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がっこうにいこう!
94話「のまれるな」
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変わり映えしない迷宮をいくつか越えて新しい迷宮へと辿り着き、頭上を見上げれば雲一つない青い空。
本来なら空にあるはずの雲は眼下をゆっくりと漂う。
四角い白い石のタイルで作られた大小様々な足場は、まるで雲に浮かんでいるようだ。・・・・・・実際に浮いてるが。
足場はそれぞれ同じ素材で作られた道や階段で繋がれており、移動に支障はなさそうだ。
「うわー、すごい! ここって空の上なの!?」
ニーナがはしゃぎながら足場の端まで駆けて行く。
「ちょ、ちょっとニーナ! 危ないわよ!」
リーフの注意も今のニーナには聞こえていないようで、足場の端に膝を着いたニーナは雲に触ろうと手を伸ばすが、見えない壁に阻まれる。
「あ・・・・・・あれ? ここも見えない壁があるや。」
足を踏み外して地面に真っ逆さま、と言った事は無さそうだ。
そもそも地面が存在しているかも定かでないが。
「あ! みんな、アレ見てよ!!」
ニーナが声を上げて指を差した方へ視線を向ける。
その方向には別の足場が存在しており、その上には次の迷宮への門が。
「今回は随分とあっさり見つかったな。」
「・・・・・・けれど、ここからじゃ行けないみたいね。」
今居る足場からは門のある場所まで道が伸びていないのだ。
回り道をする必要があるのだろうが・・・・・・。
「見える範囲ではあそこに行けそうな道は無い・・・・・・かな。」
視界を遮るものが無いので結構遠くまで地形の確認が出来るのだが、それでも道は見つからず、目に入るのはウロウロするモンスターの姿ばかり。
「はぁ・・・・・・結局、また時間が掛かりそうって事ね。」
ぐずっていても仕方がないので探索を開始したが、案の定、行けども行けども対岸へ渡る道は見つからない。
最初は揚々と歩いていたニーナも口数が少なくなっている。
先の地形を確認しながら、リーフが呟く。
「・・・・・・逆の道を行った方が良かったのかしら。」
「それは言いっこ無しだよ。」
「そうよね・・・・・・分かっているわ。」
他の皆もあまり良い表情とは言えない。
なまじ出口を見しまった分、疲労への影響が大きいようだ。
「今日はこの辺りで休憩にしようか。」
「いつもより少し早くないかしら?」
「そうだけど・・・・・・この状態で進んでもあまり良くないと思うしね。」
「ふむ、確かにそうだな。それに、今日は肉もあることだしな。」
「そうだったにゃ! 肉にゃ! 食べるにゃ!!」
「急に元気になったね、サーニャ・・・・・・。」
ちなみにこの迷宮で出るモンスターはフィールドが空ということもあり、ハーピーなどの鳥系が多い。
つまりは鳥肉が潤沢なのである。
「ふふっ・・・・・・そうね。それじゃあ早速準備しましょうか。」
荷物を下ろして火を熾す準備に入ると、サーニャがポツリと言葉を漏らした。
「あるー、空から何か来てるにゃ。」
サーニャの視線と同じ方向に目を向けると、鳥の様な影が羽ばたきながらこちらへ向かって来ているようだ。
「魔物・・・・・・? とりあえず戦闘準備・・・・・・かな。」
*****
その魔物はバサバサと音を立てながら、ゆっくりと俺達の前に降り立った。
スリムだが引き締まった筋肉の付いた人の身体に、背に生えた白い翼、首から生えた白い鳩頭。
随分とお高そうな服を纏い、腰には細身の剣が下げられている。
「ふるっふぅ・・・・・・。」
そう呟いた鳥人間は手袋を優雅に脱ぐと、こちらへ向かってスタイリッシュに投げ付けてきた。
・・・・・・決闘しろってことか?
「あ、あの魔物は・・・・・・!」
「知ってるの、ラビ?」
「と、鳥貴族だよ!」
「な、なるほど、鳥貴族・・・・・・・・・・・・ね。」
「剣での素早い攻撃が得意って本に書いてた!」
”剣”という単語にヒノカの眉根がピクリと動いた。
「ほう・・・・・・。それなら、私に任せて貰おうか。」
刀を正眼に構えたヒノカが鳥貴族の正面に立つ。
対する鳥貴族も細身の剣を華麗に抜き、スタイリッシュに構えた。
「・・・・・・来い!」
ヒノカの声と同時に、鳥貴族の剣が鞭のように風を裂きながらヒノカへ襲い掛かる。
鳥貴族の怒涛の連撃を捌きつつも、じりじりと後ろへ退がるヒノカ。
傍から見れば劣勢のように見えるが、ヒノカはまだ余裕の表情。
「そんなものか・・・・・・。はぁっ!!」
ヒノカが気合いと共に刀を一閃させると、鳥貴族の持っていた剣の刃を根元から斬り落とした。
かろうじて間合いから逃れた鳥貴族は折れた剣を構える。撤退したりする様子は無い。
「・・・・・・終わりだ。」
ヒノカが刀を納めると、鳥貴族の身体がゆっくりと地面に倒れ、霧散消失した。
一息ついたヒノカの下にニーナが駆け寄る。
「ヒノカ姉、怪我は無い!?」
「あぁ、大丈夫だ。」
ヒノカが無事なのを横目で確認したリーフが空を見渡す。
「此処は空からも魔物が来るのね・・・・・・。」
「そうみたいだね。見張りをする時は気を付けないと。」
先程の様子を見るに、見えない壁を越えてくるモンスターも存在するようだ。
つまり、全方位を警戒する必要がある。・・・・・・面倒だな。
「あるー、さっきの魔物が何か落としたにゃ。くんくん・・・・・・な、何だか美味しそうな匂いがするにゃ・・・・・・。」
鳥貴族が倒れた場所には何かが入った白いビニール袋が落ちていた。
ガサガサと中身を漁ってみると、焼き鳥の詰まったパックが3つと、500mlの缶ビールらしき物が一本。
貴族とか言う割には随分と庶民的じゃねえか・・・・・・。
「それは・・・・・・串焼き、なのかしら?」
「あー、そうだね。鳥肉を使った串焼きだよ。」
出来たてのようで、串がはみ出たパックからは仄かに熱が伝わってくる。
パックを開いて、一本取り出した。
見た目はタレがかかった普通の焼き鳥のようだ。
問題はちゃんと食えるかどうかだが・・・・・・・・・・・・まぁ食えるだろ、うん。
ガブリとかぶりついた。
トロリとした甘辛いタレが舌を濡らし、弾力のある肉を噛むたびに薄らと炭の風味が鼻を抜けていく。
「うん・・・・・・美味しい。」
「あちしも食べるにゃ!」
「ボクもボクも!」
「・・・・・・わたしも食べる。」
「ちゃ、ちゃんと皆の分あるから・・・・・・。」
焼き鳥に群がる食いしん坊たちを余所に、ちゃっかりと自分の分を確保していたヒノカが串を咥えながらビールの缶を片手に首を傾げる。
「ところで、この筒は何なのだ?」
「それは多分・・・・・・お酒かな。」
「ほう・・・・・・それなら私とリーフは飲んでも構わないのだよな?」
「まぁ、一応成人はしているんだしね。・・・・・・飲んでみる?」
この世界での飲酒は成人、つまり十三歳以上が推奨とされている。
あくまで推奨なので未成年が飲んでもお咎めは無いが、「ガキが飲むもんじゃねえ」と大人に取り上げられて飲まれてしまうのがオチだ。
「そうだな、せっかく手に入れたのだ。試してみても損はあるまい。なぁ、リーフ?」
「わ、私も・・・・・・!? 興味が無いと言えば嘘になるけれど・・・・・・。」
「それで、コイツはどうやって飲めば良いのだ?」
「あぁ、ちょっと貸してみて。」
受け取った缶のプルタブを起こすと、カシュッと音が響いた。
飲み口から立ち昇って来た匂いは、完全にビールのそれだ。
「はい、その穴から飲んでね。」
「かたじけない。では・・・・・・、頂くぞ。」
ヒノカは恐る恐る缶を傾け、少しだけ口に含む。
「うぐっ・・・・・・な、なんだコレは・・・・・・! に、苦いだけだぞ・・・・・・!?」
ヒノカから缶を受け取ったリーフは思わず引いてしまう。
「も、もう・・・・・・変な事言わないでよ。」
それでも好奇心には勝てなかったのか、リーフも缶に口をつけてゆっくりと傾けていく。
コクッ。
コクン・・・・・・。コクン・・・・・・。コクン・・・・・・。
「ちょ、ちょっとリーフさん? 一気に飲みすぎじゃ・・・・・・?」
「ふぅ・・・・・・ご、ごめんなさい。わりと美味しかったものだからつい・・・・・・。」
「い、いや・・・・・・それは良いんだけど、そんなに一気に飲んで大丈夫?」
「ええ、平気よ。はい、ヒノカ。」
リーフが缶を差し出す。
まだ半分以上は残っていそうだ。
「私は・・・・・・もういい・・・・・・。」
「あら、そう?」
ヒノカが断ったのを見て、隣に居たニーナが両手を上げる。
「はいはい! ボクも飲みたい!」
「仕方ないわね・・・・・・。」
「へへ~っ、やった!」
ニーナが缶を受け取った瞬間、サーニャが声を上げる。
「あ、あるー! また何か飛んできてるにゃ!」
サーニャが指した方角から猛スピードで飛んで来る影。
迎撃準備を整える間に俺達の上空に着き、少し離れた場所に降り立った。
先程の鳥貴族と同じ鳥人間だが、今度はタキシードを着て、手にビニール袋を提げている。
「ラビ、あれは分かる?」
「た、多分・・・・・・鳥紳士だよ!」
「しんし・・・・・・。」
苦虫を噛み潰したような顔のまま刀を構えて対峙するヒノカに、手を上げて敵意が無い事を示す鳥紳士。
「ど、どうするのだ、アリス・・・・・・うぅ、苦い。」
「一応敵意は無いみたいだし、構えたままで手は出さないで。皆も後ろに下がって。」
「あぁ、分かった・・・・・・。」
手を上げながらゆっくりと近づいてくる鳥紳士に対し、じりじりと後退して距離を取る。
ある地点で鳥紳士の足が止まり、足元にあったニーナが置いた缶ビールを拾い上げ、代わりに手に持っていたビニール袋を置いた。
鳥紳士はニーナの方に缶ビールを掲げて見せ、ゆっくり首を横に振り、そのまま飛び去って行ってしまった。
「な、何だったのだ・・・・・・?」
「ボクが飲もうと思ってたのに、持って行っちゃった・・・・・・。」
「あ・・・・・・でも、代わりにジュースを置いて行ってくれたみたい。きっと子供はお酒を飲んじゃダメって言いに来たんだよ。」
「ジュース!? 飲みたい!」
鳥紳士の置いたビニール袋の中には、人数分の冷えた缶ジュースと薔薇が一本入っていたのである。
・・・・・・紳士だ。
*****
鳥紳士が去り、夕食も軽く済ませた後。
「うへへ、アリスぅ~らいしゅきー。」
「お、おう・・・・・・。」
「ぐすっ・・・・・・アリスがしゅきって言ってくれない・・・・・・。」
「・・・・・・す、好きだよ。」
「らいしゅき?」
「う、うん大好きだよ、リーフ・・・・・・あはは・・・・・・はぁ・・・・・・。」
リーフはすっかり出来上がってしまっていた。
夕食中は少しふわふわしていた程度だったが、本格的に回ったようだ。
「えへへっ、わらひもアリスの事らいしゅきー!」
リーフが俺を抱く腕に力を込めて、頬をスリスリとしてくる。
いつもならこんな光景に不機嫌になりそうなフラムも、酔って変わり果てたリーフにすっかり怯えているようだ。
「お、おい・・・・・・リーフは大丈夫なのか、アリス?」
「まぁ、一晩寝れば元に戻ると思うよ・・・・・・。」
「ア~~リ~~ス~~! 余所見しちゃらめっ! もうっ!」
「ご、ごめんなさい・・・・・・。」
俺を抱きしめたままリーフが耳元で囁く。
「ちゅーしよ?」
「いや・・・・・・それは・・・・・・。」
「ぐすっ・・・・・・やっぱり、わらひとは嫌なんら・・・・・・。みんなとはしてるのにー!!」
「そ、そうじゃなくて、リーフは今酔ってるし・・・・・・。」
「酔っれないもん!!」
「いや・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。」
「わらひらって、アリスとちゅー・・・・・・したいもん・・・・・・。」
「そ、それは酔ってない時に・・・・・・ね?」
「いやー! アリスとちゅーするのー!」
駄々をこねるリーフに肩を掴まれ、ガクガクと揺らされる。
「わ、分かった! 分かったから揺らさないでー!」
「えへへ~、ん~~~・・・・・・。」
近づくリーフの唇を避け、頬にキスする。
「お口は・・・・・・?」
「お、お口はまた今度ね。」
「やらやらやらー!! お口にすゆのー!!」
「そ、それは流石に素面の時にね。」
「ぐすっ・・・・・・なんれよぉ~・・・・・・。」
「そうは言っても・・・・・・。そ、そうだ、頭撫でてあげるから横になりなよ。」
「む~~・・・・・・・・・・・・えへへ~。」
コテンッと倒れて俺の太腿に頭を載せるリーフ。
こうして横にしておけばその内寝てくれるだろう。
「んふふ、あったか~い。」
「はいはい・・・・・・。」
太腿に擦りつけてくるリーフの頭を優しく撫でる。
「・・・・・・・・・・・・うぷっ。」
「・・・・・・だ、大丈夫?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ね、ねぇ・・・・・・リーフさん?」
「・・・・・・スゥ・・・・・・スゥ。」
「寝た・・・・・・だけか・・・・・・。」
ホッと胸を撫で下ろす。
大惨事にならなくて良かった。
「ようやく大人しくなったか・・・・・・。酒とはこうも人を変えるものなのだな・・・・・・。私はもう二度と飲まぬぞ。」
リーフのは甘え上戸と言ったところか。
普段は甘えられる相手が居ないから、その反動だろう。
こちらの法に照らせば成人しているとはいえ、やはりまだ子供なのだ。
学院に来てからずっと親元を離れているのだし、無理もない。
「初めて飲んだんだろうし、仕方ないよ。みんなも今日の事でリーフをからかったりしないであげてね。」
とりあえず、今日はゆっくり寝かせてあげよう。
*****
漂ってくる朝食の匂いで目を覚ます。
すでに皆起きているようだが、珍しくリーフだけはまだ床に就いているようだ。
朝食の準備も整うだろうし、起こしておいたほうが良いだろう。
寝息を立てているリーフの身体を揺らし、声をかける。
「起きて、朝だよ。」
「ん・・・・・・? アリス・・・・・・?」
「もうすぐ朝食だけど、起きられる?」
「えぇ・・・・・・大丈・・・・・・痛っ~~・・・・・・!」
身体を起こしたリーフが頭を押さえて顔をしかめる。
「もしかしなくても、頭痛い?」
「え、えぇ・・・・・・どうしてしまったのかしら・・・・・・。風邪・・・・・・?」
「多分二日酔いだね。」
「二日酔い・・・・・・? 一体どうして・・・・・・?」
「えーっと、昨日お酒飲んだの覚えてない?」
「昨日・・・・・・お酒・・・・・・・・・・・・・・・・・・~~~~~~ッッ!!!」
リーフが青かった顔色を真っ赤に染めて頭を抱える。
「ち、違うの・・・・・・違うの違うの違うの!! わ、私・・・・・・あんなことするつもりじゃ・・・・・・!!」
覚えちゃってるか・・・・・・。
「落ち着いて、リーフ。みんな気にしてないから。」
「そ、そんな訳ないじゃない! あんな・・・・・・あんな事・・・・・・うぅ~~~・・・・・・。」
重傷だな、こりゃ。
「ごめんなさい、アリス・・・・・・。その・・・・・・色々・・・・・・しちゃって。」
「私も全然気にしてないから、大丈夫だよ。」
「す、少しは気にしなさいよぉ~!」
「ま、まぁ・・・・・・私は嬉しかったよ、好きって言ってくれて。」
「そ、それは・・・・・・違うの!」
「違うの?」
「ち、違わないけど、違うのぉ・・・・・・。」
「ともかくさ、そろそろ朝ご飯だから行こう?」
項垂れるリーフの手を取るが、動こうとしない。
「行くって・・・・・・どんな顔して皆に会えばいいのよ・・・・・・。」
「えーっと・・・・・・わ、笑えばいいと思うよ。」
「笑えるワケないでしょ!」
「はいはい、わがままリーフちゃんはこうね・・・・・・っと。」
触手でぐるぐるとリーフの身体を巻き取り、持ち上げる。
「きゃ・・・・・・っ! ちょ、ちょっと! 下ろしなさいよぉ~!」
「じゃ、行くよー。」
「ま、待ちなさいってばぁ~!」
そのまま皆の前に連れて行くと、急に小さくなって大人しくなるリーフ。
「その・・・・・・昨日は、ごめんなさい・・・・・・。」
「気にするな。薦めたのは私なのだし、私にも責がある。」
しゅんと落ち込んだリーフに皆が暖かい言葉をかける。
特にフィーはずっと心配していたようだった。
「うぅ・・・・・・皆の優しさが逆に辛いわ・・・・・・。」
本来なら空にあるはずの雲は眼下をゆっくりと漂う。
四角い白い石のタイルで作られた大小様々な足場は、まるで雲に浮かんでいるようだ。・・・・・・実際に浮いてるが。
足場はそれぞれ同じ素材で作られた道や階段で繋がれており、移動に支障はなさそうだ。
「うわー、すごい! ここって空の上なの!?」
ニーナがはしゃぎながら足場の端まで駆けて行く。
「ちょ、ちょっとニーナ! 危ないわよ!」
リーフの注意も今のニーナには聞こえていないようで、足場の端に膝を着いたニーナは雲に触ろうと手を伸ばすが、見えない壁に阻まれる。
「あ・・・・・・あれ? ここも見えない壁があるや。」
足を踏み外して地面に真っ逆さま、と言った事は無さそうだ。
そもそも地面が存在しているかも定かでないが。
「あ! みんな、アレ見てよ!!」
ニーナが声を上げて指を差した方へ視線を向ける。
その方向には別の足場が存在しており、その上には次の迷宮への門が。
「今回は随分とあっさり見つかったな。」
「・・・・・・けれど、ここからじゃ行けないみたいね。」
今居る足場からは門のある場所まで道が伸びていないのだ。
回り道をする必要があるのだろうが・・・・・・。
「見える範囲ではあそこに行けそうな道は無い・・・・・・かな。」
視界を遮るものが無いので結構遠くまで地形の確認が出来るのだが、それでも道は見つからず、目に入るのはウロウロするモンスターの姿ばかり。
「はぁ・・・・・・結局、また時間が掛かりそうって事ね。」
ぐずっていても仕方がないので探索を開始したが、案の定、行けども行けども対岸へ渡る道は見つからない。
最初は揚々と歩いていたニーナも口数が少なくなっている。
先の地形を確認しながら、リーフが呟く。
「・・・・・・逆の道を行った方が良かったのかしら。」
「それは言いっこ無しだよ。」
「そうよね・・・・・・分かっているわ。」
他の皆もあまり良い表情とは言えない。
なまじ出口を見しまった分、疲労への影響が大きいようだ。
「今日はこの辺りで休憩にしようか。」
「いつもより少し早くないかしら?」
「そうだけど・・・・・・この状態で進んでもあまり良くないと思うしね。」
「ふむ、確かにそうだな。それに、今日は肉もあることだしな。」
「そうだったにゃ! 肉にゃ! 食べるにゃ!!」
「急に元気になったね、サーニャ・・・・・・。」
ちなみにこの迷宮で出るモンスターはフィールドが空ということもあり、ハーピーなどの鳥系が多い。
つまりは鳥肉が潤沢なのである。
「ふふっ・・・・・・そうね。それじゃあ早速準備しましょうか。」
荷物を下ろして火を熾す準備に入ると、サーニャがポツリと言葉を漏らした。
「あるー、空から何か来てるにゃ。」
サーニャの視線と同じ方向に目を向けると、鳥の様な影が羽ばたきながらこちらへ向かって来ているようだ。
「魔物・・・・・・? とりあえず戦闘準備・・・・・・かな。」
*****
その魔物はバサバサと音を立てながら、ゆっくりと俺達の前に降り立った。
スリムだが引き締まった筋肉の付いた人の身体に、背に生えた白い翼、首から生えた白い鳩頭。
随分とお高そうな服を纏い、腰には細身の剣が下げられている。
「ふるっふぅ・・・・・・。」
そう呟いた鳥人間は手袋を優雅に脱ぐと、こちらへ向かってスタイリッシュに投げ付けてきた。
・・・・・・決闘しろってことか?
「あ、あの魔物は・・・・・・!」
「知ってるの、ラビ?」
「と、鳥貴族だよ!」
「な、なるほど、鳥貴族・・・・・・・・・・・・ね。」
「剣での素早い攻撃が得意って本に書いてた!」
”剣”という単語にヒノカの眉根がピクリと動いた。
「ほう・・・・・・。それなら、私に任せて貰おうか。」
刀を正眼に構えたヒノカが鳥貴族の正面に立つ。
対する鳥貴族も細身の剣を華麗に抜き、スタイリッシュに構えた。
「・・・・・・来い!」
ヒノカの声と同時に、鳥貴族の剣が鞭のように風を裂きながらヒノカへ襲い掛かる。
鳥貴族の怒涛の連撃を捌きつつも、じりじりと後ろへ退がるヒノカ。
傍から見れば劣勢のように見えるが、ヒノカはまだ余裕の表情。
「そんなものか・・・・・・。はぁっ!!」
ヒノカが気合いと共に刀を一閃させると、鳥貴族の持っていた剣の刃を根元から斬り落とした。
かろうじて間合いから逃れた鳥貴族は折れた剣を構える。撤退したりする様子は無い。
「・・・・・・終わりだ。」
ヒノカが刀を納めると、鳥貴族の身体がゆっくりと地面に倒れ、霧散消失した。
一息ついたヒノカの下にニーナが駆け寄る。
「ヒノカ姉、怪我は無い!?」
「あぁ、大丈夫だ。」
ヒノカが無事なのを横目で確認したリーフが空を見渡す。
「此処は空からも魔物が来るのね・・・・・・。」
「そうみたいだね。見張りをする時は気を付けないと。」
先程の様子を見るに、見えない壁を越えてくるモンスターも存在するようだ。
つまり、全方位を警戒する必要がある。・・・・・・面倒だな。
「あるー、さっきの魔物が何か落としたにゃ。くんくん・・・・・・な、何だか美味しそうな匂いがするにゃ・・・・・・。」
鳥貴族が倒れた場所には何かが入った白いビニール袋が落ちていた。
ガサガサと中身を漁ってみると、焼き鳥の詰まったパックが3つと、500mlの缶ビールらしき物が一本。
貴族とか言う割には随分と庶民的じゃねえか・・・・・・。
「それは・・・・・・串焼き、なのかしら?」
「あー、そうだね。鳥肉を使った串焼きだよ。」
出来たてのようで、串がはみ出たパックからは仄かに熱が伝わってくる。
パックを開いて、一本取り出した。
見た目はタレがかかった普通の焼き鳥のようだ。
問題はちゃんと食えるかどうかだが・・・・・・・・・・・・まぁ食えるだろ、うん。
ガブリとかぶりついた。
トロリとした甘辛いタレが舌を濡らし、弾力のある肉を噛むたびに薄らと炭の風味が鼻を抜けていく。
「うん・・・・・・美味しい。」
「あちしも食べるにゃ!」
「ボクもボクも!」
「・・・・・・わたしも食べる。」
「ちゃ、ちゃんと皆の分あるから・・・・・・。」
焼き鳥に群がる食いしん坊たちを余所に、ちゃっかりと自分の分を確保していたヒノカが串を咥えながらビールの缶を片手に首を傾げる。
「ところで、この筒は何なのだ?」
「それは多分・・・・・・お酒かな。」
「ほう・・・・・・それなら私とリーフは飲んでも構わないのだよな?」
「まぁ、一応成人はしているんだしね。・・・・・・飲んでみる?」
この世界での飲酒は成人、つまり十三歳以上が推奨とされている。
あくまで推奨なので未成年が飲んでもお咎めは無いが、「ガキが飲むもんじゃねえ」と大人に取り上げられて飲まれてしまうのがオチだ。
「そうだな、せっかく手に入れたのだ。試してみても損はあるまい。なぁ、リーフ?」
「わ、私も・・・・・・!? 興味が無いと言えば嘘になるけれど・・・・・・。」
「それで、コイツはどうやって飲めば良いのだ?」
「あぁ、ちょっと貸してみて。」
受け取った缶のプルタブを起こすと、カシュッと音が響いた。
飲み口から立ち昇って来た匂いは、完全にビールのそれだ。
「はい、その穴から飲んでね。」
「かたじけない。では・・・・・・、頂くぞ。」
ヒノカは恐る恐る缶を傾け、少しだけ口に含む。
「うぐっ・・・・・・な、なんだコレは・・・・・・! に、苦いだけだぞ・・・・・・!?」
ヒノカから缶を受け取ったリーフは思わず引いてしまう。
「も、もう・・・・・・変な事言わないでよ。」
それでも好奇心には勝てなかったのか、リーフも缶に口をつけてゆっくりと傾けていく。
コクッ。
コクン・・・・・・。コクン・・・・・・。コクン・・・・・・。
「ちょ、ちょっとリーフさん? 一気に飲みすぎじゃ・・・・・・?」
「ふぅ・・・・・・ご、ごめんなさい。わりと美味しかったものだからつい・・・・・・。」
「い、いや・・・・・・それは良いんだけど、そんなに一気に飲んで大丈夫?」
「ええ、平気よ。はい、ヒノカ。」
リーフが缶を差し出す。
まだ半分以上は残っていそうだ。
「私は・・・・・・もういい・・・・・・。」
「あら、そう?」
ヒノカが断ったのを見て、隣に居たニーナが両手を上げる。
「はいはい! ボクも飲みたい!」
「仕方ないわね・・・・・・。」
「へへ~っ、やった!」
ニーナが缶を受け取った瞬間、サーニャが声を上げる。
「あ、あるー! また何か飛んできてるにゃ!」
サーニャが指した方角から猛スピードで飛んで来る影。
迎撃準備を整える間に俺達の上空に着き、少し離れた場所に降り立った。
先程の鳥貴族と同じ鳥人間だが、今度はタキシードを着て、手にビニール袋を提げている。
「ラビ、あれは分かる?」
「た、多分・・・・・・鳥紳士だよ!」
「しんし・・・・・・。」
苦虫を噛み潰したような顔のまま刀を構えて対峙するヒノカに、手を上げて敵意が無い事を示す鳥紳士。
「ど、どうするのだ、アリス・・・・・・うぅ、苦い。」
「一応敵意は無いみたいだし、構えたままで手は出さないで。皆も後ろに下がって。」
「あぁ、分かった・・・・・・。」
手を上げながらゆっくりと近づいてくる鳥紳士に対し、じりじりと後退して距離を取る。
ある地点で鳥紳士の足が止まり、足元にあったニーナが置いた缶ビールを拾い上げ、代わりに手に持っていたビニール袋を置いた。
鳥紳士はニーナの方に缶ビールを掲げて見せ、ゆっくり首を横に振り、そのまま飛び去って行ってしまった。
「な、何だったのだ・・・・・・?」
「ボクが飲もうと思ってたのに、持って行っちゃった・・・・・・。」
「あ・・・・・・でも、代わりにジュースを置いて行ってくれたみたい。きっと子供はお酒を飲んじゃダメって言いに来たんだよ。」
「ジュース!? 飲みたい!」
鳥紳士の置いたビニール袋の中には、人数分の冷えた缶ジュースと薔薇が一本入っていたのである。
・・・・・・紳士だ。
*****
鳥紳士が去り、夕食も軽く済ませた後。
「うへへ、アリスぅ~らいしゅきー。」
「お、おう・・・・・・。」
「ぐすっ・・・・・・アリスがしゅきって言ってくれない・・・・・・。」
「・・・・・・す、好きだよ。」
「らいしゅき?」
「う、うん大好きだよ、リーフ・・・・・・あはは・・・・・・はぁ・・・・・・。」
リーフはすっかり出来上がってしまっていた。
夕食中は少しふわふわしていた程度だったが、本格的に回ったようだ。
「えへへっ、わらひもアリスの事らいしゅきー!」
リーフが俺を抱く腕に力を込めて、頬をスリスリとしてくる。
いつもならこんな光景に不機嫌になりそうなフラムも、酔って変わり果てたリーフにすっかり怯えているようだ。
「お、おい・・・・・・リーフは大丈夫なのか、アリス?」
「まぁ、一晩寝れば元に戻ると思うよ・・・・・・。」
「ア~~リ~~ス~~! 余所見しちゃらめっ! もうっ!」
「ご、ごめんなさい・・・・・・。」
俺を抱きしめたままリーフが耳元で囁く。
「ちゅーしよ?」
「いや・・・・・・それは・・・・・・。」
「ぐすっ・・・・・・やっぱり、わらひとは嫌なんら・・・・・・。みんなとはしてるのにー!!」
「そ、そうじゃなくて、リーフは今酔ってるし・・・・・・。」
「酔っれないもん!!」
「いや・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。」
「わらひらって、アリスとちゅー・・・・・・したいもん・・・・・・。」
「そ、それは酔ってない時に・・・・・・ね?」
「いやー! アリスとちゅーするのー!」
駄々をこねるリーフに肩を掴まれ、ガクガクと揺らされる。
「わ、分かった! 分かったから揺らさないでー!」
「えへへ~、ん~~~・・・・・・。」
近づくリーフの唇を避け、頬にキスする。
「お口は・・・・・・?」
「お、お口はまた今度ね。」
「やらやらやらー!! お口にすゆのー!!」
「そ、それは流石に素面の時にね。」
「ぐすっ・・・・・・なんれよぉ~・・・・・・。」
「そうは言っても・・・・・・。そ、そうだ、頭撫でてあげるから横になりなよ。」
「む~~・・・・・・・・・・・・えへへ~。」
コテンッと倒れて俺の太腿に頭を載せるリーフ。
こうして横にしておけばその内寝てくれるだろう。
「んふふ、あったか~い。」
「はいはい・・・・・・。」
太腿に擦りつけてくるリーフの頭を優しく撫でる。
「・・・・・・・・・・・・うぷっ。」
「・・・・・・だ、大丈夫?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ね、ねぇ・・・・・・リーフさん?」
「・・・・・・スゥ・・・・・・スゥ。」
「寝た・・・・・・だけか・・・・・・。」
ホッと胸を撫で下ろす。
大惨事にならなくて良かった。
「ようやく大人しくなったか・・・・・・。酒とはこうも人を変えるものなのだな・・・・・・。私はもう二度と飲まぬぞ。」
リーフのは甘え上戸と言ったところか。
普段は甘えられる相手が居ないから、その反動だろう。
こちらの法に照らせば成人しているとはいえ、やはりまだ子供なのだ。
学院に来てからずっと親元を離れているのだし、無理もない。
「初めて飲んだんだろうし、仕方ないよ。みんなも今日の事でリーフをからかったりしないであげてね。」
とりあえず、今日はゆっくり寝かせてあげよう。
*****
漂ってくる朝食の匂いで目を覚ます。
すでに皆起きているようだが、珍しくリーフだけはまだ床に就いているようだ。
朝食の準備も整うだろうし、起こしておいたほうが良いだろう。
寝息を立てているリーフの身体を揺らし、声をかける。
「起きて、朝だよ。」
「ん・・・・・・? アリス・・・・・・?」
「もうすぐ朝食だけど、起きられる?」
「えぇ・・・・・・大丈・・・・・・痛っ~~・・・・・・!」
身体を起こしたリーフが頭を押さえて顔をしかめる。
「もしかしなくても、頭痛い?」
「え、えぇ・・・・・・どうしてしまったのかしら・・・・・・。風邪・・・・・・?」
「多分二日酔いだね。」
「二日酔い・・・・・・? 一体どうして・・・・・・?」
「えーっと、昨日お酒飲んだの覚えてない?」
「昨日・・・・・・お酒・・・・・・・・・・・・・・・・・・~~~~~~ッッ!!!」
リーフが青かった顔色を真っ赤に染めて頭を抱える。
「ち、違うの・・・・・・違うの違うの違うの!! わ、私・・・・・・あんなことするつもりじゃ・・・・・・!!」
覚えちゃってるか・・・・・・。
「落ち着いて、リーフ。みんな気にしてないから。」
「そ、そんな訳ないじゃない! あんな・・・・・・あんな事・・・・・・うぅ~~~・・・・・・。」
重傷だな、こりゃ。
「ごめんなさい、アリス・・・・・・。その・・・・・・色々・・・・・・しちゃって。」
「私も全然気にしてないから、大丈夫だよ。」
「す、少しは気にしなさいよぉ~!」
「ま、まぁ・・・・・・私は嬉しかったよ、好きって言ってくれて。」
「そ、それは・・・・・・違うの!」
「違うの?」
「ち、違わないけど、違うのぉ・・・・・・。」
「ともかくさ、そろそろ朝ご飯だから行こう?」
項垂れるリーフの手を取るが、動こうとしない。
「行くって・・・・・・どんな顔して皆に会えばいいのよ・・・・・・。」
「えーっと・・・・・・わ、笑えばいいと思うよ。」
「笑えるワケないでしょ!」
「はいはい、わがままリーフちゃんはこうね・・・・・・っと。」
触手でぐるぐるとリーフの身体を巻き取り、持ち上げる。
「きゃ・・・・・・っ! ちょ、ちょっと! 下ろしなさいよぉ~!」
「じゃ、行くよー。」
「ま、待ちなさいってばぁ~!」
そのまま皆の前に連れて行くと、急に小さくなって大人しくなるリーフ。
「その・・・・・・昨日は、ごめんなさい・・・・・・。」
「気にするな。薦めたのは私なのだし、私にも責がある。」
しゅんと落ち込んだリーフに皆が暖かい言葉をかける。
特にフィーはずっと心配していたようだった。
「うぅ・・・・・・皆の優しさが逆に辛いわ・・・・・・。」
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