おまえが可愛いのが悪すぎるっ。

塚銛イオ

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え?お試しって言ったよね?

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一緒に行こう、とズルズルと引きずられるように学校へ連れ出された。
もっと離れて歩いてよ、と何度言ってもタイガはどこ吹く風とばかりに俺の肩に腕を回して寄り添うように歩く。

いや、近すぎないか?

「ちょ、タイガっ。近いって歩きにくいだろうっ。」
「あっ、またタイガって呼んだ。うーん、ハルカから名前呼ばれるだけで嬉しくなるなぁ。」

本当に嬉しそうにそう言ってさらにべったりとくっつかれる。
こいつは耳が聞こえないのか。
いや、俺の言う事を理解してないはずはないんだ。
それであえてスルーするって、どれだけ俺の事を蔑ろにしてんだ。

「タイガっ。俺の話聞いてる?」
「聞いてるっ、聞いてるって。」
「じゃぁ離れて歩いてくれよ。お前の方が大きいんだし、歩きずらいし転びそうだよ。」
「ああ、ごめん。そうだよな、ハルカは小さいんだし俺が守ってやらないとダメだよな。大丈夫だぞ、もしハルカが転びそうになっても俺がその前に助け起こしてやるからな。」
「そうじゃないって!!」

ああ、こいつは馬鹿なんだ。
大型犬でも頭の中身がない奴なんだ。

俺はそう思うことにして遠くを眺めた。
そんな風に現実逃避しないと何だか自分がずぶずぶと底のない沼地に入り込んで抜け出せなくなっていきそうだと思ったからだ。

「ハルカ?ハルカ?おい、大丈夫かっ。」
「……もう、いいから。」

結局言い返すことも億劫になって止めてしまった。
このペースじゃ学校に遅れてしまう。
俺は肩に係るタイガの重さを意識しないようにして学校へ向かった。





「あれ?あれってタイガじゃねぇ?」

目の前に座る友人のトオルが不意にそう言った。
目配せされてその方向を見ると窓の外、校庭で楽しそうにサッカーをするタイガが見えた。

次は体育の授業なのだろうか。体操着に着替えてボールと戯れるタイガの姿に思わず笑みが零れた。
そんな俺の顔を見て、トオルはキョロキョロと周りを見渡した後で俺に顔を寄せてコソコソと話す。

「な、ハルカってばタイガと付き合ってるんだよな。もう、エッチとかした?」
「えっ!!」

トオルは好奇心に溢れた顔で俺の返事を待っている。

「な、な、何でッ。」
「だってさぁ、あんだけアプローチされてたし。あのタイガだろ。前から女の子とっかえひっかえだったし直ぐにお前も喰われるって噂だったんだぞ。」
「ええっ。そんな噂あったの!」
「シイ―――。声が大きいって、ハルカッ。」

慌てて口を塞がれる。
俺よりも大きな手の平で問答無用に押さえつけられて息苦しい。
直ぐに離してくれると思ったのに、トオルは何故かそのまま俺の口から手を離す様子もなく、にやついた顔でいた。

(早くっ、早く離せよっ)

生理的な苦しさから涙が浮かんだ目で俺はトオルを睨んだ。んぐんぐ、と呻き声のような声が隙間から洩れたけれどそれでもトオルは手を離さない。

(もっ…苦しっ…。)

よもやこんな教室の片隅で意識を失う日が来ようとは…。

俺は脳裏の片隅で懐かしいおばあちゃんの笑顔が浮かんできたように感じて目を閉じ―――ようとしたら急にトオルの身体がグイと引かれて俺の口から手が離れた。

「はーっ、はーっ、はーっ。」

胸に飛び込んできた新鮮な空気をめいいっぱい吸い込む。
目がチカチカとして頭がくらくらする。

「大丈夫かっ、ハルカっ。」
「はーっ、は、は、あ、あぁ?」
「てめぇ、何ハルカに触ってんだっ。」

目の前に現れたのはさっきまで校庭にいたはずのタイガの姿。
胸倉をつかんでトオルに詰め寄っている。

「タ、タイガ?」

「お前がハルカに触ってたのなんてな、俺の目にはお見通しなんだよっ。」

って、校庭からここまで大分距離あったよね?
見えたの?タイガ?

「俺サマの視力にかかれば校庭から三階の教室の中身まで丸見えだってんだ。」

いやいや、無理あるでしょ。って本気なの?

「お前がハルカに何かやーらしいコトしてたってのは分かってんだぞ。あんなに顔を赤らめて可愛い顔を晒してたハルカが証明してるっ。」

いや、それ全くの勘違いだから。

「何か言い訳があるなら言ってみろっ。」

内容は何とも見当違いな所ではあるけれど、鋭い眼差しでグイグイとトオルを攻め立てるタイガの姿に一瞬惚けてしまった。

(なんだよ‥タイガ、カッコいいじゃん。)

「二度とハルカに不埒な真似なんてさせないぞっ。ここで成敗してくれるっ。」

気付くと、時代劇の主人公のようなセリフでトオルに最後の鉄槌を下そうとしている。

そ、それはまずいっ

「ちょっ、タイガッ。待てっ、待てってば。」

人より抜きんでて運動神経が良いわけじゃない俺の咄嗟の行動を誰か褒めてくれよ、と心の中で誰かに祈って、俺はタイガの右手に縋り付くように飛びついた。

「うわっ、ハルカ危ないだろっ。」

慌てて力を込めていた手から力が抜ける。俺が飛び掛かってもタイガの身体は微動だにせず、使っていない方の手でぎゅっと俺の腰に手を回した。

「タイガっ、ちょっ…。」

その慣れた仕草に俺の胸がドキドキと高鳴る。
だってまるで恋人みたいだ。
俺に触れる手の温かさも、力強く引き寄せられるその手の平の大きさも。
その全てが俺がタイガのものって言っているみたいで俺の顔が熱くなる。

「動くなって、ハルカ。ん?どうした?」

さっきまでトオルに向けられていた殺気はどこにいったのか。俺に向けられた視線も声もそれはもう甘い響きを持っていて俺の顔はさらに熱さを増した。

「なーんだ、やっぱハルカってばタイガと付き合ってんだ。」

俺たちの様子を見ていたトオルのひと言はそれほど大きな声ではなかったけれど間近にいたタイガにはばっちり聞こえたみたいだ。
俺の腰に回した手を離すことなくトオルの方へ顔を向けると、

「当たり前だろ。ハルカと俺は愛し合ってるんだからなっ。」
「なっ、なっ、なっ。」

開いた口がふさがらないとはこの事か。俺は勝手に『恋人宣言』したタイガにビックリして言葉が出て来ない。

「何だ、ハルカってば照れて言葉が出ないのか?うーん可愛い奴。」

デレデレとにやけた顔で俺を見つめるタイガの言葉に俺はいつの間にかタイガのテリトリーに囲い込まれていることを知った。

え?
ええ?

俺とは”お試し”だったんじゃないのかよ~~~。


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