呪われた王子様と脇役の私

香月文香

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ハッピーエンド

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 ユリエルは少しだけ怒っていた。イヴが自分を信じてくれなかったことに。
 自分の中にそんな子供っぽい感情があったことに驚く。緩む口元に手を当て、俯いて表情を隠す。
 日に日に元気がなくなっていく彼女の背中をずっと見ていた。すぐに駆け寄って抱きしめたい気持ちと、もっと眺めていたい気持ちが揺れていた。そのうち、何か不穏な決意を固め始めていたので、計画を早めた。

 魔女の狙いはもうずいぶん前に分かっていた。自分でかけた呪いを自分で解く。三流の詐欺師のやり口だ。運命の乙女の口づけなどという嘘の解呪方法を流布し、美しい少女に化けてロマンチックな演出のもと王子の呪いを解く。そして王子が運命の乙女に求婚し、乙女は王妃となる——。馬鹿馬鹿しい。欠伸が出そうな甘ったるい喜劇だ。
 魔女を差し向けた黒幕は王国のとある公爵で、捕縛の準備も整っている。今頃、王国騎士団が捕らえている頃合いだろう。取り潰しのうえ死罪は免れまい。
 しかしユリエル本人としては、この一連の騒動に感謝もしていた。呪われなければ、男爵令嬢のイヴとは出逢うこともなかったのだから。

 幼い頃、世話役として現れたイヴに心を奪われた。どんな手段を使ってもそばにいてほしかった。
 まず、イヴの身分は王の妻になるには低すぎた。それを覆すには、時間と努力を積み重ねるしかなかった。〈落日の宮〉からイヴ以外の世話役を追い払い、イヴがどれほど健気に尽くしているか明らかにした。十年以上世話役として過ごした献身は、現王と王妃も認めるところだ。世話役として身につけさせた教養も、男爵令嬢では得られるはずもなかったもの。今や彼女はこの国で最も王妃にふさわしい淑女だ。誰も文句は言わないだろう。もとより、言わせるつもりもない。

 抱き寄せたイヴの肩が震えている。そっと顔を覗き込むと、青ざめた彼女と目が合った。濃い茶色の瞳が揺らめいている。視線をそらそうとしたので、白い頬に手を当ててこちらを向かせた。周囲から、ほうと感嘆のため息が漏れる。きっと愛し合う二人の戯れに見えることだろう。わざわざ誤解を解く必要はない。

 イヴは自分の見た目が凡庸であることを気にしていたようだが、ユリエルにとっては世界で一番愛らしい少女だった。少し癖のついたブルネットの髪を指先で弄ぶのは心地よかったし、なにより控えめにはにかむ笑顔がとびきり可愛らしかった。
 イヴが唇を噛みしめる。失せた血の気は戻らない。それでも、覚悟を決めたようにユリエルを見上げた。肩に触れるユリエルの手にそっと手を重ねる。それだけで十分だった。

 ——唯一、イヴの想いだけは、ユリエルの手の及ぶところではなかった。

 寝顔に触れるだけの口づけをするような、可愛らしい恋では満足できなかった。自分がイヴを求めるのと同じくらい、強く求めて欲しかった。しかし、それが叶わないことくらい理解していた。

 だからもっと、強い絆を作ることにした。
 イヴと秘密を共有することで。

 イヴに渡した小瓶には当然毒が入っていた。彼女の手はいずれにせよ汚れる運命だったのだ。他ならぬユリエルのせいで。
 しかし彼の用意した暗殺用の毒は、もっと静かに命を奪うだけで、あんなに苦しむことはないはずだった。

 魔女が呻きながらのたうち回り初めるのを眺めていたとき、ユリエルは声をあげて笑いそうになるのを懸命に抑えていた。腕に閉じ込めたイヴが苦しげに吐息を漏らすのを感じ、背筋にぞくぞくしたものが走った。
 イヴは自分で運命を選んだのだ。そしてそれが、ユリエルにとっては最も重要なことだった。たとえ彼女にそんなつもりがなかったとしても。

 いずれにせよ、もはや手離すつもりはない。

 与えられる運命になど何の意味もない。自分で選んだものだけが、いつだって愛に値する。 
 王子様とお姫様は結ばれてハッピーエンド。これでこの物語はおしまいだ。めでたし、めでたし。


 ■  ■  ■

 
 王国暦五二六年。
 第一王子ユリエル=デディシアが戴冠し、コートニー男爵家次女であるイヴ・コートニーと結婚した。彼女は男爵という身分ではあるものの、王子時代から新王を支え、「呪われた王子事件」の立役者でもある。文句を言う者は一人もおらず、国全体が二人を祝福した。結婚後も二人は仲睦まじく、王は片時も王妃を手離すことはなかったと伝えられる。二人は理想の夫婦として民に慕われ、王国では彼らを題材にした歌劇や童話が盛んに作られた。
 そのどれもがこう結ばれる。
 二人はいつまでも幸福に暮らしました、と。

<了>
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