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四章 魔物大戦争編
二話 それぞれの戦い 前編
しおりを挟む近接武器を持つ前線組が魔物と衝突をした頃、冒険者達の遥か後方から轟音が鳴り響き、閃光が駆け抜けた。
冒険者も、兵士も、そして魔物ですら、その戦場にいる全ての者が動きを止めそちらに視線を向ける。
本来であれば、目の前に敵がいるのにそんな間抜けな真似が出来るはずもないのだが、その音と光り、そして何よりも圧倒的なまでの存在感が、目の前の敵よりもそこにいる者の方が脅威だと本能に訴えていた。
「なん……だ、ありゃあ……!?」
冒険者の男の口から思わず出たその言葉は、その場にいた全ての者の代弁だったのだろう。
それらの視線の先では――
――雷が地面から天へと昇っていた。
『装填轟雷陣』
読んで字の通り装填雷陣の強化バージョンではあるが、その危険性は大きく変わっている。
装填雷陣が体内に生体電流を流し反応速度を上げ、体外や剣に電流を流し攻撃に使っていたのに対し、装填轟雷陣は体内に電流を流し筋繊維を強制的に収縮させて体を動かしている。
体内に回す魔力は僅か3%……それ以上は蓮自身の体を内側から焼き焦がし、物言わぬ骸に変えてしまうだろう。
雷属性を与えられた魔力が蓮の周囲全方向へと散らばり暴れまわる。触れる者全てを無差別に焼き尽くす力の放流。残りの97%の電力を全て体外に逃がすことで何とか運用していた。
「ぐぅぅ……ぉぉぉおおおおっ!!!」
――ドパンッ!!
とても地を蹴ったとは思えない音と土煙を立て蓮の姿が消える。次の瞬間、魔物と冒険者達の交わる地点の更に先で稲光が走った。
そこにいたのはゴリラの魔物の背に右手の手のひらを当てる蓮と、全身黒焦げになり力なく崩れ落ちる魔物の姿。
そしてスローモーションで崩れ落ちていく魔物が、膝を突く前に蓮の姿が再び消え去る……。
「…………すげぇ……」
戦場にいる誰かの零した言葉は蓮に届くことはなかった。
パァッン!!パァッン!!と派手な音を響かせ、蓮の進撃は止まらない。まるで短距離転移を繰り返すように道中の魔物を屠り、真っすぐ魔物使いの下へと突き進んでいく。
「ちっ!……あれが勇者か!……黒炎龍あいつを止めぇ!!ワイに近づけさせんな!」
流石にまずいと感じたのか焦ったような声で魔物使いが指示を出す。ちょうど蓮が進行上にいる地竜の一体を黒焦げにしたところだった。
Aランク冒険者が集団で戦う相手であるはずの地竜も、蓮にとっては有象無象の魔物と同じ扱いであった。
そして中央付近の地竜を屠った蓮と魔物使いの距離はもう100mもない。
蓮の姿が消える瞬間、蓮と魔物使いの間に黒炎龍が体を滑り込ませた。
――ドパァッン!!!
眩い光と今日一番の轟音を轟かせ、黒炎龍の腹と蓮の体がぶつかった。
「なにっ……!?」
これまで触れる魔物の悉くを屠ってきた高圧電流は、黒炎龍の表面を這うだけで一切のダメージを与えられていなかった。蓮は黒竜の腹を足蹴に一度距離を取る。
「ただの鱗じゃない……絶縁体……?魔力で覆われているのか……?」
「ええぞ……!そいつを殺せ、黒炎龍!」
「……グルルルル……殺せ……殺せ……」
地竜の背に乗り黒炎龍に命令した魔物使いが離れていく……後を追おうにも腕を大きく振りかぶり蓮へと振り下ろす黒炎龍がそれを許してくれそうにない。
余裕をもって回避しつつ、振り下ろされた腕に電流を飛ばすが、やはり表面を走っているだけで効果はなさそうだった。
「もうちょっとだったのに……やっぱり倒さないと駄目か……でも……」
魔物使いは関西弁だった……まさか日本人なのか?それともこの世界にも関西弁があるのか……?
ローブに隠され顔は見えなかった。身長は180cmくらいの痩せ型……声からして男性なのは間違いなさそうだけど……わかったのはそれだけだ。
低く唸り蓮を真っすぐ見据える黒炎龍――生物の根源的な恐怖を呼び起こすその眼と、真正面から見つめ返す蓮の視線が交わる。
たった一人で開幕と同時に魔物使いの下へと突貫した蓮の周囲には魔物しかいない。当然のように蓮の後ろから一匹の蛇の魔物が、首に噛みつかんと飛び掛かったが……
「無駄だよ。君達は僕に触れることすら出来ない」
一瞥もせず、蛇の魔物は電流に焼かれ絶命し、地に着く前に塵となって消えた。
「……殺せ……殺せ……」
「黒炎龍……魔物から魔族へと進化した君は言葉を話せる筈だ。なぜそれしか言わないんだ……?」
その言葉への答えは再び振るわれた腕だった。蓮はそこで初めて腰に差した剣を握る。半身で回避しつつ引き抜かれた剣と黒竜の爪が交差する――
――ズガガガガッ!!!
「ぐぅっ……!!……かったい!!」
黒炎龍の黒光りする爪は硬く、刃の上を滑らせ逸らすのが精一杯であり、爪には傷一つ付いていない……。
ついでに剣を伝って電流も流していたが、蓮の予想通り無意味だった。
「硬くて重い……シンプルなのに予想以上に厄介だな……」
これは長期戦になりそうだと蓮は覚悟する。少なくとも自分がここで引きつけている間は、黒炎龍の被害を最小限に抑えられる筈だ。
(噛み付きかブレスが来れば……危険だけど口内に電流を飛ばすチャンスだ)
蓮は虎視眈々とチャンスを待つ。
爪や尻尾を使い攻撃する黒炎龍と、回避し続ける蓮。
こうして蓮の孤独な持久戦が幕を開けた。
◇
「ちょっとテオ君!前に出すぎよ!」
普段は冷静沈着な葵が珍しく声を荒げる。両手に大盾を持つテオを先頭に葵とオリビアを含めた三人は魔物達の中を突き進む。
主に先頭を進むテオを孤立させない為だが、このままでは魔物に囲まれてしまうのも時間の問題だった。
「だって……!!蓮さんがあんなとこまで行ってるんだぜ!?一緒には戦えなくても早く地竜を倒して近くに行かないと!!」
テオの心配も尤もな話だ。彼らの視界には、敵陣の後方で弾ける雷光が絶えず映っている。そして相対する黒炎龍の姿も……。
ここにいる三人は蓮の強さを誰よりも知っている。それでも……もしも装填轟雷陣が途切れたら……?もしも黒炎龍に瀕死の重傷を受けてしまったら……?
仲間が居れば助かる状況でも、一人では死へと直結する。
「そんなのわかってるけど……ここで私達が倒れたら意味がないでしょう……!」
テオが大盾で派手に魔物を吹き飛ばす。小柄な体の何処にそんな力があるのかと常々不思議に思う葵だったが、それがステータスと技術の結晶であることは薄々気付いていた。
ステータスによる力の底上げと、盾を傾け下から掬い上げるように持ち上げ、重心を上げてから弾く。
自分より大きな魔物と戦う為のテオの努力のたまものだった。
テオが崩し、オリビアと葵が首を刈るか、脳か心臓を突く。流れるような連携でこの三人もまた、魔物達の中央付近まで進撃することとなった。
「やっぱり……また強くなってる……」
葵はテオの成長もまた凄まじいものがあると思っていた。天才的な剣の才能とステータスやスキルに恵まれた蓮。他の追随を許さない魔法の威力とイメージ力で魔導を突き進む紗希。
テオは出会った時から強い力を持っていたが、自力よりも何よりも彼の心が一番強かった。
持ち前の戦闘狂の素質もあるとは思う。それでも蓮や紗希に負けじと戦い続け、メキメキと実力を伸ばし続けた。
それに比べて自分は……。
「私だって……勇者なのに……!」
テオがゴリラの魔物を葵に向けて吹き飛ばしてきた。すれ違い様に首を一閃。
刀もどきを振りぬいた葵の背後で魔物が動く気配を感じたが、葵が振り返ることはない。
肉と骨を断つ手ごたえを感じた。
起き上がった魔物の首がずれ、ボトリと鈍い音を立て地に転がる。最後の瞬間まで、魔物は斬られたことに気づかず絶命した。
それほどの力を持っていても……蓮や紗希には届かないと葵は思っていた。
「見えた! 地竜だ!!」
先頭を行くテオが大きな声を上げる。彼の前には大きなスペースが空いていた。その先にはクリーム色の岩肌のような鱗を持つ地竜の姿。四足歩行で腹を引きずる姿は、手足の太いワニのような印象を受けるが……その巨体は10mを越える。
同士討ちを避ける為だろうか、周囲にいる魔物は地竜と距離を取っていた。
「グラァッ……グラァッ……!」
「さぁやろうぜ!!」
テオが真正面から地竜に向かって突っ込んでいく。
「ちょ……!?」
衝突の直前――地竜がテオに向けて跳び、頭突きをするように頭を下げた。テオが大盾で地竜のつき出された額をぶん殴る。
――ズガンッ!!!
大きな音と共にビリビリと空気が震えた。大型トラックに正面からぶつかりに行ったテオは当然のように弾き飛ばされ、葵とオリビアの間をノーバウンドで抜けていった。
「テオ君!?」
「うぉぉぉぉおおおお重てぇぇええええ!!」
葵の心配する声は、先ほど葵が首を落としたゴリラの魔物に激突したテオの奇声に掻き消される。
魔物の死体をクッションにしたのか、思いの外テオはダメージを受けていないようだった。
「へっへっへっ……! おっもしれぇっ……!! もっとやろうぜぇ!!」
頭に血が上っているのか、蓮の傍に行くという目的も忘れ――いや地竜は倒さないといけないから間違ってはいないのだが――テオには地竜と力勝負をすることしか頭になかった。
弾丸のように飛び出したテオを、地竜が口元を歪め、余裕たっぷりの笑みを携え迎え撃つ。
一度目の焼き直しのようにテオが宙を舞う。葵は頭を抱えたくなった。
今テオは全身鎧に身の丈程の大盾を両手に持っているが、実はこの鎧はただの鎧ではない。
魔力を流すことで鎧の自重を4倍まで上げることが出来る魔道具でもあるのだ。
元々の鎧の重さは45kg。これは比重の重い金属を使うことで通常より重くなっている。
「魔力を使いなさいテオ君!!」
「ぁああっ!! 忘れてたぁ!!」
再度地竜に突撃し衝突の前にテオが鎧に魔力を流す。
「――鉄壁ぃ!!」
ついでとばかりに防御力強化の鉄壁を発動する。
三度の衝突――
「グラァッ!?」
「へっ……勝負はこっからだぜっ!!」
――地竜の額を押さえ込むテオの姿がそこにはあった。
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