社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華

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条件10*職場とのギャップは内密に!

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相良さんに相応しい女性になりたい。

美人でもない、スタイルが良い訳でもない私と付き合ってくれている相良さんに対して、私が出来る事は努力する事しかない。

自宅でも職場でも練習しながら、食事を取るのが習慣になった。

相良さんの骨張った細い指が箸先を自由に操る様を想像しながら、食事を済ませるのだけれども…一向に箸先を使用する高さは変わらない。

ナイフとフォークの練習も欠かさず、動画サイトを見ながら独学でテーブルマナーを学んでいる、ある日の事…。

「お疲れ様です…」

聞き慣れた低い声が背後から聞こえた。

どんな風の吹きまわしなのか、はたまた疲れ過ぎてしまい思考回路がおかしくなってしまったのか…、職場の従業員食堂で食事をしていると斜め前に座って来たのは相良さんだった。

平然とお膳をテーブルに置き、椅子を引いて座った。

自分自身が職場での接近禁止令を出したくせに、堂々と斜め前の席に座った事に対して驚いている私など構いもせずに日替わりの魚定食を食べている。

周りを見渡せば他にも空いている席はあるのだが、何故、この席を選んだのだろうか?

「あの…どうしてこの場所に?」

「…たまたま空いていたからです」

「…そうですか」

勇気を出して確認をすれば、仕事モードの相良さんの素っ気のない返事が返って来た。

それ以上の受け答えはなく、会話もないままに二人で食事を済ませる。

食事の後、相良さんは私の事などお構い無しにスマホを操作し始めた。

そこまで素っ気なくしなくても良いのに…といじけ気味の私のスマホが点灯した。

どうやら、メールが届いたらしい。

"今日はお弁当が用意されてなかったので、従業員食堂に来てみた。週末、何時に迎えに行く?"

───スマホを確認すると相良さんからで、ぎこちない要件だけのメッセージが、私にとっては彼らしい面白味がある。

いじけ気味の心は晴れ晴れして、思わず顔が緩む。

いつもは自宅から持って来ているお弁当を公園で食べたり、秘書室で食べたりしていると言っていたけれど、今日は珍しく従業員食堂にいたので聞きたくてウズウズしていた私をお見通しなんだろうな。

"やっぱりお魚なんですね(笑)
相良さんが都合の良い時間で大丈夫ですよ"とチラチラと相良さんの方を見ながら、スマホに文字入力をする。

返事はすぐ様返って来て、"10時?"との短文だった。

"分かりました。待ってますね。"と返答し、相良さんはメールの届いたスマホを直ぐに確認し、"和奏から、もの凄く視線を感じる。場所を移動するから…"と返答してきた。

嬉しくて、ついつい相良さんを見てしまっていたけれど…周囲にメールのやり取りや関係性を気付かれたかもしれない。

浅はかな自分を反省し、相良さんが席を立った後に反省メールを送信した。

"好いてくれるのは有難いけれど、顔に出すぎ。"と返信が来て落ち込み気味になってしまうと…間髪入れずに覆す様なメールが届く。

"今日は早く上がれそうだから送って行くよ"、と。

一人で従業員食堂に座っているのに、突然のメールに顔がゆるゆるに緩む。

秘密の社内恋愛中の私には、些細なやり取りが嬉しくて堪らないのだ。

ましてや、社内では接近禁止と言っている相良さん自らが従業員食堂で近くに座るなど思いも寄らなかった。

高鳴る胸を抑え切れずに舞い上がり気味のまま、受付カウンターへと戻る時間が迫って来る。

休憩時間の終わりに"先に上がったら近くのカフェで待っています。"と返信した。

午後から定時までの数時間、精一杯頑張ろう。

相良さんは私の活力源なので、仕事への意欲も高まる。

幸せな気分のままでエレベーターに乗り込み、1階行きのボタンを押して受付カウンターまで戻った。

「休憩から戻りました。何か伝達ある?」

戻ると直ぐに次は奈子ちゃんが食事休憩の番なので、仕事の伝達や引き継ぎを行う。

「いや、それがですね…」

私が受付カウンターに座るなり、私の目の前に差し出された電話番号が書いてある小さなメモ用紙。

「先日、副社長と相良さんのところに訪ねてきた女性が先輩に渡してってメモ用紙を置きに来たんです。一応、預かりましたけど…」

「……?その他は何も言ってなかった?」

「気が向いたら電話して、ですって。無理してする必要はないと思いますよ!…何の意図があるんでしょうね?」

疑いもせずに不思議そうに私を見る奈子ちゃんに私と相良さんの関係を話したいけれど、話す事は出来ずにもどかしさだけが残る。

いっその事、奈子ちゃんに相良さんとの関係性を話せたらどんなに楽だろう?

もしも話す事が出来たのなら、色々と相談したり、恋バナにも花が咲いたりして楽しいと思うけれど…。

「訪ねてきた時に私が対応したから、その時に嫌な思いをさせてしまったのかもしれないし、私ではなく相良さんに連絡を取って欲しいだけかもしれないし…真意は分からないけれど、近い内にかけてみようかな?とは思うよ」

電話をするもしないも相良さんに報告して、確認してからになるけれど…。

電話番号を渡して来たと言う事は、私に対して直に話があると言う事だから、逃げも隠れもしたくはない。

相良さんの了解を得て、話をしてみたい。

「…そうですか。先輩、相良さんの元カノかもしれないけれど負けずに頑張りましょう!ではとりあえずお昼いただいてきます!また後ほど話をしましょー」

…そう言いながらも拳を胸の高さで握り、去り際に「ファイトですよ、先輩!」と小声で言った奈子ちゃん。

そんな明るく可愛い奈子ちゃんが私は大好き。

いつの日か話せる日が来たらきちんと話すからね、今はまだ秘密のままでごめんね───……

心の中で謝りながら、頭の中を仕事モードへと切り替える準備に入る。

先程の相良さんとのやり取りを思い出しては、一人でニヤケてしまいそうな自分も居て、なかなか切り替えが難しい。

仕事中の失敗はなかったのだけれど、麗紗さんの電話の件と相良さんとのやり取りの件で仕事に身が入らないままに、定時までの時間は過ぎてしまった。

相良さんももうすぐ上がれるとのメール連絡を受け、近場のカフェで待機中に不穏な空気が流れ込む。

カツカツとヒールの音をフローリングの床に響かせ、颯爽と歩いて近付いて来る女性。

カフェの店員さん、お客さんの眼差しを一点に集めたかの様に皆が見惚れる姿。

間違えない、"あの人"だ───……

「御一緒しても良いかしら?」

「え、と…は、はいっ、」

「じゃあ、遠慮なく」

座っている私に向かって、上から見下ろす様に艶やかに笑って、椅子を引いて正面に座った。

ふんわりと漂う香水の甘い香り。

目鼻立ちのハッキリとした整っている顔、艶のあるストレートな髪、華奢な手足にボリュームのある胸。

誰もが振り帰らずにはいられないだろう容姿に対して、女性の私でも見惚れてしまう程の美人さんな麗紗さん。

素敵過ぎる……!

息を飲み、何も発せずにいると話を切り出して来たのは彼女だった。

「胡桃沢さん…だったわよね?ストレートに聞くけど、大貴の彼女なの?」

「…えと、あの…」

社外の人だし、本当は大威張りで『彼女です』って伝えたい。

…けれども言ってもいいのか駄目なのかよりも、この人が元カノだとしたら、私なんかが彼女だと宣言するのが身分違いの様で恥ずかしい。

伝える事が出来ずに戸惑う。

「私、大貴の元カノだったの。あ、アイスコーヒー1つ!…」

戸惑っている最中に私にトドメの一言をぶつけながらも、通りすがりの店員さんにアイスコーヒーを頼んでいる彼女はとても逞しく思えた。

やっぱり元カノだったんだ。

相良さんと麗紗さんの方がお似合いに決まっている。

考えれば考えれる程にチクリと心のナイーブな部分に棘が突き刺さり、抜けそうもない。

「大貴が高校生の時から付き合ってたの。勿論、お互いの初めての相手でもあるの。私がね、他に好きな人が出来ちゃったから別れちゃったんだけどね…」

「…そうですか……」

高校生からの付き合い。

お互いの初めての相手。

ジワリ、ジワリと侵蝕していく棘が交差して絡まる。

聞きたくない。

逃げ出したい。

「…それでね、近々、私は結婚する事になったの。大貴に会いに来たのは、その報告だったんだけど…聞き耳持ってくれなくて、結局…話す事が出来なかった。それもそうよね、私が一方的に別れを告げて、他の人の所に行ってしまったんだから。だから、貴方が彼女なら伝えて欲しかったの…」

我儘で勝手な人。

けれども、相良さんが別れた後もスマホから電話番号を消去しなかったのは、連絡を待ち続けていたのかな?

相良さんは強がっていただけで、本当は未練が残っていて再会が嬉しかったのかな?

自分にとってはマイナス思考ばかりが頭に浮かんで、返事が出来ずにいた。

それに相良さんは傷ついていたのかと思うといたたまれない。

過去は取り戻せない分、私は相良さんを大切にしたい。

「…あのさ、気になるから聞くけど…大貴の初恋の人って貴方よね?後藤ちゃんから聞いて知ってるんだ。初恋の人と再開して付き合うなんて、そうそうないから驚いたけど…運命の人みたいで羨ましいよ」

「…初、恋…ですか?」

以前、後藤さんが経営するバーで話してくれた小学生ピアノコンテストの時の事。

そう言えば・・・後藤さんが相良さんが探してた女の子が居るとか言っていたけれど、それはまさかの私だったのかな?

初恋だとか、くすぐったいけれど、素直に言えば嬉しすぎる。

「そうみたいよ。大貴はね、中学高校とピアノを頑張っていて、音大を目指していたのだけど…ある日突然にポツリと辞めて進路を変更したの。多分、ピアノを頑張っていても貴方には会えなかったからだって…私は勝手にそう思ってる」

相良さんの口からは聞けそうもない過去の話。

立ち入り禁止の場所に踏み入ろうとしているみたいな罪悪感とは裏腹な興味深さ。

どうしよう…聞きたいけれど聞いてはいけないような心情。

頬ずえをつきながら、届いたアイスコーヒーにガムシロップを入れてストローでクルクルとかき混ぜながら話す麗紗さん。

俯き加減で伏せたまつ毛の長さに驚きつつも、何処か寂しそうに見えた。

「胡桃沢さん…、貴方が私とは違う雰囲気の女性だったから戦意喪失したのは確かだけど…、大貴が可愛がるのも分かる!…だって、貴方は小動物みたいに小さくて可愛いもの!」

麗紗さんが私を見てニッコリと微笑むけれど、心からは笑っているようには見えない。

心の中では泣いているような、どこか曇っているかのような笑顔。

「…本当の事を言うとね、大貴は私の事なんて見てない事に気付いて、私は辛くなって逃げ出したの。付き合ってたけど…失恋してたの。

滑稽よね…」

「…わ、わ、…私だって、相良さんに冷たくあしらわれたりしてますよ?そ、それにっ…相良さんは今も麗紗さんの携帯番号を消してませんよ?」

"付き合っていたけど、失恋"

重くのしかかる言葉に自分の姿も重ねる。

「…相良さんは思い入れがあったからこそ、番号を消せなかったのかもしれないです!」

相良さんは好きでもない人と興味本位でなんか付き合う性格ではないと思うから、麗紗さんを嫌いになった訳ではないと思う。

私が初恋の人ではなければ、見ず知らずの私とは付き合う事はなかったはずだ。

「相良さんなりに好きだったんだと思いますよ?人と関わるのが不器用な人だから、曖昧だったり、人前では素っ気ない態度をとったりしますけどね…。二人きりだと甘やかしてくれますし…」

自分勝手な人だと思っていたが、話を聞いている内に同情というか、次第に共感してしまい、ついつい感情移入してしまっていた。

「今のは…間違えなくノロケよね?フォローしたつもりがフォローになってないけど?」

「えぇー!?…す、すみませんでした!」

「ふふっ、いいんだけどね、別に!…胡桃沢さんって面白い人ね」

慌てふためく私を見てクスッと笑った麗紗さんは、前方部分の"何か"に気付き、席を立ち上がる。

「お疲れ様、大貴。カフェの前を通ったら彼女が見えたから立ち寄ったの。彼女、可愛くて良い子ね。大事にしてあげてね!…じゃぁ、またいつか!元気でね…」

麗紗さんから見れば前方、私から見れば後方から相良さんが現れた。
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