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五 おば様の新しい執事ベン
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そして、おば様が連れてきた執事候補のベンは若くて顔だけは良かったけれど仕事は酷いものだった。
朝の支度は出来ておらず、手紙や書類の仕分けも出来ず。引継ぎはどうなっているのか。一週間は我慢したけれど――。
「サムから引き継いだ案件はどうなりましたか? 領地からの報告は?」
私が新しい執事のベンに聞いても彼はにやにやと笑うだけ。暇があれば鏡を見て身支度を整えている。とんでもないナルシストだ。
ベンとは見た目は全然似ていないけれどその様子はジョンを思い出さされた。
ジョンは自分を少しでも良く見せようと常に身嗜みに気を配っている人だった。連れている私も自分に似合うアクセサリーの一つとでも思っていたのだかもしれない。ショーウインドウの前で必ず立ち止まり、中を見ているのかと思えばガラスに映る自分を眺めているということが普通だった。
「あーあー、そんなの俺に聞いても分かるはずありませんよ。はははは」
「ちょっと、ベン、お待ちなさい。それでは伯爵家の執務が滞ってしまいます!」
執務室の机から無開封の手紙や封筒の山が崩れた。私は呆然として立ち尽くしていた。ここでつい先日まで私は伯爵家の執務をサムから聞いて分からないままでこなしていたのだ。先日の事なのに随分前のような気がしてきた。
「ねえぇ。ナターシャ。これなんだけどぉ」
おば様が猫撫で声を出して執務室に入ってきた。それにベンがここぞとばかり、
「奥様、レディが酷いことをいうのです。この僕に仕事をしなさいなんて。僕ができるはずないじゃありませんか」
「あらやだ。ナターシャ。彼は美しさが売り物なのよ。あまり難しいことを言いつけないでちょうだい。眉間に皺などできたら大変よ」
「おば様……」
私が絶句しているとおば様が差し出したのはお母様のブローチだった。
「これ綺麗わね。今度のお茶会に着けていきたいのだけど」
「それは母ので……」
「まああ。何も頂戴と言ってるのではないのよ? 少し借りたいだけ。ね、ね。いいでしょう? この間仕立てたドレスにぴったりなのよ」
「それなら、まあ、お貸しするだけなら構いませんわ」
「ありがとう。ナターシャ。あなたは本当に良い子だわ」
私はベンとおば様が立ち去ったあと書類の山をどうにかしようと躍起になっていた。
「これをそちらへ……。誰かいないの?」
執務室にあるベルを鳴らしても使用人は誰も来ず、仕方なくドアを開けて廊下で呼ぶがそれでも誰も来る気配はなかった。おば様の部屋からは賑やかな話し声がする。どうやら使用人達はそこに集まっているようだった。
「バークレイ夫人。良くお似合いですわ」
「本当、素敵です!」
新しいドレスを試着したバークレイ夫人を囲んで召使達が褒め称えていた。
「ちょっとあなた達、誰でもいいから執務室へ来てください」
だけど誰一人として来る気配はなかった。私の方も見てもいない。聞こえてないことは無いと思うけれど。私はも一度声を掛けようとした。――ああ、これが昔からいた使用人なら顔も名前も覚えているのに。
「あらあら、ナターシャじゃない。来てくれたのね。見てちょうだい! 良く似合うと思わない?」
「おば様、それより伯爵家の執務をしないと……」
「んまあぁ。それこそ、私の連れてきたベンがきちんとやっているはずよ! 任せておきなさいよ。さあ、それよりこのドレスにはどの髪飾りが似合うかしら? ああ、お母様のをお借り出来ないかしら? 他にもあるでしょう?」
おば様は喪中にも関わらず、次々とドレスを仕立て、アクセサリーを貸したと言っても返ってくることはなかった。流石に私もおば様に注意するしかなかった。
「おば様、あの、伯爵家の収支も計算できないのに高価な物はこれ以上……」
「あら、もうお金が無いの?」
「いえ、そういうのではなく、納税して、来期の支度金を差し引いてからでないと」
「もおお、そんな難しいことはベンにさせればいいのよ。そのために彼を連れてきたのだから、ね?」
「そうですとも。ナターシャ様は細かすぎます。お金がないなら住民から取り立てればいいことじゃないですか」
「そんな、無用な物のために領民の税の追加をするなんて……」
「あら、私のドレスが無用なものですって?」
「おば様……。だからそれは」
「ナターシャ様。バークレイ男爵夫人。僕が領地から取り立てて参りましょう。やれ、怠け者の農民にムチでもくれてやればすぐ集まりますよ」
「……住民をムチ打つことなど」
「あら、それは良い考えね。流石、ベンだわ。おほほほほ」
「そうだ。そうしろ」
「おじ様まで」
「煩いぞ、ナターシャ。そもそもお前がきちんと領地の管理をしなければならないところ、こうして我々が手伝っているのだ。感謝するべきだぞ」
「そんな……。いいえ、はい。分かりました」
私はおば様達から責め立てられるとそうなのかなと段々思うようになってしまっていた。
――婚約破棄されて、両親も事故で亡くし途方にくれていた私を助けて慰めてくれたものね。私にはもう他に頼れる人もいないし。
朝の支度は出来ておらず、手紙や書類の仕分けも出来ず。引継ぎはどうなっているのか。一週間は我慢したけれど――。
「サムから引き継いだ案件はどうなりましたか? 領地からの報告は?」
私が新しい執事のベンに聞いても彼はにやにやと笑うだけ。暇があれば鏡を見て身支度を整えている。とんでもないナルシストだ。
ベンとは見た目は全然似ていないけれどその様子はジョンを思い出さされた。
ジョンは自分を少しでも良く見せようと常に身嗜みに気を配っている人だった。連れている私も自分に似合うアクセサリーの一つとでも思っていたのだかもしれない。ショーウインドウの前で必ず立ち止まり、中を見ているのかと思えばガラスに映る自分を眺めているということが普通だった。
「あーあー、そんなの俺に聞いても分かるはずありませんよ。はははは」
「ちょっと、ベン、お待ちなさい。それでは伯爵家の執務が滞ってしまいます!」
執務室の机から無開封の手紙や封筒の山が崩れた。私は呆然として立ち尽くしていた。ここでつい先日まで私は伯爵家の執務をサムから聞いて分からないままでこなしていたのだ。先日の事なのに随分前のような気がしてきた。
「ねえぇ。ナターシャ。これなんだけどぉ」
おば様が猫撫で声を出して執務室に入ってきた。それにベンがここぞとばかり、
「奥様、レディが酷いことをいうのです。この僕に仕事をしなさいなんて。僕ができるはずないじゃありませんか」
「あらやだ。ナターシャ。彼は美しさが売り物なのよ。あまり難しいことを言いつけないでちょうだい。眉間に皺などできたら大変よ」
「おば様……」
私が絶句しているとおば様が差し出したのはお母様のブローチだった。
「これ綺麗わね。今度のお茶会に着けていきたいのだけど」
「それは母ので……」
「まああ。何も頂戴と言ってるのではないのよ? 少し借りたいだけ。ね、ね。いいでしょう? この間仕立てたドレスにぴったりなのよ」
「それなら、まあ、お貸しするだけなら構いませんわ」
「ありがとう。ナターシャ。あなたは本当に良い子だわ」
私はベンとおば様が立ち去ったあと書類の山をどうにかしようと躍起になっていた。
「これをそちらへ……。誰かいないの?」
執務室にあるベルを鳴らしても使用人は誰も来ず、仕方なくドアを開けて廊下で呼ぶがそれでも誰も来る気配はなかった。おば様の部屋からは賑やかな話し声がする。どうやら使用人達はそこに集まっているようだった。
「バークレイ夫人。良くお似合いですわ」
「本当、素敵です!」
新しいドレスを試着したバークレイ夫人を囲んで召使達が褒め称えていた。
「ちょっとあなた達、誰でもいいから執務室へ来てください」
だけど誰一人として来る気配はなかった。私の方も見てもいない。聞こえてないことは無いと思うけれど。私はも一度声を掛けようとした。――ああ、これが昔からいた使用人なら顔も名前も覚えているのに。
「あらあら、ナターシャじゃない。来てくれたのね。見てちょうだい! 良く似合うと思わない?」
「おば様、それより伯爵家の執務をしないと……」
「んまあぁ。それこそ、私の連れてきたベンがきちんとやっているはずよ! 任せておきなさいよ。さあ、それよりこのドレスにはどの髪飾りが似合うかしら? ああ、お母様のをお借り出来ないかしら? 他にもあるでしょう?」
おば様は喪中にも関わらず、次々とドレスを仕立て、アクセサリーを貸したと言っても返ってくることはなかった。流石に私もおば様に注意するしかなかった。
「おば様、あの、伯爵家の収支も計算できないのに高価な物はこれ以上……」
「あら、もうお金が無いの?」
「いえ、そういうのではなく、納税して、来期の支度金を差し引いてからでないと」
「もおお、そんな難しいことはベンにさせればいいのよ。そのために彼を連れてきたのだから、ね?」
「そうですとも。ナターシャ様は細かすぎます。お金がないなら住民から取り立てればいいことじゃないですか」
「そんな、無用な物のために領民の税の追加をするなんて……」
「あら、私のドレスが無用なものですって?」
「おば様……。だからそれは」
「ナターシャ様。バークレイ男爵夫人。僕が領地から取り立てて参りましょう。やれ、怠け者の農民にムチでもくれてやればすぐ集まりますよ」
「……住民をムチ打つことなど」
「あら、それは良い考えね。流石、ベンだわ。おほほほほ」
「そうだ。そうしろ」
「おじ様まで」
「煩いぞ、ナターシャ。そもそもお前がきちんと領地の管理をしなければならないところ、こうして我々が手伝っているのだ。感謝するべきだぞ」
「そんな……。いいえ、はい。分かりました」
私はおば様達から責め立てられるとそうなのかなと段々思うようになってしまっていた。
――婚約破棄されて、両親も事故で亡くし途方にくれていた私を助けて慰めてくれたものね。私にはもう他に頼れる人もいないし。
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