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八 食堂のおばさんとして

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 私はお店の屋根裏部屋で寝起きすることになった。一階はお店の食堂と厨房や貯蔵庫など、二階は女将さん夫婦の部屋と物置があり、屋根裏にはあまり物を置いていなかったので直ぐに使えるようにできたからだった。


「ああ、ダメだわ。どうしても品の良さがに染み出る。こんな上品で別嬪さんをうちの店で出したら別の行列が出来て仕方ないよ」

 女将さんの娘時代のドレスを着せてもらっていた。

「別嬪だなんて、そんなことはありません。言われたことは無いです」

 婚約者だったジョンにそんなことを言われたことは無かった。

「おお、これなんかどうだ?」

 瓶底眼鏡を大将がどこからか持ってきてくれた。

「そりゃいいね」

 こうして女将さんの古びたワンピースドレスに瓶底眼鏡、そして白い三角巾で髪の毛を隠すというスタイルに決定した。

 最初は皿洗いのみ、お客さんの前に出ることは無かった。時折、常連客に新顔の私を女将さんが挨拶代わりに説明してくれていた。極力お客さんとは話はしない。どうしても私は貴族の話し方が出てしまうのでびっくりされると言われた。

 ここはお酒は出すけれど悪質な酔っぱらいは直ぐに憲兵に突き出すし、料理をしている大将が騒ぎを聞きつけて顔を出すと皆黙ってしまう。大将はかなり体格が良い人なので厨房の奥から包丁を片手に出てくると騒ぎはぴたりと収まる。でも最初、面接したときにはあまりにも眼つきが鋭かったので本当に怖かった。


 
 そんなある日のお昼すぎ、
  
「ごちそうさん」

「ありがとうございました」

 私は最後の客が出ると店のドアの板をクローズにした。

「……あ、もう終わりの時間か」

 低い声が聞こえてそちらの方を見遣るとよく来てくれる男性が立っていた。名前はまでは知らない。

「はい。その、もう時間で、最後の日替わりがでてしまったので早めに仕舞います」

「そうか……」

  ここのお店は裏通りだけど城の通用門に近く道沿いに面している。そのためお城に努めている人が往来していることが多く、それに合わせるようにお昼前に開けて、昼食の提供したあと一度閉めて、夕方から再び営業している。

 そのとき、ぐぐぐうぅと盛大な腹の虫が聞こえてきた。

 私じゃないのよ。賄いをしっかり食べてるもの。今日は子牛肉と新鮮野菜の煮込みだったから飛ぶように売れたの。

 女将さんは近所に配達に行ったし、旦那さんは夕飯の仕込みまで休んでいる。

 簡単で私でも出来そうなものなんて。私は厨房を覗いてみた。煮込みの鍋にはまだ少し残っていてバケットは丸々ある。

「……簡単なものしかできませんが、どうぞお入りくださいませ」

 男性は訝し気にしたものの中に入って座った。

 私はかまどの火を入れるとお鍋に水を足し込みバケットを刻んで入れた。パングラタンもどきにしてみる。女将さんがあまり物でしていたのを見様見真似でやってみた。

 一口味見をすると煮込みのシチューとパンが絡み合って中々のものだった。それにバケットがあるからどっしりとお腹にもくると思う。騎士の方にはいいんじゃないかしら。

「どうぞ、有り合わせの残り物なのでお代はいりません」

「いい匂いだ。何だこれは? 煮込みの中にパンが入っている……」

 凄い勢いでパングラタンもどきは男性のお腹の中に消えた。彼は王国騎士団のマントを身に着けているときがあるので騎士だと思う。たまに副隊長なんて呼ばれることがあるので若い割には偉い人なのかもしれない。

「御馳走様。ありがとう。時間外なのにわざわざ作ってくれるとは」

「いえ、お得意様ですし」

 私が答えると男性はまた訝し気な様子になった。

「私はダグラス。王宮騎士団第三分隊の副隊長をしている」

「まあ、そうでしたか。ダグラス様ですね。私はナターシャと申します」

 私の答えにダグラス様はますます眉間に皺を寄せた。

「それで代金は?」

「いえいえ。あまり物を使ったのでいりませんわ」

「そう言う訳にはいかん」

「では、今度一杯食べに来てくださいな」

 ダグラス様は今度は目をぱちくりとしていた。

「そうか、今度は部下も連れてくるとしよう」

「はい。お待ちしております」

 私は精一杯明るい声を出した。頭には三角巾、瓶底眼鏡、口にも布を巻いているから表情なんかは伝わりにくいものね。

 ダグラス様にお礼を言われて恐縮しつつ私は今度こそお店を閉めた。戻ってきた女将さんに事情を説明するとどんな料理か気になったらしく再現しすることになった。

「成程ねぇ。これも美味しいじゃないか。賄いに出そうかね」

「はい。すみません。勝手なことをして、でもすごくお腹を空かせていたようでしたので……。なんとか女将さんのを見よう見まねで作ってみました」

 認められたのが嬉しくてついはしゃいでしまった。そう言えばこんなに楽しかったのってお父様やお母様が生きてた時以来だわ。

 そう思うと何だが泣きそうになってしまった。

「どうしたんだい? ナターシャ」

「少し両親のことを思い出してしまって」

「そいうえば、あんたいい所のお嬢さんなのに詳しい事情を聞いていなかったわね」

「どこから話せばいいのか……。私は伯爵家のナターシャ・サザンプトンと申します。ここに来る前に三年婚約していた男性から運命の恋をしたいと破棄されて、その直後に両親が馬車の事故で二人とも亡くなって、途方に暮れていたところ、遠縁の者と名乗るバークレイ男爵が家を訪れました。それから……」

「ちよ、ちょっと待って、ええ?   婚約破棄から何だって。はあ? ああもう、夕方の店の準備をしないといけない。明日休みだし、今夜店を閉めたらじっくり聞かせてもらうよ。ねえ、あんた」

「ああ、そうしよう」

 いつの間にか出刃包丁片手に大将が厨房から出てきていた。その姿に私はひぃっと思わず悲鳴を上げそうになった。
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