとリヨネッタの視線に気付いて顔を上げた。だが目が合う直前に、リヨネッタは自室に戻ってしまった。
「ちょっとレラ、手伝ってよ」
「何をぼんやりしてるの。さっさとしなさい、グズ!」
「はい」
義姉たちに怒鳴られつつ、二人のドレスの着付けを手伝う。
美しいドレスだった。とても下町の住人が気軽に買えるような代物ではない。リヨネッタが二人の娘のために……この日のために奮発したのだろう。
ドレスを着たら髪を上げ、ティアラを載せ、ネックレスを着け、香水を振る。
するとそこには、絵画から抜けだしてきたかと思わせるほどの美しい姉妹が立っていた。まさに令嬢と呼ぶに相応しい、華やかな出で立ちだった。
事実、彼女たちは十年前まで姫として生きていたのだ。そのことを暗に証明しているようで、レラはまた胸に痼りを感じた。
「ちょっと動きにくいなー」
デイジアが不平を漏らす。口を開けば、いつもの彼女だ。
「仕方ないでしょう。舞踏会に潜入するためなんだから」
シンシアがそう窘めつつ、舞踏会の招待状を何度も確認する。もちろん、名も身分も出鱈目な偽造品である。
二人の支度が整う頃に、リヨネッタが降りてきた。彼女も、いずこの貴婦人かと見紛うほど艶やかなドレスに身を包んでいた。
これが彼女たちの本来の姿なのだ。例え懐にナイフを忍ばせていたとしても。
折りよく家の前に、頼んでおいた送迎用の馬車が到着した。
「では参りましょうか」
リヨネッタを先頭に、瀟洒な馬車に乗りこんでいく姉妹たち。
「留守の間、あなたは決して外に出てはなりません。いいですね」
馬車の小窓から、リヨネッタが言下に命じた。
「はい、母様」
「ついでに家の掃除でもしておきなさい。怠けたら許さないわよ」
「はい、シンシア姉様」
「何か食べる物用意しといてね」
「はい、デイジア姉様」
三者三様に指示を出すと、馬車はゆっくりと動きだした。
「…………」
やがて馬車が見えなくなると、レラは路地裏に向かって声をかけた。
「覗き見は感心しないわね」
「あら」
レラの視線の先に、一人の青年が姿を現した。メイガスである。
「いやー、みんなすごい綺麗だったね」
白々しく頭など掻きながら、レラにある物を渡してくる。
「はいこれ、頼まれてたもの」
それは白いドレスだった。リヨネッタたちの豪華なそれとは比ぶるべくもないが、滑らかで美しいドレスである。銀糸に彩られた靴もセットになっていた。
「こんな綺麗なもの……渡したお金じゃ足りなかったんじゃない?」
素朴な疑問を、レラはメイガスにぶつけた。
「心配しなくても、ちょいちょいっと魔術を使ってね」
「そう」
「えー……」
メイガスの渾身の冗談も、あっさり流されてしまった。
「ほんとに行くの?」
不安げな面持ちになって、メイガスがレラに問う。
「ええ。母様には来るなって言われたけど、私にも何かできることがあるかもしれないし。それに……」
「それに?」
「行かなきゃいけないって気がするのよ」
「……そうか」
メイガスは小さく嘆息した。
「まあ、エセ魔術師のおいらと致しましても、かわいそうな姫のお役に立てるのは光栄でありますが」
「姫はやめてって言ってるでしょ。それに、かわいそうって? 何のこと?」
「あー、ごめん。忘れてくれ」
「ひょっとして冗談だったの?」
「……君はもう少し、諧謔を勉強するべきだね」
「それ、ゴミ掃除の役に立つのかしら」
「おいらが悪かったよ」
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