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第三章「抗え本編」
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しおりを挟む「オマットがイベントの影響をあまり受けていないかもしれない?」
姉から聞いた言葉に驚く。今は四月の四週目が終わりそうな時期と、それ程時間は経っていない。
彼は俺達とは違って指輪を着けている訳でも無い、考えてみれば確かにゼアやマカロ達とは違ってすぐ違和感を口に出来ていた。
同じ攻略対象なのに、どうしてこんなに違うのだろうか。
「それで、イベントがその後三つくらい発生したっぽいんだけど終わったら帰ってきた」
「マジですか……って待て。三つ? それ、合計で四つ発生してないですか!?」
「あ」
個別イベントは全部で合計五つ。
現状で揃えられるイベントを全て発生させたということは、最後の一つは本編のメインイベントの一つ……修学旅行のチームイベントと見て間違いない。
ただ恐らくファジィが婚約者ではない為、チームメンバーは変更されるはずだ。ゲームではそれで好感度が足りていれば告白イベントが発生する。
──不味いな。
マカロとベーシュも同じか、既に告白イベントを回収されそうな可能性がある現状でそれは。
個別ルートがマジで複数解禁されたら地獄なのは目に見えているし、どうにかしたいところだが……オマットの意識が比較的自由な理由さえ分かれば、何かヒントを掴めそうなのに。
このところ、本当に一ヶ月で好感度を個別ルートまで持っていかれそうで胃痛が絶えない。
そろそろ念の為、ファジィと関わりを深めた方が良さそうだ。なんて考えているところ、イベント回収おめでとうなオマットがやって来た。
「何かあったのか?」
「あったというか、オマット。今はヒロインについてどう思ってますか?」
「……ハッキリ言っていいか」
ごくり、と俺達は息を呑む。
やはり魅力を感じてしまっているのか──と思いきや斜め上の返答が来た。
「神獣好き仲間」
──そっちかーい!
ハリセンがこの場に無いのでそよ風で代用。
良い音でぺしっと彼の頭が軽く叩かれる。
「図書室で本を読んでいた時も神獣様のことで盛り上がってな……その時感じたんだ」
「何を……」
「彼女も同じ同士なのだと──」
多分それ違う。
いや絶対違う。
姉弟揃って手を振って否定していたら笑い出す始末。こちとら真剣なんだぞ、脱ヒロイン。
「ってそれより聞いてくれ、ゼアが反抗期なんですよ」
俺が言うなり二人は「そりゃあ捨て置くと決めたのだから多少は仕方ないのでは」と返してくる。
言いたいことも分かるが、あれはゲームと関係無く反抗期になっている気がしているのだと告げると神妙な顔をしていく。
「何かやったとか?」
「いや? 何も……あんなに素直で可愛かったゼアがっ、最近は気まずそうな目線で頭を撫でることもさせてくれない!」
「それは、思春期なのでは?」
「でもまあ確かにゲーム通りなら『兄弟仲が良い』はずですよね」
そう。
問題はオマットと同じくシナリオと違う動きをしている面もあるのにゼアは自由に動けていないことだ。
純粋に反抗期ならそれはそれで来るものがあるが、どうにも納得出来ない自分がいる。
「……でも、そっか……」
意識はあったなら、兄を恨む気持ちも分からなくもない。姉へ告白しようとしたら森が邪魔して、オマットが姉ちゃんを連れて帰ってきた。この時点で、結果的にオマットと姉の距離が近くなっていると感じても不思議ではない。
姉に対しても罪悪感があったが、ゼアに対しても罪悪感を感じている。
中途半端な応援で背中を押すべきじゃ無かったかもしれない、と。
「そう言えば、関係あるか分からないんですけど」
ふと思い出したように「私の家に何か変わったことが起こるようになったみたいです、ドアの向こうからよく悲鳴が」と溢す。
悲鳴ってそれただ事では無いのでは──オマットも言いかけたが、彼女は平然と話していく。
「基本寝てるので見てないんですけど、何かメイドさん達によれば『よく分からないけどアイスクリームが毎日降ってくる』そうですよ」
──?
地味な、嫌がらせ。
それしか言葉が思い付かなかったが、ゼアと関係あったらみみっちいなとしか言えない。彼がやるはずも無いので、やるなら第二皇子派か。
姉ちゃんへの好意に気付いていて、先日の件でゼアを悲しませたと怒っているとかならあり得る話だ。
だとしても……公爵邸に毎日わざわざ魔法とかでアイス投げ付けるって。
「あ。壁に付いたアイスクリームを舐めた人によると、結構美味しかったらしいです」
……?
暫く、オマットと二人で宇宙空間で過ごした。
◆◆◆
待ちに待っていない修学旅行の日。
夏だ夏だと騒ぐ生徒達の中、板挟姉弟一行はテンションを極限まで下げきっていた。
るうは、ゼアとの距離感と好感度を上げられイベントをやってしまったことから。
板挟姉は、ヒロインが同じチームになると分かっているから。
そしてオマットは二人があまりにも落ち込んでいるからと、心配で集中出来ていない。
反対に森はテンションを上げていく。
「楽しみですね! 野外での勉強なんて、森、初めてでドキドキします!」
彼女に賛同するのは案の定マカロとベーシュ。
「へへっ、モリが楽しみにしてるなら俺達も楽しまねえとな!」
「ええ、彼女にとって良い思い出を作らねば」
一体何がマカロ達を取り巻き化させるのか。
ひょっとしたら面食いなのかもしれない。
森は美少女。しかも自尊心を上げる言葉を攻略対象にだけは注いでくれる。
自信の無い彼等からしたら正に聖女のように映っていてもおかしくはなかった。
「皆さん、集まりましたね。今回の修学旅行では学園での実地試験に備えた戦闘訓練を控えていますので、各クラス、体力と魔力は温存しておいてください」
教師が説明する授業内容はこうだ。
初日から二日目まではこのモンスターが居る山に慣れて貰う為、魔法の実技が終わった後に自由時間が与えられる。その自由時間ではどのクラスの者と行動していても良い。
但し、今こうしてるう達が辿っている安全圏の中だけでの行動に限る。
三日目には好きな武器や魔法石を選び、安全圏以外を各チーム(二チームでクラス混合)で移動し、討伐対象として指定されたモンスターを狩って指定アイテムを獲得する。
その後、終えた証拠として各クラスの担任にアイテムを提出し報告。
余分に多くの指定物を渡すと高得点が取れる。
というような内容。
板挟姉弟達が警戒すべきは三日目の戦闘訓練だろう。頼りない二人の記憶によれば、それが発生していない最後の個別イベントに他ならなかった。
──それまでどうしようか。
初日の自由時間に思い悩むは、板挟弟。
マカロ達は森の方へ、オマットはククーナに、となると残される同行者になり得る者は必然的にゼアだけ。
しかしながら彼とは現状一方的に厳しい仲になっているのだ、難しいだろう。そうは思っても兄弟仲良く見て回りたかったからとるうは足早にゼアに近寄る。
安全圏とはいえ石の多い険しい道だからか、足音は砂利の混じった音がする。
「ゼア、一緒に回ろう」
手を伸ばそうとすると避けられる。
「申し訳ありませんが、兄上。私は一緒に回りたくないので」
「……ええ……」
──やっぱり反抗期か?
馴れ馴れしい兄の態度が気に食わなくなった可能性はある。悲しいかな、押して駄目なら引くしかないのだ。
結果的に引いてみても駄目だったるうは、一人寂しく回る羽目になりそうだった。
弟に拒絶され悲しみに暮れていると、向こうで歩く女子生徒達の姿が見えた。その中には関わるべきか、と考えていたマシュマロのような髪をした白銀の少女、ファジィが居る。
一目見て心が弾む彼だったが押し留まった。
誰も引き連れずに婚約者以外の元へ行ったら皇太子の名が腐る。
大人しく一人で宿のベンチへと座り込む。
考えることは勿論、これからのことだ。
気掛かりなのは指輪を着けているこの状態。
ここで起きる個別イベントが起きれば、指輪を着けたままなのは悪手になる可能があるのだ。
悪役としてシルヴィとククーナが裏で闇魔法を使い、戦闘訓練中にハプニングを起こす。
これは恐らく全キャラのイベントで共通の設定。
シルヴィイベントだとしてもそこは変わりなく、最初はさも「自分何もやってませんよ」としらを切る。
意識を失って魔法を使ってしまえば、自分のせいで多くの人が巻き込まれてしまう。
それを危惧して外したくとも、外すと今度は好感度システムに負けるという八方塞がりよう。もう、これは泣きたくなるレベルである。
実際問題、るうにはプレッシャーがでかすぎたのか胃痛が加速していく。体調が悪いからと、部屋で休むことにしたのであった。
時間は流れ、夜。
寝ている間に苦痛を感じて彼は取り急ぎ外へ出た。
深夜の最中だからか、人一人もいやしない。
周りに広がるのはただ真っ暗な闇と黒く見える木々だけ。
「……っう」
──あの時の感覚とよく似てる。
思い起こすは初めて指輪を使った日の、自我を忘れたあの感覚。
指輪に嵌め込まれたオパールが妖しく光る。
やはりイベントの為に闇魔法を使わせられてしまうのか……確信を得たなら尚更抗わねばならない。るうは胃痛を利用してどうにか意識を保った。
(ここで意識を失ったら胃痛が悪化する、意識を失ったら面倒で胃痛が悪化する、意識を失ったら……)
どんな意識の保ち方だ。
突っ込んでくれる者すら起きていないこの時間帯、彼は必死に謎思考で戦い続けた。
結果、無理をしすぎてその場に倒れ込む。
荒い息が途切れ途切れになっていく。
視界が閉じる直前、見えたのは慌てて駆け付けてくれたファジィの姿だった。
「──あの、大丈夫ですか、殿下……」
「……う、……」
気が付けばベンチの上で寝そべっていた。
柔らかい感触が頭を見事にガードしてくれているおかげで痛むこともなく、快適に寝れそうだ。
心地好い枕と思って顔を埋めると、小さな悲鳴が少女から発せられる。
「……ん?」
そこで気付く。これは彼女の太ももだな? と。
あまりにも自然にセクハラをしてしまったことから羞恥心で既に顔は赤の絵の具で塗り立てたかの如く一色に染まっていた。
「ご、ごめんっ」
どうやら運び込むにも彼女では不可能だったことから、近くにあるベンチで休ませようと思ったところ固い材質に心配をしてこうなったようだ。
恥ずかしさで両者互いに気まずさを感じる。
「あ、あのっ。丁度良いものを、持ってなくて急いで用意出来なかったからと、殿下にとんでもないご無礼を……」
「いや、優しさからなのは分かってるから大丈夫だよ……安心して」
がくがくと震える彼女を宥めるように優しく微笑む。気になっている子には優しくありたい、格好つけたがりな板挟るうであった。
「あ、あ、ありがとうございます」
──何だか向こうの方が緊張してるな。
膝枕なんて不敬だと訴えられるに違いないと思っているのだろうか。るうからすればむしろご褒美で、何故してくれたのかの方が訊きたかったのだが。
彼女は一向に緊張を解く気配がない。
皇太子を前にすればこの反応の方が多いが、るうは話せるタイプとばかり話していた為に初めての遭遇と言わんばかりに驚いていた。
緊張を解く為に会ったことがあると話すか。
彼女の隣(一人分は空けている)にさりげなく座って初対面の時のことを話していく。
「僕の友人もね、君みたいに大人しそうな子なんだ」
「……ご、ご友人さん?」
「そ。その子は、初対面でレースの対戦相手だったんだけど、とても強くって。僕はその勝負に負けたんだ。まあ、経験者だったからね。それで彼女から友達になって欲しいって頼まれたんだ」
「え? それって……」
俯いてた顔を上げて目がぱっちりと合う。
同一人物だと気付いたようだ。
きっと、闇夜で薄暗くて分からなかったのだろう。分かるや否や口を何回か開閉させて恐る恐る名前を呼ぶ。
「……る、ルビさん……?」
半信半疑な彼女に笑って返す。
「正解。また会えたね、ファズさん」
「え、ええぇぇ……心臓に悪いです。初めての友達が、こ、皇太子殿下」
「皇太子だと、もう友達だとは思えないかな?」
「いえ! それは無いです、あれから……また会えたら良いなって思ってたので……」
「そりゃ良かった」
ふふ、と笑い合う姿は端から見れば恋人同士のようだ。
本人達にその自覚は無いので友達として楽しくお喋りしている感覚に近いのかもしれない。
「修学旅行なんてくそ食らえって思ってたけど、ファズさんと話せたから良い思い出に出来そうだ」
「くそ食らえ……ルビさんって、最初の時も思いましたけど時々崩しますよね。でも、私も話せて嬉しいので……あ! それより、どうして倒れていたんですか」
「あー……」
彼女はサブキャラ。話しても問題はない立ち位置。
しかし、闇魔法への抵抗の反動で倒れたなどとは言いにくい。闇属性への偏見は古代皇帝のような奴のせいで凄まじいのだ。話せる訳がない。
「ちょっと、持病が悪化してね」
ここに来てまたもや病気設定(誤解)を持ち出す。
「じ、持病──」
悲しげな瞳で彼を見つめるファジィ。
騙されてはいけない、彼は持病など無い。
早とちりの凄まじい世界だからだろうか、彼女は「きっと今まで皇太子として皆を不安にさせないよう我慢してきたんだ」とありもしない感動ストーリーに涙を浮かべた。
「だから、ここでのことは二人だけの秘密だよ」
「は……はい。ルビさん、辛かったら何時でも言ってくださいね……一人で抱え込んじゃ疲れちゃいます」
──天使かな?
ふわふわっ毛の白銀髪のせいで余計にそう感じている気もする。
純粋無垢な眼差しが彼の良心を責めていく。
聖女と言うならこの子ではないのか、るうは衝動的にそう叫びたかったが気を落ち着かせた。
ついでだからとこの際、婚約者としての設定はどうなったのか。探りを入れる。
「そう言えば、ファズさんは伯爵家だよね? となると婚約者は居るのかな」
「あ。いえ、一度スイートヘリー公爵子息との縁談があったのですが、先方から断りの連絡が来まして。お恥ずかしい話ですが、この年になってもまだ決まっていません」
つまりオマットがククーナを好きになったことで断りを入れたということか。
納得して自分の意見を述べていく。
「恥ずかしい話ではないよ。婚約者を敢えて選ばないで生涯を終えようとする者もいるくらいなんだ、ファズさんが恥ずかしくないように出来れば、それで良いんじゃないか?」
難しいことを言ったつもりは無いが言葉が悪かったらしい。今一つ伝わらなかったようだ。
「……貴族では、結婚は必要最低限とされていますから」
「ごめん、言い方が悪かったね。ファズさんは政略結婚、恋愛結婚、独身ならどれを選びたい?」
「え?」
「僕が聞いているのは君の気持ちだよ。恥ずかしいって思う時の前提は常に自分の意見にするべきだ。貴族社会でも自分らしくあれる生きざまを探すのも、悪くないと思うんだけどな」
皇太子でも自分らしくあれるように、割と頑張ってるんだよ。そう付け足せば彼女から見たるうは忽ち「努力を惜しまない輝かしい人」に変わっていった。
無論、彼の努力の意味合いは「皇太子でもサボれる皇太子になれるように面倒を効率的にと日々改善している」だがそれを知らぬファジィは「傲慢皇子なんて誰が言ったのだろう」と感動している。
「わ、私……ルビさんみたいになりたいです。ルビさんみたいに、強く」
「なれるんじゃない? ファズさんは自分で思ってるより輝いてるから」
「ひぇ……っ、あ、ありがとうございます……」
何気無い天然たらしが発揮され、無自覚に距離を縮めた皇太子。
彼は二日目も同様にファジィのお世話になった。
理由としては魔法にまた抗ったからだ。
深夜帯にファジィのお世話になることで、問題の三日目を迎えた。
チームは第一チームがるう、ファジィ、ゼア、ベーシュ。
最悪なことに同行する第二チームは森、ククーナ、オマット、マカロ。
問題のありすぎる組み合わせに姉弟は頭を抱え込む。
気を取り直してそれぞれ武器を選んでいく。
るうは長剣、ククーナは面倒臭くなさそうな女性でも持てる小振りのハンマー。
オマットは双剣、ゼアは弓矢と思い思いの選択をした。
因みにヒロインこと森は比較的安全そうという理由から杖を選んだようだ。
──絶対サボる気だ……!
るう達はサボりそうな森をかなり警戒し、指定のモンスターがいる場所まで移動していった。
山奥の日の光が当たりにくい場に着くと、他の生徒達も戦っているのが見える。
よし、ならさっさと課題を終わらせてさっさと帰ろう。
姉弟達が意気込んだ時、森は何を思ったか台詞を言う。
決して言ってはならなかった言葉を。
「わぁ『……怖いですね。山奥にしては暗くて、まるで何かが起こりそうな……』そんな気がしません?」
この台詞の後、ハプニングが起こり個別イベントが発生するのだ。
「モリ、心配しなくても俺が守ってやるって!」
「いえ私だけでモリ様を守り切れます」
機嫌を取ろうと必死な取り巻きズを無視して、姉弟達は警戒心を極限までに高めた。その様子を見て疑問に思ったオマットとゼアは自然と、武器を構える。
「わ、な、何だ!?」
向こうの生徒達から悲鳴が上がる。
雑魚モンスターのはずのゴブリン達が一瞬の内に別のモンスターへ形を変えていったのだ。るう達は闇魔法を使っていないにも関わらず、シナリオ通りにイベントは進んでいく。
このままだとこの場にいる全てのモンスターはゴーレムになって、生徒達を全力で殺しにかかるだろう。
ゲーム内でもそうだったように。
「──オマット、下だ!」
いち早く気が付いたるうが避ける為の指示を出す。出された瞬間に雷魔法を素早く発動して下から這い出るゴーレムの群れを、電撃の糸を伝って双剣で潜り抜けるオマット。
その光景を見てくるいけのあるシーンをハッキリと思い出したるうは絶句した。
記憶違いだった……と。
個別『イベント』と個別『ルート』を間違えたるうは、ようやくハッキリ思い出した。オマットの個別『イベント』、つまりこのイベント内で婚約者死亡イベントが起こるのだと。
しかもその上、他のキャラの個別イベントも、全員同一のタイミングで同一の舞台。
もはや戦闘訓練は姉弟達にとっての死地と化していた。
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