8 / 12
八 食堂のおばさんとして
しおりを挟む
私はお店の屋根裏部屋で寝起きすることになった。一階はお店の食堂と厨房や貯蔵庫など、二階は女将さん夫婦の部屋と物置があり、屋根裏にはあまり物を置いていなかったので直ぐに使えるようにできたからだった。
「ああ、ダメだわ。どうしても品の良さがに染み出る。こんな上品で別嬪さんをうちの店で出したら別の行列が出来て仕方ないよ」
女将さんの娘時代のドレスを着せてもらっていた。
「別嬪だなんて、そんなことはありません。言われたことは無いです」
婚約者だったジョンにそんなことを言われたことは無かった。
「おお、これなんかどうだ?」
瓶底眼鏡を大将がどこからか持ってきてくれた。
「そりゃいいね」
こうして女将さんの古びたワンピースドレスに瓶底眼鏡、そして白い三角巾で髪の毛を隠すというスタイルに決定した。
最初は皿洗いのみ、お客さんの前に出ることは無かった。時折、常連客に新顔の私を女将さんが挨拶代わりに説明してくれていた。極力お客さんとは話はしない。どうしても私は貴族の話し方が出てしまうのでびっくりされると言われた。
ここはお酒は出すけれど悪質な酔っぱらいは直ぐに憲兵に突き出すし、料理をしている大将が騒ぎを聞きつけて顔を出すと皆黙ってしまう。大将はかなり体格が良い人なので厨房の奥から包丁を片手に出てくると騒ぎはぴたりと収まる。でも最初、面接したときにはあまりにも眼つきが鋭かったので本当に怖かった。
そんなある日のお昼すぎ、
「ごちそうさん」
「ありがとうございました」
私は最後の客が出ると店のドアの板をクローズにした。
「……あ、もう終わりの時間か」
低い声が聞こえてそちらの方を見遣るとよく来てくれる男性が立っていた。名前はまでは知らない。
「はい。その、もう時間で、最後の日替わりがでてしまったので早めに仕舞います」
「そうか……」
ここのお店は裏通りだけど城の通用門に近く道沿いに面している。そのためお城に努めている人が往来していることが多く、それに合わせるようにお昼前に開けて、昼食の提供したあと一度閉めて、夕方から再び営業している。
そのとき、ぐぐぐうぅと盛大な腹の虫が聞こえてきた。
私じゃないのよ。賄いをしっかり食べてるもの。今日は子牛肉と新鮮野菜の煮込みだったから飛ぶように売れたの。
女将さんは近所に配達に行ったし、旦那さんは夕飯の仕込みまで休んでいる。
簡単で私でも出来そうなものなんて。私は厨房を覗いてみた。煮込みの鍋にはまだ少し残っていてバケットは丸々ある。
「……簡単なものしかできませんが、どうぞお入りくださいませ」
男性は訝し気にしたものの中に入って座った。
私はかまどの火を入れるとお鍋に水を足し込みバケットを刻んで入れた。パングラタンもどきにしてみる。女将さんがあまり物でしていたのを見様見真似でやってみた。
一口味見をすると煮込みのシチューとパンが絡み合って中々のものだった。それにバケットがあるからどっしりとお腹にもくると思う。騎士の方にはいいんじゃないかしら。
「どうぞ、有り合わせの残り物なのでお代はいりません」
「いい匂いだ。何だこれは? 煮込みの中にパンが入っている……」
凄い勢いでパングラタンもどきは男性のお腹の中に消えた。彼は王国騎士団のマントを身に着けているときがあるので騎士だと思う。たまに副隊長なんて呼ばれることがあるので若い割には偉い人なのかもしれない。
「御馳走様。ありがとう。時間外なのにわざわざ作ってくれるとは」
「いえ、お得意様ですし」
私が答えると男性はまた訝し気な様子になった。
「私はダグラス。王宮騎士団第三分隊の副隊長をしている」
「まあ、そうでしたか。ダグラス様ですね。私はナターシャと申します」
私の答えにダグラス様はますます眉間に皺を寄せた。
「それで代金は?」
「いえいえ。あまり物を使ったのでいりませんわ」
「そう言う訳にはいかん」
「では、今度一杯食べに来てくださいな」
ダグラス様は今度は目をぱちくりとしていた。
「そうか、今度は部下も連れてくるとしよう」
「はい。お待ちしております」
私は精一杯明るい声を出した。頭には三角巾、瓶底眼鏡、口にも布を巻いているから表情なんかは伝わりにくいものね。
ダグラス様にお礼を言われて恐縮しつつ私は今度こそお店を閉めた。戻ってきた女将さんに事情を説明するとどんな料理か気になったらしく再現しすることになった。
「成程ねぇ。これも美味しいじゃないか。賄いに出そうかね」
「はい。すみません。勝手なことをして、でもすごくお腹を空かせていたようでしたので……。なんとか女将さんのを見よう見まねで作ってみました」
認められたのが嬉しくてついはしゃいでしまった。そう言えばこんなに楽しかったのってお父様やお母様が生きてた時以来だわ。
そう思うと何だが泣きそうになってしまった。
「どうしたんだい? ナターシャ」
「少し両親のことを思い出してしまって」
「そいうえば、あんたいい所のお嬢さんなのに詳しい事情を聞いていなかったわね」
「どこから話せばいいのか……。私は伯爵家のナターシャ・サザンプトンと申します。ここに来る前に三年婚約していた男性から運命の恋をしたいと破棄されて、その直後に両親が馬車の事故で二人とも亡くなって、途方に暮れていたところ、遠縁の者と名乗るバークレイ男爵が家を訪れました。それから……」
「ちよ、ちょっと待って、ええ? 婚約破棄から何だって。はあ? ああもう、夕方の店の準備をしないといけない。明日休みだし、今夜店を閉めたらじっくり聞かせてもらうよ。ねえ、あんた」
「ああ、そうしよう」
いつの間にか出刃包丁片手に大将が厨房から出てきていた。その姿に私はひぃっと思わず悲鳴を上げそうになった。
「ああ、ダメだわ。どうしても品の良さがに染み出る。こんな上品で別嬪さんをうちの店で出したら別の行列が出来て仕方ないよ」
女将さんの娘時代のドレスを着せてもらっていた。
「別嬪だなんて、そんなことはありません。言われたことは無いです」
婚約者だったジョンにそんなことを言われたことは無かった。
「おお、これなんかどうだ?」
瓶底眼鏡を大将がどこからか持ってきてくれた。
「そりゃいいね」
こうして女将さんの古びたワンピースドレスに瓶底眼鏡、そして白い三角巾で髪の毛を隠すというスタイルに決定した。
最初は皿洗いのみ、お客さんの前に出ることは無かった。時折、常連客に新顔の私を女将さんが挨拶代わりに説明してくれていた。極力お客さんとは話はしない。どうしても私は貴族の話し方が出てしまうのでびっくりされると言われた。
ここはお酒は出すけれど悪質な酔っぱらいは直ぐに憲兵に突き出すし、料理をしている大将が騒ぎを聞きつけて顔を出すと皆黙ってしまう。大将はかなり体格が良い人なので厨房の奥から包丁を片手に出てくると騒ぎはぴたりと収まる。でも最初、面接したときにはあまりにも眼つきが鋭かったので本当に怖かった。
そんなある日のお昼すぎ、
「ごちそうさん」
「ありがとうございました」
私は最後の客が出ると店のドアの板をクローズにした。
「……あ、もう終わりの時間か」
低い声が聞こえてそちらの方を見遣るとよく来てくれる男性が立っていた。名前はまでは知らない。
「はい。その、もう時間で、最後の日替わりがでてしまったので早めに仕舞います」
「そうか……」
ここのお店は裏通りだけど城の通用門に近く道沿いに面している。そのためお城に努めている人が往来していることが多く、それに合わせるようにお昼前に開けて、昼食の提供したあと一度閉めて、夕方から再び営業している。
そのとき、ぐぐぐうぅと盛大な腹の虫が聞こえてきた。
私じゃないのよ。賄いをしっかり食べてるもの。今日は子牛肉と新鮮野菜の煮込みだったから飛ぶように売れたの。
女将さんは近所に配達に行ったし、旦那さんは夕飯の仕込みまで休んでいる。
簡単で私でも出来そうなものなんて。私は厨房を覗いてみた。煮込みの鍋にはまだ少し残っていてバケットは丸々ある。
「……簡単なものしかできませんが、どうぞお入りくださいませ」
男性は訝し気にしたものの中に入って座った。
私はかまどの火を入れるとお鍋に水を足し込みバケットを刻んで入れた。パングラタンもどきにしてみる。女将さんがあまり物でしていたのを見様見真似でやってみた。
一口味見をすると煮込みのシチューとパンが絡み合って中々のものだった。それにバケットがあるからどっしりとお腹にもくると思う。騎士の方にはいいんじゃないかしら。
「どうぞ、有り合わせの残り物なのでお代はいりません」
「いい匂いだ。何だこれは? 煮込みの中にパンが入っている……」
凄い勢いでパングラタンもどきは男性のお腹の中に消えた。彼は王国騎士団のマントを身に着けているときがあるので騎士だと思う。たまに副隊長なんて呼ばれることがあるので若い割には偉い人なのかもしれない。
「御馳走様。ありがとう。時間外なのにわざわざ作ってくれるとは」
「いえ、お得意様ですし」
私が答えると男性はまた訝し気な様子になった。
「私はダグラス。王宮騎士団第三分隊の副隊長をしている」
「まあ、そうでしたか。ダグラス様ですね。私はナターシャと申します」
私の答えにダグラス様はますます眉間に皺を寄せた。
「それで代金は?」
「いえいえ。あまり物を使ったのでいりませんわ」
「そう言う訳にはいかん」
「では、今度一杯食べに来てくださいな」
ダグラス様は今度は目をぱちくりとしていた。
「そうか、今度は部下も連れてくるとしよう」
「はい。お待ちしております」
私は精一杯明るい声を出した。頭には三角巾、瓶底眼鏡、口にも布を巻いているから表情なんかは伝わりにくいものね。
ダグラス様にお礼を言われて恐縮しつつ私は今度こそお店を閉めた。戻ってきた女将さんに事情を説明するとどんな料理か気になったらしく再現しすることになった。
「成程ねぇ。これも美味しいじゃないか。賄いに出そうかね」
「はい。すみません。勝手なことをして、でもすごくお腹を空かせていたようでしたので……。なんとか女将さんのを見よう見まねで作ってみました」
認められたのが嬉しくてついはしゃいでしまった。そう言えばこんなに楽しかったのってお父様やお母様が生きてた時以来だわ。
そう思うと何だが泣きそうになってしまった。
「どうしたんだい? ナターシャ」
「少し両親のことを思い出してしまって」
「そいうえば、あんたいい所のお嬢さんなのに詳しい事情を聞いていなかったわね」
「どこから話せばいいのか……。私は伯爵家のナターシャ・サザンプトンと申します。ここに来る前に三年婚約していた男性から運命の恋をしたいと破棄されて、その直後に両親が馬車の事故で二人とも亡くなって、途方に暮れていたところ、遠縁の者と名乗るバークレイ男爵が家を訪れました。それから……」
「ちよ、ちょっと待って、ええ? 婚約破棄から何だって。はあ? ああもう、夕方の店の準備をしないといけない。明日休みだし、今夜店を閉めたらじっくり聞かせてもらうよ。ねえ、あんた」
「ああ、そうしよう」
いつの間にか出刃包丁片手に大将が厨房から出てきていた。その姿に私はひぃっと思わず悲鳴を上げそうになった。
0
お気に入りに追加
384
あなたにおすすめの小説
醜いと言われて婚約破棄されましたが、その瞬間呪いが解けて元の姿に戻りました ~復縁したいと言われても、もう遅い~
小倉みち
恋愛
公爵令嬢リリーは、顔に呪いを受けている。
顔半分が恐ろしい異形のものとなっていた彼女は仮面をつけて生活していた。
そんな彼女を婚約者である第二王子は忌み嫌い、蔑んだ。
「お前のような醜い女と付き合う気はない。俺はほかの女と結婚するから、婚約破棄しろ」
パーティ会場で、みんなの前で馬鹿にされる彼女。
――しかし。
実はその呪い、婚約破棄が解除条件だったようで――。
みるみるうちに呪いが解け、元の美しい姿に戻ったリリー。
彼女はその足で、醜い姿でも好きだと言ってくれる第一王子に会いに行く。
第二王子は、彼女の元の姿を見て復縁を申し込むのだったが――。
当然彼女は、長年自分を散々馬鹿にしてきた彼と復縁する気はさらさらなかった。
シテくれない私の彼氏
KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
高校生の村瀬りかは、大学生の彼氏・岸井信(きしい まこと)と何もないことが気になっている。
触れたいし、恋人っぽいことをしてほしいけれど、シテくれないからだ。
りかは年下の高校生・若槻一馬(わかつき かずま)からのアプローチを受けていることを岸井に告げるけれど、反応が薄い。
若槻のアプローチで奪われてしまう前に、岸井と経験したいりかは、作戦を考える。
岸井にはいくつかの秘密があり、彼と経験とするにはいろいろ面倒な手順があるようで……。
岸井を手放すつもりのないりかは、やや強引な手を取るのだけれど……。
岸井がシテくれる日はくるのか?
一皮剝いだらモンスターの二人の、恋愛凸凹バトル。
【完結】 気持ちのままに「面倒ですよね貴方が。」と言ったらパーティが静まり返りました。婚約破棄まっしぐらですね。やった!
BBやっこ
恋愛
なんで私が?ポータル家がというべきか。弟のお披露目の筈が、王子の接待係になってた。
大人達が『お似合いね、可愛らしいカップルだわ。』とくっつけたがっているのがわかる。
そう言えば、子供だから流されると思ってるの?
淑女のマナーである笑顔を作らず、私は隣の王子を観察した。面倒な案件と確定。排除します!
少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
【短編】三姉妹、再会の時 ~三姉妹クロスオーバー作品~
紺青
恋愛
あれから十年後、三姉妹が再び会う時、お互いなにを思うのか? 離れ離れになった元スコールズ伯爵家の三姉妹がそれぞれの家族と幸せになり、互いの家族と共にひょんなことから再会することになった。大人になった三姉妹の再会の物語。
※「私はいてもいなくても同じなのですね」次女マルティナ、「私がいる意味はあるかな?」三女リリアン、
「私は生きていてもいいのかしら?」長女アイリーンのクロスオーバー作品。いずれかの作品を読んでいないとわからない内容になってます。
綿菓子令嬢は、この度婚約破棄された模様です
星宮歌
恋愛
とあるパーティー会場にて、綿菓子令嬢と呼ばれる私、フリア・フワーライトは、婚約者である第二王子殿下に婚約破棄されてしまいました。
「あらあら、そうですか。うふふ」
これは、普段からほわわんとした様子の令嬢が、とんでもない裏の顔をさらすお話(わりとホラー風味?)
全二話で、二日連続で、23時の更新です。
【完結】その婚約破棄は異端! ー王太子は破滅するしかないー
ジャン・幸田
恋愛
俺マキシムは何も出来かも自由になる! そう女もだ! 親が決めた婚約さなど排除してしまえばいい! そう思ったが実際は色々と厄介なことになった! 全て元婚約者マリアンヌが・・・!
これは婚約破棄によって不幸になった貴公子の末路の物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる