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第二部 一章
ささやかな日常 1 ★
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図書室の窓からは暖かな日差しが降り注いでいる。
冬の季節も半ばの今、少し肌寒いものの厚手の上着を着ているため丁度よかった。
アルトは一定の感覚で本のページを捲りながら、ぼんやりと考える。
(エル、どうしてるかな)
今日は公務も何もないため一緒に過ごせるのかと思っていたが、アルトが起きる前にどこかへ行ってしまったらしい。
おおかた、何か急ぎの用があってエルを呼び寄せる理由があったのだろう。
結婚式を三ヶ月前に執り行い、名実共にリネスト国の王族の一員となったが、アルトにはゆっくりしている暇などなかった。
公爵としての責務を弟であるウィリアムに全て引き継いだが、それでもその周囲への心配事は尽きない。
邸に顔を見せねば日々衰えていくばかりだ、と長年邸で執事として仕えてくれているアルバートに半ば脅されているため、時間を見つけて邸に帰っているのだ。
そもそも王族になったからと言って縁を切る事はなく、むしろ今まで以上に恩を返さなければならないと思っているほどだった。
この『身体』が成し遂げられなかった事を、今の自分が手伝っている──そう認識している。
事前にエルの許しを得て、時としてその足で孤児院へ出向く事もあった。
ムーンバレイの名で援助しているというのもあるが、一人で切り盛りしている院長のフランツの顔を見るためだった。
孤児院でやるべき事を一日で全てこなすとなるととても足りないが、少しずつ望む通りになっていると思う。
(俺が出来ることはまだ少ないけど……)
病気になった子供たちを医者に診てもらう事はもちろん、娯楽や設備に至るまで充実してきている。
王族としてこれ以上事を支援出来るならばそれに越した事はないが、そうした事は望んでいなかった。
「──朔真」
「っ!」
不意に耳元にわずかに高く甘い声が届き、アルトはびくりと肩を跳ねさせる。
「エル……」
声の主の方に顔を向けると、美しい微笑みを浮かべた王太子が立っていた。
二人きりの時は自分のことを『朔真』と呼ぶ約束をしたが、図書室の外には時折使用人が歩いている。
今日は一般の民に解放しておらず、幸い今は誰もいないとは言えど、いつ誰が入ってきてもおかしくなかった。
「驚かすなよ」
ぷいとそっぽを向き、アルトは読み掛けの本に視線を移した。
しかしエルが何をするか気になってしまい、内容などちっとも入ってこない。
「起きたらいなかったから拗ねてるの?」
ごめんね、とアルトの手に大きなそれが重なる。
同性にしては細く長い指先が、手を重ねたまま本の角を弄ぶ。
いつの間にか背後を陣取っており、こちらをじっと見つめる視線がどこか熱っぽかった。
「……別に拗ねてない」
ぶっきらぼうな口調になってしまったのは図星だからだ。
もう少し早く起きていれば、部屋を出て行く前に『行ってらっしゃい』を言えたはずなのに、それが無くなってしまったのだから。
「じゃあ寂しかったのは俺だけ?」
「……っ!」
その声が聞こえると共に、ぐいと頤を摑まれる。
そっと横を向かされると同時にエルの瞳が間近に迫り、気付いた時には唇に温かな熱が触れていた。
短く触れたかと思えばしっとりと重ねられ、壊れ物を扱うように頬を撫でられる。
「ん、ぅ……」
唇の端をぺろりと舐められたかと思えば、耳の縁を撫でられる。
そこは微かにむず痒い感覚があり、じんわりと官能を刺激していく。
ここ三ヶ月はあまり触れ合ってこなかったが、それでも一度甘い雰囲気になると、時間を取り戻すかのように求め合った。
明日は何もないから、というエルの一声で狂おしいほど求められ愛されたのは数時間前だ。
そのためこうして少しでも刺激されると、思い出したように腹の奥が疼いて仕方なかった。
「っ、だめ……だ、って」
わずかな理性を掻き集め、エルの胸をぐいと押す。
「どうして?」
案の定、不思議そうにこちらを見つめてくる。
しかし色素の薄い瞳の奥には、はっきりと情欲の熱が灯っていた。
「それ、は……」
王宮の図書室は広く、リネスト国最大と言ってもいいほどだ。
本を湿気から守るため天井が吹き抜けになっているためか、加えて静かな分小さな音一つ取っても大きく反響してしまう。
それが恥ずかしく、それ以上に民も使うこの場所で身体を重ねようとされては堪らない。
「ここ、じゃ……嫌、だ」
きっと今自分は頬を真っ赤に染めているだろう。
恥ずかしい、と一度でも思ってしまえばそれはむくむくと大きくなっていく。
「──ここじゃなければいいんだね」
「え」
わずかに低い声が聞こえたかと思えば、ぐいと腕を取って立ち上がらせた。
本は支える自重が無くなったため、パサリと音を立てて閉じる。
知らず見上げたアルトにエルはにこりと微笑むと、半ば強引に図書室を出て行こうとする。
「ちょ、エル……っ!」
振りほどこうにも強い力で摑まれているためそれはできず、一度止まるように名を呼んだ。
「読んでいた本なら後で届けさせるから、心配しないで」
「あ、なら安心……じゃなくて! どこに行くんだ?」
よもや今から何をするのか言われなくても分かるが、それでも期待と不安で心臓が高鳴る。
アルトの言葉に答えることなく、エルは足早に廊下を進んでいく。
やや身長差があるとはいえ、普段からエルが急いで歩く事はあまりない。
それでも止まってくれる気配はないため、アルトは小走りになりながら必死にエルの後を着いて歩くしかなかった。
程なくして、ある部屋の前でエルの足が止まる。
「ここ……」
アルトは扉を見上げ、小さく息を呑んだ。
自室やエルの扉ほどではないが、ひと目見て分かるほど精緻な装飾が施されている。
自分が初めて王宮に来た時に通された応接間を思い出し、エルを見ようと隣に視線を向ける。
しかし、ぐいと先程よりも強い力で腕を引っ張られ、アルトは反射的に目を閉じた。
「っ……!」
ドン、と背中に衝撃が走る。
部屋の中に入り、扉に身体を押し付けられたのだと理解した。
あまりの痛みにアルトが小さく呻くと、それと同時にエルの唇が降ってくる。
「っ、なに……」
身体を押し退けて口付けを拒もうとすると、更に扉に押し付けられた。
強引に触れてきた唇は熱く、火傷しそうなほどだ。
「エル、やめ……っん」
やめろと抗議しようとすると、わずかに開いた隙間を縫って熱くぬめる舌先が入り込む。
目を白黒させながらも、アルトは素直にエルのそれを受け入れた。
早急に肉厚な舌が歯列を割って入り、頬の内側や口蓋を舐め上げる。
無意識に奥に引っ込んでしまった舌を誘い出すと、ちゅうと甘く吸い上げられた。
かと思えば優しく噛まれ、深く舌を絡め合わされる。
濡れた音が部屋の中に大きく響き、耳まで犯されている心地になった。
「っ……」
いつの間にか上着を脱がされており、わずかに感じる冷気に身震いする。
腕を摑んでいた手はぎゅうとアルトのそれを深く握られ、先程ぶつけてしまったからか、空いた方の手の平が労るように何度も背中を往復する。
じんわりと熱を与えられ、それだけで身体の中心が熱く疼く。
「……朔真」
キスの合間に熱い吐息と共に名を呼ばれ、それだけで身体が震える。
『アルト』と呼ばれるのも好きだが、それ以上に自分の名である『朔真』と呼ばれるのも好きだ。
心から愛おしいという感情が伝わり、こちらも何か返したくなる。
しかしエルはそれをすべて固辞してしまうため、結婚した後も何もできないでいるのが現状だった。
(俺も、エルに返したい。けど……)
ここでするのか、という言葉はすんでのところで飲み込む。
城の正門からほど近い部屋であるため、あまり声を出しては何事かと外に居る騎士らが駆け付けてくる可能性があった。
それに、こちらとて一時の触れ合いを邪魔されたくはない。
だからあえかな声しか出せず、それが少しもどかしい。
「あ……」
ぴくりと肩が揺れ、はだけられた胸元にエルの唇が触れる。
鎖骨の下に掠めるような痛みが走り、所有印を刻まれたのだと理解した。
「っ、それ……」
「うん?」
震える声もそのままに、アルトは力の入らない腕でエルの肩に触れた。
エルは何をするのか分かっているような表情で、アルトの行動をじっと見てくる。
頬の赤みが増していくのを感じるものの、もう止められなかった。
エルの首筋に唇を寄せ、そっと口付ける。
「さく、ま……?」
ただ名を呼ばれただけで、とくりと心臓が甘く音を立てる。
それに鼓舞されるように舌先を這わせ、何度か肌を確かめるように往復させるとエルの仕草を真似して、ちゅうと首筋に吸い付いた。
「ふ、っ……」
何かに耐えるような掠れた声を耳が拾い、それはすぐに優越感に変わった。
ずっとこちらが与えられてばかりで、エルの切羽詰まった声は聞いた事がなかったため、アルトは嬉々としてもう一つ赤い痕を作る。
少し顔を上げると、男にしては白い肌に二つの赤い花がくっきりと付いていた。
「……俺の」
知らずのうちに、とろりと蕩けた声が出る。
触れるか触れないところの首筋を撫で、その拍子にエルの身体が揺れた。
「──だ」
「エル……?」
ふと聞こえた声に、間近にあるエルの顔を見上げる。
「貴方は……俺を煽るのが上手いみたいだ」
その顔は赤く染まっているものの、美しい瞳はそれ以上の情欲で燃え盛っていた。
(綺麗、だ)
場違いなことを思っていると、不意にぐいと手首を摑まれる。
腕を上げさせられ、きつく扉に縫い止められた。
「ふぁ……っ、ぅ……」
噛み付くように唇を塞がれ、ぬるりと舌先が割って入った。
突然のことに身体が引いたが、その背後に逃げ場はない。
為す術もなくすぐさま舌を絡め取られ、ちゅくちゅくと淫猥な音が響いた。
下半身は強引に膝を割り入れられてしまったため、熱を逃がすために脚を擦り合わせることはできなかった。
加えてぐりぐりと一定の感覚でそこを押され、甘く狂おしい快楽がやってくる。
次第に熱が溜まり、知らず腰が揺れてエルの膝に己のそれを擦り寄せた。
「ん、ぁ……っ」
やがて小さな音を立てて唇が離れ、透明な糸が二人を繋ぐ。
すぐに切れたものの、アルトはその軌跡をぼんやりとした頭で見つめていた。
「朔真」
こつんと額が合い、瞼を伏せたエルが祈るように囁いた。
「……貴方は俺のだから」
エルの大きな手がそろりと頬に触れ、ゆっくりと撫でてくる。
「これだけは覚えていて」
エルは殊更ゆっくりと、こちらの心に語り掛けるように言った。
「俺が好きなのは、貴方だけだって。……朔真だけが、好きだから」
(エル……?)
ぎゅうと抱き締められ、少し苦しい。
しかし、それ以上に今日のエルはどこかおかしかった。
やはり呼び出された時、何か言われたのだろうか。
もしそうならば、少しでもその辛さを分かち合いたかった。
この先を共に生きていくのであれば、隠し事はしないで欲しい──そう思っていても、エルは肝心な事は教えてくれないのだが。
「どうした、んだ……? 俺はずっと、お前しか見てないのに」
途切れ途切れながらも、アルトは『朔真』としての言葉を唇に乗せる。
何も教えてくれないとしても、今はエルを安心させたかった。
それを察してくれたらしく、エルはぎこちなく微笑むと小さな声で呟いた。
「そう、だね。そういう人だ、貴方は──」
「え」
語尾はあまりにも小さ過ぎて聞き取れず、緩く首を傾げる。
そんなアルトの仕草に淡く口角を上げると、くいと手を引かれた。
部屋の中は窓がないため薄暗いが、周囲を見回すとぼんやりとながらその全貌が見て取れた。
どうやら客間らしく、キャビネットだけでなくベッドや小さなテーブルがあった。
エルの寝室よりも狭いが、人ひとりであれば十分過ぎるほどだ。
ベッドの縁に座らせるとすぐに押し倒され、顔を近付けてくる。
そのまま温かな唇を享受し、アルトは薄く唇を開いた。
舌先を優しく吸われ、甘く噛まれるだけでじわりと唾液が溢れ、顎を伝った。
それをもったいないというかのように、顎から首筋を舐め上げる。
次第に鎖骨に唇が滑り落ち、その下の飾りに掠めるように唇が触れた。
「ん、ぅ」
シャツの上からでも分かるほどぷっくりと主張しており、エルは執拗にそこを引っ掻いた。
時に軽く弾かれ、きゅうと摘み上げられるだけで知らず身体が跳ねる。
「っ、ぁ……!」
それだけでは飽き足らず、ボタンを外して直接触れてきては堪らなかった。
赤く主張した飾りを熱い口腔に含まれ、赤子が乳を飲む時のように吸い付かれる。
もう片方は捏ねくり回され、かと思えば中心からわざと逸らされ乳輪をくるくると撫でられた。
自分が甘い菓子になって食べられているという、なんとも言えない錯覚に陥った。
「エ、ル」
堪らずエルの指通りのいい黒髪を摑み、止めるように促す。
既に下腹部は痛いほど張り詰め、窮屈そうにトラウザーズを押し上げていた。
「なぁに」
唾液に濡れて光っている唇が甘く問い掛けてきて、それだけで羞恥に襲われる。
あまりにも妖艶で、今から食べられてしまうという期待で身体が更に熱を上げた。
「……その」
「うん」
あくまでこちらの口から言って欲しいようで、エルは口角を上げたままアルトを見つめてくる。
こうした事にいつまで経っても慣れない自分に嫌気が差してしまうが、意地悪な男を好きになってしまったのだから仕方ない。
そう自分に言い聞かせ、震える手でエルの手首を摑むと熱く滾ったそこに触れさせる。
「ここ、さわって……、いっぱい」
頬だけでなく耳まで赤くなっているのが、言われずとも分かる。
このまま溶けて消えてしまいそうな羞恥に襲われ、しかしアルトはなんとか己を叱咤し、伏せていた瞼をそろりと押し上げた。
「ひ、……っ」
かひゅ、と小さく喉が鳴った。
美しい獣の色香を漂わせ、エルがこちらを見下ろしている。
「あ、あぁ……!」
それだけで目の前が白く爆ぜる感覚があった。
同時に、どくんと雄茎から熱い飛沫が迸る。
「やっ、ぁ……」
下着だけでなくトラウザーズまでも濡らし、加えてエルの手の平が汚れていくさまに、とうとう視界がぼやける。
「や、おれ、ごめ……っ」
羞恥と罪悪感と、得も言われぬ感情がごちゃ混ぜになった。
「……俺の顔、見ただけで出ちゃった?」
分かっている事をもう一度聞いてくる男が恨めしい。
しかし事実なのは変えられず、アルトは流れる涙もそのままに手の平で顔を隠す。
「なんで、ごめ、……っこんな、じゃ……」
懸命に唇を動かして声を出そうとするも、喉の奥がもつれて声にならなかった。
「隠さないで」
エルが空いた方の手で手首を摑む。
「俺は嬉しいよ。貴方がこんなに、好きでいてくれて」
そしてトラウザーズに添えていた手を離し、こちらに見せつけるように手の平を翳した。
とろりと零れ落ちそうな白濁をエルの赤い舌が掬い、美味そうに舐め取ると自身の口内に長い指先を含んだ。
くちくちと淫らな音が立ち、そのさまだけできゅうと腹の奥が切なく疼き、出したばかりの陰茎がまた主張していくのが分かった。
冬の季節も半ばの今、少し肌寒いものの厚手の上着を着ているため丁度よかった。
アルトは一定の感覚で本のページを捲りながら、ぼんやりと考える。
(エル、どうしてるかな)
今日は公務も何もないため一緒に過ごせるのかと思っていたが、アルトが起きる前にどこかへ行ってしまったらしい。
おおかた、何か急ぎの用があってエルを呼び寄せる理由があったのだろう。
結婚式を三ヶ月前に執り行い、名実共にリネスト国の王族の一員となったが、アルトにはゆっくりしている暇などなかった。
公爵としての責務を弟であるウィリアムに全て引き継いだが、それでもその周囲への心配事は尽きない。
邸に顔を見せねば日々衰えていくばかりだ、と長年邸で執事として仕えてくれているアルバートに半ば脅されているため、時間を見つけて邸に帰っているのだ。
そもそも王族になったからと言って縁を切る事はなく、むしろ今まで以上に恩を返さなければならないと思っているほどだった。
この『身体』が成し遂げられなかった事を、今の自分が手伝っている──そう認識している。
事前にエルの許しを得て、時としてその足で孤児院へ出向く事もあった。
ムーンバレイの名で援助しているというのもあるが、一人で切り盛りしている院長のフランツの顔を見るためだった。
孤児院でやるべき事を一日で全てこなすとなるととても足りないが、少しずつ望む通りになっていると思う。
(俺が出来ることはまだ少ないけど……)
病気になった子供たちを医者に診てもらう事はもちろん、娯楽や設備に至るまで充実してきている。
王族としてこれ以上事を支援出来るならばそれに越した事はないが、そうした事は望んでいなかった。
「──朔真」
「っ!」
不意に耳元にわずかに高く甘い声が届き、アルトはびくりと肩を跳ねさせる。
「エル……」
声の主の方に顔を向けると、美しい微笑みを浮かべた王太子が立っていた。
二人きりの時は自分のことを『朔真』と呼ぶ約束をしたが、図書室の外には時折使用人が歩いている。
今日は一般の民に解放しておらず、幸い今は誰もいないとは言えど、いつ誰が入ってきてもおかしくなかった。
「驚かすなよ」
ぷいとそっぽを向き、アルトは読み掛けの本に視線を移した。
しかしエルが何をするか気になってしまい、内容などちっとも入ってこない。
「起きたらいなかったから拗ねてるの?」
ごめんね、とアルトの手に大きなそれが重なる。
同性にしては細く長い指先が、手を重ねたまま本の角を弄ぶ。
いつの間にか背後を陣取っており、こちらをじっと見つめる視線がどこか熱っぽかった。
「……別に拗ねてない」
ぶっきらぼうな口調になってしまったのは図星だからだ。
もう少し早く起きていれば、部屋を出て行く前に『行ってらっしゃい』を言えたはずなのに、それが無くなってしまったのだから。
「じゃあ寂しかったのは俺だけ?」
「……っ!」
その声が聞こえると共に、ぐいと頤を摑まれる。
そっと横を向かされると同時にエルの瞳が間近に迫り、気付いた時には唇に温かな熱が触れていた。
短く触れたかと思えばしっとりと重ねられ、壊れ物を扱うように頬を撫でられる。
「ん、ぅ……」
唇の端をぺろりと舐められたかと思えば、耳の縁を撫でられる。
そこは微かにむず痒い感覚があり、じんわりと官能を刺激していく。
ここ三ヶ月はあまり触れ合ってこなかったが、それでも一度甘い雰囲気になると、時間を取り戻すかのように求め合った。
明日は何もないから、というエルの一声で狂おしいほど求められ愛されたのは数時間前だ。
そのためこうして少しでも刺激されると、思い出したように腹の奥が疼いて仕方なかった。
「っ、だめ……だ、って」
わずかな理性を掻き集め、エルの胸をぐいと押す。
「どうして?」
案の定、不思議そうにこちらを見つめてくる。
しかし色素の薄い瞳の奥には、はっきりと情欲の熱が灯っていた。
「それ、は……」
王宮の図書室は広く、リネスト国最大と言ってもいいほどだ。
本を湿気から守るため天井が吹き抜けになっているためか、加えて静かな分小さな音一つ取っても大きく反響してしまう。
それが恥ずかしく、それ以上に民も使うこの場所で身体を重ねようとされては堪らない。
「ここ、じゃ……嫌、だ」
きっと今自分は頬を真っ赤に染めているだろう。
恥ずかしい、と一度でも思ってしまえばそれはむくむくと大きくなっていく。
「──ここじゃなければいいんだね」
「え」
わずかに低い声が聞こえたかと思えば、ぐいと腕を取って立ち上がらせた。
本は支える自重が無くなったため、パサリと音を立てて閉じる。
知らず見上げたアルトにエルはにこりと微笑むと、半ば強引に図書室を出て行こうとする。
「ちょ、エル……っ!」
振りほどこうにも強い力で摑まれているためそれはできず、一度止まるように名を呼んだ。
「読んでいた本なら後で届けさせるから、心配しないで」
「あ、なら安心……じゃなくて! どこに行くんだ?」
よもや今から何をするのか言われなくても分かるが、それでも期待と不安で心臓が高鳴る。
アルトの言葉に答えることなく、エルは足早に廊下を進んでいく。
やや身長差があるとはいえ、普段からエルが急いで歩く事はあまりない。
それでも止まってくれる気配はないため、アルトは小走りになりながら必死にエルの後を着いて歩くしかなかった。
程なくして、ある部屋の前でエルの足が止まる。
「ここ……」
アルトは扉を見上げ、小さく息を呑んだ。
自室やエルの扉ほどではないが、ひと目見て分かるほど精緻な装飾が施されている。
自分が初めて王宮に来た時に通された応接間を思い出し、エルを見ようと隣に視線を向ける。
しかし、ぐいと先程よりも強い力で腕を引っ張られ、アルトは反射的に目を閉じた。
「っ……!」
ドン、と背中に衝撃が走る。
部屋の中に入り、扉に身体を押し付けられたのだと理解した。
あまりの痛みにアルトが小さく呻くと、それと同時にエルの唇が降ってくる。
「っ、なに……」
身体を押し退けて口付けを拒もうとすると、更に扉に押し付けられた。
強引に触れてきた唇は熱く、火傷しそうなほどだ。
「エル、やめ……っん」
やめろと抗議しようとすると、わずかに開いた隙間を縫って熱くぬめる舌先が入り込む。
目を白黒させながらも、アルトは素直にエルのそれを受け入れた。
早急に肉厚な舌が歯列を割って入り、頬の内側や口蓋を舐め上げる。
無意識に奥に引っ込んでしまった舌を誘い出すと、ちゅうと甘く吸い上げられた。
かと思えば優しく噛まれ、深く舌を絡め合わされる。
濡れた音が部屋の中に大きく響き、耳まで犯されている心地になった。
「っ……」
いつの間にか上着を脱がされており、わずかに感じる冷気に身震いする。
腕を摑んでいた手はぎゅうとアルトのそれを深く握られ、先程ぶつけてしまったからか、空いた方の手の平が労るように何度も背中を往復する。
じんわりと熱を与えられ、それだけで身体の中心が熱く疼く。
「……朔真」
キスの合間に熱い吐息と共に名を呼ばれ、それだけで身体が震える。
『アルト』と呼ばれるのも好きだが、それ以上に自分の名である『朔真』と呼ばれるのも好きだ。
心から愛おしいという感情が伝わり、こちらも何か返したくなる。
しかしエルはそれをすべて固辞してしまうため、結婚した後も何もできないでいるのが現状だった。
(俺も、エルに返したい。けど……)
ここでするのか、という言葉はすんでのところで飲み込む。
城の正門からほど近い部屋であるため、あまり声を出しては何事かと外に居る騎士らが駆け付けてくる可能性があった。
それに、こちらとて一時の触れ合いを邪魔されたくはない。
だからあえかな声しか出せず、それが少しもどかしい。
「あ……」
ぴくりと肩が揺れ、はだけられた胸元にエルの唇が触れる。
鎖骨の下に掠めるような痛みが走り、所有印を刻まれたのだと理解した。
「っ、それ……」
「うん?」
震える声もそのままに、アルトは力の入らない腕でエルの肩に触れた。
エルは何をするのか分かっているような表情で、アルトの行動をじっと見てくる。
頬の赤みが増していくのを感じるものの、もう止められなかった。
エルの首筋に唇を寄せ、そっと口付ける。
「さく、ま……?」
ただ名を呼ばれただけで、とくりと心臓が甘く音を立てる。
それに鼓舞されるように舌先を這わせ、何度か肌を確かめるように往復させるとエルの仕草を真似して、ちゅうと首筋に吸い付いた。
「ふ、っ……」
何かに耐えるような掠れた声を耳が拾い、それはすぐに優越感に変わった。
ずっとこちらが与えられてばかりで、エルの切羽詰まった声は聞いた事がなかったため、アルトは嬉々としてもう一つ赤い痕を作る。
少し顔を上げると、男にしては白い肌に二つの赤い花がくっきりと付いていた。
「……俺の」
知らずのうちに、とろりと蕩けた声が出る。
触れるか触れないところの首筋を撫で、その拍子にエルの身体が揺れた。
「──だ」
「エル……?」
ふと聞こえた声に、間近にあるエルの顔を見上げる。
「貴方は……俺を煽るのが上手いみたいだ」
その顔は赤く染まっているものの、美しい瞳はそれ以上の情欲で燃え盛っていた。
(綺麗、だ)
場違いなことを思っていると、不意にぐいと手首を摑まれる。
腕を上げさせられ、きつく扉に縫い止められた。
「ふぁ……っ、ぅ……」
噛み付くように唇を塞がれ、ぬるりと舌先が割って入った。
突然のことに身体が引いたが、その背後に逃げ場はない。
為す術もなくすぐさま舌を絡め取られ、ちゅくちゅくと淫猥な音が響いた。
下半身は強引に膝を割り入れられてしまったため、熱を逃がすために脚を擦り合わせることはできなかった。
加えてぐりぐりと一定の感覚でそこを押され、甘く狂おしい快楽がやってくる。
次第に熱が溜まり、知らず腰が揺れてエルの膝に己のそれを擦り寄せた。
「ん、ぁ……っ」
やがて小さな音を立てて唇が離れ、透明な糸が二人を繋ぐ。
すぐに切れたものの、アルトはその軌跡をぼんやりとした頭で見つめていた。
「朔真」
こつんと額が合い、瞼を伏せたエルが祈るように囁いた。
「……貴方は俺のだから」
エルの大きな手がそろりと頬に触れ、ゆっくりと撫でてくる。
「これだけは覚えていて」
エルは殊更ゆっくりと、こちらの心に語り掛けるように言った。
「俺が好きなのは、貴方だけだって。……朔真だけが、好きだから」
(エル……?)
ぎゅうと抱き締められ、少し苦しい。
しかし、それ以上に今日のエルはどこかおかしかった。
やはり呼び出された時、何か言われたのだろうか。
もしそうならば、少しでもその辛さを分かち合いたかった。
この先を共に生きていくのであれば、隠し事はしないで欲しい──そう思っていても、エルは肝心な事は教えてくれないのだが。
「どうした、んだ……? 俺はずっと、お前しか見てないのに」
途切れ途切れながらも、アルトは『朔真』としての言葉を唇に乗せる。
何も教えてくれないとしても、今はエルを安心させたかった。
それを察してくれたらしく、エルはぎこちなく微笑むと小さな声で呟いた。
「そう、だね。そういう人だ、貴方は──」
「え」
語尾はあまりにも小さ過ぎて聞き取れず、緩く首を傾げる。
そんなアルトの仕草に淡く口角を上げると、くいと手を引かれた。
部屋の中は窓がないため薄暗いが、周囲を見回すとぼんやりとながらその全貌が見て取れた。
どうやら客間らしく、キャビネットだけでなくベッドや小さなテーブルがあった。
エルの寝室よりも狭いが、人ひとりであれば十分過ぎるほどだ。
ベッドの縁に座らせるとすぐに押し倒され、顔を近付けてくる。
そのまま温かな唇を享受し、アルトは薄く唇を開いた。
舌先を優しく吸われ、甘く噛まれるだけでじわりと唾液が溢れ、顎を伝った。
それをもったいないというかのように、顎から首筋を舐め上げる。
次第に鎖骨に唇が滑り落ち、その下の飾りに掠めるように唇が触れた。
「ん、ぅ」
シャツの上からでも分かるほどぷっくりと主張しており、エルは執拗にそこを引っ掻いた。
時に軽く弾かれ、きゅうと摘み上げられるだけで知らず身体が跳ねる。
「っ、ぁ……!」
それだけでは飽き足らず、ボタンを外して直接触れてきては堪らなかった。
赤く主張した飾りを熱い口腔に含まれ、赤子が乳を飲む時のように吸い付かれる。
もう片方は捏ねくり回され、かと思えば中心からわざと逸らされ乳輪をくるくると撫でられた。
自分が甘い菓子になって食べられているという、なんとも言えない錯覚に陥った。
「エ、ル」
堪らずエルの指通りのいい黒髪を摑み、止めるように促す。
既に下腹部は痛いほど張り詰め、窮屈そうにトラウザーズを押し上げていた。
「なぁに」
唾液に濡れて光っている唇が甘く問い掛けてきて、それだけで羞恥に襲われる。
あまりにも妖艶で、今から食べられてしまうという期待で身体が更に熱を上げた。
「……その」
「うん」
あくまでこちらの口から言って欲しいようで、エルは口角を上げたままアルトを見つめてくる。
こうした事にいつまで経っても慣れない自分に嫌気が差してしまうが、意地悪な男を好きになってしまったのだから仕方ない。
そう自分に言い聞かせ、震える手でエルの手首を摑むと熱く滾ったそこに触れさせる。
「ここ、さわって……、いっぱい」
頬だけでなく耳まで赤くなっているのが、言われずとも分かる。
このまま溶けて消えてしまいそうな羞恥に襲われ、しかしアルトはなんとか己を叱咤し、伏せていた瞼をそろりと押し上げた。
「ひ、……っ」
かひゅ、と小さく喉が鳴った。
美しい獣の色香を漂わせ、エルがこちらを見下ろしている。
「あ、あぁ……!」
それだけで目の前が白く爆ぜる感覚があった。
同時に、どくんと雄茎から熱い飛沫が迸る。
「やっ、ぁ……」
下着だけでなくトラウザーズまでも濡らし、加えてエルの手の平が汚れていくさまに、とうとう視界がぼやける。
「や、おれ、ごめ……っ」
羞恥と罪悪感と、得も言われぬ感情がごちゃ混ぜになった。
「……俺の顔、見ただけで出ちゃった?」
分かっている事をもう一度聞いてくる男が恨めしい。
しかし事実なのは変えられず、アルトは流れる涙もそのままに手の平で顔を隠す。
「なんで、ごめ、……っこんな、じゃ……」
懸命に唇を動かして声を出そうとするも、喉の奥がもつれて声にならなかった。
「隠さないで」
エルが空いた方の手で手首を摑む。
「俺は嬉しいよ。貴方がこんなに、好きでいてくれて」
そしてトラウザーズに添えていた手を離し、こちらに見せつけるように手の平を翳した。
とろりと零れ落ちそうな白濁をエルの赤い舌が掬い、美味そうに舐め取ると自身の口内に長い指先を含んだ。
くちくちと淫らな音が立ち、そのさまだけできゅうと腹の奥が切なく疼き、出したばかりの陰茎がまた主張していくのが分かった。
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