6 / 6
ハッピーエンド
しおりを挟む
ユリエルは少しだけ怒っていた。イヴが自分を信じてくれなかったことに。
自分の中にそんな子供っぽい感情があったことに驚く。緩む口元に手を当て、俯いて表情を隠す。
日に日に元気がなくなっていく彼女の背中をずっと見ていた。すぐに駆け寄って抱きしめたい気持ちと、もっと眺めていたい気持ちが揺れていた。そのうち、何か不穏な決意を固め始めていたので、計画を早めた。
魔女の狙いはもうずいぶん前に分かっていた。自分でかけた呪いを自分で解く。三流の詐欺師のやり口だ。運命の乙女の口づけなどという嘘の解呪方法を流布し、美しい少女に化けてロマンチックな演出のもと王子の呪いを解く。そして王子が運命の乙女に求婚し、乙女は王妃となる——。馬鹿馬鹿しい。欠伸が出そうな甘ったるい喜劇だ。
魔女を差し向けた黒幕は王国のとある公爵で、捕縛の準備も整っている。今頃、王国騎士団が捕らえている頃合いだろう。取り潰しのうえ死罪は免れまい。
しかしユリエル本人としては、この一連の騒動に感謝もしていた。呪われなければ、男爵令嬢のイヴとは出逢うこともなかったのだから。
幼い頃、世話役として現れたイヴに心を奪われた。どんな手段を使ってもそばにいてほしかった。
まず、イヴの身分は王の妻になるには低すぎた。それを覆すには、時間と努力を積み重ねるしかなかった。〈落日の宮〉からイヴ以外の世話役を追い払い、イヴがどれほど健気に尽くしているか明らかにした。十年以上世話役として過ごした献身は、現王と王妃も認めるところだ。世話役として身につけさせた教養も、男爵令嬢では得られるはずもなかったもの。今や彼女はこの国で最も王妃にふさわしい淑女だ。誰も文句は言わないだろう。もとより、言わせるつもりもない。
抱き寄せたイヴの肩が震えている。そっと顔を覗き込むと、青ざめた彼女と目が合った。濃い茶色の瞳が揺らめいている。視線をそらそうとしたので、白い頬に手を当ててこちらを向かせた。周囲から、ほうと感嘆のため息が漏れる。きっと愛し合う二人の戯れに見えることだろう。わざわざ誤解を解く必要はない。
イヴは自分の見た目が凡庸であることを気にしていたようだが、ユリエルにとっては世界で一番愛らしい少女だった。少し癖のついたブルネットの髪を指先で弄ぶのは心地よかったし、なにより控えめにはにかむ笑顔がとびきり可愛らしかった。
イヴが唇を噛みしめる。失せた血の気は戻らない。それでも、覚悟を決めたようにユリエルを見上げた。肩に触れるユリエルの手にそっと手を重ねる。それだけで十分だった。
——唯一、イヴの想いだけは、ユリエルの手の及ぶところではなかった。
寝顔に触れるだけの口づけをするような、可愛らしい恋では満足できなかった。自分がイヴを求めるのと同じくらい、強く求めて欲しかった。しかし、それが叶わないことくらい理解していた。
だからもっと、強い絆を作ることにした。
イヴと秘密を共有することで。
イヴに渡した小瓶には当然毒が入っていた。彼女の手はいずれにせよ汚れる運命だったのだ。他ならぬユリエルのせいで。
しかし彼の用意した暗殺用の毒は、もっと静かに命を奪うだけで、あんなに苦しむことはないはずだった。
魔女が呻きながらのたうち回り初めるのを眺めていたとき、ユリエルは声をあげて笑いそうになるのを懸命に抑えていた。腕に閉じ込めたイヴが苦しげに吐息を漏らすのを感じ、背筋にぞくぞくしたものが走った。
イヴは自分で運命を選んだのだ。そしてそれが、ユリエルにとっては最も重要なことだった。たとえ彼女にそんなつもりがなかったとしても。
いずれにせよ、もはや手離すつもりはない。
与えられる運命になど何の意味もない。自分で選んだものだけが、いつだって愛に値する。
王子様とお姫様は結ばれてハッピーエンド。これでこの物語はおしまいだ。めでたし、めでたし。
■ ■ ■
王国暦五二六年。
第一王子ユリエル=デディシアが戴冠し、コートニー男爵家次女であるイヴ・コートニーと結婚した。彼女は男爵という身分ではあるものの、王子時代から新王を支え、「呪われた王子事件」の立役者でもある。文句を言う者は一人もおらず、国全体が二人を祝福した。結婚後も二人は仲睦まじく、王は片時も王妃を手離すことはなかったと伝えられる。二人は理想の夫婦として民に慕われ、王国では彼らを題材にした歌劇や童話が盛んに作られた。
そのどれもがこう結ばれる。
二人はいつまでも幸福に暮らしました、と。
<了>
自分の中にそんな子供っぽい感情があったことに驚く。緩む口元に手を当て、俯いて表情を隠す。
日に日に元気がなくなっていく彼女の背中をずっと見ていた。すぐに駆け寄って抱きしめたい気持ちと、もっと眺めていたい気持ちが揺れていた。そのうち、何か不穏な決意を固め始めていたので、計画を早めた。
魔女の狙いはもうずいぶん前に分かっていた。自分でかけた呪いを自分で解く。三流の詐欺師のやり口だ。運命の乙女の口づけなどという嘘の解呪方法を流布し、美しい少女に化けてロマンチックな演出のもと王子の呪いを解く。そして王子が運命の乙女に求婚し、乙女は王妃となる——。馬鹿馬鹿しい。欠伸が出そうな甘ったるい喜劇だ。
魔女を差し向けた黒幕は王国のとある公爵で、捕縛の準備も整っている。今頃、王国騎士団が捕らえている頃合いだろう。取り潰しのうえ死罪は免れまい。
しかしユリエル本人としては、この一連の騒動に感謝もしていた。呪われなければ、男爵令嬢のイヴとは出逢うこともなかったのだから。
幼い頃、世話役として現れたイヴに心を奪われた。どんな手段を使ってもそばにいてほしかった。
まず、イヴの身分は王の妻になるには低すぎた。それを覆すには、時間と努力を積み重ねるしかなかった。〈落日の宮〉からイヴ以外の世話役を追い払い、イヴがどれほど健気に尽くしているか明らかにした。十年以上世話役として過ごした献身は、現王と王妃も認めるところだ。世話役として身につけさせた教養も、男爵令嬢では得られるはずもなかったもの。今や彼女はこの国で最も王妃にふさわしい淑女だ。誰も文句は言わないだろう。もとより、言わせるつもりもない。
抱き寄せたイヴの肩が震えている。そっと顔を覗き込むと、青ざめた彼女と目が合った。濃い茶色の瞳が揺らめいている。視線をそらそうとしたので、白い頬に手を当ててこちらを向かせた。周囲から、ほうと感嘆のため息が漏れる。きっと愛し合う二人の戯れに見えることだろう。わざわざ誤解を解く必要はない。
イヴは自分の見た目が凡庸であることを気にしていたようだが、ユリエルにとっては世界で一番愛らしい少女だった。少し癖のついたブルネットの髪を指先で弄ぶのは心地よかったし、なにより控えめにはにかむ笑顔がとびきり可愛らしかった。
イヴが唇を噛みしめる。失せた血の気は戻らない。それでも、覚悟を決めたようにユリエルを見上げた。肩に触れるユリエルの手にそっと手を重ねる。それだけで十分だった。
——唯一、イヴの想いだけは、ユリエルの手の及ぶところではなかった。
寝顔に触れるだけの口づけをするような、可愛らしい恋では満足できなかった。自分がイヴを求めるのと同じくらい、強く求めて欲しかった。しかし、それが叶わないことくらい理解していた。
だからもっと、強い絆を作ることにした。
イヴと秘密を共有することで。
イヴに渡した小瓶には当然毒が入っていた。彼女の手はいずれにせよ汚れる運命だったのだ。他ならぬユリエルのせいで。
しかし彼の用意した暗殺用の毒は、もっと静かに命を奪うだけで、あんなに苦しむことはないはずだった。
魔女が呻きながらのたうち回り初めるのを眺めていたとき、ユリエルは声をあげて笑いそうになるのを懸命に抑えていた。腕に閉じ込めたイヴが苦しげに吐息を漏らすのを感じ、背筋にぞくぞくしたものが走った。
イヴは自分で運命を選んだのだ。そしてそれが、ユリエルにとっては最も重要なことだった。たとえ彼女にそんなつもりがなかったとしても。
いずれにせよ、もはや手離すつもりはない。
与えられる運命になど何の意味もない。自分で選んだものだけが、いつだって愛に値する。
王子様とお姫様は結ばれてハッピーエンド。これでこの物語はおしまいだ。めでたし、めでたし。
■ ■ ■
王国暦五二六年。
第一王子ユリエル=デディシアが戴冠し、コートニー男爵家次女であるイヴ・コートニーと結婚した。彼女は男爵という身分ではあるものの、王子時代から新王を支え、「呪われた王子事件」の立役者でもある。文句を言う者は一人もおらず、国全体が二人を祝福した。結婚後も二人は仲睦まじく、王は片時も王妃を手離すことはなかったと伝えられる。二人は理想の夫婦として民に慕われ、王国では彼らを題材にした歌劇や童話が盛んに作られた。
そのどれもがこう結ばれる。
二人はいつまでも幸福に暮らしました、と。
<了>
42
お気に入りに追加
72
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。
白霧雪。
恋愛
王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる