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十二 花咲く庭で

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「君はやはりサザンプトン伯爵家のご令嬢だったのか」

「家をご存知でしたか。ええ、そうです。でも、いろいろあって、今はどうなっているのか……」

「そうか、あの事故は突然で大変だったろう」

「……」

 ダグラス様にそう言われると急にその頃を思い出して、胸が一杯になる。歩く速度が自然と上がった。

「ふっ……。今は何でもありませんわ。ただの食堂の下働きのナターシャです」

 気が付けば食堂の側まで戻ってきていた。少し速度を落とすと後ろからぎゅっと抱きしめられた。

「何でもないことではないだろう」

「何でもないように思ってやりすごしてきました。ですから、このようなことは……」

 気が付けばぱたぱたと頬を伝ってダグラス様の腕まで涙が落ちてしまっていた。

 屋根裏に通すのは忍びないので食堂を開けてダグラス様に入ってもらった。

 だって、ダグラス様は事情を聞くまで帰らないというし、裏通りとはいえ抱き締められたままだと目立ちすぎるもの。


 そして、ダグラス様には女将さん達に話したことを打ち明けた。

「――そんなことがあったのか、しかし、誰か君の伯爵家での正統性を証明できる人がいればそれは無効となるはずだ」

「本当ですか? それなら元執事のサムでしょうか。長いこと勤めてくれていました。それに男爵夫妻が乗り込んできたときも反対してくれていたのに。でも今はどこにいるのか分かりません。それに追い出すようにしてしまったもの協力してくれるかどうか」

 ふううとダグラス様は溜息をつかれた。

「それにこれ以上、ダグラス様にご迷惑をおかけしては……」

 正直ここでダグラス様に裏切られると本当に何を信じて良いのか分からなくなる。

「君が気になるのだ」

「それだけではとてもご好意にこれ以上甘える訳には参りません」

「ええい。気になって、いや、それ以上に、君のことが私は好きなんだ! ナターシャ。私は君があの食事を作ってくれたときから君のことを……」

「え? あ、あの、今、好きって……」

 あのとき私はまだおばちゃんの姿だったですよね?

「ナターシャはどう思ているのかは分からないが、私の気持ちはそうなのだ。私と一緒に、これからも私の側にいて欲しい」

「私も、ダグラス様を信じたいです。でもいろいろありすぎて私……。何を信じて良いのか分からなくなって……」

「そうだな。確かにいろいろとまだ整理がつかないだろう。だから、ナターシャ。私は待つよ」

「でもダグラス様のことは。その好き、だと思います」

 するとダグラス様は破顔して、私を抱きかかえて飛び跳ねた。




 それからダグラス様が調べてくれて、サムの行方は直ぐに分かった。私が訪ねて行くとサムは喜んでくれた。

 事前にダグラス様が話してくれていたみたいでサムが金庫へ伯爵家の証書から印章も隠してあったことを話してくれた。だからバークレイ男爵は結局何もできなかったのだ。

 男爵夫妻は他の詐欺事件や人身売買とかも発覚し、騎士団に既に逮捕されていて、今は投獄中だそうだ。これもダグラス様のお陰だと思う。

 それにバークレイ男爵らに売り飛ばされた家財は偽物が殆どで本物も銀行の貸金庫に仕舞われていた。サムには本当に感謝しかない。伯爵家にいた元の使用人も戻ってきてくれた。

 これもダグラス様の力添えのお陰だった。後は……、


「え? ダグラス様は侯爵家の次男だったのですか?」

「だから、伯爵家に入っても構わないだろうか? しかし、私も奴らのようだと思われると嫌なんだが……」

「いいえ、ダグラス様を彼らと同じだなんて、誰も思いませんわ。でも、そうですわね。契約書を交わしましょう」

「破棄を前提にか? 怖いな」

「あら、ダグラス様は誠実な方なのでしょう? ふふ」

「さあ、自分でそうだと言うのは誠実とは思えないがな」

「まあ、うふふ。そんな謙遜なさって……」

 サザンプトン伯爵邸は再び美しい花々が咲こうとしていた。

 それは若い当主の二人を祝福するかのように。
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