社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華

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条件1:業務外の報告禁止!

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定時になり、受付嬢としての仕事は終了。

空いた時間に会議室の掃除をするけれど、相良さんは現れず…もしかしたら避けられてるのかもしれないと思った。

告白にしてから、何日間、話をしていないのだろう?

7月の終わりに告白をして、時は既に8月。

小さく溜め息をつきながら帰り支度をし、社外に出ようとしたら呼び止められた。

「お疲れ様です。胡桃沢さん、もうすぐ勤務終了になりますので待っていてもらえますか?」

外回りから帰って来た副社長と相良さんにすれ違い、声をかけてきたのは副社長だった。

副社長と話をする機会もなかなかないので嬉しさもあったが、相良さんが隣にいるのも関わらず何も発さない事に落ち込みを隠せなかった。

「かしこまりました。では、社員食堂横の自販機スペース辺りに居ます」

相良さんの顔は見れずに一礼をして過ぎ去る。

何故、副社長が待つようにと声をかけてきたのかは謎だった。

自販機の横にある休憩スペースに座って待ち、15分が過ぎた頃に相良さんは一人で現れた。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません。退勤押してありますので、胡桃沢さんがお時間に余裕があれば少し話をしましょうか?」

この時間は自販機の横の休憩スペースには誰も立ち寄らず、私達は実質二人きり。

話をすると言うのは先日の告白の件だろうか?

断りの返事に長居は必要なく、椅子はいらないと思うので早く聞いて帰ろう。

相良さんが椅子に座る前に立ち話で済ませて帰ろうと思い、立ち上がる。

二人きりと言う状況に胸が高鳴るが、今日で決着をつけよう。

話をすると言われたが私からは告白の話題を持ち出しにくく、先ずは違う話題へと振る。

「あの…副社長は?」

相良さんの顔をまともに見れず、下を向きながらの問いかけに
「副社長なら先程、お帰りになりました。私から話しかけるべきでしたが、業務中でしたのでためらっていたところを副社長が声をかけてしまいました。実は先日の会議室の件、副社長に見られていた様で…」
と返ってきた。

思い起こせば掃除中はドアは開けて置くので、誰かが通り過ぎたら聞こえるはずだ。

自分の感情優先で勤務中に何やってるんだろう…、私。

今頃になって反省するなんて、馬鹿だ。

「すみません…相良さんにご迷惑お掛けしてしまいましたよね?あ、あのっ…断りの返事ならいらないですからっ。もう、帰りま…」

「まだ何も言ってませんよ?」

後ろを振り向き帰ろうとすると、すかさず相良さんが止めに入った。

「どこか行きますか?」

「あっ、はい。…って、えーっ!?」

表情を崩さないままでのお誘いの言葉に驚きを隠せず、思わず大声を発してしまった。

相良さんは右手の人差し指を唇の前に立てて「お静かに」と言い、先に歩き出した。

私、これから相良さんと出かけるの?

何だろう、この展開は?

相良さんの後ろ姿を見ながら、後をついて行く事にドキドキし過ぎて、告白以上に緊張してバッグを持つ手に力が入る。

「どうぞ」

どこまで行くのかと思って着いて行くと社内の駐車場に入った。

車通勤とは聞いていたけれど、まさかの私が助手席に乗せて貰えるとは考えた事もなかった。

笑いもしないし表情は変わらないままだが、ドアを開けてエスコートしてくれる姿は凄く紳士的。

「ありがとうございます…お邪魔します…」

恐る恐る車の助手席に座り、力一杯握り締めていたバッグを太ももの上に置いてシートベルトをする。

相良さんの車内はとても良い香りが漂い、綺麗に掃除もしてある。

エンジンをかけると同時に車内に音楽が流れた。

穏やかなメロディーに洗練された歌詞、知らぬ人は居ないだろうと言う国民的人気のバンドの曲が流れる。

「…このバンド、副社長の趣味です。普段は送り迎えする事もありまして、車内を勝手に私物化するので困ります」

確かにこのバンドのCDがいくつも車内に置かれている。

「へぇ…そうなんですか。私もこのバンド、結構好きですよ。相良さんはどんな歌手が好きですか?」

「…あえて言うならば洋楽を好みます。でも本当は何も考えずに済むので、歌詞の無い曲が好きです」

「クラシックですか?」

「クラシックも好きですが、演奏者がいるバーでジャズピアノを聞くのが好きです。車内では副社長の好みか、居ない時は洋楽を聞いたりします」

上手い事、話の流れが出来てきている。

洋楽とジャズピアノが好きだなんて、気品溢れる相良さんにイメージがピッタリはまる。

「…たまに行くバーがあるのですが、そこで良いですか?落ち着いて話が出来ると思います」

「はい、お願いします…」

相良さんとバーに行くだなんて、予想しなかっただけに胸が高鳴る。

どうしよう、嬉しいけれど…ドキドキが半端ない。

運転する相良さんの姿をまともに見れず、下唇を噛んでバッグを握り締める、こうする事でしか高鳴る胸を抑えつけられない。

国民的人気バンドの恋の歌が私達二人の間に流れて、心の中で歌う。

この歌の様にハッピーエンドになる事を期待してしまう。

「胡桃沢さんは以前から受付の仕事をなさっているとか…」

「は、はいっ…!短大卒業してからはずっと受付の仕事をしています。派遣、ですけど…」

短大在学中に就職先が決まらず、駆け込む様に派遣の受付嬢に応募して採用された。

在学中に取得した保育士の資格も保育園等に就職が出来ないなら何の意味もなく、就職が決まらなければ東北の実家に連れ戻されるので、派遣でも良いから働く必要があった。

「そうですか…」

相良さんはたった一言そう言うと黙り込んでしまった。

先程の流れはどこに?

優秀な人材の相良さんには、私の様なダメ元で受けて、たまたま採用された人間には幻滅したのだろうか?

沈黙が続き、私はまた心の中で歌を歌う。

今、流れている曲は失恋しても明るく立ち振る舞う恋の歌で、これから相良さんに振られるだろう私にピッタリな歌だった───……
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