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婚約破棄
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「リリィ、私は真実の愛を見つけたわ」
そう言って、姉のステラルードは私の前から姿を消した。
公爵家での生活も、第一王子の婚約者としての立場も、父も母も三つ年下の妹も、何もかもを置き去って、姉は真実の愛たる商人の男の手を取った。
「大丈夫よ、真実の愛は無敵なのよ。どんなことがあったって、私は大丈夫よ」
晴れやかに笑って、泣き縋る私の手を振り払った。
「真実の愛なんてない! ステラ姉様は大馬鹿者だわ!」
泣き叫ぶ私に、姉は困ったように眉を下げた。
「——いいえ、あるわ。リリィもきっと見つけられるはずよ」
表情とは裏腹に、声音には確信が満ちていた。
私の額にキスを落として、姉は公爵邸の裏門から身一つで出ていった。十年前、私が八歳になる春の日のことだった。
それが生きている姉を見た最後。
それから五年後、姉は首なし死体になって帰ってきたのだ。
■ ■ ■
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」
宮殿の大広間。この国の王太子であり、私の婚約者であるところのエリック・グランドリスに告げられた言葉に、私はふっと過去を思い出していた。
天井から吊り下げられたいくつもの水晶のシャンデリアが、目の前に立つエリックを煌々と照らしている。輝く金髪に、晴れた空みたいな青い瞳。今夜はエリックの十八歳の誕生日パーティーということもあって、礼服をすらりと着こなしている。見た目だけは、まるきり御伽噺から抜け出てきた王子様だ。見た目だけは。
そんなエリックは、王国の主だった貴族たちが居並ぶ中で、キラキラと瞳を輝かせて宣言した。
「だから君との婚約は、破棄させてもらう!」
私たちを囲む貴族たちが一斉にどよめく。その気持ちは分かる。私も一緒になって、「気が狂われましたか⁉︎」とかなんとか言いたかった。
この国では十八歳で成人を迎える。だからエリックが十八歳になった今日、王や貴族たちの前で婚約披露を行い、私たちの婚約は確定する予定だったのだ。エリックから結婚指輪を贈ってもらい、ミュラー公爵家の次姫であるこの私、リリアーナ・ミュラーは王太子妃になるはずだった。
それが一体どうしたことか。
私は深く息を吸い、できるだけ優雅に扇を開いてみせた。
「……まあ殿下。あなたの見つけた真実の愛とは、いったいどこの御令嬢を指すのです?」
「わ、わたしですっ」
貴族の群れの中から高い声があがって、一人の少女がポンと飛び出してきた。ピンク色のフリルとリボンのドレスを着た、可愛らしい少女だった。くるくる巻かれたストロベリーブロンドの髪を弾ませて、エリックの隣まで駆けていく。丸い頬が上気して、林檎みたいだった。
エリックは少女を抱きとめるとその肩を抱き、私に向き直る。少女はエリックにぴったりと身を寄せた。ほとんど胸を押し付けるようにしている。華奢な体つきの割に豊かな胸がふに、と形を変えていた。
エリックが満更でもなさそうに鼻の下を伸ばすのを、私は見逃さなかった。分かるわ、私より胸が大きいものね、彼女。
——で。
「可愛らしい方ね。紹介してくださる?」
「彼女はアンナ・マロウ。僕が唯一愛する女性だ!」
「マロウ男爵家の三女の方ね。確か、最近社交界にデビューしたばかりだったかしら。ふぅん? どういうことか、ご説明くださる?」
ちらりと視線を向けると、アンナがびくりと身を震わせた。
「エリックさま、怖いですっ」
「こら、リリィ! 僕のアンナを怯えさせるな! いいか、アンナと僕は、五ヶ月前の舞踏会で出会ったんだ。アンナを見た瞬間、僕の体に電撃が走ったよ。今までどんな女性にも感じたことのなかったときめき……それで分かったんだ。僕の運命の人は、アンナしかいない。そこから逢瀬を重ね、ますます愛は募るばかりだったよ。これこそが真実の愛だと確信を得るのに、そう時間はかからなかった」
「え、エリックさまぁ……わたしも同じ気持ちですわっ」
五ヶ月前の舞踏会というと、ちょうどアンナが社交界デビューした頃だ。当然その時期だって、エリックと私は婚約中だった。それなのに逢瀬を重ねたって言った? 堂々の浮気宣言?
まあいい。
私はぱちんと扇を閉じた。にっこりと淑女の笑みを浮かべ、扇の先を突きつける。
「殿下、アンナ嬢を正式な王太子妃にするつもりですか? 側妃ではなく?」
エリックの頬に血がのぼる。
「アンナを側妃にするわけないだろう! アンナこそが王太子妃にふさわしいんだ!」
「王太子妃というのは、存外大変なものですわよ? 求められる教養は、歴史、地理、言語、数学、話術、その他諸々と幅広く。もちろん、自国だけでなく周辺諸国の知識も持っていて当たり前。ダンスも乗馬も刺繍も絵画もできて当然で、テーブルマナーの失敗なんて許されません。社交界では一挙手一投足を皆に値踏みされ、もちろん国民への奉仕活動も行います。それを、アンナ嬢がこなせると?」
「できるに決まっている!」
エリックは鼻息荒く叫んだ。アンナも丸い瞳を潤ませて頷いている。
「僕たちの間には、真実の愛があるんだ! 真実の愛の前には、どんな障害だって打ち倒される!」
「まあ、そうなのね」
私は扇を引っ込めた。うふふ、と笑いがこぼれる。
エリックを支えるために、私は過酷な妃教育を課された。十年前、いなくなった姉の代わりにエリックの婚約者となってから、ずっと。
ご覧の通り、エリックは直情的で後先考えないところがある。玉座に就くには致命的な欠点だ。だから現王であるエリックの父は、将来の妃になるだろう私に、エリックの補佐をさせるつもりだったのだ。
私は耐えた。エリックが他の女にうつつを抜かしているときも勉学に励み、舞踏会で足を踏みまくるエリックをなんとかフォローし、晩餐会でエリックがこぼした失言を、話術でどうにかごまかした。
私の生家、ミュラー公爵家の栄達は、私の両肩にかかっていたからだ。
それを、エリックとアンナは真実の愛で乗り越えるつもりらしい。
軋むほど強く扇を握りしめる。ドクン、と心臓が波打った。体温が上がる。頬が紅潮するのが自分でも分かる。
今この場で、心の底から湧き上がってきたのは、紛れもない——。
喜びだった。
「なるほど、『真実の愛は無敵』というわけですわね」
喜色の滲む私の声に、エリックはパッと顔を輝かせる。大きく首を振り、
「そうだ。リリィ、分かってくれるか。僕たちの結婚を祝ってくれるか?」
頬が緩むのを抑えられなかった。婚約を破棄されて、今までの努力は無に帰して、この先どうなるかなんて分からなくて。それでも嬉しくて仕方がなかった。
だって今、目の前に、私が求めてやまなかったものがある。
——真実の愛が。
姉が見つけたというそれ。それさえあれば、姉は大丈夫だという魔法の杖。
エリックとアンナをじっと見つめる。二人とも無垢に目を輝かせて、まるで自分たちの愛を疑っていないようだ。薄寒くなるほどの盲信ぶり。
だがそれでこそ、真実の愛にふさわしい。
私はこの二人を利用する。この二人の前に、世界で一番悪い魔女となって立ち塞がる。ありとあらゆる苦難を与え、二人を引き裂く舞台を整えて差し上げる。
そうして最後、二人が愛によって結ばれる幸福な結末を見てやるのだ。
それこそが、真実の愛の存在証明だから。
この手で必ず、真実の愛はこの世に存在すると証明する。
固唾を飲んでこちらを見守る貴族たちを見やり、私は高らかに告げた。
「お二人は真実の愛で結ばれているのですね? 素敵なことですわ。私は大人しく身を引きます。ええ、喜んで婚約破棄を受け入れましょう!」
貴族たちの驚きの声が大広間の空気をどよめかせる。高鳴る胸を押さえ、私は頭の隅でこれからのことを考えた。家族に説明して、陛下に婚約破棄を承認してもらって、そのあとは——。
そのとき、低い声がその場を圧した。
「ならば、リリアーナ嬢は俺が貰い受けても構わないな?」
コツ、と靴の踵が大理石の床を鳴らす音が響く。その足音に呼応するように、貴族の群れがサッと二つに割れる。
海を割って民を導いた聖人のごとく現れた人影に、私は小さく呻いた。
「エドヴァルド殿下……」
世にも美しい男だった。彫刻よりも整った顔立ちの中、切れ長の金の瞳が鋭く私をとらえる。シャンデリアの光の下、真紅の髪は燃えるようだった。長駆を夜会服に包んだ姿は思わず目を奪われるほど存在感があって、周囲のご令嬢がぽうっと頬を染めている。
男は私のそばに跪いたかと思うと、そっと私の左手を取った。そのまま流れるように薬指に口付ける。本来ならば、エリックの結婚指輪が嵌められるはずだった指に。
唖然とする私を見上げ、男は不敵に微笑んだ。
「リリアーナ殿、俺の婚約者になってくれるか? 俺はしがない第二王子だが、誰よりも貴方を愛すると誓おう」
「えっ⁉︎」
御令嬢方からキャーッとはしゃいだ悲鳴が上がる。私は真っ白な頭のままエドヴァルドを見下ろした。彼の唇の触れた薬指が、ジリジリと熱を持つ。
エドヴァルドは無言で返事を待っていた。けれどこちらに向けられる瞳の奥には強い光が宿っていて、くらりと目眩がする。その場に立っているのがやっとだった。
それでもう、ただ気圧されるように頷いた。
「は、はい……」
エドヴァルドの唇が綻ぶ。最前までの不遜な気配の消えた、どこか子どもみたいな笑みだった。
そう言って、姉のステラルードは私の前から姿を消した。
公爵家での生活も、第一王子の婚約者としての立場も、父も母も三つ年下の妹も、何もかもを置き去って、姉は真実の愛たる商人の男の手を取った。
「大丈夫よ、真実の愛は無敵なのよ。どんなことがあったって、私は大丈夫よ」
晴れやかに笑って、泣き縋る私の手を振り払った。
「真実の愛なんてない! ステラ姉様は大馬鹿者だわ!」
泣き叫ぶ私に、姉は困ったように眉を下げた。
「——いいえ、あるわ。リリィもきっと見つけられるはずよ」
表情とは裏腹に、声音には確信が満ちていた。
私の額にキスを落として、姉は公爵邸の裏門から身一つで出ていった。十年前、私が八歳になる春の日のことだった。
それが生きている姉を見た最後。
それから五年後、姉は首なし死体になって帰ってきたのだ。
■ ■ ■
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」
宮殿の大広間。この国の王太子であり、私の婚約者であるところのエリック・グランドリスに告げられた言葉に、私はふっと過去を思い出していた。
天井から吊り下げられたいくつもの水晶のシャンデリアが、目の前に立つエリックを煌々と照らしている。輝く金髪に、晴れた空みたいな青い瞳。今夜はエリックの十八歳の誕生日パーティーということもあって、礼服をすらりと着こなしている。見た目だけは、まるきり御伽噺から抜け出てきた王子様だ。見た目だけは。
そんなエリックは、王国の主だった貴族たちが居並ぶ中で、キラキラと瞳を輝かせて宣言した。
「だから君との婚約は、破棄させてもらう!」
私たちを囲む貴族たちが一斉にどよめく。その気持ちは分かる。私も一緒になって、「気が狂われましたか⁉︎」とかなんとか言いたかった。
この国では十八歳で成人を迎える。だからエリックが十八歳になった今日、王や貴族たちの前で婚約披露を行い、私たちの婚約は確定する予定だったのだ。エリックから結婚指輪を贈ってもらい、ミュラー公爵家の次姫であるこの私、リリアーナ・ミュラーは王太子妃になるはずだった。
それが一体どうしたことか。
私は深く息を吸い、できるだけ優雅に扇を開いてみせた。
「……まあ殿下。あなたの見つけた真実の愛とは、いったいどこの御令嬢を指すのです?」
「わ、わたしですっ」
貴族の群れの中から高い声があがって、一人の少女がポンと飛び出してきた。ピンク色のフリルとリボンのドレスを着た、可愛らしい少女だった。くるくる巻かれたストロベリーブロンドの髪を弾ませて、エリックの隣まで駆けていく。丸い頬が上気して、林檎みたいだった。
エリックは少女を抱きとめるとその肩を抱き、私に向き直る。少女はエリックにぴったりと身を寄せた。ほとんど胸を押し付けるようにしている。華奢な体つきの割に豊かな胸がふに、と形を変えていた。
エリックが満更でもなさそうに鼻の下を伸ばすのを、私は見逃さなかった。分かるわ、私より胸が大きいものね、彼女。
——で。
「可愛らしい方ね。紹介してくださる?」
「彼女はアンナ・マロウ。僕が唯一愛する女性だ!」
「マロウ男爵家の三女の方ね。確か、最近社交界にデビューしたばかりだったかしら。ふぅん? どういうことか、ご説明くださる?」
ちらりと視線を向けると、アンナがびくりと身を震わせた。
「エリックさま、怖いですっ」
「こら、リリィ! 僕のアンナを怯えさせるな! いいか、アンナと僕は、五ヶ月前の舞踏会で出会ったんだ。アンナを見た瞬間、僕の体に電撃が走ったよ。今までどんな女性にも感じたことのなかったときめき……それで分かったんだ。僕の運命の人は、アンナしかいない。そこから逢瀬を重ね、ますます愛は募るばかりだったよ。これこそが真実の愛だと確信を得るのに、そう時間はかからなかった」
「え、エリックさまぁ……わたしも同じ気持ちですわっ」
五ヶ月前の舞踏会というと、ちょうどアンナが社交界デビューした頃だ。当然その時期だって、エリックと私は婚約中だった。それなのに逢瀬を重ねたって言った? 堂々の浮気宣言?
まあいい。
私はぱちんと扇を閉じた。にっこりと淑女の笑みを浮かべ、扇の先を突きつける。
「殿下、アンナ嬢を正式な王太子妃にするつもりですか? 側妃ではなく?」
エリックの頬に血がのぼる。
「アンナを側妃にするわけないだろう! アンナこそが王太子妃にふさわしいんだ!」
「王太子妃というのは、存外大変なものですわよ? 求められる教養は、歴史、地理、言語、数学、話術、その他諸々と幅広く。もちろん、自国だけでなく周辺諸国の知識も持っていて当たり前。ダンスも乗馬も刺繍も絵画もできて当然で、テーブルマナーの失敗なんて許されません。社交界では一挙手一投足を皆に値踏みされ、もちろん国民への奉仕活動も行います。それを、アンナ嬢がこなせると?」
「できるに決まっている!」
エリックは鼻息荒く叫んだ。アンナも丸い瞳を潤ませて頷いている。
「僕たちの間には、真実の愛があるんだ! 真実の愛の前には、どんな障害だって打ち倒される!」
「まあ、そうなのね」
私は扇を引っ込めた。うふふ、と笑いがこぼれる。
エリックを支えるために、私は過酷な妃教育を課された。十年前、いなくなった姉の代わりにエリックの婚約者となってから、ずっと。
ご覧の通り、エリックは直情的で後先考えないところがある。玉座に就くには致命的な欠点だ。だから現王であるエリックの父は、将来の妃になるだろう私に、エリックの補佐をさせるつもりだったのだ。
私は耐えた。エリックが他の女にうつつを抜かしているときも勉学に励み、舞踏会で足を踏みまくるエリックをなんとかフォローし、晩餐会でエリックがこぼした失言を、話術でどうにかごまかした。
私の生家、ミュラー公爵家の栄達は、私の両肩にかかっていたからだ。
それを、エリックとアンナは真実の愛で乗り越えるつもりらしい。
軋むほど強く扇を握りしめる。ドクン、と心臓が波打った。体温が上がる。頬が紅潮するのが自分でも分かる。
今この場で、心の底から湧き上がってきたのは、紛れもない——。
喜びだった。
「なるほど、『真実の愛は無敵』というわけですわね」
喜色の滲む私の声に、エリックはパッと顔を輝かせる。大きく首を振り、
「そうだ。リリィ、分かってくれるか。僕たちの結婚を祝ってくれるか?」
頬が緩むのを抑えられなかった。婚約を破棄されて、今までの努力は無に帰して、この先どうなるかなんて分からなくて。それでも嬉しくて仕方がなかった。
だって今、目の前に、私が求めてやまなかったものがある。
——真実の愛が。
姉が見つけたというそれ。それさえあれば、姉は大丈夫だという魔法の杖。
エリックとアンナをじっと見つめる。二人とも無垢に目を輝かせて、まるで自分たちの愛を疑っていないようだ。薄寒くなるほどの盲信ぶり。
だがそれでこそ、真実の愛にふさわしい。
私はこの二人を利用する。この二人の前に、世界で一番悪い魔女となって立ち塞がる。ありとあらゆる苦難を与え、二人を引き裂く舞台を整えて差し上げる。
そうして最後、二人が愛によって結ばれる幸福な結末を見てやるのだ。
それこそが、真実の愛の存在証明だから。
この手で必ず、真実の愛はこの世に存在すると証明する。
固唾を飲んでこちらを見守る貴族たちを見やり、私は高らかに告げた。
「お二人は真実の愛で結ばれているのですね? 素敵なことですわ。私は大人しく身を引きます。ええ、喜んで婚約破棄を受け入れましょう!」
貴族たちの驚きの声が大広間の空気をどよめかせる。高鳴る胸を押さえ、私は頭の隅でこれからのことを考えた。家族に説明して、陛下に婚約破棄を承認してもらって、そのあとは——。
そのとき、低い声がその場を圧した。
「ならば、リリアーナ嬢は俺が貰い受けても構わないな?」
コツ、と靴の踵が大理石の床を鳴らす音が響く。その足音に呼応するように、貴族の群れがサッと二つに割れる。
海を割って民を導いた聖人のごとく現れた人影に、私は小さく呻いた。
「エドヴァルド殿下……」
世にも美しい男だった。彫刻よりも整った顔立ちの中、切れ長の金の瞳が鋭く私をとらえる。シャンデリアの光の下、真紅の髪は燃えるようだった。長駆を夜会服に包んだ姿は思わず目を奪われるほど存在感があって、周囲のご令嬢がぽうっと頬を染めている。
男は私のそばに跪いたかと思うと、そっと私の左手を取った。そのまま流れるように薬指に口付ける。本来ならば、エリックの結婚指輪が嵌められるはずだった指に。
唖然とする私を見上げ、男は不敵に微笑んだ。
「リリアーナ殿、俺の婚約者になってくれるか? 俺はしがない第二王子だが、誰よりも貴方を愛すると誓おう」
「えっ⁉︎」
御令嬢方からキャーッとはしゃいだ悲鳴が上がる。私は真っ白な頭のままエドヴァルドを見下ろした。彼の唇の触れた薬指が、ジリジリと熱を持つ。
エドヴァルドは無言で返事を待っていた。けれどこちらに向けられる瞳の奥には強い光が宿っていて、くらりと目眩がする。その場に立っているのがやっとだった。
それでもう、ただ気圧されるように頷いた。
「は、はい……」
エドヴァルドの唇が綻ぶ。最前までの不遜な気配の消えた、どこか子どもみたいな笑みだった。
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