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一 それは婚約破棄から始まる
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サザンプトン伯爵の令嬢ナターシャは婚約者と街のお洒落なカフェでお茶をしていた。
「僕達の婚約は無かったことにしたい。君には悪いけど僕は愛情を抱ける人と結婚したいんだ。そう運命の恋に落ちてね」
「それは……」
私は何も言い返さずに目前のマクレーン子爵子息のジョンをじっと見返した。
彼とは十四歳の時に婚約して三年が経とうとしていた。そもそも貴族同士の結婚に恋愛感情など考える方が難しい。私達も親戚筋からの薦めで引き合わされて特に断る理由もなく婚約していた。
けれど最近の世間の風潮として運命の恋と出会って婚約破棄をするという変わったことが流行っている。
よくあるのが王立学園の卒業パーティーで、一時は何組もがそんなことになって卒業パーティーでの婚約破棄は無効との取り決めができたほど。今度はそう、お洒落なカフェでの婚約破棄が流行りだしているそうな。
――まさか、それが自分の身の上に起こるとは考えてもいなかった。
「子爵家のおじ様方は何と?」
「……僕の好きなようにしていいと言っている」
私の家は伯爵家、子爵家の彼らからすれば上の爵位か、裕福な家を狙っているのかもしれない。まだ今年の社交シーズンは始まったばかりで、ジョンだってまだ二十歳になってないからこれからよりどりみどりだろう。私の方はちょっと年齢的に厳しいし、やはり頭の固い年寄りなどは傷物と思われて縁遠くなるのは間違いないと思う。
そもそも私が伯爵家の一人娘だから、ジョンは入り婿という形になる約束だった。ジョンは子爵家の次男だけど、ひょっとしたらもっと良い条件のご令嬢と考えているのかもしれない。
「分かりました」
私は何とか平静を保って返事をすると、
「いいのか?」
少し驚いた様子でジョンが聞き返してきた。
――そんなに驚かなくても、あなたが先にそう仰ったのじゃない。私はそれを受け入れるだけです。
「それなら、これにサインをしてくれ。これは婚約破棄の承諾書だ」
……何て用意周到なのかしら、まあいいわ。でも少しは抗議をしておかないと。
「こんなところで……」
「こんなところ? 人前だからいいんだよ。君も大騒ぎして悪目立ちしたくないだろう? 後々のことを考えると承諾書が必要なんだ。婚約破棄を円満にするためだと思ってくれ。後から揉めるのはお断りからな」
私はそれにざっと眼を通すと、一方的にジョンの方が良い条件となっていた。だけど構わない。こんな人ともう関わりたくない。
「……それではこれと同じものをいただきます」
「同じもの?」
私の申し出に驚いた様子だったが、簡単な文面だったので直ぐ従者が用意をしてくれた。
一つ、これは円満な婚約破棄であるのでお互いに慰謝料は求めない。
一つ、これは婚約破棄後はお互いに権利を主張しない。
一つ、これは……。
「それに再び私達が婚約することはないという一文も入れてください」
「あ、ああ。構わない」
「はい。署名は終わりました」
「もっと慰謝料とか言ってごねるかと思ったけれど冷静だな。まあ、そういうところが可愛げがないんだよな。ナターシャは。やっぱり可愛い女と結婚したいよな。君に比べれば、ミアの方が断然可愛い。おっと……」
「……」
――ミアって誰よ? もしかして、他に女が出来てたの? それで婚約破棄? 浮気がバレたら高額の慰謝料が発生するものね。
「も、もう遅いぞ! お前はこの婚約破棄の同意書にサインをしたんだ」
「ミアさんとは?」
「もう、お前とは関係なくなったんだ。そんなことをお前に言う必要はないだろ!」
そんな捨て台詞を言いながら、ジョンは乱暴に承諾書を奪い取ると支払いもせずにカフェからさっさと出て行った。まあ今までだって、デート代は伯爵家の方が裕福だからと私に出すように言われて支払っていたけどね。
ジョンが流行の服が欲しいとか何とかが欲しいと言う度に散々色々買わされていたのよ。家政を管理する執事のサムからそのことで嫌味を言われていたけどそれもこれから気にしなくていいのね!
そうして、私、ナターシャ・サザンプトン伯爵令嬢の婚約破棄が本日成立したのだった。
「僕達の婚約は無かったことにしたい。君には悪いけど僕は愛情を抱ける人と結婚したいんだ。そう運命の恋に落ちてね」
「それは……」
私は何も言い返さずに目前のマクレーン子爵子息のジョンをじっと見返した。
彼とは十四歳の時に婚約して三年が経とうとしていた。そもそも貴族同士の結婚に恋愛感情など考える方が難しい。私達も親戚筋からの薦めで引き合わされて特に断る理由もなく婚約していた。
けれど最近の世間の風潮として運命の恋と出会って婚約破棄をするという変わったことが流行っている。
よくあるのが王立学園の卒業パーティーで、一時は何組もがそんなことになって卒業パーティーでの婚約破棄は無効との取り決めができたほど。今度はそう、お洒落なカフェでの婚約破棄が流行りだしているそうな。
――まさか、それが自分の身の上に起こるとは考えてもいなかった。
「子爵家のおじ様方は何と?」
「……僕の好きなようにしていいと言っている」
私の家は伯爵家、子爵家の彼らからすれば上の爵位か、裕福な家を狙っているのかもしれない。まだ今年の社交シーズンは始まったばかりで、ジョンだってまだ二十歳になってないからこれからよりどりみどりだろう。私の方はちょっと年齢的に厳しいし、やはり頭の固い年寄りなどは傷物と思われて縁遠くなるのは間違いないと思う。
そもそも私が伯爵家の一人娘だから、ジョンは入り婿という形になる約束だった。ジョンは子爵家の次男だけど、ひょっとしたらもっと良い条件のご令嬢と考えているのかもしれない。
「分かりました」
私は何とか平静を保って返事をすると、
「いいのか?」
少し驚いた様子でジョンが聞き返してきた。
――そんなに驚かなくても、あなたが先にそう仰ったのじゃない。私はそれを受け入れるだけです。
「それなら、これにサインをしてくれ。これは婚約破棄の承諾書だ」
……何て用意周到なのかしら、まあいいわ。でも少しは抗議をしておかないと。
「こんなところで……」
「こんなところ? 人前だからいいんだよ。君も大騒ぎして悪目立ちしたくないだろう? 後々のことを考えると承諾書が必要なんだ。婚約破棄を円満にするためだと思ってくれ。後から揉めるのはお断りからな」
私はそれにざっと眼を通すと、一方的にジョンの方が良い条件となっていた。だけど構わない。こんな人ともう関わりたくない。
「……それではこれと同じものをいただきます」
「同じもの?」
私の申し出に驚いた様子だったが、簡単な文面だったので直ぐ従者が用意をしてくれた。
一つ、これは円満な婚約破棄であるのでお互いに慰謝料は求めない。
一つ、これは婚約破棄後はお互いに権利を主張しない。
一つ、これは……。
「それに再び私達が婚約することはないという一文も入れてください」
「あ、ああ。構わない」
「はい。署名は終わりました」
「もっと慰謝料とか言ってごねるかと思ったけれど冷静だな。まあ、そういうところが可愛げがないんだよな。ナターシャは。やっぱり可愛い女と結婚したいよな。君に比べれば、ミアの方が断然可愛い。おっと……」
「……」
――ミアって誰よ? もしかして、他に女が出来てたの? それで婚約破棄? 浮気がバレたら高額の慰謝料が発生するものね。
「も、もう遅いぞ! お前はこの婚約破棄の同意書にサインをしたんだ」
「ミアさんとは?」
「もう、お前とは関係なくなったんだ。そんなことをお前に言う必要はないだろ!」
そんな捨て台詞を言いながら、ジョンは乱暴に承諾書を奪い取ると支払いもせずにカフェからさっさと出て行った。まあ今までだって、デート代は伯爵家の方が裕福だからと私に出すように言われて支払っていたけどね。
ジョンが流行の服が欲しいとか何とかが欲しいと言う度に散々色々買わされていたのよ。家政を管理する執事のサムからそのことで嫌味を言われていたけどそれもこれから気にしなくていいのね!
そうして、私、ナターシャ・サザンプトン伯爵令嬢の婚約破棄が本日成立したのだった。
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