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九 身の上を振り返ると

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 その日の店仕舞いはいつもよりかなり早かった。最後は追い出す勢いでお客さんを見送っていた。お茶まで用意すると女将さん達が座って私に話すよう促した。私はジョンとの婚約破棄に始まって一連の出来事を話した。

「んまあああ! 運命の恋とか言いつつ、浮気して他に女がいたの? なんて奴なの!」

 横で大将も座って聞いてくれていた。包丁は持ってないけど腕を組んで時折天井を見上げて頷くと睨んでいた。

「それに両親を事故で同時に亡くしたなんて、どんなに心細かったか……」

 女将さんの言葉にじわりと泣きそうになったけれど。

 ――ダメよ。ナターシャ。忘れたの? バークレイ男爵が最初どうだったのか。優しく声を掛けてくれたけれどそうじゃなかったのよ。

 じっと涙を堪えて私は淡々と続けた。

「そして、遠縁と名乗るバークレイ男爵夫妻がやって来てたのです。そして、気がつけばいつのまにか昔からの使用人は全ていなくなっていて、男爵のギャンブルの借金のカタに私はここに売り飛ばされていました」

「はあぁぁ。聞いてるだけで胸が一杯になるわねぇ。お貴族様のことは力になれないけれど、どうにかできないものかね。まあ、だけどあんたがここで安心して生きていけるようには手伝えるよ。任せておき」

「ありがとうございます。女将さんには本当にお世話になっています」

 女将さんがもっと悪い人だったなら娼館や奴隷として売られていてもおかしくないもの。だけど、用心することに越したことはないわ。裏切られ続けて人の善意をそのまま信じられるような気がしなくなってしまったもの。それでいいの。信用しなくて、私も逆に利用すればいいのよ


 それから女将んさんとは忌憚なく話せるようになってきた。ダグラス様も部下らしき人を連れて来てくれるので食堂はますます繁盛している。人手が足りなくなったので私もついに配膳にも出るようになった。勿論、重装備のままでおばちゃん呼びされてますけどね。

 あれから、私はメニューを考えるのが面白くて、昼の休みに厨房を借りて作るようになった。たまに賄いも作れるまでになっていた。

「いい匂いがしたのだが……」

 そう言ってダグラス様が食堂にやってきた。あれから時折、仕事の時間が押して食べれないときにダグラス様に料理を頼まれるようになった。

「今日はですね。煮込みにパンでも美味しいのが分かりましたから、以前、食べたことのあるライスというものを入れてみました。どうでしょう?」

 クリームシチューにライスを入れてみる。南の方で採れる穀物であっさりとしているから煮込みに合いそうだし、腹持ちも良さそうだから試してみた。

「ちょっとあっさりし過ぎているかな。あ、いや私の個人の好みだ。問題ない」

「いいえ、忌憚のないご意見が聞きたいのです。そうですね。私も食べてからそう感じたので。今度は窯でチーズを入れて焼いてみようかしら」

「ああ、チーズ。焼いた匂いは食欲をそそる。では、ご馳走様。代金は……」

「いいえ。ダグラス様はお客様を一杯連れてきていただいてますし、今日のはお店に出せる代物ではありませんから」

「しかし……」

「ではまた、食べにいらしてください。そして試作品のご意見もいただけたら嬉しいです」

「そうか、その……店でなくて、家で……。そのだな……」

「あ、そうだ。今日も遅くまでお仕事なんですよね。良かったら、これどうそ」

 私は用意してあった紙包みを出した。中にはソーセージや野菜を挟んだパンを包んである。

「これは?」

「試作品のいろいろ挟んだパンなのです。また感想を聞かせてくださいね」

「あ、ああ。いつもすまない」

「おや、ダグラスさん、いらしてたのかい?」

 ちょうどダグラス様の帰り際に女将さんが配達から戻って来た。

「ああ、女将さん。今日も訓練が長引いて食べ損なうとこだった。いつもナターシャさんにはいろいろと作ってもらって助かる」

「そうかい。そうかい。ダグラスさんはお得意さんだからね」

 にやりと女将さんが笑った。

「それはそうとナターシャ。明日はお店は休みだからどこかに行ってくるかい? うちもそんな大きな店ではないから大したお金はやれないけど」

「休み……」

「ほら、大通りのおしゃれなカフェとか行ってみたらどうだい?」

「カフェですか……」

 正直カフェにはいい思い出は無かった。ジョンと婚約破棄したこともあるし。それにそもそも二人でいるときはいつも支払いは私がして、ジョンは私の好みや都合も考えずに自分の好きなところに一方的に連れていかれるし、その上、私が食べ終わるのを待ちきれずさっさと帰ることもあったのだ。今思えば……。

「こほん。明日、お店は休みなのか?」

「ええ、可哀そうにここに来てからナターシャは何処にも出かけないんですよねぇ」

 ちらりと女将さんがダグラス様を見遣った。ダグラス様は自分のお顔を頻りに撫でながら口を開いた。

「そうか。では私も休みを取ろう。ナターシャ。良ければ日頃の食事のお礼に私も一緒に……」

「ああ、そりゃあ良いね。ダグラスの旦那、ナターシャを頼んだよ」

「え! ダグラス様が一緒ですか?」

 私が断る暇もなく女将さんがダグラス様の背中をばしんと叩くとダグラス様はゲホゲホと咽ていらした。
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