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神殿にて
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手紙の通りに本棚を探すと、本当に貯金が見つかってイリーシャは笑ってしまった。
公爵家の人間だからといって、個人的に使えるお金は多くない。特にロビンとイリーシャは養子ということもあって慎ましく過ごしていた。だから、本に挟まれた何枚もの高額札を見て、イリーシャは笑いながらまた涙が止まらなくなった。
こっそり屋敷を出て、王都の中央神殿までは乗合馬車で向かった。
ユージンは怪我で眠っているためか気づかなかったようだ。そのうちに出奔が明らかになるだろうが、そのときにはもう、彼女は聖女になっている——かもしれない。
(魔力なんて感じたこともないけれど、やるしかない)
ひとまずルファスを訪ねよう。それでダメなら、最悪、ロビンの案を採用しよう、と拳を握ったとき、馬車が神殿に到着した。
入り口でステンドグラスを磨いていた神官に名前を告げ、ルファスに取り継いでもらいたい旨を告げると、神殿の奥に案内された。
導かれた先は風通しの良い部屋で、長椅子とローテーブルがひと揃い鎮座している。開かれた窓から、神殿の人々がしずしずと行き来しているのが見えた。皆揃って白い服をまとっている。風に乗って、どこからか讃美歌が聞こえてきた。穏やかな昼下がりだった。
「……良いところでしょう」
窓からの景色に見惚れていたイリーシャは、背後から声をかけられてビクッと肩を揺らした。素早く振り向くと、部屋の入り口に、神官服を身につけたルファスが立っていた。舞踏会の夜と変わらない姿である。
イリーシャはサッと頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください。どうしても、ルファスさまにお話ししたいことがございまして」
「構いませんよ。そもそも、お招きしたのはこちらですから」
ルファスが長椅子を指し示すのにしたがって、イリーシャは腰かけた。向かい側にルファスも座る。別の神官がやってきて、茶の用意をしてすぐに立ち去った。
ティーポットから白磁のカップへ、ルファス手ずからお茶が注がれる。澄んだ紫色の、不思議な香りのするお茶だった。
「どうぞ。神殿で育てた茶葉で淹れた紅茶です。落ち着きますよ」
「ありがとうございます……」
イリーシャはカップを口に運んだ。まろやかな口当たりの、優しい味がふわりと広がる。温かい紅茶が胃に収まると、確かに昂った気分が落ち着くようだった。
ほっと肩の力を抜いた彼女に、ルファスのハシバミ色の瞳が向けられた。
「本日はどのようなご用件で?」
イリーシャはごくりと唾を飲み込んだ。背筋を伸ばし、ルファスと目を合わせる。
「先日の舞踏会で、神殿の門戸は私にも開かれていると伺いました。そのお言葉に、変わりはございませんか?」
「ええ。私の使命は変わりません。イリーシャさまが神殿の門をくぐるのであれば、我々はあなたを守ります」
真剣な表情ではっきり頷くルファスに、イリーシャは安堵の息を吐いた。乾いた喉を紅茶で潤す。
それから、心持ち前のめりになって問いを投げた。
「その、私は聖女になりたいのですが」
「離縁のために?」
言葉にされると、信心とは遠く離れた浅ましい自己都合で恥ずかしい。だがルファスは気に留めず、
「そういう方はよくいらっしゃいますよ。魔力と信仰さえあれば、誰でも神官や聖女になることは可能です」
「魔力、というのは、どのように身につければよろしいのでしょう? 私には無いものですから」
「魔力の有無は、生まれたときに決まっております。おおよそ親から遺伝するものです」
イリーシャの目の前が暗くなった。なんということだ。今からでも訓練すれば魔力の才能が開花するのかと思っていたのに、生まれつきのものだなんて。それではイリーシャは見込みなしではないか。
顔つきが翳ったイリーシャに、ルファスが不思議そうに首を傾げる。
「どうなさいました?」
「い、いえ。では、私は聖女にはなれないと思いまして……。ですが、雑用でもなんでもやりますので、神殿に置いていただけないかと……」
「イリーシャさまが?」
くっ、と喉を鳴らすような笑い声がして、イリーシャは面を上げた。雑用をやるのがそんなにおかしいだろうか?
ルファスは穏やかに微笑んでいる。画家に描かせたら、祭壇に飾るのがふさわしいほどに。
その笑みが急に晴れやかさを増した。瞳に信仰の光が輝く。
「あなたであれば、心配はご無用でしょう」
「そうでしょうか……?」
「ええ、私には分かります。苦しむ人々を救うために遣わされたものというのが、時々いるのですよ」
戸惑うイリーシャをよそに、ルファスは「それで」と言葉を続けた。
「イリーシャさまは、救いをお望みなのですね?」
眼差しの強さに息を呑む。組み合わせた両手を、強く胸元に押しつけた。そこには、ロビンの手紙がしまってあった。
天の遥かから射す陽も麗かに、敬虔な使徒めいてイリーシャは頷いた。
「……はい。どうか私をお救いください、ルファスさま」
そう言った瞬間、体から力が抜けて、彼女は床に倒れ込んだ。
公爵家の人間だからといって、個人的に使えるお金は多くない。特にロビンとイリーシャは養子ということもあって慎ましく過ごしていた。だから、本に挟まれた何枚もの高額札を見て、イリーシャは笑いながらまた涙が止まらなくなった。
こっそり屋敷を出て、王都の中央神殿までは乗合馬車で向かった。
ユージンは怪我で眠っているためか気づかなかったようだ。そのうちに出奔が明らかになるだろうが、そのときにはもう、彼女は聖女になっている——かもしれない。
(魔力なんて感じたこともないけれど、やるしかない)
ひとまずルファスを訪ねよう。それでダメなら、最悪、ロビンの案を採用しよう、と拳を握ったとき、馬車が神殿に到着した。
入り口でステンドグラスを磨いていた神官に名前を告げ、ルファスに取り継いでもらいたい旨を告げると、神殿の奥に案内された。
導かれた先は風通しの良い部屋で、長椅子とローテーブルがひと揃い鎮座している。開かれた窓から、神殿の人々がしずしずと行き来しているのが見えた。皆揃って白い服をまとっている。風に乗って、どこからか讃美歌が聞こえてきた。穏やかな昼下がりだった。
「……良いところでしょう」
窓からの景色に見惚れていたイリーシャは、背後から声をかけられてビクッと肩を揺らした。素早く振り向くと、部屋の入り口に、神官服を身につけたルファスが立っていた。舞踏会の夜と変わらない姿である。
イリーシャはサッと頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください。どうしても、ルファスさまにお話ししたいことがございまして」
「構いませんよ。そもそも、お招きしたのはこちらですから」
ルファスが長椅子を指し示すのにしたがって、イリーシャは腰かけた。向かい側にルファスも座る。別の神官がやってきて、茶の用意をしてすぐに立ち去った。
ティーポットから白磁のカップへ、ルファス手ずからお茶が注がれる。澄んだ紫色の、不思議な香りのするお茶だった。
「どうぞ。神殿で育てた茶葉で淹れた紅茶です。落ち着きますよ」
「ありがとうございます……」
イリーシャはカップを口に運んだ。まろやかな口当たりの、優しい味がふわりと広がる。温かい紅茶が胃に収まると、確かに昂った気分が落ち着くようだった。
ほっと肩の力を抜いた彼女に、ルファスのハシバミ色の瞳が向けられた。
「本日はどのようなご用件で?」
イリーシャはごくりと唾を飲み込んだ。背筋を伸ばし、ルファスと目を合わせる。
「先日の舞踏会で、神殿の門戸は私にも開かれていると伺いました。そのお言葉に、変わりはございませんか?」
「ええ。私の使命は変わりません。イリーシャさまが神殿の門をくぐるのであれば、我々はあなたを守ります」
真剣な表情ではっきり頷くルファスに、イリーシャは安堵の息を吐いた。乾いた喉を紅茶で潤す。
それから、心持ち前のめりになって問いを投げた。
「その、私は聖女になりたいのですが」
「離縁のために?」
言葉にされると、信心とは遠く離れた浅ましい自己都合で恥ずかしい。だがルファスは気に留めず、
「そういう方はよくいらっしゃいますよ。魔力と信仰さえあれば、誰でも神官や聖女になることは可能です」
「魔力、というのは、どのように身につければよろしいのでしょう? 私には無いものですから」
「魔力の有無は、生まれたときに決まっております。おおよそ親から遺伝するものです」
イリーシャの目の前が暗くなった。なんということだ。今からでも訓練すれば魔力の才能が開花するのかと思っていたのに、生まれつきのものだなんて。それではイリーシャは見込みなしではないか。
顔つきが翳ったイリーシャに、ルファスが不思議そうに首を傾げる。
「どうなさいました?」
「い、いえ。では、私は聖女にはなれないと思いまして……。ですが、雑用でもなんでもやりますので、神殿に置いていただけないかと……」
「イリーシャさまが?」
くっ、と喉を鳴らすような笑い声がして、イリーシャは面を上げた。雑用をやるのがそんなにおかしいだろうか?
ルファスは穏やかに微笑んでいる。画家に描かせたら、祭壇に飾るのがふさわしいほどに。
その笑みが急に晴れやかさを増した。瞳に信仰の光が輝く。
「あなたであれば、心配はご無用でしょう」
「そうでしょうか……?」
「ええ、私には分かります。苦しむ人々を救うために遣わされたものというのが、時々いるのですよ」
戸惑うイリーシャをよそに、ルファスは「それで」と言葉を続けた。
「イリーシャさまは、救いをお望みなのですね?」
眼差しの強さに息を呑む。組み合わせた両手を、強く胸元に押しつけた。そこには、ロビンの手紙がしまってあった。
天の遥かから射す陽も麗かに、敬虔な使徒めいてイリーシャは頷いた。
「……はい。どうか私をお救いください、ルファスさま」
そう言った瞬間、体から力が抜けて、彼女は床に倒れ込んだ。
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