【第三部連載中】その美人、執着系攻めにつき。

月城雪華

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第一部 五章

明らかになる事 6 ★

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「お前は……嫌じゃないのか」

 ぽつりと放った言葉は、部屋に虚しくこだました。

 しかしエルはこちらの問いに応えることなく、じっと朔真の返答を待っている。

「俺、ずっとお前を騙してたようなものなのに。普通は混乱するはずなのに、こんな俺を受け入れてくれる……?」

 半ば自分に言い聞かせるような言葉に、エルはにこりと微笑むだけだ。

 こちらに向けて手を差し出され、この手を取れと言われているようだった。

「……朔真」

 ゆっくりと名を呼ばれただけでエルが何を言いたいか分かってしまい、くらりと目眩にも似た錯覚があった。

 エルは何もかもを受け入れてくれ、その上でアルトに──朔真に求婚している。

 本来であれば軽蔑し、突き放してもおかしくないというのに、そんなに愛おしそうな表情で、声で、こちらを見ないでほしかった。

「エ、ル……っ」

 しかしそう思う理性とは裏腹に、そのまま導かれるように朔真はエルの胸の中に飛び込んだ。

「……うん。朔真」

 エルは難なく受け止めてくれ、しっかりと抱き締めてくれた。

 もう離さないというように、きつくきつく。

 そこで今まで張り詰めていた糸がぷつりと切れ、今度こそ涙腺は決壊してしまったのか、朔真は声を上げて泣いた。

 顔をうずめたエルの胸元が濡れるのも構わず、身体中の水分が無くなってしまいそうなほどむせび泣く。

 エルは落ち着くまで背中や頭を撫でてくれ、何度も『頑張ったね』『大丈夫だよ』と囁いてくれる。

 それが更に涙を誘い、朔真を泣かせるのだというのはきっと気付いていないのだろう。

 やがて朔真が空気を求め、エルの胸元から顔を離した。

 ぼやける視界にエルの顔が映り、朔真はよく見ようと何度も瞬いて涙を散らす。

「……朔真は泣き虫だね」

 どこか呆れにも似た物言いはもちろん、目尻や頬を拭う指先一つ取っても、確かな愛に満ちていた。

「うるさ、い……」

 照れ隠しの言葉がつい口を突いて出る。

 それにエルは小さく喉を震わせて笑い、また背中や頭を撫でてくる。

「ごめんね。そんな貴方も可愛いって言ったんだ」

「っ、そういうのよくないと思う」

 よもや『アルト』にも同じ事を言ったのか、と今まではなんとも思わなかったが、既にいない人間に嫉妬心を駆られた。

「──朔真」

 何を考えているのか察したらしいエルは小さく笑うと、涙に濡れた朔真の頬に触れる。

 ゆっくりとエルの瞳が間近に迫り、朔真は自然と瞼を閉じた。

「っ、ん……」

 遅れてやってきた唇の温かさに、朔真はあえかな声を漏らす。

 久しぶりに触れ合ったそれは塩辛く、しかしほのかに甘さを含んでいた。

 ちゅ、ちゅ、と小さな音を立てて短く口付けられたかと思えば離れてを何度か繰り返し、唇の端を舌が這う。

 熱くぬめる舌先は頬を、耳を舐め上げ、朔真の望む場所には触れてくれない。

 しかし、それすらも確かな刺激となって身体の熱を上げていく。

 頬に添えられた手の平はゆっくりと首筋を辿り、鎖骨の形を確かめるように撫でられた。

「ふ、……っ」

 すべてが触れるか触れないかのもどかしい刺激に、身体がぴくりと震えた。

 朔真はそろりとエルの頭を摑み、指通りのいい髪を軽く引っ張る。

「そこ、やだ……ちゃんと、して」

 きっと今の自分はこれ以上ないほど顔を赤くし、目の前の男を見つめていることだろう。

 しかし、エルが悪いのだ。

 あえて快楽の場所を外し、こちらが我慢できなくなったそのさまを楽しんでいるのだから。

「……じゃあ、朔真はどうして欲しいの?」

 間近で瞳が絡み合い、少し顔を傾ければ唇が触れ合いそうなほどだ。

 エルは何をしたいか既に分かっているようで、緩く首を傾げて問い掛けてくる。

 その妖しい仕草に朔真はきゅうと唇を噛み締めると、エルの唇にそっと己のそれを重ねた。

 朔真の方から口付けられるのを待っていたかのように、エルの舌先がすぐさま口腔に入り込むと、ねっとりと歯列をなぞった。

 上顎を嬲られ、頬の内側まで余すことなく舐め尽くされる。

「んぁ、は、……ふ」

 肉厚なそれに懸命に吸い付くと、お返しなのか時折甘く舌先を噛まれる。

 それだけでぞくぞくとした愉悦が背中を駆け巡り、下腹部に熱が溜まっていく。

 朔真はもぞりと脚を擦り合わせ、甘い快楽を逃がそうと試みた。

「っ、ぇ……?」

 身体に違和感を感じ、朔真は閉じていた瞼をうっすらと開ける。

 いつの間にか衣服のボタンが外されており、くつろげられた胸元が冷たい空気に晒されていた。

 そこから大きな手の平が侵入し、胸の飾りを掠める。

「は、待っ……て」

 これから何をされるか理解した朔真は、そう言うとエルの手を摑んだ。

 これ以上は何かいけない気がする、という漠然としたものが頭の中を支配した。

「……そんな可愛い顔しちゃ駄目だろう」

 ふとエルの声が一段と低くなり、掠め取るようなキスをされる。

(あ、まずい)

 そう思うよりも早く、ふわりと身体が中に浮いた。

「っ……!」

 朔真は反射的にエルの首に抱き着き、衝撃に備えようとする。

「朔真」

 ベッドの端に丁重に降ろされ、すぐに口付けられた。

 早急に歯列を割って侵入し、突然のことに怯える舌先を肉厚なそれで絡め取る。

 ちゅくちゅくと音を立てて吸われたかと思えば、互いの舌を擦り合わせるように優しく吸われる。

 ぬるつく舌に応えるように、朔真もそっと絡める。

 まさか応えてくれるとは思わなかったのか、軽く目を見開いたエルに耳を触られ、耳朶の縁を辿るように何度も往復した。

 朔真の反応を見ながら口付けたまま、耳殼にエルの指先が入り込む。

 淫らな音が脳内に直接響き、たったそれだけでこれ以上ないほどの愉悦が走った。

「ん、ぁう……」

 緩急を付けた愛撫に朔真の目の前がパチパチと弾け、しかし甘い疼きが一層下腹に溜まるだけだ。

 達せそうで達せない一歩手前の快感に、枯れてしまった涙がまた出そうになった。

 エルはそんな朔真に気付いてか、ぐずる幼子をあやすように背中を撫で擦り、柔らかな髪を何度も梳いてくれる。

 しかし疼いて仕方ないところには少しも触れてくれず、もどかしかった。

「ぁ……」

 ふとエルが唇を離し、二人の間を透明な糸が繋ぐ。

 それがぷつりと切れると同時に、エルは飲み込みきれずに顎を伝った唾液を舐め上げると、そのまま首筋に吸い付いた。

「ん……ぅ」

 ちくりとした痛みが走り、図らずも小さな喘ぎを漏らす。

 こちらからは少しも見えないが、場所を変えていくつも跡を付けられたのだと分かる。

「……これじゃあ隠せないね」

 どこか愛しさを含んだ声で囁かれ、ぴくりと身体が跳ねた。

「かく、す……?」

 服でも隠せない場所に付けたのか、と訊ねる気力は今の朔真にはない。

 ただただエルから与えられる快楽を受け入れるのに精一杯で、既に頭の中は正確に言葉を判断できないほど蕩けていた。

 そんな朔真の頬に口付けると、ぐいと軽く肩を押される。

「っ」

 ぽす、と身体を包み込むベッドは慣れ親しんでしまったもので、そう少なくない時間をここで過ごした。

 無数の星が瞬いたような見慣れた天井も、エルの性格を表しているような調度品も、すべてが愛しい。

 今、朔真は『アルト』ではない──ただの一人の男として、これから共に生きると誓った男に抱かれるのだ。

 その期待でベッドがぎしりと軋み、更にエルが覆いかぶさってくる。

 ふるりと身体が震え、エルの顔が眼前に迫る。

「んぅ……」

 額に、瞼に、頬に、そして唇に順を追って口付けられ、喉仏から首筋を通って鎖骨に辿り着く。

 はだけられた薄い胸板に唇が触れ、そっと吸われた。

 ちゅ、と首筋に付けた赤い花と同じくらい吸いつかれ、図らずも身体が跳ねる。

 小さな快感も、それが更に積もってしまえば大きなものとなると初めて知った。

 一生味わうことのなかった感情もすべてエルが教えてくれ、こうして身体を明け渡している事実に、得も言われない快感となって雄茎を濡らす。

 長い指先が二つの赤く主張している飾りを掠め、中心には触れずその周囲を丸くえがく。

「ん、あ……、ぁ」

 時折脇腹も撫でられ、むず痒い快感となって朔真は身体を退け逸らせた。

 図らずもエルに胸を突き出す形になり、しかし肝心な場所には触れてくれない。

 それ以上に脚の間にエルが割って入っているため、二重にもどかしさが募った。

 上も下も満足に触ってもらえず、このままお預けを喰らっては何かが壊れてしまう。

「エ、ル」

 堪えきれず、息も絶え絶えに朔真はエルの名前を呼んだ。

 小さく喘ぎを漏らしていた唇からは飲みきれなかった唾液が唇の端を零れ、ゆっくりと首筋を伝った。

「も、はや、く……」

 もどかしさもあるが、今まで与えられた小さな快感で身体がおかしくなってしまいそうだった。

 いや、既に朔真には正確にものを考えることはできていない。

 現に、普段ならば目の前の男に『お強請おねだり』をするのは羞恥心が勝ったが、今となってはそんなもの瑣末事さまつごとでしかないのだ。

「まだ駄目だよ。自分でするのも許さない」

 しかしエルは間髪入れずに言い、にこりと美しい笑みを浮かべる。

「な、んで……? なんで、やだ、も、やだ……」

 朔真はふるふると首を振り、感情のままにエルの腕を摑む。

 十分過ぎるほど与えられ、これ以上お預けをされては壊れてしまう。

 背後からやってくる狂おしいほどの快楽は、あと少しで爆ぜてしまいそうなのだ。

 しかしその『あと少し』をエルは許してくれず、こちらも何もするなとあっては、泣くなという方がおかしかった。

「俺の手で、貴方を気持ちよくしたいんだ」

 長い指先が零れる涙を掬い、唾液を拭う。

「今まで酷いことをして、寂しい思いもさせたから」

 だから、とエルはふっと微笑んだ。

「──だから、うんと優しくして……俺なしじゃいられなくしたい」

 ゆっくりと紡がれた言葉は、これ以上ないほど甘美なものだった。

「……いや?」

 頭を振ったことで乱れた髪を整えられながら、エルが訊ねてくる。

 加えて朔真が断れないよう顔中に口付け、ずっと触れてこなかった胸の飾りを弄られては堪らない。

「や、ぁ、じゃ……ない。おれも、もっと」

 小さく喘ぎながら朔真が最後まで言い終わるよりも早く、その言葉ごとエルの口内に吸い込まれた。


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