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四章 魔物大戦争編
四話 それぞれの戦い 後編
しおりを挟む「蓮君ッ!!」
「ちっくしょう……! 間に合わねぇぞ……ッ!!」
黒炎龍の一撃を食らってしまい、吹き飛ばされた蓮が背中から地面に落ちる。ブレストアーマーは紙切れのように引き裂かれ、大量の血が噴き出していた。ピクリとも動かなくなった蓮に、黒炎龍がゆっくりと近づいていく様をテオは歯を食いしばり睨みつけた。
黒炎龍が大きな口を開き、白く鋭い牙が蓮へと迫る。それは食べる為か、噛み千切る為か……。
あと少し……ほんの20m程の距離が絶望的なまでに遠く感じる。
間に合わない。その場にいる三人の脳裏には同じ言葉が浮かんでいただろう。
「いやぁぁぁあああ……!」
黒炎龍の顎が蓮へと迫り、その後の光景を思い浮かべた葵はらしくない悲鳴を上げた。
しかしその光景は実現することはなかった。黒炎龍の口が蓮に辿り着く直前、一匹の白い蝶がその口へと飛び込んでいった。
「ギャッ……グラァァァアアア!?」
紗希ちゃん……ッ!アレを作れるのは紗希ちゃん以外にありえない……!
何故私は諦めようとしてしまったのだろうか……。紗希ちゃんは決して蓮君を諦めたりしないだろうに――
蓮の窮地を救った紗希のファインプレーに葵の中にあった絶望が取り払われる。葵の中に僅かな後悔が芽生えたが、葵の足が止まることはない。紗希が作り出した時間を無駄にするなど、絶対にあってはならない。
最初よりも随分小さい50cmくらいの蝶々ではあったが、黒竜は堪らず数歩後ずさり開いたままの口からは黒い煙が朦々と立ち昇った。
「テオ君、今のうちに蓮君を治療所に連れて行って!」
「ちょっ葵さん!? 戦うなら俺が……!!」
「馬鹿言わないで! 見てわからないの!? あんな攻撃受け止められる人なんていないわ!」
だから時間稼ぎをするなら自分かオリビアしかいないと葵は言う。そして一緒に残って欲しいとオリビアへと視線を送れば……オリビアは全身の毛を逆立て、ガクガクと体を震わせ怯えていた。
「オ、オリビアさん……!?」
「……駄目……死ぬ……生物としての格が違う……」
テオと葵が口論をしている間にオリビアは黒炎龍と目を合わせてしまった。視線と視線が交わっただけで、オリビアは焼かれ、引き裂かれ、齧り殺される自身の姿を垣間見てしまった。
それは幻覚なんて生易しいものではない……未来の自分の姿だった。
「テオ君……蓮君とオリビアさんを連れて離脱しなさい」
「葵さんを置いていくなんて駄目だろ! そうだ、みんなで逃げれば……!」
「見逃してくれるわけないでしょう……これは勇者としての命令です」
勇者として、つまり公爵以上の権力を以っての命令だと言い切った。仲間を失いたくないという揺るぎない葵の気持ちだった。
そして村で生まれ育ったテオにとって、貴族の命令は逆らうことすら許されない強力な言葉であった。
「ぐっ……了解。オリビアさん行くぞ!」
「……わかった」
左手の大盾を投げ捨て、倒れた蓮を左肩に担ぎテオは走り出し、オリビアが追従する。去り際に葵に向け申し訳なさそうな視線を送ったオリビアだったが、やはり残るという選択肢は選べなかった。
「黒炎龍の相手は私よ……」
「グルルルルル……」
ヒビの入った愛刀を黒炎龍に向ける。黒炎龍の存在感に呑まれたのはオリビアだけではない……愛刀を握る手は震え、一瞬でも気を抜けば崩れ落ち二度と立てなくなるだろう。それこそ一度でも倒れてしまえば起き上がることも出来ないかもしれない。
それほどまでに龍という存在の圧力は葵の全身に重く圧し掛かり、その両足を地面へと縫い付けていた。
しかし……黒炎龍はまるで、蓮を連れ去るのを待っていてくれたかのように動かなかった……気がする。
「……まさかね」
「……殺せ…………殺せ……」
うわ言のように呟きながら腕を振り上げ、葵に向けて振り下ろす。
「動け……動け……ッ!!」
向かい合った瞬間から死神が葵の首筋に大鎌を当てているような……そんな死の恐怖を感じながらも、葵は震える足に力を込め横跳びに避ける。葵のいなくなった地面に黒い鉤爪が打ち付けられ周囲に石礫を撒き散らした。
「速い……けど躱せる……集中……しまッ!?」
腕を横跳びで躱した葵に黒炎龍の尻尾がしなり迫る。空中では回避できないと何とか刀で衝撃を受け流そうと構えるが、そこへ白い蝶が尻尾に飛び込み爆発した。
派手な爆発音と高温の熱を発した蝶だが、紗希の魔法制御は全方向の爆発エネルギーを前方のみに集中させ威力を向上させていた。葵へは光だけが届き、数倍に膨れ上がった衝撃と熱が黒炎龍の尻尾を押し返した。
「ありがとう……紗希ちゃん……!」
黒炎龍の周囲に開けられた空間……地上から10m程の高さには三匹の白い蝶がふわふわと浮かんでいた。まるで何時でも支援可能だと言わんばかりに。
「蓮君が心配だろうに。……私、頑張るからね……一緒に戦おう紗希ちゃん……!」
◇
葵と紗希が黒炎龍と激戦を繰り広げる中、街壁の内側もまた違った意味で戦場へと早変わりしていた。
臨時で設置された簡易治療所の中には、粗末な木製のベッドの上にポーションでは回復の難しい重傷者が並べられていた。
「聖女様……!次はこちらの方をお願いします!」
「は、はい……!」
エスタの街の治療院に所属するシスターが14人、それに回復魔法の得意な冒険者が20人程……そして何処にも所属しない者が1人。
総勢35人の回復魔法使いが集まった臨時の治療所……しかし重傷者の数は戦闘時間が増えるごとに雪だるま式に増えていった。
休みなく回復し続け既に数人のシスターは魔力切れ状態だった。魔力回復ポーションも服用しているが埒が明かない。
回復して戦線復帰していく者よりも運ばれてくる者の方が多いからだ。いずれ崩壊する……その事実は治療にあたっている者たち全員が理解していたが、全力で対応して尚、重傷者は増える一方だった。
そんな限界を迎えた者たちの中にはイルナの姿もあった。イルナは壁際で力なく地面に座り込み、1人の女性を見つめ続けている。
「凄いです……美桜様……」
「――中回復ッ!!」
そこかしこで回復魔法の光が溢れる中で、ひときわ大きな光を放つ美桜の回復魔法。中回復を使う者も数人いるのだが、同じ中回復でも美桜の魔法は効果も光り具合も他を圧倒していた。
さらに回復魔法の使用で経験値を獲得する特殊さと獲得経験値二倍のスキルが合わさり、美桜はMPを使い切る前にレベルが上がりHPやMPが全回復するという――不謹慎ではあるが――ボーナスタイム状態だった。
「次の方は……中回復ッ!……ふぅ、もう大丈夫ですよ」
「嘘だろ……こんなに早く傷が……ぁあ……ありがとう」
ありがとう、ありがとう聖女様と皆が口を揃えて感謝していた。美桜の首元にある奴隷紋に気付いている者もいたが、誰一人として命の恩人に不義理な態度を取る者はいなかった。
「いえ、お気をつけて……次の方は……」
「誰か!!蓮さんを助けてくれ!!!」
そこへ飛び込んできたテオにイルナが反応し立ち上がり、美桜が蓮という言葉と担がれた蓮の姿に動き出す。
「そこへ寝かせて!!私が治療します!」
有無を言わさぬ美桜の言葉にテオとイルナ、一歩遅れて入ってきたオリビアが続く。
空いている木のベッドに蓮を横たえたテオにイルナが近づく。
「テオ君……!体中血だらけ……何処か怪我しているの……!?」
「いや……これは全部……蓮さんの血だ」
「そんな……ッ!?」
イルナの顔が青くなるのも無理はない。テオは全身鎧から中に着ている服まで、全てが赤黒く血に染まっていた。
それだけの血を流した蓮が生きているなんて、にわかには信じられなかった。
「中回復……中回復……お願い死なないで……中回復ッ!!」
胸鎧が紙のように引き裂かれ、右肩から左脇まで深々と引き裂かれた蓮の体。
肉も骨も引き裂かれた瀕死の体に何度も回復魔法を掛け傷口を塞いでいく。
みるみるうちに骨が繋がり、肉や皮膚が再生していく回復量にイルナは何度目かもわからない驚愕を覚えた。
全ての傷口は塞がったが、蓮は息をしていなかった。イルナやオリビアが俯き諦めの表情を浮かべるが、美桜は蓮の脈が動いている事を確認してから顎を上げさせ人工呼吸を施そうとした。
「…………ごふっ!! がふっ!!げほっ……げほっ……」
しかし美桜が口を付ける前に、蓮は血の塊を吐き自ら呼吸し始めた。呼吸をし始めたことを確認し、美桜は顔を上げ安堵の息を吐く。
「すげぇ……姉さんすげぇよ!!」
テオははしゃぎイルナとオリビアは目の前で起きた奇跡に唖然としていた。この世界の人にとって、さっきまでの蓮は紛れもなく死体であった。傷は魔法で治せても、息を引き取った者は死者という扱いだった。
冥府から死者を呼び戻す聖女――
その場に居た回復魔法を知る者たちは畏敬の念を覚えずにはいられなかった。
「…………聖女様だ……」
誰かの漏らした言葉が連鎖し、皆が口々に聖女コールを起こしていく。必死の治療行為に疲弊し、額に汗をした美桜はいつの間にか沸き起こる聖女コールに目を丸くする。
「あの……私はそんな大層なものでは……」
「…………んっ……ここは……」
困惑し、恥ずかしさからほんのり頬を染める美桜を余所に、騒々しさからか蓮が目を覚ます。
「……そうだっ! 黒炎龍はっ……ぐっ!!」
無理やり起き上がろうとし眩暈から力なく崩れそうになる蓮を、美桜が受け止め支えた。そっとベッドに寝かしつつ美桜は口を開く。
「蓮……ここは臨時の治療所ですよ。テオ君が運び込んでくれたんです。覚えていますか?」
「美桜……さん。僕は黒炎龍にやられて……そうだ……今、黒炎龍は……?」
「……あ、葵さんが残って…………時間稼ぎしてくれてる……」
「そんなっ……無茶だ!早く戻らないと……ぐぅっ!」
「駄目です、貧血を起こしてるじゃないですか! 傷は塞がっても流れた血は戻らないんですよ!? 今意識があるだけでも異常なんですから……!」
蓮は顔を顰め歯を食いしばった。頭の中をめぐるのは後悔だろうか……自分が単独で突っ込まなければ、葵が危険な目に会うこともなかったのではないかと。
「美桜さん、助けてくれてありがとう……それからテオ」
蓮は寝たままテオの腕を掴み、テオの目を真っすぐ見つめ懇願する。
「せめて……僕を街壁の上へ連れて行ってくれ……!」
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