上 下
6 / 20

6.この仕事、順調である。

しおりを挟む
「▲5五角、△7三桂、▲7五歩……」

 私、『紀国安奈きのくにあんな』改め『キノコの山』は、今のところ順調に勝率を上げていた。

 パソコンでもスマホでも、誰もが気楽にネット将棋を楽しめる『将棋バトルオンライン』は、元々メインアカウントを所有していたので操作感覚はバッチリだった。

 それにしても、仕事で将棋が指せるというのは何とも妙だった。本来将棋が大好きな私だけど――いや、愛していると言っても過言ではないのだけれど、ここって会社だよ?

「――▲4三飛成、△5二金、▲4四桂打、△4三金、▲2一角打、はい、詰み筋!」

 このブツブツ言いながら将棋を指した方が強くなるってのはネット将棋プレイヤーの特権かしらね。プロなら自分の脳内で全て処理しないと、相手に思考がバレちゃうから。
 5分切れ負け(制限持ち時間が0になると負けになる)ルールなら相手が高段位でも何とか勝負になるわ。

「ふぅー」

「アンナ、調子はどう?」

 そう言ってお茶を運んでくれたのは千春。彼女はいくら笑顔を振りまいても元気さを失わない、部署内でも貴重な存在だった。
 カジュアルなオフィスなだけに、千春はラフなピンクシャツにショール、ひざ丈までのホワイトスカートと、相変わらず爽やか美人だわ。

 あれから一週間が経過した。私は午後一番、眠くなるであろう昼食後に、あえて将棋を指していた。対局中の集中力は常人よりも研ぎ澄まされているから、少しでも有利になるだろう時間帯を狙ってね。

「ありがとう千春。勝ち越してはいるけど、いつも特定の人とマッチングすると負けちゃうのよね……」

 千春は将棋については全くといってよいほど知らない。それでも私が連勝を止められてしまう相手がいることは察してくれた。

「そっかぁ。アンナでも負けることあるのね」

「……どうしてもプロ級の相手と当たると負けちゃうわね」

 現在、私の成績は50勝11敗。勝率は実に8割以上をキープしている。段位は7段。アマチュアだけどプロの四段に満たないくらいの棋力はあると自分では思っている。

 まぁ、要するに一般的には強豪だけど、プロ程の実力ではないと言ったところかな。
 こんなことで日本一になんてなれるのかな。なれなくても商品が有名になればいいんだよね。

 ……こんなことで商品が有名になるのかな。

「ところでさ、今夜はアンナも参加するんだよね?」

 あ、付加疑問文だ。なんだっけ、今夜は何があったっけ?

「忘れてる顔だなそれは。今夜は新入社員歓迎会! つまり、飲み会よ!」

「……えっ? あっ……」

 すっかり忘れていた。
 ヤバい。私、お酒苦手なんだよね。

「しっかりしてよキノコの山ちゃん! 楽しみだね!」

 私は髪をバサッと前に垂らした。
 あぁ、お酒じゃなくて、将棋で頭の中を一杯に満たしたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

目覚めの悪い朝も嫌いじゃない

望月おと
恋愛
木浪 蒼芭は、元カレが作った借金の保証人になってしまい、返済に追われる日々。元カレと別れ、優良物件を見つけたのだが…… 「お前が同居人か」 「……ぶ、部長!?」 まさかの強面部長と一つ屋根の下で暮らすことに──!? *ストック切れにつき、更新停滞中*

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...