竜剣《タルカ》

チゲン

文字の大きさ
上 下
96 / 110
第八幕 フランベルジュ

7頁

しおりを挟む
 幼いセカイは、暗闇のなかでうずくまっていた。
 ここならきっと誰にも見付からない。安心だ。
 うそ。
 はやくみつけてくれないかな。
「あっ、こんなところに」
「……?」
 セカイが顔を上げると、凛々りりしい面差おもざしの少年が彼女を見下ろしていた。
「ミランだぁ」
 セカイは満面の笑みを浮かべる。
「まったくもう……隠れんぼですか、お嬢様」
「へへ、みつかっちゃった」
 嬉しそうなセカイに対して、少年のミランは呆れ気味に溜め息を吐いた。
「早くお部屋に戻らないと、家庭教師の先生が来ちゃいますよ。また奥様に叱られても知りませんからね」
「やだ。おべんきょう、きらい」
「またそんなワガママ言って。ほら、立ってください」
「タルカみせて」
「はっ?」
「タールーカー。みーせーてー」
「またですかあ? 何度も言いますけど、竜剣は大道芸じゃないんです。おいそれと他人に……」
「みせてくれたら、おべんきょうしてあげる」
「……一回だけですよ」
 ミランは再び溜め息を吐くと、ベルトに収めていた二本の竜剣を左右の手で一本ずつ抜き、庭の端にある巨木に向かって投げつけた。
 両手の人差し指に意識を集中し、細かく動かす。
 地面に落ちかけていた竜剣が、水面を滑空かっくうする鳥のように浮き上がる。そして大木の幹に一本が突き刺さり……もう一本は弾かれた。
「ちッ……」
「ミラン、すごーい」
 セカイは無邪気に感嘆し、羨望せんぼうの眼差しでミランを見上げた。
 だがミランは納得いかないのか、不満げな顔をしている。
「こんなんじゃ、師匠の足元にも及ばない。くそ!」
「ミラン……?」
「凄いじゃない、ミラン」
 そこへ物静かな足取りで、若きデルーシャが姿を見せた。
「奥様!」
 ミランが、慌てて居住まいを正す。
「独学で、もうこんなに上達するなんて」
「そんな……恐縮です」
「将来は、きっとあの人を超える竜剣使いになるわね」
「いえそんな、師匠を超えるなんて。赤の竜剣は特別ですから」
 早口に言いつくろう。師といっても、竜剣術ではなく剣術のそれなのだが。
「そんなことないわ、ミラン。あなたの才能は、あの人も認めているのよ」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで望外ぼうがいの喜びです」
「まあ」
 デルーシャに微笑みかけられ、ミランはリンゴのように頬を赤らめた。
「……ミランのばか」
 セカイは、そんなミランを横目に不貞腐れるのである。
「さあお嬢様、お手をどうぞ。約束通り、お部屋に戻ってお勉強ですよ」
 すっかり上機嫌になったミランが、にこにこしながらセカイに手を伸ばした。
「おんぶ」
「は?」
「ミランがおんぶしてくんなきゃ、おへやにもどらないから」
「こらセカイ。ミランを困らせるものじゃありません」
「やだ!」
 デルーシャがたしなめるが、セカイは意固地に首を振った。
「かまいませんよ。それでお嬢様が淑女しゅくじょに育って頂けるなら」
 ミランがしゃがみ込む。
 セカイはその背に勢いよく飛びつくと、首に両腕を回してしがみついた。
「立ちますよ」
 視界が広がり、思わず歓声をあげる。
「まったく……お嬢様はいつまで経っても甘えん坊ですね」
「いいの。だってミランはわたしのものだもん」
「はいはい、そうでしたね」
「だからミランは、わたしのめいれいには、ぜったいふくじゅうなの」
「また変な言葉を覚えて……」
 そのとき、二人の行く先に人影が立ちはだかった。
 岩のような偉丈夫いじょうふである。
「おとうさまっ!」
「あっ、お嬢様あぶな……」
 セカイが身をよじり、強引にミランの背から飛び下りた。そして偉丈夫……リベアンのもとへ駆け寄っていく。
 リベアンは、いかつい顔を嘘のようにほころばせ、小さな娘を軽々と抱き上げた。
「いい子にしてたか、セカイ」
「おとうさま、かたぐるまして!」
「よしよし」
 父の首にまたがり、もっとずっと広い視界を得たセカイは、宝物でも見付けたように目を輝かせる。
「…………」
 ミランが、そんな親子を複雑な顔で見つめていることも知らずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ああ、もういらないのね

志位斗 茂家波
ファンタジー
……ある国で起きた、婚約破棄。 それは重要性を理解していなかったがゆえに起きた悲劇の始まりでもあった。 だけど、もうその事を理解しても遅い…‥‥ たまにやりたくなる短編。興味があればぜひどうぞ。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

処理中です...