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2 二人が結婚した理由

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 マギナ男爵家の長女であったリゼルが、コーネスト伯爵家へ嫁入りすることが決まったのは、今から十年前のこと。

 リゼルが八歳、グレンが十五歳の時で、お互いに顔も知らぬままだった。

 こういうことは貴族の結婚においてはままある。どうせ家同士の繋がり目当ての政略結婚だ。当人の意思や年齢などは頓着されない。

 しかし、二人においては少々事情が違った。

 二人の結婚を取りまとめたのは、互いの祖父――魔獣退治の戦場において、当時の騎士団長であったグレンの祖父を、魔法使いとして帯同していたリゼルの祖父が治療して命を救ったから、というのが始まりである。

 ほとんど千切れかかっていた足を見事にくっつけたというリゼルの祖父の魔法に、グレンの祖父は大層感激したらしい。礼をさせてくれと熱く頼みこんだ。

 そこでリゼルの祖父が提案したのが、彼の孫娘であるリゼルの嫁入りだった。リゼルはある事情から生家で疎まれており、不憫に思った祖父はずっと彼女を外へ連れ出す機を窺っていたのである。

 とはいえ、マギナ家の位は男爵。伯爵であるコーネスト家に嫁げるとは夢にも思っておらず、どこかに嫁入り先を紹介してもらえないかという依頼だった。

 しかしグレンの祖父はリゼルの事情を聞くと、彼の孫息子であるグレンに嫁げばいい、と答えたのである。

 武勇に優れ、王族からの信頼も篤く、代々騎士団の団長を務めるコーネスト伯爵家とたかが男爵位のマギナ家では釣り合わない――通常なら。

 だがマギナ家には、傾いた天秤を押し上げる特別な力があった。

 それが、魔法。

 この国において、マギナの血を引く人間にのみ許された奇跡の力。怪我や病気の治療をしたり、何もないところから火や水を生み出したり。物騒なところでは近くの人間の心臓を止めたり、巨大な建物を押し潰したり。できることは多岐に渡る。

 なぜマギナ家だけがこのような力を持ち得たのかは判然としない。ただ、マギナ家はかつて存在した古代王国の王族の裔であるとも言われていた。

 その昔、大陸を統べる旧き女神が三人の勇士を選んで魔法の力を与えた。そのうち一人は大陸の果てへ向かい、そのうち一人は山奥に隠棲し、そのうち一人は国を興した。その末裔がマギナ家なのだ――と。少なくとも、マギナの人々はそう信じている。

 そんな彼らは自分たちの力の希少価値を高めるために、貴族に対してしか魔法を使わなかった。しかもかなり高額な対価とともに。

 さらに血の流出を恐れて近親婚を繰り返し、王都から離れたマギナ領の山奥にひっそりと暮らして外部との交流を絶っている。

 そんな神秘の家の娘を得られるとなれば、コーネスト伯爵家が身を乗り出すのも無理はない――のだが。

 グレンの祖父が最も重視したのは、そこではなく。

 リゼルの抱えた事情の方だった。

(……お祖父様は仰った。私は〈鳥の目〉を持つのだと)

 目を閉じれば、今でもリゼルはありありと思い出すことができる。マギナ領を見渡せる山の上。ともに夕暮れを見ながら、頭を撫でてくれた祖父の悲しげな笑顔を。枯れ木のように乾いた祖父の手の温かさを。

 とかく排他的なマギナ家において、リゼルは『異端』だった。

 リゼルにはわからなかった。どうして貴族にしか魔法を使ってはいけないのか。どうして高額な報酬と引き換えにしか魔法を使ってはいけないのか。

 目の前の村人が日々の蓄えの中から差し出すほんのわずかな、けれど精一杯の銅貨をもって、どうして村人の子供にささいな魔法薬を与えてはいけないのか。

 どうしてマギナ領を出てはいけないのか。どうして異国の魔法を研究してはいけないのか。どうして、どうして。――そうして。

 リゼルは忌み子として嫌われ、屋敷の小さな離れに閉じこめられて暮らすことになった。

『あの鳥を見ろ』

 時々、祖父はこっそり離れからリゼルを連れ出した。そして最も遠くを見渡せる山頂で、蒼穹を飛んでいく渡り鳥を指差した。

『あの鳥は、この国で最も高く飛ぶんだそうだ。リゼルがあの鳥になったら、何をしたい?』

 唐突な問いに、リゼルは腕を組む。魔法を使えばあの鳥に変身するのは十分可能そうで、考えるだけでワクワクした。

『それなら、この国で一番高い山に行ってみたいわ。そこにしかない物と、そこからしか見えない世界を見るの。どんな花が咲いてるんだろう、街はどんなふうに見えるんだろう、どんな人に会えるんだろう……楽しみね、おじいさま!』

 一つ一つ数え上げるリゼルの隣で、祖父は黙って空を仰いでいた。そして、ポツリと零した。

『そうだ。それがリゼルの持っている〈鳥の目〉だ。好奇心と探究心。外の世界への憧憬。今のマギナ家から失われたもの。それこそが魔法を発展させ、家を栄えさせるだろうになあ……』

 後半の意味はよくわからなかった。首を傾げていると、祖父はくしゃりと笑って幼いリゼルを抱き上げた。

『リゼル、どうかその気持ちを忘れないでおくれ。辛いことも多くあるだろうが、儂がいつかここから連れ出してやるからな』

 思えば、騎士団と行動を共にしていた祖父も同じく〈鳥の目〉を持っていたに違いない。家族から疎まれる悲しみを味わい、それでも外界への憧れと魔法への探究心を捨てられず、苦労したのだろう。そしてその苦しみを、孫にはさせまいと決めていたのだ。

 しかしそんな機微を知る由もなく、リゼルはただこくんと頷いた。ただ、いつか外へ行ける、という希望だけを胸に刻みつけて。

 二人の頭上で鳥はどんどん遠ざかってゆき、その影はもうほんの小さな黒い点にしか見えなくなっていた。
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