異世界性生活!!~巻き込まれ召喚された勇者のスキルが変態すぎた~

秋津紅音

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四章 魔物大戦争編

五話 降り立つ希望 

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 紗希は街壁の上から四匹の白炎蝶びゃくえんちょうを操作し、葵の援護をしていた。
 額には玉の汗が浮かび、眉間に寄せられた皺は取れなくなるのではないかと思うほど深く、長く刻まれている。

 黒竜にぶつけ消費するたびに、紗希の頭上から新たな蝶が黒炎龍の下へと飛んでいく。蝶の生成、維持、遠方での操作、それら全てが紗希に決して軽くない負担となってのしかかる。しかもそれが四匹同時だ。
 今の紗希は両手両足で、四つの楽器を演奏するような繊細さと集中力を要求されていた。

「蓮は絶対無事、絶対無事、絶対無事、絶対無事、絶対無事……」

 おまけに延々と呪詛のように紡がれる言葉に、エリシュアとマリーを筆頭に周囲に居る者はドン引きだった。

 無理もない。蓮の稲光が消えた瞬間から紗希は内心、情緒不安定になっていた。

 しかし動揺しつつも即座に小型の白炎蝶を発動し、黒炎龍に向けて放った紗希の行動は――蓮を傷つけた黒炎龍に対する憎悪からくる咄嗟の判断だったとしても――結果として蓮の命を救った。

 蓮が倒れてから30分くらいだろうか。葵はたった一人で黒炎龍の攻撃を避け続けている。時折危なっかしい場面もあったが白炎蝶で牽制することで未だに無傷でいられた。

 適当に周囲を囲うだけでは絶対にカバーが間に合わない。葵の回避する方向、黒炎龍の動き、カバーに入れる位置取り、それら全てに神経を尖らせ、逐一蝶を動かし援護していた。

「葵ちゃんも必死に戦ってるんだもん……たとえ離れていても、私達は一緒に戦う仲間だよ……!」

 紗希の奮闘とは別に、エリシュアやマリーは近場にいる孤立した魔物や冒険者や兵士の手薄な所に魔法と矢を打ち込んでいた。

 千はいた魔物も半分以下……残り四百くらいに減っている。しかし残っているのは強力な魔物や頑丈な魔物が多い。これらは倒すまでに時間もかかる上に人間側に負傷者も出やすい厄介な相手だ。

「あまり……芳しくないですね……エリシュアさん」

「そうですね。前線に留まっている冒険者や兵士は残り二百人といったところですか」

 魔物四百に対して人間側が二百……普通なら数人で戦う魔物ばかり残る戦場は決して優勢とは言えない状態だった。

「戦況は……良くないんですか……?」

 そこへやってきたのはテオとオリビア、そしてテオに支えられた蓮だった。

「蓮さん……お怪我はもう大丈夫なんですか?」

「それを伝えに来たんです。紗希、僕は大丈夫だから葵を……頼むよ……!」

 紗希は返事をしない。蓮が現れても、蓮の声が聞こえても、紗希はずっと魔法の制御を続けていた。葵の一挙手一投足に全身全霊で集中し続けていた。

 葵を守ろうとする姿は、きちんと蓮にも伝わっていた。しかし紗希の心の中はそうではなかった。

(蓮が生きてた!蓮が生きてた!!蓮が生きてた!!!)

 たった一つの気がかりがなくなっただけで、それだけで、紗希は今日一番の集中力を発揮していた。

 鋭い視線を黒炎龍へ送りつつも、紗希の口元には笑みが浮かぶ。そして蓮はしっかりとそれに気付き安堵する。

 自分が傷ついてしまっては、紗希が平常心を保てないだろうことは蓮も気がかりだった。自暴自棄になってはいないかと心配したけれど、紗希は蓮が街壁の上に現れるまでの間も、自分の仕事を放棄せずに精一杯の事をしていたようだった。

 しかしそれならば紗希は不安な気持ちを押し殺して戦っているはずだ。紗希を安心させられただけでも、ここへ来た意味はあったと蓮は確信する。

「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおっっ!!!!!」

 その時、突如として戦場から野太い雄たけびが上がった。その場にいる皆の視線がそちらに向かうと、地竜の首が・・宙を舞っていた。

「へ……? だ、誰が……!?」

 マリーは街壁から身を乗り出し、地竜の首から下を探す……10mを越える巨体はすぐに見つかった。

 身の丈程もある二本の大斧・・を持ち、そのうちの一本を天高く掲げる筋骨隆々の黒人の偉丈夫。
 そして斜め後ろに控えるのは、銀色に輝く全身鎧に身を包んだ細身の女性。盾と剣を持ち正道を行く騎士の姿があった。

「セルゲイさん、エイミーさん……ッ!」

 エスタが誇るAランクパーティー『戦斧』の二人であった。地竜を倒した事を誇るでもなく二人はすぐさま次の魔物へと刃を向ける。

 そうかと思えば、戦斧の暴れまわる地点とは別の場所で、突如として氷山が出現した。透明感のある氷山に多数の魔物が閉じ込められている。体温は下がり、指一本動かせず、息も出来ずにじわじわと息絶えていくのを待つしかない魔物達。

「あんた達、戦斧に後れを取るんじゃないさね! ビビってる奴は壁の内側で震えてなっ!! 戦う意志のある者だけあたしについて来るさね!!」

 氷山の頂上で魔物の群れに剣を向けるのは冒険者ギルドの長、エレオノーラ=バンデストだった。赤く煌めく長髪を風に靡かせる姿は、よわい110を迎えても尚、若々しく活力に満ちている。

 自ら先陣を切って戦うエレオノーラの姿は冒険者のみならず、王都から派遣された兵士をも奮い立たせた。

 各々が奮闘する中で、しかしそれでもなお、黒炎龍を打倒出来る者はここにはいない。

 そしてまた一人、黒炎龍を引き付けていた少女が犠牲者になろうとしていた。

「葵ちゃんッ!!」

「葵……ッ!!」

「葵さん!!」

 黒炎龍の腕を回避した際に撒き散らされる石礫。それらは刀で弾いて対処していたが、元よりヒビの入っていた刀は幾度となく繰り返される衝撃に耐えられず、遂にはその役目を終えてしまった。

 そして爆ぜる石礫の一つが葵の膝を打ち、骨が砕けてしまう。

 紗季は全ての白炎蝶を黒炎龍へとぶつけていくが怯みもしなかった。




 うつ伏せに地面に倒れ、痛みを堪えながら顔を上げれば、そこには悠然と佇む黒炎龍の姿……。

「……ここまでかぁ……」

 元よりわかっていた。直撃すればもれなく死ぬだろう相手だが、もしも孤立したこの状況で下半身にダメージを負ってしまえば、その後に待ち受けるのは死しかないということも。

 負傷すれば死ぬ。怪我を庇いながら時間稼ぎが出来る相手ではない。足を潰されてしまえば……私はもう立ち上がる気力すらなかった。

 仰向けに転がり天を仰ぎながら、蓮や紗希と過ごした光景が頭の中に駆け巡る。

「……あぁ……走馬灯ってこういうのなんだ……嫌だなぁ……死にたく……ないよ……」

 涙が溢れる。泣いたのなんて小学校以来だろうか……滲んだ視界の端に黒炎龍の姿が映った。見せつけるようにゆっくりと持ち上がっていく大きな腕……それはまるで処刑用のギロチンのようで……それが振り下ろされた時、私は死ぬのだろう。

 しかし、黒炎龍は腕を振り上げたまま、空を見上げ動きを止めた。つられて空へ視線を移すと、そこには大きな魔法陣が幾重にも重なり、紅く淡い光を放っていた。

「……なっ……何が……?」

 直径20mくらいの魔法陣が幾つも浮かび、それぞれが繋がり大きな魔法陣を成型していた。

 その魔法陣の中心から三つの影が現れ、夜空に落ちた。

「……まさか」

 あの人・・・が来たのかもしれない……でも……間に合わないだろう。

 遠い空の上の出来事を気にする必要がないと判断したのだろうか、黒炎龍が視線を私に移した。

 そして黒い鉤爪を煌めかせ腕を振り下ろす。私は瞳を閉じて、最期の瞬間を待つ。

「……死にたくないょ……誰か――」


  ――誰か助けてよ……。


「死なせねぇよ……よく頑張ったな」

 聞こえるはずのない人の声。それも何度も聞いた・・・・・・人の声。

 目を開けると私と黒竜の間に、赤黒い全身鎧に身を包んだ人が黒炎龍に右手を伸ばしていた。伸ばした右手や右腕からは何本もの槍が伸び、黒炎龍の腕を貫き、受け止めていた。

 鎧の後ろ姿だけどわかる……この落ち着いた穏やかな声は……。

「カルマさん……」

 私はもう死ぬんだと思った…………思ったのに。なんでそんな格好いい登場をするんですか……なんで私はこんなにドキドキしているんですか。

「クロエ、藤堂さんを安全な所に連れて行ってやってくれ。ヘルミーナ、黒炎龍の周りに結界を」

「はいはーい♪」

「畏まりました、主様」

 気付かなかったけれど、周囲にはクロエさんとヘルミーナと呼ばれる女性がいた。私はその時ようやく、空の上からここまで転移してきたのだと気付いた。

 クロエさんが私の肩に手を乗せる。

「ま、待っ…………」

 瞬時に視界が切り替わる。そこは街壁の上、クロエさんはマリーさんの隣に転移したようだった。

「…………ってカルマさんっ!」

「クロエさんに藤堂さん!? い、今カルマ様の名前を……! まさかあそこにカルマ様が!?」

 マリーさんが突然現れた私とクロエさんに驚いていたが、それよりもカルマという言葉に強く反応した。

「葵ちゃんっ!! うわーーん無事で良かったぁああ!!」

 紗希ちゃんが泣きながら私の胸に飛び込んできた。い、痛いっ! 足が折れてるのよ……!!

「紗希、葵が痛そうだよ……先に治療させてあげよう?」

「ご、ごめんね! 私イルナか美桜を呼んでくるねっ!!」

 そう言って紗希ちゃんは走っていってしまった。蓮君は……疲労は見えるけれど、落ち着いているようだから大丈夫だろう。

 改めてマリーさんに体を向け、私は見たことを伝えた。

「…………そうですか。カルマ様……どうかご無事で……」

 マリーさんが目を閉じて、祈るように両手を胸の前で握った。

 黒炎龍がいる場所は大きな結界で囲まれ、中の様子は窺えなくなっていた。



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