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第三幕 酔いの月は標(しるべ)を照らす
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結局、後は呑めや歌えやのドンチャン騒ぎとなった。
セカイの周りには、村じゅうの女たちが集まり、手ずから料理を食べさせている。
すっかり人気者だ。
「何でも食べるから、面白がってるだけなんじゃ……」
一抹の不安を覚えるミランだが、とにかくお守りから解放されたのはありがたい。
夜風に当たろうと、ジョッキを片手に表に出る。誰も使っていないテーブルと椅子があったので、そこに腰を下ろした。
外は宵闇に包まれていた。
夜風が、火照った体からさらりと熱を奪っていく。
膨らみを帯びた月が、地上に向け、白い斜光を皓々と注いでいる。
月下、人が生きているのは、まるでここだけのようだ。
「よう」
ミランは顔を上げた。
トルファンが、ジョッキを片手に立っていた。
「隣、いいかい?」
「どうぞ」
トルファンは椅子に腰を下ろすと、ジョッキを傾け、喉を鳴らした。
本当に美味そうに酒を呑む。
「昼間は悪かったな。付きあわせちまってよ」
トルファンが赤ら顔で言った。
「いえ」
ミランは短く答えた。
「まだ納得いってないって顔だな」
図星を指され、うろたえる。トルファンが笑った。
「竜剣もいっしょに使ってりゃ、俺なんか赤子の手を捻るようなもんだからな」
「そんな……」
「だが、負けるとは思ってなかったんだろう?」
束の間、二人の視線が交錯する。
トルファンの目は、鋭い。
これだけ呑んで、すっかり出来上がっているように見えても、実際は泥酔している訳ではなさそうだ。
「戦場で敵として会ってたら、やられてたのはたぶん俺の方だろうな。剣の腕も悪くないうえに、竜剣まで駆使されちゃ、大抵の奴は敵わねえよ」
「お世辞を言ったって何も出ませんよ」
冷静な対応に、トルファンが苦笑する。
「だがひとつだけ」
「えっ?」
「老婆心で言わせてもらってもいいか?」
「どうぞ」
「中途半端だ」
端的なだけに、その言葉が胸に突き刺さった。
「確かに、おまえさんは強いよ。恐らく、俺が出会ってきたなかで……そうだな、二番目に最強だ」
「二番目ですか」
「一番は特別なんでな」
「……一応、礼を言っておきます」
「何を迷ってる?」
ミランの表情が強張った。
「おまえさんの剣にゃ、迷いがある」
「迷い……私が?」
「何に迷ってるかは知らねえがな」
トルファンの視線が、ミランを探る。
「私に、迷いなどありません」
「……そうか」
トルファンが、またジョッキを呷り、飲み干した。
息を吐く。
「俺の知ってる最強の男は、迷いなんかなかった。だから最強だった、と言い換えてもいい」
「さっき言ってた、一番の男ですか」
「長いこと戦場にいたが、あんなすげえ男は、後にも先にも一人だけだった。つくづく、敵じゃなくて良かったと思ってる」
「そんなに強かったんですか」
「戦士としてはもちろん、竜剣使いとしても一流……を通り越して、あいつはもう化け物だったな」
トルファンが、遠い目をしながら言った。
「竜剣使い……ですか」
「おまえさんも聞いたことあるだろう。赤の竜剣を使う伝説の男……リベアンの名をよ」
「リベアン!?」
ミランは、思わず椅子から立ち上がった。
ジョッキが倒れ、まだ残っていた麦酒が、テーブルにこぼれた。
セカイの周りには、村じゅうの女たちが集まり、手ずから料理を食べさせている。
すっかり人気者だ。
「何でも食べるから、面白がってるだけなんじゃ……」
一抹の不安を覚えるミランだが、とにかくお守りから解放されたのはありがたい。
夜風に当たろうと、ジョッキを片手に表に出る。誰も使っていないテーブルと椅子があったので、そこに腰を下ろした。
外は宵闇に包まれていた。
夜風が、火照った体からさらりと熱を奪っていく。
膨らみを帯びた月が、地上に向け、白い斜光を皓々と注いでいる。
月下、人が生きているのは、まるでここだけのようだ。
「よう」
ミランは顔を上げた。
トルファンが、ジョッキを片手に立っていた。
「隣、いいかい?」
「どうぞ」
トルファンは椅子に腰を下ろすと、ジョッキを傾け、喉を鳴らした。
本当に美味そうに酒を呑む。
「昼間は悪かったな。付きあわせちまってよ」
トルファンが赤ら顔で言った。
「いえ」
ミランは短く答えた。
「まだ納得いってないって顔だな」
図星を指され、うろたえる。トルファンが笑った。
「竜剣もいっしょに使ってりゃ、俺なんか赤子の手を捻るようなもんだからな」
「そんな……」
「だが、負けるとは思ってなかったんだろう?」
束の間、二人の視線が交錯する。
トルファンの目は、鋭い。
これだけ呑んで、すっかり出来上がっているように見えても、実際は泥酔している訳ではなさそうだ。
「戦場で敵として会ってたら、やられてたのはたぶん俺の方だろうな。剣の腕も悪くないうえに、竜剣まで駆使されちゃ、大抵の奴は敵わねえよ」
「お世辞を言ったって何も出ませんよ」
冷静な対応に、トルファンが苦笑する。
「だがひとつだけ」
「えっ?」
「老婆心で言わせてもらってもいいか?」
「どうぞ」
「中途半端だ」
端的なだけに、その言葉が胸に突き刺さった。
「確かに、おまえさんは強いよ。恐らく、俺が出会ってきたなかで……そうだな、二番目に最強だ」
「二番目ですか」
「一番は特別なんでな」
「……一応、礼を言っておきます」
「何を迷ってる?」
ミランの表情が強張った。
「おまえさんの剣にゃ、迷いがある」
「迷い……私が?」
「何に迷ってるかは知らねえがな」
トルファンの視線が、ミランを探る。
「私に、迷いなどありません」
「……そうか」
トルファンが、またジョッキを呷り、飲み干した。
息を吐く。
「俺の知ってる最強の男は、迷いなんかなかった。だから最強だった、と言い換えてもいい」
「さっき言ってた、一番の男ですか」
「長いこと戦場にいたが、あんなすげえ男は、後にも先にも一人だけだった。つくづく、敵じゃなくて良かったと思ってる」
「そんなに強かったんですか」
「戦士としてはもちろん、竜剣使いとしても一流……を通り越して、あいつはもう化け物だったな」
トルファンが、遠い目をしながら言った。
「竜剣使い……ですか」
「おまえさんも聞いたことあるだろう。赤の竜剣を使う伝説の男……リベアンの名をよ」
「リベアン!?」
ミランは、思わず椅子から立ち上がった。
ジョッキが倒れ、まだ残っていた麦酒が、テーブルにこぼれた。
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