竜剣《タルカ》

チゲン

文字の大きさ
上 下
84 / 110
第七幕 交錯するモノたちへ

8頁

しおりを挟む
 女は土に埋められた。
「また一人、あの戦を知る者がいなくなった」
 埋葬まいそうに立ち会った老人は、虚ろな目をしてつぶやき去っていった。
 昨日、酒場でセカイをにらみつけた男が脇に立った。
「あんた、彼女の知りあいだったのか?」
「違うわ」
「そうか……でも礼を言うよ」
「なぜ?」
最期さいご看取みとってくれたからさ。彼女の、あんな穏やかな顔は……ここに来てから一度も見たことがなかったからな」
「そう……」
「信じられるかい、俺よりひとつ若いんだぜ。それなのに、あんなにやつれちまって……」
 男は四十代半ばくらいか。この男も疲れた目をしている。
「グルセンダにいた頃は、評判の歌姫だったんだ。それがあの戦のせいで、息子と生き別れになっちまって……それからずっと、独りで生きてきたんだよ」
「やっぱり坊やがいたのね。でも生き別れってことは、息子は生きてるの?」
「ああ。旦那だんなが引き取ってったらしい」
「……何でいっしょに暮らさなかったの?」
「色々、不幸な行き違いがあったんだよ」
 男は辛そうな声で語った。
「戦場から避難ひなんしてる途中で、彼女と息子はバラバラになっちまってな。その後いくら探しても見付からねえし……死んだと思い込んじまってたのさ」
 まさに、戦の混乱が生んだ悲劇だった。
「でも実際には息子は死んでなかった。父親、つまり彼女の旦那に保護されてたのさ。で、旦那の方も母親は死んだと勘違いしたんだろうな」
 ろくに調べもしないで、息子を連れてグルセンダから去っていったという。
「全てが判ったときにゃあ、もう手が届かないほど遠くへ行っちまってたって訳だ」
「でもそれなら……会いにいくなり、手紙でしらせるなりすれば良かったじゃない」
「ああ、俺もそう言ったよ。でも彼女はそうしなかった」
「なぜ?」
「その旦那ってのがレイグリオの騎士になって、ついでに貴族の嫁さんまで貰っちまったって聞いたからさ」
「え……」
「のこのこ出ていったって、向こうさんが困るだけ。幸い息子は元気で幸せに暮らしてるみてえだし、貧乏暮らしをさせるくらいならって……身を引いたんだよ。可哀想に」
 セカイが息をんだ。
「……その旦那って、どんな人だったの?」
「流れの傭兵さ。昔からちょくちょくグルセンダにも来てて、それで彼女とも知りあったんだろう。まあ向こうさんにしてみりゃ、現地妻げんちづまみてえなもんだったのかもしれねえけどよ」
「傭兵……」
「聞いた話だと、伝説級のすげえ強え竜剣使いだったらしいぜ。魔女を倒せたのも、そいつのおかげだって話だ」
「!」
 セカイの表情が強張こわばる。
「その……引き取られた息子の名前は?」
「忘れちまったよ。もう十何年も前の話だしよ」
 セカイの唇がかすかに震えているように見え、男は怪訝けげんに思った。だが仲間に呼ばれ、その場を後にした。
 しばらく、セカイは真新しい墓の前で立ち尽くしていた。
 女の笑み。
 懐かしい温もり。
 まさか……。
「お嬢様!」
 不意に聞き慣れた声が、セカイの耳朶じだを打った。
「……!」
 振り向くと、彼が立っていた。
 夢ではない。
「ミラ…ン……?」
 息を切らして、ミランはそこに立っていた。
「何で……」
「お探ししました」
 ミランが安堵あんどの微笑を浮かべる。
 あまりにも知っていて、懐かしくて……その笑みはとげのようにセカイを突き刺した。
「何で今なのよ……」
 セカイは唇を噛んだ。
「酒場で話を聞いたら、こちらの方に向かったと聞いたもので……お嬢様?」
 突然、セカイがきびすを返して駆けだした。
「お嬢様、お待ちください。私の話を聞いてください!」
 戸惑とまどいつつも、後を追って駆けだすミラン。
 だがセカイは一件のあばら家に飛び込むと、なかから鍵を掛けてしまった。
「ちょっと待っ……」
 ミランは勢いよく戸を叩いた。
「お嬢様、出てきてください。ここを開けてください!」
 だが、戸の向こうからは何の返事もない。
「お嬢様!」
 住人たちが、戸の陰や窓からこちらの様子を不審ふしんげにうかがっている。
 あまり目立ちたくない。ミランは、ひとまず身を引いた。
「…………」
 それにしても、見れば見るほど粗末そまつな家だ。この戸も、その気になれば力ずくでぶち破れるだろう。
「誰も住んでないのか?」
 もし家のなかに住人がいたら、突然飛び込んできたセカイに驚いて、何かしら反応しそうなものだが。
 そのとき、戸の向こう側に人の立つ気配がした。
「お嬢様?」
「…………」
 沈黙は肯定こうていを意味する。
「お嬢様……開けてください。せめて話だけでも」
「どうして来たの、ミラン」
「それは私の台詞せりふです。どうして黙って出ていったりしたんですか?」
「あなたには関係ないことよ」
「奥様がどんなに心配してることか……」
「大きなお世話だわ。もうあの人とは、縁を切ったんだし」
「いいえ。お嬢様と奥様は、まぎれもない家族です」
「家族……」
 女の顔が浮かぶ。
 この家で、今朝まで生きていた女の、優しい笑みが。
「若君も心配してます。すぐにお戻り下さい」
「……戻る場所なんてない」
「とにかく、ちゃんと奥様と話を……」
「今更、何を話すの? 自分の都合だけで、勝手にわたしとお父様を捨てたくせに」
「それは……」
 ミランは黙らざるを得なかった。
 薄く、雷鳴が鳴った。
 黒雲が、しだいに町をおおい始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

憧れの童顔巨乳家庭教師といちゃいちゃラブラブにセックスするのは最高に気持ちいい

suna
恋愛
僕の家庭教師は完璧なひとだ。 かわいいと美しいだったらかわいい寄り。 美女か美少女だったら美少女寄り。 明るく元気と知的で真面目だったら後者。 お嬢様という言葉が彼女以上に似合う人間を僕はこれまて見たことがないような女性。 そのうえ、服の上からでもわかる圧倒的な巨乳。 そんな憧れの家庭教師・・・遠野栞といちゃいちゃラブラブにセックスをするだけの話。 ヒロインは丁寧語・敬語、年上家庭教師、お嬢様、ドMなどの属性・要素があります。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...