【第三部連載中】その美人、執着系攻めにつき。

月城雪華

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第一部 五章

Epilogue 本当の幸せ

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 王宮の中は広い。

 元々与えられていた自室に加えてエルの寝室と執務室、図書館、時々花の咲き誇る庭へしか行かないが、この日は心臓が落ち着かなかった。

「あの、もうしばらくしたらお時間ですが……冷たいものを持って参りましょうか?」

 今日は少しめかしこんでいる女性──フィアナが心配そうに問い掛けてくれる。

「……ああ、頼む。あと、甘いやつ。とびきり甘いのが欲しい」

 脚を投げ出して椅子に凭れ、メイドの顔を見ずに言った。

 はぁ、とフィアナが小さく溜め息を吐く。

「あまり甘味を摂っていては殿下に叱られてしまいますよ? ここ数日、ただでさえ砂糖の減りが早いのに……王配殿下がご病気になっては」

「アルトでいいって言ってるだろ、フィアナ」

 王配殿下という言葉に朔真──アルトの腕に鳥肌が立った。

 ここ数ヶ月は目まぐるしく一日が過ぎていき、ベッドに入っても泥のように眠るだけの日々が続いていた。

 元の世界では社畜だったというのもあってか、久しぶりな感覚に悲しいかな歓喜したのは事実だが、王配殿下という肩書きには未だ慣れない。

「けれど、貴方様は本日で正式に殿下の伴侶となるのですよ? 敬称で呼ばなければ、そのうち私の首が飛ぶかも……」

「女の子が首とか飛ぶとか言うんじゃない!」

 間髪入れずにフィアナの言葉を遮る。

(意味はまるきり違うんだろうけど、社畜になんかなるんじゃなかった……!)

 今の己の身の上では到底降りかからないものだが、それでもはっきりと言葉にされては身震いする。

 かと言ってそれほどの間違いでフィアナの首が本当に飛ぶとなれば、王配殿下という呼び方に慣れるしかないのだろうか。

「──賑やかだな」

 ふと扉が開き、エルが姿を現す。

「エル」

 アルトの姿を見つけるとにこりと微笑んだ愛しい男は、王太子としての正装をしていた。

 細かな金の刺繍が施された、黒を基調としたそれはエルによく似合っていた。

 腰には剣を差しており、装飾のせいかこちらに向けて歩いてくる度に小さな音を立てている。

 アルトは少し様相が異なるが、剣を差していないこと以外はほとんど同じだ。

「──では私はこれで」

 フィアナが気を利かせて退室していったため、エルと二人きりになった。

「よく似合ってる」

 フィアナと入れ違いでこちらにやってきたエルは頭から爪先までじっくりと見つめると、さも愛おしそうに言った。

「お前には負けるよ。俺じゃあ馬子まごにも衣装だし」

 頬を掻きつつ苦笑すると、エルは不思議そうに首を傾げる。

「孫……? 俺たちに孫なんかいないよ?」

「あー、そういやそうだった! ……いい、気にしないでくれ」

 つい元の世界で使う言葉が口から出てしまったが、本当に似合ってるかどうかも自分では分からないのだ。

 こちらの姿を見たフィアナは『よくお似合いです!』と手を叩いて褒めてくれたが、錦糸銀糸の施された上質な生地に、見るからに高級だとひと目で分かる。

 よもや今日──本来であればまだ半年あるのだが──、民たちに向けて披露目をするとは思っていなかった。

 婚約の儀式はエルのひと声によって手短に済まされ、しかし結婚式となるとそうはいかない。

 すぐにでも式を挙げようとするエルを止めるのには骨が折れ、しかし自分を想ってくれていることにしばらく一人で悶絶したものだ。

「……そう? 貴方は時々難しい言葉を使うから、意味を知りたいんだけど」

 やっぱり本を読むからかな、とエルは見当違いな方向へ一人納得していった。

(最近になって知ったけどエルって……天然だよな)

 完璧な男に可愛らしい要素が加わっても、更に愛しくなるだけだ。

 それを口に出そうものなら、後から何倍にも返されるため主に尻が危機に瀕されるのだが。

「……ねぇ、アルト」

 不意に顔に影が差し、視線を向けるとエルがこちらを真剣な表情で見つめていた。

「うん、どうしたんだ」

 アルトは柔らかく微笑み、エルの瞳をじっと見つめる。

 まだ扉の外では使用人らが慌ただしくしているため、二人きりの時以外は『アルト』呼びだった。

「いつかに、どうして執着するんだって俺に聞いてきたよね」

「そんなことも……あったな」

 確かに言ったが、今となってはこちらも必死だったため、胸に秘めていたことが口をついて出てしまったのだ。

 その執着を向けている相手は自分ではなく、この身体の持ち主にだと思うと胸が苦しくなったのも、今となってはいい思い出だ。

 エルは一度唇を引き結ぶと、ゆっくりと口を開いた。

「ベアトリス様と街へ出たあの日、俺は『アルト』に出会ったんだ」

 ベアトリスの瀕した光景の衝撃が強過ぎて、その時のエルは足元がふわふわしていた。

 夢か現実か定かではなく、護衛として着いてきてくれた男らが何を言っていたのかあまり覚えていないらしい。

「今でもはっきり覚えてる。……『アルト』と出会った日の事を」



 ◆◆◆



 それは帰り道、理由も分からず護衛に連れられて馬車に乗り込もうとした時のことだった。

『さぁ、殿下』

 エルの小さな背を、護衛の男が押した。

 エルの手には、ベアトリスが持って行こうと快諾してくれた小さなうさぎのぬいぐるみがあった。

『ベアトリス、様は……?』

 きゅう、とぬいぐるみを抱き締めながら、エルは背後の護衛を振り返る。

『後から参られます。今は殿下お一人でお帰りになってください』

 護衛の男は曖昧に微笑むと、エルが馬車から落ちないように背後から支えてくれる。

『っ……!』

 エルはわずかな隙間を縫い、小さな身体を屈めて馬車から飛び降りた。

 大人からするとそう高さはないものの、まだ年端もいかない少年からすると少し高いほどだった。

 無事に着地すると手にしていたぬいぐるみを抱え直し、エルはベアトリスの居た店までの道を走った。

『殿下!? ──早く追え! 何かあれば俺たちが叱責される!』

 悲痛な叫びを背中に受けながら、しかしエルは追い付こうとする護衛を潜り抜けてまっすぐに走った。

 目指すはベアトリスの居た店。

 甘い菓子を買ってくるから、と微笑んでくれたのを最後に姿が見えないのだ。

『ベア、様……?』

 やがて店の前がほど近くなると、なにやら周囲が騒がしい。

 大人の男や女がひしめいており、何かを話し合っていた。

『──で、らしい。もう息がないとか』

『大丈夫かねぇ。あの女の子、よくうちに来てくれたんだよ』

 様々な声が耳に入り、エルは足元に気をつけながらどうにか店の扉の前に立った。

 幸い誰もおらず、この騒ぎでは警察の者もまだ来ていないようだ。

 エルはそっと取っ手を摑み、そろりと開ける。

 すると臭気が漂い、鼻が鉄臭い臭いを感じ取った。

『っ……!?』

 どくん、と心臓が大きく音を立てる。

 ぬいぐるみを取り落とし、ぽす、と小さな音を立てて地面に落ちた。

 生温かく赤いものが足元までやってきて、小さな靴を濡らしていく。

『殿下! やっと追い付い、た……』

『殿下、こちらへ。見てはなりません』

 すぐに護衛の男らが追い付き、慌ただしくエルの手を引いた。

 護衛の一人が何事かを店の中に向かって叫んでいるが、その声はエルの耳に入っていない。

『あ、うささん……』

 そう強くはないものの、護衛に手を引かれた反動でぬいぐるみを取り落とした事にようやく気付く。

 ぬいぐるみはこちらを向いており、離れていく持ち主をどこか悲しそうに見つめていた。

『ねぇ、ベアトリス……様、は?』

『殿下は気にせずとも良いのです』

 やがて人混みから離れ、エルは護衛の男を見上げた。

 大人と子供の歩幅では差があり、今はゆっくりと歩いてくれているものの少し脚が痛くなっていた。

(あの女の人……ベアトリス様とおなじ、お花のおようふくだった)

 店の前で倒れていた女性は誰なのか、エルは気がかりだった。

 見たところ怪我をしていると幼心にも理解し、それを訊ねようと小さな口を開いた時だ。

『──なあ!』

『っ』

 その時、背後からやや舌っ足らずな声が聞こえた。

 エルだけでなく護衛もそちらを振り向くと、同じ年頃の少年がうさぎのぬいぐるみを抱えていた。

『これ、だいじなものなんだろ? ちゃんともってないとだめだぞ』

 ふわふわとした金髪に、海のような深い瞳。

 にこりと笑った顔が太陽のような少年が、こちらに向けてぬいぐるみを差し出していた。

 落とした時に付いたのか、耳の辺りが少し赤く染まってしまっている。

 どうやらエルと護衛のやり取りを見ており、ここまで追い付いてくれたらしい。

『……いい』

 そこでエルは漠然と理解した。

 護衛が早く馬車に乗るよう急かしたのも、逃げ出した自分を追い掛けてきたかと思えば、すぐに離れるよう手を引いてきたのも。

『もう、いい』

 あの女性はベアトリスなのではないか。

 そんな予想が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 信じたくない。

 でもそうだとしたら、自分はどうすればいいのだろうか。

 一度に頭を使い過ぎたためか、くらりと目眩がしてこめかみが痛くなった。

『なんで? おまえのものなんじゃないの?』

 とんと分からないと言ったふうで、少年が首を傾げる。

『……いらないって、言った』

 やや高い声が、今は雑音でしかない。

 エルはくるりと向きを変え、喉から絞り出すように少年に言葉を向けて放つ。

 仮に予想が当たっていたとしたら、そのぬいぐるみはエルにとって嫌な記憶になってしまう。

 ベアトリスが死んでしまった時に持っていた、思い出したくないものとして。

『もう、いらない。だからキミにあげ──』

『はい!』

 少年はエルが言い終わる前に正面に前に回り込み、小さな手にぬいぐるみを持たせてくる。

『っ、え、なん……ちゃんと、きいてた?』

 己の言葉が分からなかったとは思わず、図らずも声が上擦る。

『きいてた! この子にいらないみたいっていったら、おれといるのはやだ、って。おまえといっしょにいたいみたいだよ』

『へ……?』

 何を言っているのか分からなかった。

 エルの戸惑いには気付いていないのか、目の前の少年はきらきらとした瞳でぬいぐるみの手を握った。

 なぁ、と太陽のような笑みはそのままに、少年がぬいぐるみに語り掛ける。

『よかったな、もうはなれないって!』

『キミ、……なまえは?』

 そう言うと離れていこうとする少年を呼び止め、エルは無意識に訊ねていた。

 なぜか名を聞いておかなければいけない、そんな予感がしたのだ。

『おれ? アルト!』

 少年は目を丸くしたのも束の間、元気よく言った。

『アルト・ムーンバレイ! ちかくにいえがあるから、またあそびにきてな!』
 


 ◆◆◆



「──『アルト』に対して、完全に愛が無くなったわけじゃないんだ」

 一通り話すと、くすりとエルが小さく笑う。

 その笑みは懐古する者のそれで、どこか悲しそうにもみえた。

「エル……?」

 膝をついてこちらを見つめるエルが、どうしてか泣いているようでそっと目尻に触れる。

 そんな仕草にエルはふっと笑い、己の手に大きなそれを重ねてくる。

「でも……あの時出会わなければ、貴方に『も』出会えていなかった」

 顔を擦り寄せたかと思えば、ちゅ、と小さな音を立てて手の平に口付けられる。

「ありがとう、俺と結婚してくれて。……本当はずっと、不安だったんだ」

 聞けばエルは謁見の間で対面した日、正式な婚約破棄をする書類を突き付けられるのでは、と思っていたという。

 王宮に出向いて欲しいという命令を『アルト』はことごとく撥ね付けるか用があると言って、一度も自ら来る事のなかった男だ。

 だから驚き、そして不安にさいなまれた。

 建前上、ソルライト商会の人間に会わせないためだったが不信感もあったらしい。

 しかし書類はいつまで待っても渡されることなく、第三者に提出もされない。

 逃げようとはしたものの、それは想定内で特におかしいとは思わなかったという。

「でも貴方から話を聞いて……そんなことあるんだって思ったけど。よく考えれば、俺は『アルト』のことをほとんど知らなかった」

 エルは苦笑し、そろりと壊れ物を扱うように手を絡めてくる。

「結局、昔惚れた弱みでここまで来たんだなって。大人になった『アルト』には……もう会えないんだよね」

 どこか哀しそうな口調で言う男に、胸が痛くなった。

 しかし、本来の『アルト』ならばこのまま婚約破棄をしてもおかしくないのだ。

 この身体だからか、それだけは姿が見えずとも分かってしまったから。

(多分だけど、俺がここに来たのは必然だったのかもしれない)

 エルが怖いと言っていたように『アルト』も怖かったのだ。

 一国の王太子がなぜ自分を好きなのかも分からず、理由を付けて逃げ回るしかできなかった。

 そんな時、どういう経緯か『朔真』の魂が本来の人格を侵食した──と予想付けているが、実際のところ既に知る術はないのだが。

「なぁ、エルヴィズ」

「ん……?」

 小さく名を呼ぶと、エルはぎこちなくこちらに視線を向けた。

 濁りのない水色の瞳と海のような瞳が交わる。

 そっとエルの顔を引き寄せ、ゆっくりと触れるだけの口付けを落とした。

「さ、くま……?」

 エルはみるみるうちに顔を赤く染め、ぱちぱちと何度も瞬く。

 女性のように肌が白いためか、耳の先まで朱に染まるのが見て取れた。

 それが何よりも可愛く、自然と頬が緩むのが抑えられない。

「『アルト』は俺の中にちゃんといるんだ。だからお前が気に病む必要はない。でも……同じ身体だけど。俺だって嫉妬、くらい……する」

 最後の方は羞恥心の方が勝ってしまったが、エルは言いたいことを理解してくれたらしい。

「貴方も真っ赤だな」

 さも可笑しそうに、くすくすと小さな声でエル笑う。

「うるさい。……こういうの、慣れてないんだよ」

 恥ずかしさでぽそりと呟くように言うと、お返しなのかエルの方から掠めるだけのキスが降ってくる。

 短く啄むだけの口付けは、やがて舌を絡める深いものに変わった。

「っ、こら、駄目……だって」

 キスの合間にアルトが抗議しようとすると、エルは唇を触れ合わせたまま微笑む。

「大丈夫、少しだけだから……ね?」

「それ、ずるい──っ!?」

 間近で美しい顔に見つめられ、尚も口付けを交わそうとすると、控えめに扉を叩く音が響いた。

「……お時間ですが、いつまで触れ合っておいでなのでしょうか」

 低く地を這う声が聞こえ、びくりとアルトの肩が跳ねる。

「──頃合が悪すぎる」

「ひ……っ」

 そしてすぐ耳元で不機嫌な声音が二重に響き、加えて聞かれていた羞恥心で今にも椅子から落ち、そのまま倒れてしまいそうだった。

 エルがしっかりと抱き留めてくれているため、なんとか堪えているのだが。

「何をしているのです、皆待たせているというのに」

 一向に部屋から出てこないため、痺れを切らした男──騎士の正装に身を包んだミハルドが、呆れた声で薄く扉を開けた。

「今出ようと思ったところだ。ただ……わざとならこれほどタチの悪いものはない」

 エルはギロリとミハルドを睨み付けるが、当の本人はどこ吹く風といったようだった。

「はいはい、参りますよ。後でいくらでも愚痴は聞きますが、今は王太子としての務めを果たしてくださらねば」

 その言葉を最後に、ミハルドが扉から離れる。

 どうやら仕事が山積しているらしく、慌ただしい靴音を立ててすぐに聞こえなくなった。

「はぁ……行こうか、立てる?」

「……ありがとう」

 小さく息を吐いたエルに手を差し出され、アルトはそろりと己のそれを重ねた。

 民に披露目をするバルコニーに続く部屋の廊下を、二人連れ立って歩く。

 手はしっかりと握られており、時折肩が触れ合った。

「そういえば」

 ふとエルが思い出したように口を開いた。

「忙しくて今まで聞けなかったんだけど……ナツキって誰?」

「へ!?」

 予想外の人間の名前にアルトは脚をもつれさせ、つんのめりそうになる。

「おっ……と。でもごめん、やっぱり言いたくなかったら──」

 すぐに手を引き寄せてくれたため転けることはなかったが、様子がおかしいと気付いたのかエルが小さく謝罪した。

「な、なん、なんで知って……!?」

 知らず声が裏返ってしまい、しかし今更聞かなかったことにされては、こちらの溜飲が下がらない。

 アルトの気持ちを悟ってくれたのか、エルはわずかに言い淀みつつも続けた。

「あの小屋に居た頃、だったかな。貴方が気絶する前に言ってたんだ」

「それ、うわぁ……他には何も言ってない、よな?」

 王宮の外にあるこぢんまりとした小屋での出来事は、忘れたくても忘れられない。

 エルの狂おしいほどの愛撫で果ててしまった時、というのは未だに覚えているのだ。

 まさかその時口走っていたとは思わず、アルトは空いた方の手で額を抑える。

「……もしかして恋人だったりする?」

 ふとエルの声が低くなり、真横から痛いほどの視線が突き刺さった。

「いや、あいつはそんなんじゃ……」

 アルトはエルの視線から逃げるように、精緻な床に目を向ける。

「同じ男だし。そもそも……夏輝はもう、いないんだ」

 仮に夏輝が無事に生きていたとしても、元の世界には戻れないのだ。

 声の抑揚で理解してくれたのか、エルから放たれる圧がふっと緩んだ。

「それに、今はその、……お前がいる、から」

 もごもごと口を動かし、呟くように言う。

(やっぱり俺にはこういうの、壊滅的に合わない……!)

 好意を伝えることはあまり慣れておらず、知らず身体が熱くなる。

「よ、よし! 早く行くぞ、じゃないとミハルドさんが怒って……」

 加えて何を言われるのか怖く、エルの答えを待たずにアルトはそのまま歩き出そうとした。

「っ!」

 しかし強い力で背後に引っ張られ、温かな腕の中に収まった。

「──に、貴方は」

「え、何?」

 ぼそりと呟かれた言葉は聞き取れず、やや顔を上げて訊ね返す。

「どうしてそんなに可愛いことを言うんだ、貴方は」

 見上げたエルは何かに耐えるように、瞼をきつく閉じていた。

 赤い頬を隠そうともせず、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。

 心地よい苦しさに、エルのいじらしさに、アルトの頬がふわりと上がった。

 今日はアルトの──朔真の生まれた日で、それに合わせて民に披露目をした後、教会へ向かい結婚式を挙げる。

 その間はあまり触れ合ってこなかった代償なのか、エルの行動や仕草は愛しさで溢れていた。

 きっとこれまでの愛を、身体や心に刻み込まれるだろう。

 そしてそれから先もずっと、エルと二人手を取り合い時に助け合いながら生きていくのだ。

「エル」

 ふとエルの腕を掴み、くいと服の袖を引っ張る。

「うん?」

 軽く顔を傾けたエルの耳元に唇を寄せ、心からの言葉を声に乗せた。

 ──愛してる。

 その言葉を言った瞬間、エルの柔らかな唇が降ってくる。

 アルトはそれをしっかりと受け止め、心の中で思った。

(幸せ、だ)

 青く澄み渡った空には亜麻色の髪をした女性が二人を見つめており、口元に笑みを浮かべるとやがて消えた。
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