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第八幕 フランベルジュ
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かくて緑の地は息吹を失い、吹き荒ぶ風は怨嗟の声と化す。
空天を突きし城砦は崩れ落ち、屍の如く横たわる。
常しえに眠らぬや、栄華の都。
「これがグルセンダ……」
ミランは足を止め、掠れた声で呟いた。
荒野を歩いていると、不意にそれは現れる。
グルセンダ王国。
死した都市。
初めて訪れた者は、つい十数年前まで、ここに人の暮らしがあったとは思えないかもしれない。古代の遺跡と勘違いするかもしれない。
それほど、完膚なきまでに破壊されていた。
往時を偲ばせるものは何ひとつなかった。
「本当に、ひどい戦だったんだな」
ここに住んでいた頃を覚えていないのは、むしろ幸運と言える。廃墟と化した故郷の姿……かつての民にとっては、見るに耐えないものだろう。
風が、外套の頭巾を掻き上げた。
「行きましょう」
ミランに遅れて、小さな影も、崩れた城門跡をくぐった。
セカイである。
『ようやく辿り着いたわい』
少女の懐で老婆の声がする。
蛇が、もぞりと動いた。
『ずいぶん時間がかかったのう』
「あなたが空飛ぶ馬にでもなれば、もっと早く着いたんじゃないかしら」
『よう言うわい。それに、どうもわしは、あの男に好かれておらんからな。見付かったら何をされるやら』
やれやれといった体で溜め息を吐く。蛇の分際で。
『そもそもおまえさんらが、あの町でのんびりし過ぎなんじゃ』
「のんびりなんかしてないわ。色々忙しかったのよ」
『閨事にじゃろう。飽きもせんと、毎日毎日まぐわいおって』
蛇の溜め息が、さらに深くなった。
「覗いてたの?」
『ふん、阿呆らしくて見てられんかったわい』
そもそも興味なぞないがな、と付け加える。蛇の分際で。
『まあ、老婆心で言わせてもらうなら、次からは声くらい控えることじゃ。外まで丸聞こえじゃったぞい』
「……ほんとは楽しんでたんでしょ」
『何なら、もっと気持ち良くしてやろうかい。何しろこの体じゃ。女の股ぐらには……』
セカイは懐に手を入れると、小さな蛇の体を鷲掴みにした。
ミランの目を盗み、側にあった瓦礫の山に力いっぱい叩きつける。
蛇はグチャリと音を立て、口から血と体液を垂れ流し……そのまま動かなくなった。
『命を粗末にしてはいかんぞい』
茶毛の土鼠が一匹、セカイの足元に寄ってきた。
『けっこう気に入っておったのに』
「あなたに倫理を語られたくないわね」
「どうかしましたか、セカイ?」
ミランがようやく振り向いた。
「何でもないわ」
「気を付けてください。どこに魔女の目があるか判りませんから」
生真面目な顔で、ミランが付け加える。
「そうね」
セカイは足で土鼠を追っ払った。
「で、感じますか?」
「ええ」
セカイは手首から先のない右腕を、水平に上げた。
袖がはためいた。
「近いわ」
ミランの目が細く険しくなる。
「赤の竜剣に近付いてる」
「セカイ、もうここからなら私一人でも……」
「約束が違うわよ、ミラン」
ミランは嘆息する。
セカイと繋がったとき、ミランは不思議な感覚を得ていた。
彼女のなかに、もうひとつの何かがいるような。
それは、自分が竜剣を操るときに感じるものと似ていた。だがそれよりもずっと強く、熱い感覚だった。
「まさか、赤の竜剣の……」
何度も交わっているうち、その想像は確信へと変わっていった。
「赤の竜剣が、セカイを呼んでるとでもいうのか」
それなら彼女が自信たっぷりに西を目指したことも、下位種であるミランの竜剣が彼女に従ったことも理解できなくはない。
にわかには信じ難いことだが。
そしてミランは、セカイなら単身でも魔女のもとへ向かうだろうとも確信していた。
本音を言えば彼女を連れていきたくない。
だがここまで来てしまった以上、放っておくこともできない。
「何をしてるんだ、私は……」
結局、セカイに押し切られる格好で、彼女の同伴を許してしまった。
本当にこれで良かったのだろうか。心のなかでは、いまだに葛藤が続いていた。
空天を突きし城砦は崩れ落ち、屍の如く横たわる。
常しえに眠らぬや、栄華の都。
「これがグルセンダ……」
ミランは足を止め、掠れた声で呟いた。
荒野を歩いていると、不意にそれは現れる。
グルセンダ王国。
死した都市。
初めて訪れた者は、つい十数年前まで、ここに人の暮らしがあったとは思えないかもしれない。古代の遺跡と勘違いするかもしれない。
それほど、完膚なきまでに破壊されていた。
往時を偲ばせるものは何ひとつなかった。
「本当に、ひどい戦だったんだな」
ここに住んでいた頃を覚えていないのは、むしろ幸運と言える。廃墟と化した故郷の姿……かつての民にとっては、見るに耐えないものだろう。
風が、外套の頭巾を掻き上げた。
「行きましょう」
ミランに遅れて、小さな影も、崩れた城門跡をくぐった。
セカイである。
『ようやく辿り着いたわい』
少女の懐で老婆の声がする。
蛇が、もぞりと動いた。
『ずいぶん時間がかかったのう』
「あなたが空飛ぶ馬にでもなれば、もっと早く着いたんじゃないかしら」
『よう言うわい。それに、どうもわしは、あの男に好かれておらんからな。見付かったら何をされるやら』
やれやれといった体で溜め息を吐く。蛇の分際で。
『そもそもおまえさんらが、あの町でのんびりし過ぎなんじゃ』
「のんびりなんかしてないわ。色々忙しかったのよ」
『閨事にじゃろう。飽きもせんと、毎日毎日まぐわいおって』
蛇の溜め息が、さらに深くなった。
「覗いてたの?」
『ふん、阿呆らしくて見てられんかったわい』
そもそも興味なぞないがな、と付け加える。蛇の分際で。
『まあ、老婆心で言わせてもらうなら、次からは声くらい控えることじゃ。外まで丸聞こえじゃったぞい』
「……ほんとは楽しんでたんでしょ」
『何なら、もっと気持ち良くしてやろうかい。何しろこの体じゃ。女の股ぐらには……』
セカイは懐に手を入れると、小さな蛇の体を鷲掴みにした。
ミランの目を盗み、側にあった瓦礫の山に力いっぱい叩きつける。
蛇はグチャリと音を立て、口から血と体液を垂れ流し……そのまま動かなくなった。
『命を粗末にしてはいかんぞい』
茶毛の土鼠が一匹、セカイの足元に寄ってきた。
『けっこう気に入っておったのに』
「あなたに倫理を語られたくないわね」
「どうかしましたか、セカイ?」
ミランがようやく振り向いた。
「何でもないわ」
「気を付けてください。どこに魔女の目があるか判りませんから」
生真面目な顔で、ミランが付け加える。
「そうね」
セカイは足で土鼠を追っ払った。
「で、感じますか?」
「ええ」
セカイは手首から先のない右腕を、水平に上げた。
袖がはためいた。
「近いわ」
ミランの目が細く険しくなる。
「赤の竜剣に近付いてる」
「セカイ、もうここからなら私一人でも……」
「約束が違うわよ、ミラン」
ミランは嘆息する。
セカイと繋がったとき、ミランは不思議な感覚を得ていた。
彼女のなかに、もうひとつの何かがいるような。
それは、自分が竜剣を操るときに感じるものと似ていた。だがそれよりもずっと強く、熱い感覚だった。
「まさか、赤の竜剣の……」
何度も交わっているうち、その想像は確信へと変わっていった。
「赤の竜剣が、セカイを呼んでるとでもいうのか」
それなら彼女が自信たっぷりに西を目指したことも、下位種であるミランの竜剣が彼女に従ったことも理解できなくはない。
にわかには信じ難いことだが。
そしてミランは、セカイなら単身でも魔女のもとへ向かうだろうとも確信していた。
本音を言えば彼女を連れていきたくない。
だがここまで来てしまった以上、放っておくこともできない。
「何をしてるんだ、私は……」
結局、セカイに押し切られる格好で、彼女の同伴を許してしまった。
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