上 下
8 / 70
公休日は予想外な一日!?

しおりを挟む
「毒牙…とは何だ?」

「………。何か、よく分かりませんが、私にとっては毒なんです。支配人は気付かない内に毒をバラまいていますので、自覚した方がいいですよっ」

必死で絞り出した答えに対して、真顔で聞いてきたから私の口元が緩んでしまった。

「…分かった。お前に対しても傲慢な態度が過ぎたかもしれない。これからは気をつける」

笑いを堪えている私に対して、支配人は謝罪をしてきた。私が言った毒牙とは支配人のバラまく色気の事を指しているが、支配人は多分…仕事中の毒舌や態度の事と勘違いしている。

確かに仕事中に毒を吐くし、傲慢な態度の時もあるけれど、後から必ずフォローを入れるのが支配人だと私は知っている。

…だから、勘違いして欲しくはない。

「いや、そーゆー事じゃなくて…」

「………?違うのか?」

「全然っ、違いますっ!支配人は自覚してないみたいですが、えっと…特別扱いしちゃうと…好きにな、…いや、勘違いされちゃいますよって事です」

否定したいのに上手く言葉が伝えられずに、途切れ途切れになる。支配人はそんな私を見て、目がきょとんとして拍子抜けしている様だった。

私が言い放った言葉は、最高責任者でもあり、上司の支配人にかけるものではなく、今更だが取り返しがつかない事に気付く。

「…つまり、それは…俺がお前を特別扱いしている前提で、俺がお前を好きだと言う事か?」

「……っ、え、えっと」

「…だったら、勘違いしてればいい。上司として誘った事にするより、お前の事が好きな同僚がデートに誘った事にすれば、前者よりも気が楽だろ?…もう一度、聞く。帰るなら今だぞ?」

この期に及んで、この人は何を言い出すかと思えば…、余裕の微笑みを浮かべながら私に右手を差し出す。

断るつもりもないが、右手に私の左手を重ねても良いものか戸惑う。

恐る恐る左手を差し出すと強引に引っ張り、お互いの手を重ねられる。骨張ったスラリと長い指が、私の手の平を覆い隠す。

「…嫌だったら、全力で振りほどけ。今日は上司と部下ではなく、"同僚"だからな」

言葉は傲慢だが、微笑みは柔らかく、歩く速度も合わせてくれている。そう言えば、職場でも歩く速度を合わせてくれていた。

サービス業だし、お客様の歩幅に合わせなくてはならない職業だからかもしれないけれど…。

「今日は車で出かけるから。乗って」

連れられるままに歩くと"月極駐車場"に辿り着き、ドアを開けてエスコートされた。コクン、と頷き、車に乗り込むとふんわりと良い香りが広がる。

この香り、ほんのり甘くて癒されるなぁ。支配人が選んだのかな?

「よ、宜しくお願いします!」

「そんなにかしこまらなくていいよ?今日は"同僚"なんだから。…取って食ったりしないから、安心しな」

エンジンをかけるとラジオから流行りの曲が流れて来た。

シートベルトを締めても、緊張のあまりにガチガチに身体が固まり、ベルト部分を握りしめたままの私を見て、支配人はからかう。

隣でニヤニヤと笑う支配人は、職場では見られない姿だが、新鮮かつ気恥しい。

わざとからかって遊んでるのかな?

「…さっきから気になってたけど、暑い?顔が赤いみたいだけど…」

信号待ちの時、バックミラー越しに私を見ながら問いかける。

顔に火照りを感じていたのは暑いのではなく、支配人のせいです。

支配人が近距離過ぎて、運転中も綺麗な横顔を目で追ってしまうし、密室な車内に二人きりなんだから緊張感がなくなる事はない。

意識をしたら負けだと頭では理解しているものの、行動が伴わない。鼓動もうるさく高鳴るばかりで、落ち着かない。

「窓、少しだけ開けるから…。もしかして、車酔いか?全然、話もしないし…」

「だ、大丈夫です。暑いだけです…」

暑くもないし、車酔いでもないが、窓の隙間から入る爽やかな風が心地良い。

仕事中ではないので、一つにまとめずに解放されているセミロングの髪が風になびく。

「東京の街中をドライブしたのは初めてです。いつもは寮とホテルの往復が主ですし、タクシーもバスも利用しませんから…」

通り過ぎて行く街並みを眺めながら、普段の生活を思い出す。

近県から東京に引越ししてからは、まだ仕事にも東京にも不慣れで疲労が溜まる為、出かけても目的を済ますだけ。

早番で早く上がっても出かける気力はないし、友達との連絡も億劫になる時もある。

「良かったな。知り合いが居なくて、独りだとつまらないだろ?たまに連れて行ってやるよ」

「だーかーらっ、そーゆー発言が女子は勘違いするんですって…!支配人はいつもそうやって口説いてるんですか?」

「……口説かれた事はあっても、口説いた事はないな。お前が俺に口説かれたと言うなら、初めて口説いた事になるな」

完全に遊ばれている私。

支配人の事だから冗談で誘っている訳ではないと思うけれど、恋愛感情ではなく、同情や上司としてのお誘いかもしれないから、図に乗って間に受けてはいけない。

深みにはまりたくない。

完璧主義者な支配人が私を所有する理由は、一流のサービススタッフに仕立てる為。

今日だって、そう、私の子供っぽい容姿を改造する計画なんだから───……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...