2 / 6
第二王子とのお茶会
しおりを挟む
〈暁の宮〉は、真白い壁に鮮やかな琥珀の装飾が施された華やかな離宮だった。廊下を歩けばひっきりなしに人と行き交い、その誰もが流行のドレスや礼服に身を包み胸を張って歩いている。
「ようこそ兄上。ご足労をおかけして申し訳ないですねえ」
常と同じに〈暁の宮〉の最奥で待ち構えていたジルは、少し肥えた体を柔らかそうなチンツ張りの椅子に投げ出し、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。背後には美しい女たちを侍らせ、目の前のテーブルには瑞々しい果物や、美味しそうな茶菓子の載った皿が所狭しと並べられている。
「用件は何だ?」
ユリエルは弟の言葉を無視し、イヴが引いた椅子に腰掛けた。優雅に足を組み、心持ち顎を上げてジルを見下ろす。前髪の間から覗く蒼瞳の底で、冷たい光が冴え冴えと輝いていた。
ジルがごくりと唾を飲み込み、視線を床に彷徨わせた。だがすぐに顔を上げ、薄っぺらい笑顔を見せる。大げさに腕を振りながら、
「いえね、もう少しで僕の誕生日パーティですから。兄上にもぜひ参加して欲しくって。今日は招待状をお渡ししようと思ったんですよ」
侍る少女の一人がほっそりとした手を伸ばし、ユリエルの前に白封筒を置いた。
彼は一瞥もせず、
「用件はそれだけか。くだらない」
「いえいえ、まだありますよ。そこの世話役の話なんですがね」
急に指差されて、イヴはびくりと肩を揺らした。ジルのねっとりした視線が肌をねぶるような気がして、思わず体を抱きしめる。
ユリエルが顔をしかめた。
「……彼女がどうかしたか」
「実は父や母とも話していたんですよ。王族に対するイヴ嬢の献身は素晴らしい。ぜひとも報いなければならない、と」
「要点を話せ」
「ですから」
ジルが舌で唇を舐めた。
「イヴ嬢を、僕の何番目かの愛人に迎えようと思うんですよ。良いアイデアでしょう?」
「——ふざけるな」
ぞっとするほど冷たい声に、イヴは思わず身をすくませた。ユリエルの顔からは完全に表情が抜け落ち、わずかに見開かれた目だけが炯々と光っている。
ジルがヒュッと息を呑み、背中を背もたれに押しつけた。しかし脂汗の浮かぶ額を手でこすり、勝ち誇ったように唇の端をつり上げる。
「でも兄上がイヴ嬢に何をしてやれるっていうんです。僕の誕生日の一週間後に、あなたは十八歳のお誕生日を迎えるというのに」
「言いたいことは、それだけか?」
限りなく静かな口調で、ユリエルは言い放った。ともすれば穏やかとも言える響きには、抑えつけられた激情の気配が漂っていて、触れれば爆発しそうだった。
部屋の中は夜の底に落ちたように静まりかえっている。外の喧騒が遠い。イヴは立っているのが精一杯だった。
ユリエルが席を立つ。指先で招待状を摘み上げ、しきりに瞬くジルの前でひらひらさせた。
「お招きどうもありがとう。イヴとともに参加するとしよう」
「……あ、お、おい!」
ジルが椅子を蹴立てたときにはもう、ユリエルはイヴの手を取って部屋を出ようとしていた。最後に振り向き、冷え切った声で吐き捨てる。
「二度とイヴに下衆な視線を向けるな」
「ようこそ兄上。ご足労をおかけして申し訳ないですねえ」
常と同じに〈暁の宮〉の最奥で待ち構えていたジルは、少し肥えた体を柔らかそうなチンツ張りの椅子に投げ出し、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。背後には美しい女たちを侍らせ、目の前のテーブルには瑞々しい果物や、美味しそうな茶菓子の載った皿が所狭しと並べられている。
「用件は何だ?」
ユリエルは弟の言葉を無視し、イヴが引いた椅子に腰掛けた。優雅に足を組み、心持ち顎を上げてジルを見下ろす。前髪の間から覗く蒼瞳の底で、冷たい光が冴え冴えと輝いていた。
ジルがごくりと唾を飲み込み、視線を床に彷徨わせた。だがすぐに顔を上げ、薄っぺらい笑顔を見せる。大げさに腕を振りながら、
「いえね、もう少しで僕の誕生日パーティですから。兄上にもぜひ参加して欲しくって。今日は招待状をお渡ししようと思ったんですよ」
侍る少女の一人がほっそりとした手を伸ばし、ユリエルの前に白封筒を置いた。
彼は一瞥もせず、
「用件はそれだけか。くだらない」
「いえいえ、まだありますよ。そこの世話役の話なんですがね」
急に指差されて、イヴはびくりと肩を揺らした。ジルのねっとりした視線が肌をねぶるような気がして、思わず体を抱きしめる。
ユリエルが顔をしかめた。
「……彼女がどうかしたか」
「実は父や母とも話していたんですよ。王族に対するイヴ嬢の献身は素晴らしい。ぜひとも報いなければならない、と」
「要点を話せ」
「ですから」
ジルが舌で唇を舐めた。
「イヴ嬢を、僕の何番目かの愛人に迎えようと思うんですよ。良いアイデアでしょう?」
「——ふざけるな」
ぞっとするほど冷たい声に、イヴは思わず身をすくませた。ユリエルの顔からは完全に表情が抜け落ち、わずかに見開かれた目だけが炯々と光っている。
ジルがヒュッと息を呑み、背中を背もたれに押しつけた。しかし脂汗の浮かぶ額を手でこすり、勝ち誇ったように唇の端をつり上げる。
「でも兄上がイヴ嬢に何をしてやれるっていうんです。僕の誕生日の一週間後に、あなたは十八歳のお誕生日を迎えるというのに」
「言いたいことは、それだけか?」
限りなく静かな口調で、ユリエルは言い放った。ともすれば穏やかとも言える響きには、抑えつけられた激情の気配が漂っていて、触れれば爆発しそうだった。
部屋の中は夜の底に落ちたように静まりかえっている。外の喧騒が遠い。イヴは立っているのが精一杯だった。
ユリエルが席を立つ。指先で招待状を摘み上げ、しきりに瞬くジルの前でひらひらさせた。
「お招きどうもありがとう。イヴとともに参加するとしよう」
「……あ、お、おい!」
ジルが椅子を蹴立てたときにはもう、ユリエルはイヴの手を取って部屋を出ようとしていた。最後に振り向き、冷え切った声で吐き捨てる。
「二度とイヴに下衆な視線を向けるな」
30
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

ワケあり令嬢と騎士
リオ
恋愛
とある子どものできない貴族に養子として引き取られた娘ーーノノアント。しかし一人の女の子が産まれ、姉となった。貴族の血筋の引く妹ができたことにより『いらない子』となってしまったノノアント。元から自分の存在意義を求めることをやめていた。そんな時、少年の暖かさがノノアントの冷めきった心を微かに温めた。唯一気を許せる存在となりつつあった少年はある日から姿を見せなくなり、十年後にその姿を現した。妹の騎士として。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。
白霧雪。
恋愛
王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる