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第16幕
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犯罪を取り締まるはずの衛兵所内で、そこの責任者を襲うとは、何とも大胆な計画だ。
レラの役どころは、手持ちの発煙材に火を点けて、人気のない廊下の隅や倉庫などに仕掛けることだった。
これで数刻のうちに、屋内に煙が充満する。そこを見計らってデイジアが、
「火事だー!」
と叫んで混乱させる。
そしてシンシアが、その騒ぎに乗じて所長を仕留めるという流れだった。
ここの所長は夕刻前には帰宅するか、歓楽街へシケこむかのどちらかだ。自宅は私兵を囲っているし、歓楽街は人が多くてやりづらい。片付けるなら、ここが最適だった。
計画通り、所内は蜂の巣を叩いたような騒ぎになっている。この分なら、シンシアも容易に責務を果たすだろうし、デイジアも自分も楽に逃げられるだろう。
天下の衛兵所が、この程度で機能しなくなるとは、むしろ不安すら覚えてしまうのだが。
「新しい所長の手腕に期待するしかないわね」
他人事のようにレラは呟いた。
廊下の奥から所員が走ってくる。レラは手近な部屋に隠れてやり過ごした。
確かこの部屋は、諸々の捜査資料等を仕舞っておく倉庫で、あまり人の出入りはないはずだ。案の定、所員は脇目も振らずに部屋の前を走り過ぎていった。
重要な倉庫のはずなのに、鍵も掛けず、ろくに整頓もされていない。この衛兵所の体たらくぶりを象徴するような部屋だと思った。
もう少し外の様子を窺ってから、脱出した方がいいだろう。そう判断したレラは、何気なく室内に視線を流した。
「……?」
雑然と置かれた木箱のなかに、蓋が開きっ放しのものがある。
「これは……」
妙に気に掛かり、収納されていた皮紙の束を軽く漁ってみた。
どうやら、とある貿易商の屋敷から押収した書類等が詰め込まれているようだ。商業ギルドの幹部を示す証書もあった。
「これ、どこかで……うっ」
頭に疼痛が走った。
「また……?」
何か忘れている。だが思いだそうとすると、頭のなかの何かが攻撃してくる。
痛みに耐えながらも、レラは一連の書類に目を通した。
証文や取引証明や土地の権利書など、素人にはちんぷんかんぷんな皮紙が折り重なっている。実は、しかるべき精査をすれば不正がオンパレードで発覚するのだが、この場所にある限り明るみに出ることはあるまい。
レラは、なおも木箱をまさぐった。
何かが埋まっている。そんな予感がした。
誰かが呼んでいる。それが呼んでいる。
「え……」
ふと手に触れた古い皮紙を見て、レラは己が目を疑った。
いわゆる罪人の手配書だった。
だが政府の印がない。恐らく非公式のものなのだろう。
そしてそこに描かれた人物を、レラはよく知っていた。
「かあさま……?」
手配書に描かれていたのは、紛れもなくリヨネッタその人だった。
今より少し若く見える。発行された日付は十年前のものだ。
「なんでこんなものが」
そして養母の手配書の下には、貼りつくようにもう一枚の手配書が重なっていた。
恐る恐る、そちらにも目をやる。
「この人は……」
リヨネッタによく似た、穏やかそうな女の肖像画だった。
「うっ……」
レラの頭に、再び疼痛が走った。
私は、この人を知っている。
『レラ……』
頭のなかで、心のなかで、誰かが彼女に呼びかける。優しい声で。
脳裏に笑顔が浮かぶ。
「大変だ、所長が殺されてるぞ!」
「!」
衛兵の叫び声で、レラは我に返った。
どうやら、シンシアが仕事を全うしたようだ。
咄嗟に二枚の手配書を懐に仕舞うと、レラは騒がしい衛兵所を後にした。
レラの役どころは、手持ちの発煙材に火を点けて、人気のない廊下の隅や倉庫などに仕掛けることだった。
これで数刻のうちに、屋内に煙が充満する。そこを見計らってデイジアが、
「火事だー!」
と叫んで混乱させる。
そしてシンシアが、その騒ぎに乗じて所長を仕留めるという流れだった。
ここの所長は夕刻前には帰宅するか、歓楽街へシケこむかのどちらかだ。自宅は私兵を囲っているし、歓楽街は人が多くてやりづらい。片付けるなら、ここが最適だった。
計画通り、所内は蜂の巣を叩いたような騒ぎになっている。この分なら、シンシアも容易に責務を果たすだろうし、デイジアも自分も楽に逃げられるだろう。
天下の衛兵所が、この程度で機能しなくなるとは、むしろ不安すら覚えてしまうのだが。
「新しい所長の手腕に期待するしかないわね」
他人事のようにレラは呟いた。
廊下の奥から所員が走ってくる。レラは手近な部屋に隠れてやり過ごした。
確かこの部屋は、諸々の捜査資料等を仕舞っておく倉庫で、あまり人の出入りはないはずだ。案の定、所員は脇目も振らずに部屋の前を走り過ぎていった。
重要な倉庫のはずなのに、鍵も掛けず、ろくに整頓もされていない。この衛兵所の体たらくぶりを象徴するような部屋だと思った。
もう少し外の様子を窺ってから、脱出した方がいいだろう。そう判断したレラは、何気なく室内に視線を流した。
「……?」
雑然と置かれた木箱のなかに、蓋が開きっ放しのものがある。
「これは……」
妙に気に掛かり、収納されていた皮紙の束を軽く漁ってみた。
どうやら、とある貿易商の屋敷から押収した書類等が詰め込まれているようだ。商業ギルドの幹部を示す証書もあった。
「これ、どこかで……うっ」
頭に疼痛が走った。
「また……?」
何か忘れている。だが思いだそうとすると、頭のなかの何かが攻撃してくる。
痛みに耐えながらも、レラは一連の書類に目を通した。
証文や取引証明や土地の権利書など、素人にはちんぷんかんぷんな皮紙が折り重なっている。実は、しかるべき精査をすれば不正がオンパレードで発覚するのだが、この場所にある限り明るみに出ることはあるまい。
レラは、なおも木箱をまさぐった。
何かが埋まっている。そんな予感がした。
誰かが呼んでいる。それが呼んでいる。
「え……」
ふと手に触れた古い皮紙を見て、レラは己が目を疑った。
いわゆる罪人の手配書だった。
だが政府の印がない。恐らく非公式のものなのだろう。
そしてそこに描かれた人物を、レラはよく知っていた。
「かあさま……?」
手配書に描かれていたのは、紛れもなくリヨネッタその人だった。
今より少し若く見える。発行された日付は十年前のものだ。
「なんでこんなものが」
そして養母の手配書の下には、貼りつくようにもう一枚の手配書が重なっていた。
恐る恐る、そちらにも目をやる。
「この人は……」
リヨネッタによく似た、穏やかそうな女の肖像画だった。
「うっ……」
レラの頭に、再び疼痛が走った。
私は、この人を知っている。
『レラ……』
頭のなかで、心のなかで、誰かが彼女に呼びかける。優しい声で。
脳裏に笑顔が浮かぶ。
「大変だ、所長が殺されてるぞ!」
「!」
衛兵の叫び声で、レラは我に返った。
どうやら、シンシアが仕事を全うしたようだ。
咄嗟に二枚の手配書を懐に仕舞うと、レラは騒がしい衛兵所を後にした。
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