初恋は君と。

塚銛イオ

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その日から、力は秋人と一緒に帰るようになった。
力が秋人を庇ったことについては、既に知れ渡っていたので、その事自体は不信に思われるようなことがなかった。

なぜ2人が仲良くなったのか、仮に不思議に思ったとしても、面倒見のいい力のこと、今度は秋人の面倒を見ているだけなのだろうと結論付けられた。

しかし、あの日力が秋人に対して無意識に取った行動に、そして秋人を見つめる力の視線にただならぬものを感じた猛にとって、力と秋人の事は絶好のからかいのタネになった。

「力、秋ちゃんとうまくいってんのか?」

いつの間にか猛は秋人の事を秋ちゃんと呼ぶようになっていた。
それだけでなく、力と一緒に秋人がいる時間が長くなった分、秋人は猛とも親しくなる機会を得たというわけだ。

「なんだよ、猛。うまくいってんのかって。そりゃあ別にケンカなんかしてねぇし、前よりは話をするようになったし、それを言ってんならうまくいってるぜ。それより、お前秋ちゃんとか呼ぶな」

かなり独占欲丸出しなのだが、当の本人は気付いていない。

「いいじゃん。秋ちゃんってさ、話さなかったからわかんなかったけどすごく楽しいし、面白いんだよね。その上純情で可愛いし、なんかいいよねぇ。」

「お前、手、出すなよ。あいつ何にもしらねぇんだからな。お前なんかの毒牙にかかったら秋人の人生終わっちまう。いいか、絶対に手だすなよ。もしあいつに何かしたら、いくらお前でも容赦しねぇからな」

口調は何でもないように言ってるが、猛を見る眼差しは鋭く、力の胸の内を十分に物語っていた。

「はい、はい。分かってますよ。秋ちゃんには手出しませんって。ったく、冗談も通じないのかねぇ。」
「お前の場合は冗談に聞こえないの。だいたい今までのお前の所業を振り返ってみろ。泣かせた奴は数知れず。男も女もだ。刺されないお前が不思議だ。」

「俺は行いがいいんだよ。でもそれを言うなら力だってそうだろ。浮名はお前の方が多いぜ、きっと。そんなお前に言われてもねぇ。」
「ふん。俺のは噂先行だ。実際はそうじゃねぇ」

ふてぶてしく答える力に、猛は内心どうだか、と苦笑をもらす。2人とも別れる際のスマートさは絶品なのだ。
だからこそ恨まれたり、刺されたりなんて恐ろしいことは一度とない。

しかし、今回。まだ力は秋人に対する想いに気付いていないようだが、力の秋人に対する想いは本物かも知れない。仕草一つとっても分かる。力がどれほど秋人の事を大切に思っているのか。
そして秋人のほうも力を好ましく思っている様子が見て取れた。

でも悔しいから言ってやらない。あいつばっかり幸せになるのは許せないし、もう少しからかっていたい。
そう考える猛はにこやかな笑みを浮かべた。

「それより、当の秋ちゃんはどうしたのさ?今日休みじゃん。」
「うーん、わかんねぇ。でも昨日変な咳してたし、風邪ひいてたのかも知れん。連れまわすんじゃなかった・・・」
「ふーん。じゃ今日は寂しいな。愛しい秋ちゃんがいないし、俺で我慢してくれよ」
「ばっかやろ。何言ってんだよ。」

妙に大きな声で激しく否定する力を更にからかおうとした時、次の時間を告げるチャイムが鳴った。

授業が始まっても、力はただぼんやりと窓際の前から3列目。秋人の席を眺めていた。
持ち主不在のその椅子は、ひっそりとただそこにある。力の胸の中もポッカリと何か抜け落ちているような、そんな感じだ。

あいつ、昨日具合悪かったのかな。
顔色あんまり良くなかったし、変な咳してたし。俺がちゃんと気付いてやっていればなぁ。熱・・・とかあんのかな。

何か食ったかな。あいつんち共働きだから今、家に誰もいないはずなんだよなぁ。
大丈夫かな、あいつトロいし・・・。

考えれば考えるほど心配になってくる。秋人があの小さな体で一人ぼっちで寝ていると思うと、居ても立ってもいられない。
力は仮病を使って早退することにした。
幸い、力は日ごろの行いがいいからか、(例えそれが猫をかぶっているとしても)あっさりと許可してくれた。

 秋人のうちって、俺行った事ねぇんだよなぁ。
あっ、違う。入ったことないのか。いつも送っていくだけだもんな。
今日はあいつの部屋見れちゃうかも。やっぱり好きな奴のことは何でも知りてぇしな。

 もう既に、力は秋人への思いが恋心である事を自分に認めていた。
うだうだと悩む事が嫌いだったし、例え好奇心や秋人を抱いてみたいという欲望だったとしても、欲望から始まる恋もある。という事で片付けた。
元来、力は単純な男なのだ。

軽く、猛に早退すると告げると、猛はニヤニヤと笑い返したが、何か言ったら殴ってやろうと思っていた力の不遜な考えを読み取ったのか、何も言わなかった。
それはそれで悔しいが、今は秋人の方が気にかかる。

一目散んに駆け出す力の後ろ姿を見ながら「襲うなよ、力」と呟いた猛の声は聞こえるはずがなかった。


 秋人と帰るようになってから、秋人の為に荷物を持ってやれるように、そして乗せてやれるように、力は自転車で登校していた。
必死で秋人の家まで辿りついた力は、見舞いに何か持ってくればよかったと思ったが、既に後の祭り。仕方ないかと呟いて、チャイムを鳴らす。

ピンポーン

「・・・・・・・・」

無言だ。誰も出てこない。
ピンポン、ピンポン、ピンポーン

ちょっとムキになって押し続けていると、

「ど、どちら・・・・・・ゲホゲホッ・・・ま?」
掠れて弱々しい声がインターホンから流れた。

「お、俺・・・力だ。」
「ち・・・力?まっ、まってね・・・ゴホッ・・・・い、今開け・・・・」

時たま咳き込みながら玄関の鍵を開ける音とチェーンを外す音がした。
おずおずと玄関のドアを開けた秋人はパジャマ姿だった。

「悪い、秋人寝てたんだろ?大丈夫か?俺、お前が確か日中は一人になると思ってさ。心配で・・・」

わざわざベッドから出てきて、来客を確かめるためか、いつものような黒縁メガネをかけているが、秋人はひどく具合が悪そうだ。

「が、学校は?だ、大丈夫・・・ゴホッ」

熱で朦朧としているのだろう。秋人の瞳は焦点が合っていない。
頬をピンク色に染め、ゆらゆらと体が揺れている。髪の毛は寝癖が付き、それが秋人を更に幼く見せていた。

ふいに秋人の体が前に倒れかかる。咄嗟に足を踏み出して秋人の体を支えた力は、その体温の高さにギョッとした。

燃えるように熱い。気付くと秋人の体は汗が滲み、震え始めていた。

力の次の行動は早かった。玄関に出てきたのが秋人ということは、今、この家には秋人しか居ないのだろう。
いちいち遠慮している場合ではない。
力は秋人を抱きかかえると、秋人の部屋を見つけ、すぐさまベッドへ寝かせる。

「秋人、秋人。大丈夫か?寒いか?薬は・・・?」
「く、薬・・・飲んだ、ゴ、ゴホッ」

満足に話す事も出来ないような秋人に、力は勝手に台所へ行き水を持ってくると、手に体温計を持って計る様に差し出す。

「ほら、水飲め。ちょっとは楽になるぞ。それと、熱計ってみろよ」

のろのろと体を動かす秋人に体温計を脇に挟ませると、力はテキパキと動き始めた。
タオルをお湯で濡らしてくると、軽く秋人の体を拭く。
シーツも取り替えてやりたかったが、それほど他人の家で傍若無人に振舞う勇気はなく。
秋人のパジャマを取り替えてやるにとどめた。

秋人の熱は38.7℃。熱さましを飲ませたほうが良いのだろうか。
おろおろするばかりの自分が歯痒くてならない。

 布団を肩まで引き上げて、ポンポンと叩くと、秋人は安心したのか、多少息苦しそうではあるが、ほどなくして寝息を立て始めた。

さっきまでは焦っていたので気付かなかったが、秋人がメガネを取った姿を見るのは初めてだ。

そして力は今までその黒縁メガネの不恰好さと大きさで隠れていた、秋人の素顔を見ることになった。
それは美少年と呼ぶに相応しい顔だった。
滑らかできめ細かい肌の色は、珠玉の真珠のようなクリーム色ともミルク色ともつかない色をしていた。

熱のために頬には赤みがさし、なんとも悩ましげに見える。驚くほど長い睫は微かに揺れ、浅い息を吐く唇は生々しく、艶々と光っている。

少し明るめのダークブラウンの髪の色は、口に入れたら溶けてしまいそうなチョコレートを思い起こさせ、優しい草原のような手触りを連想させる。

パジャマの襟元から覗く、くっきりとした鎖骨に思わず口付けしたくなる。
その衝動を秋人が苦しんでいるという理由で辛うじて抑えた力は完全に秋人の魅力に取り付かれ、羽交い絞めにされた事を悟った。

 なんだよ。めちゃくちゃ可愛いじゃね~か。絶対にこいつは渡さない。誰にもだっ!
一気に熱血モードに突入してしまいそうになる力だが、秋人の苦しそうな様子に額の汗をぬぐってやったりと看病に勤しむことで、愛しさと大きな保護欲がこみ上げてくるのが分かった。


こいつは守ってやらなければ。
いまや力には秋人以外見えなくなっていた。
暫く秋人の様子を見守っていた力だが、このまま自分がここにいることは出来ないと思っていた。

ずっと秋人の看病をしていたいが、誰もいない家に上がりこんで、何だか不法侵入者のような気分になっていたのである。

秋人の母親には何度か会ったことがあるので、おそらく自分がここにいても驚かれはしても不信がられはしないだろうとは思うが。

とにかく秋人の可愛らしい寝顔の前に抵抗できなくなってきていたこともある。
しかし、秋人を一人家においていくのは気が引ける。
どうしようか、と悩んでいると、玄関の戸が開く音が聞こえた。

「ただいまー。あら、誰か来てるのかしら?」

そんな声の後、階段を上がる音がして、秋人の部屋のドアがノックされる。

「あら、佐久間くん。もしかしてお見舞いに来てくれたの?どうもありがとう。実は秋人一人で心配だったから早退してきたんだけど・・・。大丈夫かしら、この子?」

「おじゃましてます。えーと、風邪薬は飲んだみたいだったんで、一応パジャマは着替えさせましたが・・・」

「ごめんなさいね、そんなことさせちゃって。佐久間くんには本当に感謝しているのよ。」

いえ、と首を振る力に秋人の母は、

「ほら、この子あんまりうまく話せないでしょう。今まで友達らしい友達っていなかったのよ。だからあなたと仲良くなって本当に嬉しかったんだと思うの。寝ても覚めても佐久間くんのことばっかり」

愛しそうに秋人を見つめる。

「それにあなたと知り合ってから、秋人の吃り性も少しずつ良くなってきてるみたいなのよね」

それは力も感じていた。以前よりもスムーズに話せるようになっている。
少しずつでも力が根気よく聞くからだろうか。ゆっくりではあるが、とても長い時間力と話すようになっていた。

「これからも、この子と友達でいてあげてちょうだいね」

と言い残すと、秋人の部屋を出て行った。

一向に目を覚ます気配のない秋人を見ながら、力はどうしても衝動を抑えきれなくなってきていた。

「う、ううん・・・。み、水・・・」

まどろみの中で水を欲しがる秋人に、力はそっと自分の口に水を含むと、ゆっくりと秋人の顔に近づける。
そして、水を求めて少し唇を開けている秋人のそれにためらいがちに重ねた。

力の口に含まれた水は、その口内で温められ、秋人の口の中へと流れ出す。
水を押し流すように、力は舌を差し入れる。

秋人は水を求める砂漠の旅人のように、ごくごくと喉を鳴らして水を飲み干した。
そして、同時に進入してきた異物の当然のように自分の舌を絡ませた。

驚いたのは力だ。無意識でした行為なのだろうが、秋人がそんな反応を見せるとは思いもしなかったのだ。
絡み合う舌と舌は、いつの間にか鬼ごっこのように激しいものへと変わっていた。

「うっ・・・うう・・・」

苦しそうに身じろぎしはじめた秋人の様子に、力はハッとその身を起こすと自分がしてしまった行為に罪悪感が生まれる。

前後不覚の秋人に気付かれなかったとはいえ、勝手にその唇を奪ったことは、明らかに”正当な行為”ではない。

その口付けがどんなに甘く、蠱惑のような魅力を放っていたとしても、自分自身に許せるものではない。
激しい口付けの名残で赤く腫れている秋人の唇から目を背け、力は部屋を飛び出した。

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