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三章 愛する者への誓い
一話 プロローグ
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トメル山脈にある洞窟を歩く一人の男。光魔法で作られた光る玉が不規則に揺らめき、薄暗い洞窟に男の姿を照らしていた。男の全身を覆う黒いマントは酷く汚れていて、所々が破けてしまっていた。しかし男はそんな事を気にするでもなく、山脈に空いた洞窟を進む。男の後ろには数十体の魔物が連なり後を追っていた。大型のゴリラや熊の魔物から、中型の蛇や狼まで様々な魔物が一人の男に付き従う光景は不自然極まりない。
湿り気のある岩肌の洞窟を歩く男の足が唐突に止まった。ボサボサの黒髪をガシガシと掻き毟りながら振り返り、洞窟の入り口の方へと視線を向けた。間に居る魔物など視界にも入れずに虚空を見つめる男。魔物達は男の傍まで近づき動きを止めた。
「あ~~~?♪ アラクネの反応が消えよった……ちっ、勇者にバレたんか?」
その言葉に答える者はいない。男は再び洞窟の奥へと向け足を進める。
「場所は……アルフリード王国のエスタ辺りやな……まぁええわ。今はそれどころやないからな」
薄暗い洞窟を抜けると明るく開けた空間が現れる。空まで抜ける直径200m程の円形の開けた空間。壁も地面も無骨な岩肌な為、幻想的とは言い難いが、その澄んだ空気には感嘆の溜息をついてしまう。その中心に15mほどの大きな魔物がいた。黒光りする鱗に大きな牙と爪、鋭利な角が生えた魔物。折りたたまれた翼に包まり眠るその姿はまさしく竜そのものだった。
「情報通りやー♪見つけたでー黒炎竜ちゃん、テイムしたるから大人しいしときやー♪」
無造作に接近しながら呟く男の口調は、強力な魔物に近づくとは思えない程に軽い。
「せやなーこいつを使役したらエスタに攻め込むかー♪」
その声に黒炎竜は目を覚まし男を睨む。自身は絶対的強者である。自身を見た者は、皆揃って踵を返し逃げ惑うはずだ。なのに、無造作に、無警戒に近づいてくるこの者は一体……黒炎竜の頭の中は見たこともない生物に警戒を訴える。生物としての本能に従い、黒炎竜は体を起こし前足を横薙ぎに振りぬく。ゴォッ!っと空気を裂きながら振るわれた前足が、男に触れる直前にぴたりと止まった。
「!?!?」
「なんや自分、元気ええなー♪せやけど……ワイには効かへんねんなぁ」
不自然なまでに急速に動きを止めた前足を男が掴む、そこに痛みなど全く感じない。そんな細腕で黒炎竜が痛みを感じる筈もない。しかし黒炎竜の前足は押せども引けども全く動かなかった。そしてジワリと男から不気味な魔力が流れてくるのを感じた。
矮小な生物が自身に魔力で勝負を挑むなど笑えない、迎え撃つように大量の魔力で抵抗する……が、自身の魔力は押し返しているものの、何かがおかしい。本来ならば一瞬で呑み込むか、弾き飛ばす程の魔力量だ。なのに何故この者の魔力を、僅かに押し返すことしか出来ないのか。黒炎竜の頭の中は更なる困惑に包まれた。
「へっへっへっ♪動けんやろ?魔物はワイに、絶対に攻撃できひんのやでー♪残念やったなぁ」
「グルルルッ……!」
「ワイの魔力が全身を覆ったら、アンタはワイのもんやからな。精々抵抗しーや♪」
「ガァアアアアア!!!!」
「うっさいなぁ!!おい、お前ら!!こいつの口と体押さえとけ!!」
ゾロゾロと黒炎竜の体に群がる魔物達。黒炎竜は今更になって、前足を掴まれてから体が上手く動かなくなっていることに気付いた。男の連れてきた魔物には、体の大きな魔物もおり、上手く動かない体も相まって黒炎竜は地面に縫い付けるように全身を押さえられてしまう。口には大きく長い蛇の魔物が巻き付いて吼えることすら出来なくなってしまった。
「とりあえず左腕……左足?完了やけど……魔力の消費激しいなぁ……まぁじっくりやっていけばええか♪」
動けない状態が五時間経過した頃、掴まれた前足の自由が完全に奪われた。この男が憎い。この男を殺したい。なのに圧倒的強者である自分が、傷一つ付けることが出来ない存在に、黒炎竜の中に生まれて初めての感情が沸き起こる。
「アラクネのような雑魚やない、ホンモンの化け物ぶつけたるで、精々足掻いて見せぇよ、勇者ぁ♪」
それが何か、黒炎竜にはわからなかった。
「とりあえず一休みするかぁー。ほな腕貸してもろてっと♪」
男は動けない黒炎竜の腕の上に寝転び欠伸を零す。四肢を塞がれ、口も、尻尾も、翼も押さえられた黒炎竜は屈辱の中で決意する。いつかこの男を噛み殺すと。
だが黒炎竜は気付いていなかった。自分の中にある殺意は、最初ほど鋭さを持っていないことに。この男に触れられた時点で、黒炎竜が詰んでいることに。
そして自分の中に芽生えたそれを、人々は畏怖と呼ぶことに。
湿り気のある岩肌の洞窟を歩く男の足が唐突に止まった。ボサボサの黒髪をガシガシと掻き毟りながら振り返り、洞窟の入り口の方へと視線を向けた。間に居る魔物など視界にも入れずに虚空を見つめる男。魔物達は男の傍まで近づき動きを止めた。
「あ~~~?♪ アラクネの反応が消えよった……ちっ、勇者にバレたんか?」
その言葉に答える者はいない。男は再び洞窟の奥へと向け足を進める。
「場所は……アルフリード王国のエスタ辺りやな……まぁええわ。今はそれどころやないからな」
薄暗い洞窟を抜けると明るく開けた空間が現れる。空まで抜ける直径200m程の円形の開けた空間。壁も地面も無骨な岩肌な為、幻想的とは言い難いが、その澄んだ空気には感嘆の溜息をついてしまう。その中心に15mほどの大きな魔物がいた。黒光りする鱗に大きな牙と爪、鋭利な角が生えた魔物。折りたたまれた翼に包まり眠るその姿はまさしく竜そのものだった。
「情報通りやー♪見つけたでー黒炎竜ちゃん、テイムしたるから大人しいしときやー♪」
無造作に接近しながら呟く男の口調は、強力な魔物に近づくとは思えない程に軽い。
「せやなーこいつを使役したらエスタに攻め込むかー♪」
その声に黒炎竜は目を覚まし男を睨む。自身は絶対的強者である。自身を見た者は、皆揃って踵を返し逃げ惑うはずだ。なのに、無造作に、無警戒に近づいてくるこの者は一体……黒炎竜の頭の中は見たこともない生物に警戒を訴える。生物としての本能に従い、黒炎竜は体を起こし前足を横薙ぎに振りぬく。ゴォッ!っと空気を裂きながら振るわれた前足が、男に触れる直前にぴたりと止まった。
「!?!?」
「なんや自分、元気ええなー♪せやけど……ワイには効かへんねんなぁ」
不自然なまでに急速に動きを止めた前足を男が掴む、そこに痛みなど全く感じない。そんな細腕で黒炎竜が痛みを感じる筈もない。しかし黒炎竜の前足は押せども引けども全く動かなかった。そしてジワリと男から不気味な魔力が流れてくるのを感じた。
矮小な生物が自身に魔力で勝負を挑むなど笑えない、迎え撃つように大量の魔力で抵抗する……が、自身の魔力は押し返しているものの、何かがおかしい。本来ならば一瞬で呑み込むか、弾き飛ばす程の魔力量だ。なのに何故この者の魔力を、僅かに押し返すことしか出来ないのか。黒炎竜の頭の中は更なる困惑に包まれた。
「へっへっへっ♪動けんやろ?魔物はワイに、絶対に攻撃できひんのやでー♪残念やったなぁ」
「グルルルッ……!」
「ワイの魔力が全身を覆ったら、アンタはワイのもんやからな。精々抵抗しーや♪」
「ガァアアアアア!!!!」
「うっさいなぁ!!おい、お前ら!!こいつの口と体押さえとけ!!」
ゾロゾロと黒炎竜の体に群がる魔物達。黒炎竜は今更になって、前足を掴まれてから体が上手く動かなくなっていることに気付いた。男の連れてきた魔物には、体の大きな魔物もおり、上手く動かない体も相まって黒炎竜は地面に縫い付けるように全身を押さえられてしまう。口には大きく長い蛇の魔物が巻き付いて吼えることすら出来なくなってしまった。
「とりあえず左腕……左足?完了やけど……魔力の消費激しいなぁ……まぁじっくりやっていけばええか♪」
動けない状態が五時間経過した頃、掴まれた前足の自由が完全に奪われた。この男が憎い。この男を殺したい。なのに圧倒的強者である自分が、傷一つ付けることが出来ない存在に、黒炎竜の中に生まれて初めての感情が沸き起こる。
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それが何か、黒炎竜にはわからなかった。
「とりあえず一休みするかぁー。ほな腕貸してもろてっと♪」
男は動けない黒炎竜の腕の上に寝転び欠伸を零す。四肢を塞がれ、口も、尻尾も、翼も押さえられた黒炎竜は屈辱の中で決意する。いつかこの男を噛み殺すと。
だが黒炎竜は気付いていなかった。自分の中にある殺意は、最初ほど鋭さを持っていないことに。この男に触れられた時点で、黒炎竜が詰んでいることに。
そして自分の中に芽生えたそれを、人々は畏怖と呼ぶことに。
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