初恋は君と。

塚銛イオ

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2 学校にて。

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何となくいつもより早く学校に着いた力は、ぼんやりと椅子に腰掛け窓の外を見ていた。

昨日、涙を流した秋人の笑顔に、おかしいぐらい動揺した力は「じゃあな」と一言告げてそそくさと秋人から去っていった。
顔の半分は埋まっているような黒縁メガネの奥でキラキラ光る秋人の瞳に、何だかクラクラしてしまった。

きっと全速力で走ったから疲れているんだ。
それじゃなきゃこれは、このドキドキは、つまらない事に巻き込まれたイライラの種類の一つだと結論付けた。

ただ、学校で自分に話しかけろと言ったのは嘘じゃない。自分は親切な男ではないが、弱い者には手を差し伸べてやるのが男というもんだと力は思っていた。

そんな力は生粋の江戸っ子気質。べらんめぇ口調ではないが、一本筋が通っていて、曲がった事が大嫌い。
頼まれれば嫌とは言えず、手を差し伸べてしまう本人の自覚はゼロであったが面倒見のいい男であった。


「よぉ、何だよ。今日は早いじゃないか」

ふいにポンと肩を叩かれた。
振り返ってみると力がこの高校に入って真っ先に友達になった佐藤猛が立っていた。

自分が男らしい性格をしているせいか、力は親友となるべき人物にもまた、同じ気性の者を選んだ。猛には少々荒くれ者感はあるがそれがあった。

 身長は190cm近い力と同じ位あり、キリリとした眉と意思の強そうな唇をしている。
少々人を小馬鹿にした話し方をするが、根本的にはイイ奴である。

力が体育会系の男っぽさを漂わせているにに対して、こちらはもっとワイルドで野性味溢れる男っぽさである。

タイプは違えど、上背があり、顔の作りも抜群な2人が並ぶと、男子校であるはずのクラス内に憧れに似たため息が漏れるのであった。

「なんだ、猛か。悪いかよ、俺がこの時間にいちゃ」

「いや、んなことないけど。いつもHRギリギリに登校してくる奴が、今日に限ってめちゃめちゃ学校に早く来てるってのはそりゃ驚くだろ。俺は今日雨が降るのを確信するね」

そう言いながら力に笑いかける。

「で、なんかあんのか。ほれほれ、お兄さんに言ってごらん」

自分がたまたま早く学校に来ただけで、何かあったと思われるなんて心外だ。
確かに昨日の夜は秋人の泣き笑いの顔が瞼に浮かんで、東の空に夜明けの光が差し込むまで眠る事が出来なかったのであるが。
ただのクラスメート。
それも今まで全く話した事のない奴に笑いかけられただけで一睡も眠れなかったなんて、口が裂けても言う気はない。

なんでもないと呟く力に。
その言葉を信じたからか、飽きたのか、猛は次の話題へと移った。

「なぁ力。お前本当に何も部活やんねえの。なんかもったいないぜ」

ワイルドな風貌の猛は、その姿通り柔道というかなりワイルドな部活に所属していた。
力はといえば、部活に時間を割くなんてもったいなくて出来ないと、どこにも所属していなかった。

「もし入るとしても、柔道部にだけは入らないからな」

明らかに「冗談ごめん」と言う顔で力は猛に言った。端から見ても仲の良い様子が分かる。


「あっ・・・!?」

ちょうど入り口のドアから入ってきた秋人の姿が目に入った。
いつも通りオドオドしていて、誰にも見つからないようにとでもいうように、ひっそりと教室に入ってくる。

「力・・・・・・?」

急に話をやめた力の様子に猛が声をかける。
力の視線の先には、クラスで誰にも相手にされない、大きなメガネ小僧しかいない。

 何が力の視線を釘付けにしたのか分からない。
そこにはいつも通りの冴えない秋人が立っていただけなのだから。

しかし秋人が不意にこちらを見て、顔を真っ赤にして俯いてしまったのを猛は見てしまった。

誰も注意を払う人物はいなかったが、秋人が力と目を合わせて赤面したのは確かだった。
秋人は見ているこちらの方が可哀相になるぐらい真っ赤だった顔色を今度は心持ち青ざめさせて、ヨタヨタと席につき、まるで根が生えてしまったかのようにピクリとも動かなくなった。
俯いた秋人の表情は影になって見えない。

「おいっ。おいっ、力!」

多少強引に力を引っ張ると、力は急にハッとしたように猛を見た。

「おい、力。石川と何かあったのか?あいつ、何かうろたえてたぜ」

猛の言葉に力はどうしたもんかな、と思った。ただ話しかければいいと言っただけなのに、あの秋人の様子は何だ。
まるで俺が奴を襲ったみたいじゃないか。
でもあいつも余計な事を言われるの嫌だろうし。
でも猛の奴、俺が話さないときっとずっと付きまとうしなぁ。

そう思った力は昨日秋人を不良連中から助けた事だけを話す事にした。

「・・・って事なんだよ」

「そっか。だからあいつお前の事見て赤くなったって訳だ。あいつでも恥ずかしいとか思うんだなぁ」

無神経な猛に反論しようとした途端、始業の鐘が鳴る。

猛を殴りたくなるほどの衝撃を覚えた力は、その感情の動きがどこから来たのか気付いて愕然とした。
確かに怒りに似た感情は、猛の秋人に治する辛辣な言葉から発生したのだ。

その深い意味までは考えたくなかった。


もうすぐ一日が終わろうとしている。
秋人が話しかけに来るのを今か今かと待ちわびていた力は、次第にイライラしてきた。

こちらを気にしてチラチラ眺めているくせに、力と目が合うと、パッと顔を背け俯いてしまう。
いつもと同じように一人ぼっちで寂しそうに背中を丸めている。

なんだよ。あいつ、俺と話したくなんてないってことかよ。

思いたったら即行動。遠慮や羞恥といったことにはまるで縁のない力にとって、こちらの様子を伺っているだけの秋人の行動はただ単純に腹が立つだけだった。

まして、極度のあがり性と吃り性で人に話しかける事に膨大な体力と、体中にある勇気を総動員させねばならない秋人の胸の内などわかるはずもなかった。

帰りのHRも終わり、それぞれが下校していく中で、クラスの中でも柄の悪い連中が秋人にちょっかいをかけてきた。

「おい、石川。俺達腹減っちゃってんだよね。でも金持ってないしさ。だから友達でもある石川くんも一緒に行かないかと思ってさぁ。君なら一緒に行ってくれるよねぇ。どうせ何も用事なんてないんだろうしさぁ」

ヒャハハハと下品な笑い声をたて、無理矢理秋人の体を引っ張ろうとする。

「ぼっ・・・ぼくは・・・・・・だっだ・・・めだ・・・よ。な・・・・・・にもも・・・って・・・」

ポツリと話す秋人の様子に連中の顔つきが変わる。

「んだと。お前、俺達が折角誘ってやってんのにイヤだって言うのかよ。誰も誘ってなんかくんねーだろうと親切で言ってやってんのによぉ。ほら、こいよ」

どうしたらいいのか分からない、といった表情で体を強張らせていた秋人の体をグイと押そうとした瞬間、秋人の体は反対のほうに力強く引き寄せられていた。


「悪いな。秋人は俺と約束があるんだ。もう前から約束してたからお前らより俺に優先権があるよなぁ」

ガッチリと秋人の腕を掴んだまま、相手をにらみ付けているのは力であった。

掃除当番だった力が帰ってくると、教室内で秋人が絡まれている場面に遭遇したのだ。

なんかあいつを助けてばっかりだな、と思った力であったが、やはり目の前で行われている恐喝を見逃すわけにはいかない。
やはり男気のある人間である。


顔もいい、頭もいい、女にモテルという力は確かに腹の立つ存在ではあったが、噂によると、一人で隣町の番町(今時なかなか使われないが)を倒したとか。

合気道をたしなみ、空手は段を持っているとかいないとか。

とにかく力が強い事は知られていたため、連中も力に睨まれた途端スゴスゴと教室から出て行った。

そんな奴らの様子を見ていた力は大きくため息を吐くと、今度は秋人に向き直る。

少々青ざめた顔色をしてはいるが、それほどショックは受けていないようだ。

「あっ、あの・・・・・・佐・・・久間・・・く・・・ん。あり・・・がと・・・・・・。」

やはりボソボソとくぐもった声ではあったが、それでも力の耳には秋人が礼を言っているのが分かった。

「おお。んじゃ行くか。おい、早くこいよ。」

力の言った意味が分からないのか。首を傾げて力を見上げる。

「なにやってんだよ。早く帰ろうぜ。お前俺と約束あんだろ?」

一緒に帰ろうと言う意味が分かったのか、ニタッと笑っている力の顔を食い入るように見つめ、さっさと歩き出した力の姿にハッとしたように、あたふたと秋人は教室を出て行った。

今起こった事を目の前で見ていた猛は、秋人のことを庇うようにして歩いていく力の後姿を見つめ、何か面白い事が起こりそうだと微笑を漏らした。

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